「さあ昼飯や!好きなだけ食え龍星!ワイのおごりや!」
キー坊と龍星の目の前に沢山の食事が並んでいた。
サバの塩焼き。豚の生姜焼き、レバニラ炒めにカツ丼。他にはハンバーグや肉じゃが。
10人前以上はざっと揃っているだろう。
二人はトレーニングの後に梅の定食屋で昼食を取ることにしたのだ。
「でもこれだけの量、いいんですか?」
「ええねんええねん!気にせず食ったりや!」
「な~にが”ワイのおごりや”やキー坊! どうせいつものツケやろが!」
自慢気にしていたキー坊に向かって厨房から大声が響く。
この定食屋の女将である錦田梅の怒声だ。
「すすすんまへん梅さん! 出世払いってことでここは一つ!」
すかさず厨房に向かってペコペコと頭を下げるキー坊。
彼の筋肉と財布と食事を支えている梅にキー坊はいつまで経っても頭が上がらないのだ。
「はあ。もう期待しちゃいないけどね!」
フライパンを揺すりながら梅は背中で返事をする。
「あの、本当にいいんですか食べても」
龍星がキー坊に恐る恐る聞く。
「ままま気にすんなや。ほら。冷める前に食うたろやないか!」
そう言い終わるや否やキー坊は割り箸を割って生姜焼きに手を出し始める。
「いただきます」
そのキー坊の姿を見て龍星も同じく食事に手をつけ始める。
「先生一つ聞きたいんですけど」
「なんや龍星。言うてみい」
二人は箸を止めずに会話を続ける。
「先生ってすごく強いんですよね?いや強いのは知ってはいるんですけども」
「なんや藪から棒に。そらそうや。ワイは史上最強と言っても過言ではないで」
「それなら……なんで先生はお金を稼ごうとしないんですか?
先生ならプロの試合に出るなり、あるかどうかわかりませんけど地下闘技場?みたいなところで戦えばいいんじゃないんですか?」
キー坊の箸が止まる。
「痛いとこつくのう龍星」
「あの先生。答えにくいことでしたら」
何かを察した龍星はそれ以上の追求を諦めた。
「ええねん。ちょうどええし伝えとこか。」
龍星の箸も止まる。
「まずワシが表の舞台で戦わないのは単純や。お誘いがかかってこないんや」
「でも先生ほどの腕なら」
「龍星、ワシがお前くらいの頃にな、表の大会に出たことがあんねん。TDK言う大会や」
TDK、龍星が聞いたこともない大会だった。
「ワシはその決勝戦で相手を殺してもうたんや」
「えっ」
龍星は自らの耳を疑った。
人を殺した。キー坊の口から発せられたその言葉を流星は理解できないでいた。
「せ、先生、殺したってのは」
「言葉の通りや。ワイはその決勝戦で、相手を死なせてもうたんや」
TDK決勝戦。キー坊の相手はエドガード・C・ガルシア。
アメリカの軍部が禁忌によって生み出した人間兵器。
そのガルシアとの死闘でキー坊が放った奥義・蠢蟹掌(しゅんかいしょう)の二度打ちによって試合後、ガルシアは帰らぬ人となった。
キー坊には当然ガルシアを殺す気はなかった。そしてガルシアは度重なる人体実験により齢17にしてすでにその寿命が尽きかけていたのだ。
恐らくキー坊が蠢蟹掌を放たずとも試合後にガルシアは絶命していたであろう。それでもキー坊はガルシアという一人の少年の命を奪ったことを死ぬまで背負い続けるつもりであった。
「し、試合の最中のアクシデントですよね?先生」
龍星がキー坊を問いただす。
「もちろん殺す気はなかった。それでもワイが殺したんは変わりない」
「……」
龍星は何も言えなかった。キー坊の顔を見れば言えるわけがなかった。その顔は一人の人間の死を背負っていた。
「その後はハイパーバトル言う表の大会に参加したんや。けどそこでも人死にが出たんや」
「その死んだ人も先生が…!?」
「ワイやない。けどワイの決勝戦の相手でな。試合後に撃たれたんや」
マーシオ・ジェット・内藤
生まれつき耳が聞こえないコンプリートファイター。ハイパーバトル決勝でキー坊と壮絶な死闘を繰り広げた後、マフィアとFBIの銃撃戦に巻き込まれ死亡した。
「そ、それで」
「それからは表の世界からは一切お誘いなしや。そらそうや。アクシデントとは言え対戦相手を殺して、次の大会でも決勝の相手が銃撃に巻き込まれて死亡。業界ではみんな『キー坊は呪われてる』言うとったわ」
どちらもキー坊の落ち度ではないがそれでも表のスポンサーはキー坊をトラブルメーカーと見なして敬遠することとなったのだ。
「それなら裏の世界とかそういうので稼がないんですか?」
「元々灘・真・神影流は裏の格闘技やった。んでもTDKで表に出て。おとんの手術の為に裏で稼いで。そんでまたハイパーバトルで表に出て。もう嫌やねん表と裏を行ったり来たりするんわ」
キー坊はそうしみじみと語った。
「そうだったんですか」
「あっちこっちのコウモリ人生はうんざりや。それに灘・真・神影流も表でお日さんの光を浴びたい思っとるわきっと」
そう言うとキー坊はニッカリと笑った。
「ほれ!飯冷めてまうで!食ったれ食ったれ!」
レバニラ炒めを大量に丼飯に乗っけてかき込み始めるキー坊
「はい!先生!」
そんなキー坊を見て龍星も生姜焼きをご飯でかき込み始めた。