TOUGH外伝 灘を継ぎし男   作:マグロよりサーモン

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9話 抜き手

「だいぶ遅くなっちゃったな。早く帰らなきゃ」 

 夜半、キー坊の道場から帰宅する為に川沿いを歩く龍星 

 丸一日前蹴りの特訓をしていたにも関わらずその足取りは軽かった。

 

 初めて覚えた技、その特訓は楽しかった。

 技の型がうまくいった時にはキー坊は大げさなまでに褒めてくれた。それが龍星にとって嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 帰ったら自主練をしよう。そう思いながらの道すがら。龍星の正面右の藪から二人の人影が姿を現した。

 

 最初は人影の輪郭しか見えず、誰だかわからなかったがよく目を凝らした龍星はその人影の正体を知ることが出来た。

 

 一人は陽一であった。もう一人は見たことがない男であった。

 年齢は30半ばか。ガッシリとした体格に反してキッチリと整えられた髪にはポマードか何かの整髪料がたっぷりつけられているのだろうか。光沢がしっかりと見て取れた。

 

 男は笑っていた。龍星をシゴいていた頃の洋一にそっくりな笑みを浮かべて、こちらに蛇のような視線を向けている。

 

「よう龍星。稽古の帰りか?」

 陽一が龍星に声をかける。

「お前道場通ってんなら通ったって言えよなあ。おい」

 

 陽一は龍星を尾けていたのだ。先日の稽古でのやり取りから龍星が誰かから師事を受けているという発想にすぐにたどり着いた。

 

 そして今こうしてキー坊の道場から自宅の導線上で龍星を待ち構えていたのだ。

 

「えーっと龍星君だっけ?」

 もう一人の男が龍星に語りかける。

「……はい」

 すでに龍星は臨戦態勢に入っている。逃げるにしても仕掛けるにして程よい距離を二人に対して保っていた。

 

「俺は飯田 哲司(いいだ てつじ)っていうんだ。よろしくな龍星君」

 飯田は蛇のような笑みを更に釣り上げる。

「はじめまして」

 龍星が返事をする。

 

「そんで龍星くんさ。事情はこいつから聞いたんだけどさ」

 飯田は陽一の頭を真上から鷲掴みにして大げさに前後左右に振り回す。

 

「龍星くんさ、こいつに恥かかせちゃったみたいだね?」

「恥とは、なんのことでしょうか」

 龍星は毅然と飯田に答える。

 ただ自分の身を守っただけで陽一に恥をかかせたつもりは一切ないと思っているからだ。

 

「あ、そういうの聞き返すの本当やらしいよね龍星君。ハハ。上手だね」

 更に陽一を片手に掴んだ動きが大きくなる。

 

 闇に目が慣れてきた龍星が見た陽一の顔は大きく腫れていた。青あざだらけだった。

 

「兄に何をしたんですか?」

 龍星の体の中で何かが膨れ上がる。陽一の頭を掴まれたままこのくだらない問答を続けていればすぐにでもその何かが爆ぜそうだった。

 

「龍星君。一応この陽一はさ。流派背負ってるわけよ。俺の流派ね」

「そうですか」

「その陽一が君に負けた」

「僕は勝っていません」

「君がどう思おうが関係ないよ。だからこうやって来たわけ」

「言っている意味がわかりません」

「うんわからなくていいよ。こっちの問題だから」

 

 そういうや否や飯田は陽一を解放してから何か耳打ちをする。

 耳打ちをされた陽一の顔色がみるみる青ざめていく。

 

「龍星いいいいぃ!!」

 陽一が叫び声を上げながら龍星に襲いかかってきた。

 意表を突かれた龍星には逃亡という選択肢は残されていなかった。背中を向ければそこを狙われるだろう。

 

「しっ!!」

 勢いをつけた陽一の飛び蹴りだ。狙いは頭だった。

「ぬうっ!」

龍星は頭を大きく下げて陽一の蹴りをくぐり抜ける。

 

 奇襲の蹴りを外した陽一。蹴りをくぐり抜けた龍星。どちらも同時に背中合わせになり、どちらも同時に振り返り相対した。二人はすでに間合いの距離にいる。

 

「らあっ!」

 すぐに洋一が右正拳突きを放つ。狙いはまたしても頭だ。

 鋭く重い突きが龍星に狙いを定めて真っ直ぐと突き進んでいく。

 

ドムッ

 

重い音が川辺に響く。

 

「う、うがっ……」

 

 声を上げたのは陽一だった。向かっていった正拳突きは龍星の顔5cm手前で止まっていた。

代わりに龍星の前蹴りが陽一の腹部に突き刺さっていた。

刺さっている場所は水月。タイミングはカウンターになっていた。

 

