空は青白く晴れ渡っている、明日には雨が降るとのことだが俄かに信じられない。
適当に歩を進めて手頃な岩を見つけてそこに腰かけた。
眼下に広がるのは青々しい草原・・・ではなく、むき出しとなった大地や岩ばかりの荒野だ。
それを見渡しながら懐から煙草とライター、それと携帯灰皿の一式を取り出した。
カチン...ジュッ...カチン
手馴れた動作で咥えた煙草に火を点け、ライターを懐に仕舞った。
一度、大きく吸い紫煙を虚空へと吐き出した。
実は先ほど執務室から抜け出してきた、机の上にはまだ未決済の書類が山ほど残ってるが構うものか、少しぐらい息抜きぐらいしても構わんだろう。
書類仕事はどうも性に合わなかった、デスクに齧り付いて書類にペンを走らせたり判子を押してるより愛銃を片手に前線に立ってる方が合ってる。
だから小うるさい副官の不在の隙を突いてこうやって抜け出してきた、今頃は顔を真っ赤にして俺の事を探し回ってることだろう。
「すぅ・・・はぁ・・・」
もう一度、息を吸い込んだ。
空気と一緒に咥えてる煙草の紫煙を一緒に体内に吸引した。
肺全体に染み渡り息を吸い込むのが限界と感じた所で息を吐き出した。
吐き出した息と共に紫煙が虚空へと吐き出され、霧散するするのを目で追った。
「
煙草を吸っては紫煙を吐き出してそれを目で追う、それらを延々と続けていると唐突と自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り返れば一人の男がこちらに向かってくるのが見えた。
刈り上げた白髪に蒼い瞳のロシア系の白人だ。
ガッシリとした体格に190cm台の身長の大男だ。
「どうした?
「どうした?じゃありませんよ、
俺の隣まで来た少尉はため息をつきながらそう言った。
その様子から察するにどうやら大分探し回っていたらしい。
そうか、と返しながらまた煙草を吸った。
少尉はジト目でこちらを見て来たがそれも気にせず紫煙を吐き出した。
相変わらずジト目を続ける少尉に若干、居心地が悪くなり身動ぎしながら煙草ケースを取り出した。
「少尉もどうだ?」
「いえ、遠慮しておきます」
煙草のケースを差し出すと少尉はにべもなく断って来た。
思わず、堅物めと内心毒づいた。
他の隊の連中なら喜んで受け取って一緒に一服するとこだがこいつと副官だけは受け取らない。
誠実と言えばそれまでだがどうも肩ひじ張り過ぎな様な感じがある、酒宴の場でさえこいつは酔うまで飲んだとこを見たことがない。
「シャレンコフ中尉がカンカンでしたよ、大尉がまたいなくなったって」
「いなくなったんじゃない、疲れたから少し休憩してるだけだ」
だったら態々、基地の外まで行く必要なのでは?と少尉が言っていたが俺は聞こえない振りをしてまた煙草を吸った。
2度、3度と煙草を吸っては吐いてを繰り返す、その間隣の少尉は何も言わずに突っ立っている。
「それで?」
「はい?」
「要件はそれだけじゃないんだろ?」
「・・・お気づきでしたか」
少尉が何処か困ったような表情を浮かべた。
それを見て俺はまぁな、とニヤリと笑みを浮かべた。
「そんな事だけを伝える為に態々ここまでお前が来る必要はない、俺が戻るのを待って伝えれば良いんだがらな」
そう言えば少尉はその通りです、と肯定して見せた。
「それで?何があった?」
「ハッ、
少尉の言葉に頷きながら記憶の糸を手繰り寄せた。
そう言えば、近日中に部隊に新入りが入るというのを上層部連中から言われていたのを思い出した。
そうか、あれは今日だったか。
そう思いつつ煙草を携帯灰皿にねじ込み入念に火を消すと立ち上がる。
「そうか、それじゃあのんびり煙草吸ってる暇じゃないな、基地に戻るぞ、少尉」
「ハッ!」
敬礼する少尉を引き連れ俺は基地に戻った。
基地に戻ると入口で額に青筋を浮かべた一人の軍人が俺たちを出迎えた。
執務室に向かう道中、後ろ隣りの我が麗しき副官殿である
こいつのお説教は何時も同じで耳にタコが出来るレベルで聞かされた、なんなら最初っから最後まで完璧に復唱出来るぐらいには覚えている。
時折、廊下ですれ違う隊員たちからのまたかという呆れの目線と共に送られる敬礼に苦笑しつつ答礼しながら執務室へと入った。
室内は俺が
・・・いや、10枚ほど未決済の書類が増えてるな・・・追加が来たか。
際限なく増え続ける書類にげんなりしつつ室内を見回すが着任したという新入りの姿が見えなかった。
まだ来てないのか?
