ゆーのくんがしんじゃうおおはなし

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ページをめくる音はいつしか消えて久しく。ただ、想う―――

にじファン時代の遺作 後半微修正

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とある管理世界の片田舎。

首都地から離れたその場所は緑も多く自然の香りが鼻をくすぐる、そんな場所に場違いな高級車が走っていた。

車に乗る人間は2人。

 

 

助手席に座る1人は女性。

白を基調とした制服に身を包んだ栗色の長い髪の美女。

 

運転席に座る1人は男性。

灰を基調とした制服に身を包んだ筋肉質で短髪の男。

 

美女は上司、男は部下。

 

 

車外から時折聞こえる小鳥の声は平和の象徴であり、それを聞く男は車外の雰囲気とは裏腹に落ち着かない様子だった。

最近の生活と言えば、執務室か演習場か戦場という究極の3択から1つを選び続けなければならないようなキナ臭い状態を長期に渡って継続した、それこそ悪夢を体現したかのような地獄と言っても生ぬるいような生活であり、所謂「平和に馴染めない」状態になっていたのだ。

高級車とはいえ戦場で使う物ほど速度が出ず、戦場で使う物ほど装甲が厚くは無く、戦場で使う物ほど素早く車外に脱出できない乗り物である。

車道の周りに広がる自然は部下が斥候を終えたわけでもなく、サーチャーでスキャンしたわけでもない。

そんなものが必要無いような非戦場においてそれが恐ろしく感じてしまうのは、最早職業病だろう。

しかし、男の今の任務は助手席に座る上司をこの休暇から無事に管理局へ帰す事だ。

下手に開き直って気を抜けない分、逆に辛い。

休暇といえども戦場で使うデバイスを所持した部下が付き添う程、この美人の上司は敵が多い。

北に次元犯罪者が居たら飛んでいって砲撃して捕まえ、南で執務官が違法研究所を見つけたら手伝いに行って砲撃して捕まえ、東で騎士がロストロギアを見つければ手伝いに行って砲撃して封印し、ついでに危険物不正取引グループにも砲撃して捕まえ、西で提督がテログループのアジトを摘発したら手伝いに行って砲撃して捕まえる日々。

そしてさらに別の次元世界で災害が発生したら休暇だろうが手伝いに行ってやっぱり砲撃して無理矢理鎮火させる、それが彼の上司である高町なのは二等空佐である。

ちなみにそれ以外の日は教導で部下に砲撃をしてノックダウンさせていた。

次元犯罪者のお仲間の恨みを受け、違法研究を裏で手引きしていた大物から恨まれ、管理内外の世界のテログループから目の仇にされ、災害の被災者からは感謝され、教導した部下から呪われる、そんな人。

 

しかし思えば、振り返ってみると本当に砲撃しかしていない。

いや、もちろん砲撃だけではなく、その前にしっかり射撃で弱らせてからバインドで足止めをして、しっかり周囲の魔力の収束をしてからでの砲撃なのだが。

男が言いたいのはそうではなく、今まで待機ではなく完全な休暇でも自宅か訓練所に張り付いていたこの美人の上司が、何故突然こんなドがつく田舎に来たのだろうかという疑問だ。

任務ならばそこに疑問を挟むべきではないが、今は休暇である。

もちろん護衛は任務に含まれるが、休暇の行き先を任務で指示されたわけではない。

 

 

「高町二佐」

 

「ん?何か気になる事でもあった?」

 

 

故に、男は窓の外、流れる景色をぼんやりと見ている本人に聞いてみる事にした。

 

 

「いえ、二佐からは出掛ける、としか聞いていなかったので何処を目指しているのかと思いまして。旅行ではないようですし」

 

そうである。

高町二佐は同じ出身世界の者を含め高ランク魔導士に知り合いが多いい。

旅行に行きたいのなら誰かしらと休暇を合わせて出掛ければ外泊規定は満たせるし、態々部下を連れて行く必要も無くなるのだ。

ちなみに男は高町二佐とは「そういう関係」ではもちろん無い。

尊敬できる上司だとは思ってはいるが。

 

 

「あれ……話してなかったっけ?」

 

「えぇ、これっぽっちも」

 

「あはははは………そっか………うんとね……夫に会いに行くんだよ」

 

「はぁ、そうですか……………………………………ハァッ?!」

 

「わっちょっ!前見て!前っ!!」

 

 

とんでも無いものが出てきた。

なんだ夫って。

聞いたこと無いぞそんなの。

結構有名人だし結婚するとなったら少なくとも局内じゃちょっとしたニュースになる筈なんだが……

男は高町二佐が結婚したなんて聞いたことが無かった。

 

 

「初耳でしたよ、結婚してたんですか?」

 

「うん。指輪は普段してないし籍も入れてなかったけどね」

 

 

それは結婚とは言わないのでは?という一言をなんとか飲み込んだ男に、なのははホラ、と指輪を見せた。

宝石の無い銀色の指輪には、同じく銀色の細いチェーンが通っており、視線で辿るとそれはなのはの襟元に続いている。

普段はシャツの下に仕舞い込んでしまっているため、今まで誰も見たことが無かったのだろう。

 

 

「嵌めればいいのに、いいデザインじゃないですか」

 

「そうだね、最初は嵌めてたんだけどね……」

 

 

なのはは指輪を手に持った眺めながら寂しそうにそう呟き、襟元から服の中に指輪を再び仕舞い込んだ。

 