 牽制の前蹴りと言えど龍星の脚力で急所にカウンターで入ればそれは必殺になりうる。それほどの威力であった。

 

「お、おごっ……」

 陽一の口から粘度の高い唾液が漏れ出す。吐瀉物一歩手前に吐き出てくる唾液だ。

 

「やるじゃないかぁ龍星君」

 飯田が拍手で龍星を称える。

 

「もうやめましょう。こんなのくだらない!」

 龍星が仕合いの中断を申し出るも飯田の蛇のような笑みは一切崩れない。

 

「龍星君は才能あるけど経験はまだまだだねえ。ひよっこだよ」

 飯田が龍星をあやすような態度で挑発する。

 

「どういうことですか」

「だってまだ続いてるもん。立ち会い」

 

飯田の言葉が終わるか終わらないか。そのタイミングで龍星の胸元に大きな衝撃が走った。

ものすごく大きなエネルギーがぶつかったような。そんな錯覚を龍星は覚えた。

それから当たった部分が猛烈に熱くなり、その熱さが耐え難い苦痛へと変貌していった。

 

「がああっ!!」

 思わず龍星が苦痛の声を上げる。龍星の胸元には陽一の拳が突き刺さっていた。

 その拳は正拳ではなく、抜き手だった。

 陽一の指の第1関節までが血で染まっていた。

 

「ほら。やってる最中によそ見なんてするからそうなっちゃうんだよ龍星君」

 

 膝をついて苦痛に悶える龍星を洋一は息を切らしながら見下ろしていた。

「先生、勝負ありです」

 陽一は飯田に振り返り勝利を宣言した。そんな洋一に飯田は

 

「何言ってんだ陽一。まだだろうが」

 立ち会いの継続を求めた。

 

「い、いえ、ですけどこいつはもう……」

 飯田の要求に動揺する陽一。すでに龍星が戦闘不能の状態であることは誰が見ても明らかだった。

 

「はあ~…まあいいや」

そういうと飯田はしゃがみ込んでいる龍星に近づく

 

「ぐっ…あっ…」

見下す飯田と見上げる龍星の目が合った。その瞬間飯田は龍星の頭部に蹴りを見舞った。

「ぐあっ!!」

飯田の蹴りで軽く2メートルは吹き飛んだ龍星はそのまま気絶してしまった。

 

「ちょっとは楽しかったけどまあこんなもんだよね。さてと。んじゃ行くか」

「は、はい」

つまらなそうに龍星を一瞥すると飯田は陽一を連れて夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

「龍星のやつスマホ忘れていってるやんけ!おっちょこちょいやのう~」

龍星と陽一の決着からおよそ10分経った頃合いであろうか。

キー坊は龍星が道場に置き忘れていたスマートフォンを届ける為に川辺を走っていた。

 

道場と龍星の実家のちょうど中間に差し掛かった辺りであろうか

 

「あ?なんやあれ……!? おい龍星!?大丈夫か龍星!」

川辺で気絶している龍星を発見したキー坊は倒れた龍星を抱きかかえた。

 

「おい龍星! しっかりせえ!」

「う、うう……」

 龍星はキー坊の呼びかけに目を覚ます。どうやら意識に別状はなさそうだった。

 

 

 龍星は飯田の蹴りを不完全ながら『流し』ていたのだ。そのお陰でこの程度のダメージで済んでいた。

 

 龍星を介抱したキー坊は大事を取って道場に連れていくことにした。

 そして治療を受けた龍星はキー坊に事の顛末を話した。

 

 飯田から流派の名を汚したと言いがかりをつけられたこと

 陽一から抜き手を食らったこと

 飯田から頭部に蹴りを受けたこと。

 そして優しかった洋一が変貌したのは恐らく飯田が全ての原因であろうことを

 

 キー坊は事の顛末を聞いている最中目をつぶり腕を組んでいた。

 全てを聞き終えたキー坊は目を開く。

 

「なるほど……全部その飯田って糞空手家が原因みたいやのう」

「……」

 

 龍星は飯田に言いようもない怒りを覚えていた。

 義理とはいえ仲の良かった兄を変え、自らの人生を不幸にしたその空手家に。

 

 怒りを露わにする龍星にキー坊が話しかける

 

「龍星」

「はい」

龍星はうつむいたままだ。

 

「お前にはこれから灘・真・神影流の奥義の一つを授けたる」

「えっ?」

 龍星の顔が上がる

「きっとその技はお前の兄ちゃんを救ってくれるはずや」

「兄を……救う?」

「そうや。お前はそれで兄ちゃんを救ってやれ」

「はい……!」

「そんでワイは……」

「先生は?」

 

 キー坊は目をつぶり深い深呼吸の後、目を見開いた

「その飯田って糞空手家をぶっ飛ばす!」

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