そう思いつつ俺は自分のデスクの椅子へと座る。
「中尉、新入りはどうした?」
「・・・事務で着任の手続き中です」
説教を中断させられ不満顔のシャレンコフ中尉がそう答えた。
眼鏡を掛けた神経質そうな面構えの男だ、士官学校からの付き合いでお堅い奴だが有能だ。
シャレンコフ中尉の言葉にそうか、と答えつつ未決済の箱から書類を取り出し、内容を一読しサラサラと一筆して決済済みの箱に投げ込む。
その作業を2枚3枚と続けて処理を終えて決済済みの箱へと投げ込んでいく。
「出来るのに何故それが継続できないんだ・・・」
副官席に着いたシャレンコフ中尉がボソリとそう呟き、少尉が同意する様に頷いた。
反論したいところだがしたところで返ってくるのはシャレンコフ中尉のお小言か説教のどちらかだ。
それを理解してる俺は何も言わず、ただ黙々と書類へとペンを走らせ判子を押し書類を決裁済みの箱へと投げ込んで行くだけだ。
シャレンコフ中尉も同じく書類の決裁をやり始め、少尉は少尉で俺と中尉の行ったり来たりしながら俺たちの仕事の補佐をしている。
ふと思ったが、少尉は副官でもましてや副官補佐でもなんでもない一般隊員でしかない、態々俺たちの仕事を手伝う必要はないはずなんだが・・・
そう思ったが本人が好きでやってるなら別に構わないかと納得し、書類の決裁を続けた。
省類の決裁を10枚ほど終わらせたぐらいだろうか、執務室のドアがノックされた。
3人共、作業を止めてお互いに見合った後、時計を確認する。
書類決済を始めてから約30分穂経ってる、事務処理の方で大分時間が掛かっていたらしい。
「入れ」
俺がそう言うと、失礼しますという言葉と共に二人組の人影が執務室に入って来た。
入って来た人影を見、チラリと少尉の方を見やる。
二人を見て怪訝な表情を浮かべていた少尉はその正体に検討が着いたのか幾分か厳しい表情を浮かべた。
そういや、隊長の俺と副官のシャレンコフ中尉は事前に新入りについて詳しく伝えられていたが少尉は何も知らなかったなと思いつつ、俺は立ち上がって二人を出迎えた。
「良く来たな、新入り。俺は・・・―――」
「・・・夢か」
ぼやけた視界が鮮明になっていき、視界の映るのが自宅の寝室の天井である事に気づき先ほど見てたのが夢である事に気づいた。
随分、懐かしい夢を観た物だと思った、あれは確か・・・今から15年ほどの前だった筈だ・・・
シャレンコフ中尉や少尉、それにあの二人は今、どうしてるだろうか?
シャレンコフ中尉と少尉に関してはあんま心配してない、俺が見込んだ奴らだ、俺が居なくても立派な軍人として活躍してるだろう。
あの二人に関しても俺があらゆる事を教え込んだ、おいそれと戦場でくたばる事はないだろう。
そう思いつつも、枕元の時計で時間を確認する。
時刻は6時30分少し過ぎ、10年以上経っても早起きという習慣は中々抜けないものだと痛感する。
そう苦笑しつつも右手を使ってベッドから起き上がる・・・左腕を失った直後はそれに慣れず両手を使って起き上がろうとして無様にベッドにダイブしていたものだが今ではそれにも大分慣れた。
「まずはシャワーだな」
自分で思っていた以上に寝汗をかいていたいた事に気づき、まずは汗を流す事を決め俺はシャワールームへと向かった。
シャワーから上がり、肩に掛けたバスタオルで頭を拭きながらミネラルウォーターを飲みながら寝室へ戻ると携帯端末にメッセージが届いてる事に気づいた。
何時届いたんだ?と思いつつ携帯端末を手に取り、ロックを解除してメッセージを確認する。
『お前宛てに依頼が届いた、酒場に来い』
簡素にそう書かれたメッセージの送信主はバリー・ヒューストン。
この街の酒場「
無愛想だが信頼出来る男でこの辺で活動するフリーランスの傭兵は必ず一度はこの男の世話になってる。
それにしても俺ご指名の仕事か・・・さて、どんな面倒ごとかな?
