「まず最初に覚えるべき技は『受け』なんや。これはうちの流派だけやなくてどこも同じと思うで」
「防御って大事なんですね。正直軽視していました」
龍星は自らの手足に受けたダメージを噛み締めながら呟く
「亀になるだけが受けやあらへん。まずはカウンター! 相手の攻撃をかわして攻撃を入れる。防御の理想やな。相手の攻撃に全部これが出来たら理論上最強や。」
キー坊は軽いステップを踏みながら上段蹴りを虚空に放つ。まるで風を切り裂くほどの鋭さだった。
攻撃に合わせて頭にこんな蹴りを入れられれば相手はたまったものじゃないだろう。
「つってもカウンターはそうそう決まるものやあらへん。次に回避や! できれば次の自分の攻撃をしやすい位置。もしくは相手の死角に避けることができれば100点やな」
上半身を大きく揺らし、更に独特の足さばきでぬるりと動くキー坊。
(これだとジャブですら当たらない)
龍星は自分の拳がキー坊に届かなかったのも当然だと悟った。
「お次はガードや。ガード言うてもダメージを減らすだけじゃないのはさっきの組手で痛感したんとちゃうか?」
キー坊の言う通りであった。膝で受けられ肘で捌かれた龍星の手足は大きなダメージを負い、当の本人はノーダメージであったのだから。
「次は攻撃を食らった瞬間に『流す』。これは今の龍星にはちいと難しいわな」
「さっき僕のストレートがすり抜けたのは拳を流されたってことだったんですか」
「せや! 灘・真・神影流の『滑り』って極意や。食らった瞬間に衝撃を流して後ろに放り投げてまうんや」
龍星の左手に伝わった生肉のような感触。あれは左の拳を滑らされたことが原因だった。
「この手の技術はうちだけやなくてボクシングとかにもあるけどな。でもうちは体のどこでも出来るし銃でも流せるからなブヘヘヘ」
「銃って……何言ってるんですか先生。ハハハ」
それはないだろうと言いたげな笑みを龍星は浮かべた。
「い、いや本当なんやって。うちのおとんなんかスナイパーライフルをやな……」
「わかりましたからわかりましたから先生。次はなんですか?」
もはや完全に龍星はキー坊の言い分を信じていなかった。
とはいえ実演などできるわけもなくそれもしょうがないとキー坊は龍星の説得を諦める。
「お次は捌き。手で相手の攻撃を別方向に逸らす防御手段やな。これも大事や。人の打撃ってのは案外クリーンヒットしないもんなんや。だからちょいと添えるだけでも相手の拳は明後日の方向に飛んでってまう」
「先程の組手の最後に使ったのは捌きですか?」
「あれはガードと捌きの合わせ技やな。捌きつつ相手の拳にもダメージを与えられる一石二鳥やな」
キー坊が自分の肘をパチンと大きく鳴らしながら叩く。
「受けって奥深いんですね。ただガードするだけだと思ってました」
「せやな。ワシが若い頃はおとんから防御の基礎ばっかり覚えさせられてうんざりしとったけどな。でも今思えばおとんの言ってることは大正解やったわ」
キー坊の父であり師匠でもある宮沢静虎は滅多に攻撃技を教えずいつも防御ばかりを教えていた。
若い頃のキー坊は当時もっと派手な攻撃技を覚えたがっていたが静虎はそれを許さず受けの基礎を叩き込んだ。
まさかあれほど受けをつまらないと思っていた自分がこんな風に受けの大切さを教えることになるとは。人は変わるものだとキー坊は自嘲的に笑った。
「話を戻すで。最後は体の弱い部分を出来るだけ守ることや。当たり前やが肝臓や腎臓といった急所に攻撃が突き刺さればそれだけで終わりや。目や金的も当然避けるべきやな」
キー坊は自分の肝臓、腎臓、目、睾丸部分を指し示す。
真剣勝負では特に当てられやすく、当てられてしまう大きく不利に傾く部位だ。
「腎臓なんかはボクシングではキドニーブロー言うて入ったら一発で勝負が終わってまうからルールで禁止されとる程や。実戦では要注意や」
龍星は自分の腎臓部分を擦る。
キー坊が講義を続ける。
「受けってのはカウンターが取れればベスト。それが無理なら回避。それも無理なら防御か捌き。それも無理なら流すか急所を避けて受ける。これがどういうことかわかるか龍星?」
「防御側には5回のチャンスがあるってことですか?」
「正解や!」
キー坊が龍星に対して親指を上げる。
「龍星。今までのお前は攻撃に対して何もアクションを起こさなかった。それが今は5回ものチャンスを得ることになったんや。今この瞬間お前は5倍頑丈になったんや!」
「5倍ですか!?」
龍星が驚きの表情をキー坊に向ける。
確かに龍星は兄からの暴力に対してこれらの行動を一切取っていなかった。
防御を駆使して急所を避けることが出来れば今までよりもダメージを大きく減らすことができるだろう
「少なくとも青あざの数は5分の1には減るで!」
キー坊が一番最初に受けを教えたのはそれが格闘技の基礎であることが大きな理由ではあるが、それだけではない。
半端な攻撃手段を龍星に伝えて空手家の兄に反撃でもしようものなら逆上させて今まで以上に大きなダメージを負わされることが容易に想像できたからである。
そして受けを覚えさせることで痛みを軽減させれば暴力で弱りきった心も回復方面に向かうことができる。そう見込んで防御から教えることにしたのだ。
「早速実践や!ええか龍星?ワシは今からお前に打ち込む。それを捌いてガードして受けるんや!」
「はい先生!」
二人は構える。
「先生」
龍星がキー坊に問う
「なんや龍星」
「カウンターも取っていいんですよね?」
「言うやんけ!」
二人が同時に笑みを浮かべる。
「お願いします!」
二人の特訓が本格的に始まった。