「先生! 受けがうまく決まりました!」
陽一との”稽古”の後日、龍星はすぐにキー坊の道場の扉を叩いた。
「ほんまか! やるやんけ。相手は黒帯だったんやろ?」
龍星の話を聞いたキー坊は内心その才能に驚いていた。いくら受けを教えたと言ってもまだまだ龍星は格闘技の素人。そして相手は黒帯の空手家だ。
相手の攻撃のいくらかを捌ければ上々。当たった部分はガードを固めてダメージを幾ばく化軽減できる程度だろうと思っていたのだ。
それが全ての攻撃を防いだだけでなく上段蹴りに肘を合わせたのだ。上出来どころの話ではない。
「なら龍星。受けの次は攻撃や!なんやかんや結局打たなきゃ喧嘩は勝てへんからな!」
「とうとう攻撃ですか! 幻突ってエネルギー波ですか!?」
龍星が目を輝かせる。
「アホか龍星! 49年早いわ! それよりももっと百倍簡単で便利な技や。それはな」
「それは……?」
龍星が聞き返したその瞬間キー坊が一歩踏み込み大きく膝を上げ、そこからしなやかな足を伸ばす。
龍星の眼前にキー坊の足裏が突如出現する。前蹴りの寸止めだった。
まともに当たれば鼻の骨ごと頭蓋骨が砕けそうな程の勢いだった。
「前蹴りや!」
「ま、前蹴りですか? それって灘・真・神影流の技じゃないんじゃないですか?」
龍星が困惑するのも無理はない。灘・真・神影流を教えてくれるといって蓋を開ければまずは受け。
次にようやく攻撃技を教えてもらえると思ったらそれもただの前蹴りだったのだから。
「前蹴りを甘く見たらあかんぞ龍星。空手もムエタイもキックボクシングも履修している立ち技格闘技の必修科目や!うちでもまずはこれを覚えてもらうで!」
再びしなやかな足を伸ばし前蹴りを実演するキー坊。
「ええか龍星。前蹴りのええ所はな。打ち得なところや!」
「打ち得ですか?」
「そうや。前蹴りってのはとにかく当てやすく隙がない。そしてリーチが長いからカウンターも取られにくいんや」
龍星は確かに前蹴りの有効性を実感していた。
蹴りの力では手による捌きもしにくく、肘も膝も合わせにくい。
そして何よりも一番の利点は上半身が完全にフリーな状態で打てることだった。
ローキック、ミドルキック、ハイキック。どれも撃つためには上半身を逸らし、勢いをつけなければいけない。それは時として大きな隙となってしまう。
だが前蹴りは上半身とは無関係に撃つことができる。
それはもしも相手に同時に攻撃されたとしてもこちらの前蹴りは相手に届き、なおかつフリーな上半身でガードもできることを意味するローリスクな技であった。
「それに相手を突き放すこともできる。おどれの好きな距離で戦えるってわけや」
「確かに便利ですね前蹴り! 僕もやってみます!」
龍星は実際に前蹴りを放つ。キー坊の洗練された前蹴りとは雲泥の差だが、それでもしっかりと技に成っていた。
「ひと目みただけでだいぶ形になってるやんか。今日は前蹴りをマスターしていくんや!」
「はい!先生!」
龍星は前蹴りの修練を開始した。
キー坊はそんな龍星を横から眺める。
あの日ドブ川で出会った時、すでに龍星には大きな才能が発露していた。
龍星の才能。それは人並み外れたバランス感覚とその脚力だった。
息を切らした状態でありながらもぬかるんだドブ川で直立し、足元に放り投げた財布を軽々とキャッチするそのバランス感覚にキー坊は驚嘆していた。
そして龍星の前蹴りの威力はすでに空手家の黒帯クラスに達しているといっても過言ではなかった。
牽制技であるはずの前蹴りですらまともに入ればそれだけで勝負がついてしまうのではない程に。
龍星の足はまるで龍のように剛毅であった。
キー坊は過去に一人そのような足を持つ人間を見たことがある。
龍星の足はそれを彷彿とさせていた。
考えすぎか。キー坊は自らに去来するその思いを振り払い龍星の指導を続けた。