そう思いつつ、俺は仕事用の装備を着込み始めた。
酒場は俺の済むアパートから4ブロック程離れた区画に存在する。
その区画に存在する雑居ビルの一つに酒場The End of Edenは存在する。
酒場自体は地下にあり、地上一階にある階段を使って地下に降りて酒場に入る形になってる。
地下にあると言っても酒場だけがThe End of Edenという訳ではない。
なんと、この雑貨ビル一つ丸々がThe End of Edenの所有物なのだ。
仕事の斡旋や仲介は地下で行われるのだがその後の依頼人と傭兵の交渉は地上にある雑貨ビル内の個室で行われる。
個室は完全防音で出入口は酒場と直結したエレベーターのみであり関係者以外は入ることも見ることも出来ない。
エレベーターと個室はバリーが完全に管理しており、利用する際は依頼人と傭兵の双方がバリーに届け出、それを受理したバリーがエレベーターを起動させ個室の鍵を渡す方式となっている。
契約が完了したら今度は逆の手順でエレベーターで地下に降りてき、バリーに鍵を返すという事になってる。
因みに正式に契約が結ばれ、依頼が完了すると報酬の内の2割ほどがバリーへの仲介料として支払われる事になってる。
仕事の斡旋と仲介、更に完全密室な交渉の場の提供をしていながらこの値段という事でこの酒場を使う傭兵や依頼人は結構な数がいる、風の噂では政府の極秘の依頼や富裕層からの依頼も入ってるらしい。
地下の酒場には色々な人間が集まってる。
8割が傭兵、1割が情報屋で残りの1割が仕事を持ってきた依頼人だ。
酒場の壁には掲示板が張り出されており、そこには多種多様様々な内容の依頼が張り出されてる。
単独でその依頼を受けるのも良し、何人か他の傭兵を誘って依頼を受けるの良しということだ。(まぁ、その分報酬が減るのでチームを組んで以来を受ける奴は少数だが)
掲示板の他にもこの酒場には色々な施設が充実してる。
一角にはビリヤードやダーツまで用意されており、更には食事をする事も出来る。
酒場というだけあってバーも完備さていて古今東西、色々な酒が充実している。
今のご時世これだけの酒をどこで仕入れてるのかとバリーに聞いた事があるのだが企業秘密だ、と言ってはぐらかされた事があったぐらいだ。
そんな薄暗い酒場内を顔見知りの傭兵達や情報屋に軽く挨拶しつつも俺は目的の場所・・・バーカウンターでグラスを磨く男の元へ向かった。
カウンターに近づくとその男も俺に気が付いたのかこちらを鋭い目つきで見つめて来た。
ただでさえ薄暗い店内の上に色々な客でごった返しているというのに良く見つけられるものだと感心しつつ俺はそのままその男の前のカウンターチェアに腰かけた。
「来たか・・・」
カウンターの主である男・・・バリー・ヒューストンは低い声で呟く様に言った。
180cm後半の身長に白が混じった黒髪をオールバックにした褐色肌に左目に眼帯をした偉丈夫だ。
服の上からで分かる程ガッシリした体格の持ち主であり、丸太じゃないかと思われる両腕には大小様々傷跡があり特に左腕にある大きな傷跡がかなり印象的だ。
これで元軍人で歴戦の傭兵だったというのだから確かにと頷ける話だった。
「なにを飲む?」
「・・・ジン、ロックで」
「分かった」
そう言ってバリーは後ろの多種多様な酒が揃う棚へと振り返ると酒の準備を始める。
この酒場というか、これはバリーの流儀というべきか?
バリーから仲介で依頼受ける時は必ずバリーが傭兵に対して酒を注文させる。
理由は知らないし、聞いたことがないのだがバリーは酒を造りそれを飲ませながら仲介された仕事内容を話し始めるのだ。
「出来たぞ」
2~3分後、無愛想な言葉と共に氷とジンが注がれたグラスが置かれた。
グラスを手に取り、口へ運び始めるとそれを確認したバリーがグラスを磨きながら淡々と依頼内容をしゃべり始めた。
俺はそれを聞きながらジンを黙々と口へ運び続ける、質問等は最後にこれが何時ものスタンスだ。
「―――・・・以上だ」
バリーの説明が終わるのと俺がジンを飲み終わってグラスを置いたのはほぼ同時だった。
これも何時ものことだ、そして俺が何個か質問し依頼を受注する。
依頼内容は特に変わったところはない、良くある類の物だった。
街から南東に5㎞ほどにある廃墟群に屯す不明の集団の調査と場合による排除だ。
「・・・依頼主は?」
「マディガン・ウォーレン」
「マディガン・ウォーレン?自警団の?」
「あぁ」
マディガン・ウォーレン。
この街でこの名前を知らない奴は少ないだろう。
なんせこの街の治安を守っている自警団の団長の名前だ。
イギリスとイタリア人のハーフらしく、正義感に強く情熱的な人物と聞く、そんな人間からの俺指名の依頼。
どうも臭う依頼だ、厄介ごとというのは間違いないだろう。
「嫌な予感がするな」
「あぁ・・・」
「なにか分かってるのか?」
「・・・・・・」
バリーが無言で右手を差し出して来た。
一瞬、不思議に思ったが意図を察し思わず舌打ちをしながら懐から数枚、札を取り出し渡した。
情報は別料金で要求してくる辺り、相変わらずこいつも食わせ物だ。
まぁ、情報料を支払うだけの価値があるのは確かだ。
「その廃墟群に屯してる連中、ただのチンピラや野盗じゃない」
「・・・と言うと?」
「最近、二つ隣の街にあったPMCが倒産したのは知ってるな?」
唐突な話題の変化に訝しく思いながらも頷く。
大して有名ではなく小規模程度であったがPMCが経営難に陥って倒産したという話は俺も知っていた。
世間では今はPMCの天下だと思われてるがそういう訳じゃない。
今、大成功を収め我が世の春を謳歌してるのは大手大企業PMCのグリフィン&クルーガー社を始めとするほんの一握りの連中だけだ。
中小規模のPMCは生き残りを掛け、合併、独立、倒産、再建を激しく繰り返している。
今回、倒産したという小規模PMCもその一つだと思っていたんだが・・・もしや、今回の依頼は・・・
そう思い、バリーに目を向けるとバリーはうむと頷いてみせた。
「・・・冗談だろ?」
「冗談じゃない、確認情報だ。奴らの中にはそこのPMCに所属していた連中の姿も確認してる」
「くそが・・・」
思わず顔を覆いたくなった。
ただのチンピラか野盗の掃除かと思いきや同業者が相手とは思わなかった。
例え小規模のPMCとは言え訓練を受けた連中だ、簡単にはいかないだろう。
負ける事はないと思うが苦戦するかもしれないな。
「因みに人数は?」
「確認出来たのは10人程だ」
「・・・」
「どうする?降りるか?」
「いいや・・・受ける」
「分かった、依頼人はそう伝えておく」
「頼む・・・バリー」
「なんだ?」
「酒頼む」
「なににする?」
「さっきと同じだ」
「ジンのロックだな?」
「あぁ・・・」
そう言って俺は酒代のコインをテーブルに置いた。
ヴァレンスキー大尉
主人公。
元軍人で部下たちからは結構慕われていた。
ロシア人と日本人のクォーターであり、お酒に凄く強い。
書類仕事は出来るけど余し好きじゃない。
少尉
ヴァレンスキー大尉(主人公)の部下の一人で純粋なロシア人。
白髪に蒼い瞳に掘りの深い顔立ちとがっちりした大柄の体格が特徴的。
自分の隊長でありベテランの軍人であるヴァレンスキー大尉を敬愛している。
現在はとある将軍の腹心として活動している。
シャレンコフ中尉
ヴァレンスキー大尉の副官で純粋なロシア人。
ヴァレンスキー大尉とは同期で戦友的存在。
彼の実力を認めているが書類仕事嫌いが目下の悩みの種。
今後、出番があるかは不明(おい)
あの二人
ヴァレンスキー大尉の元に配属された新兵2人組。
いろいろな意味でこの作品の重要な立ち位置にいる。
多分、読者によってはこの二人が誰なのか気づいてる人もいると思う()
バリー・ヒューストン
酒場「The End of Eden」のマスター兼仲介人。
元歴戦の傭兵であり傭兵達の間で生きる伝説と呼ばれてる人。
自分が仲介する仕事で傭兵に酒を飲ませるのは本人の趣味。
取れる物はしっかり取る主義で依頼に重要な情報がある場合は別途で情報料を請求してくる(だがその分、情報の確度は非情に高い)