男が先ほど見た指輪は、宝石こそ無いものの金属性の植物のツルが巻きついたような複雑かつ神聖なデザインで、一目で高級品だとわかる代物だった。

しかしそれを嵌めない、いや、嵌めなくなった理由。

武装隊に所属していれば、そういうヤツは男女関係無くたまに居る。

 

如何に鉄壁の魔導士とて、長く戦場に居続ければ怪我もするだろう、骨折もするかもしれない、訓練で筋肉もつくだろう。

つまり、彼女の指は脂肪などではなく骨と筋肉が太くなる事で指輪が嵌らなくなってしまったのだ。

アップサイジングの加工もできないわけではないが、元の指輪に手を加える事を嫌ったのだろう。

いや、もしかしたら、彼女を恨む人は多いい。

夫となった人物は低ランク魔導士、もしくは一般人だったのかもしれない。

なら、彼を守るために結婚を隠したのかもしれない。

有名税といえばそれまでだが、男にはそれが余りにも悲しいことに見えた。

 

 

「けどいいんですか?久しぶりの夫婦水入らずなのに俺なんかが居て」

 

「うん……デートとか、そういうのじゃないから。あ、あの建物だよ」

 

「了解しました………ん?」

 

 

到着した建物は、病院。

 

大自然に囲まれた中に、ぽつんと間違って配置してしまったか、それとも周囲だけ風化して森になってしまったのか、そんな風に思わせるような小さい病院がそこにあった。

規模からして入院患者は両手で数え切れる程だろうか、駐車場なのか野原なのか判断に困るスペースに車を止め、2人は病院に入り受付をすませた。

 

過去に何度か来た事があるのだろう、なのはは迷わず建物の奥に進んでゆく。

その足取りは一定だが、普段の彼女を知る男からすれば、少しペースが遅い事が見て取れた。

病室の前で一旦立ち止まり、深呼吸。

男に振り向いて告げた。

 

「ここまででいいから」

 

「了解」

 

彼女は部屋に入ってゆく。

さすがにその中に踏み入るほど男は無粋ではなかったが、ふと彼女の夫は誰なのだろうという興味が沸いた。

ドアを開けるまでも無く、病室の入り口には入院患者の名前を示すプレートが――――

 

「ご家族の方ですか?」

 

「ん?」

 

横から声を掛けられて視線をそちらに向けると、病院のスタッフ……いや主治医だろうか、初老の男性が白衣を着て佇んでいた。

接近には気づいていたが、まさか自分に声を掛けてくるとは思っていなかった男は返答に一瞬の間が空いた。

 

 

「付き添いです」

 

「そうですか」

 

先ほどのなのはの制服の後姿を見ていた主治医は同じく管理局の制服を身にまとった男に告げた。

 

「突然で失礼な話ですが……お葬式の準備をされた方がいいかと」

 

「……え?」

 

 

病室に振り向く。

ドアのすぐ横、入院患者の氏名を記載するプレートには名前が記載されていた。

 

 

 

 

ユーノ・スクライア

 

 

 

 

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これはほんの少し、数ヶ月前のお話。

 

ユーノ・スクライアの病室にあるものは片手ですべて数えることができる。

 

着替えと、洗面具と、メガネと、本と、ノート型端末。

本当にそれしかない。

ノート型の端末にカチャカチャと文字を打ち込み続け、やがてひと段落したのだろう、内容を保存してキーのタッチをやめた。

その後もしばらくモニターを眺めていたが、諦めるようにため息をつくとパタンとモニターを倒して閉じてしまう。

 

「ふぅ……」

 

気づけば無意識に胸や腹部をさすっていた。

もともと線の細い、鍛えても筋肉のあまり付かない体だったが、今はさらに痩せこけてしまい、前にもまして頼りが無い。

ついでに言うなら、常人にあるべき器官がいくつか無い。

悪性の腫瘍にやられてしまって、丸ごと切除してしまったのだ。

もちろん、消化にも影響があるし、血液の浄化にも問題がある。

生活拠点がベッドの上となり点滴と透析が友となってしまったが、もともとほぼ座ったままで仕事をしていたため、やることに変わりは無い。

ただし、人生のリミットは決まってしまったが。

彼が受けた手術は、もうどうにも快復不能な目の前に迫った死を回避する代償に、近い未来に確実に終焉が訪れる事を約束する手術である。

その手術によって余命を1ヶ月から8ヶ月まで伸ばす事に成功したが、こればかりはもうこれ以上絶対に伸びないとクラナガンの名医にお墨付きをもらってしまった。

残された時間は人生の整理に使ってくれとまで言われ、今は自然を感じられる管理世界でもかなり田舎にある病院で最後の刻を待つ毎日である。

 

 

「ユーノ、お見舞いにきたよ」

 

「あぁ、フェイトか。いらっしゃい」

 

「いらっしゃいって……ふふ、何か違うような気もするけど。はい、これ。探してたでしょ?」

 

そんなある日、フェイトが見舞いに来た。

実は既に何度か来た事があるフェイトは、バッグから数冊の差し入れを出してユーノに見せる。

 

 

「え……エルフィルの手記の第四章?こっちはヴォルモート伝承録じゃないか。よく手に入ったね」

 

「えへへ、ユーノが喜ぶかなって。ヴォルモートの方は借りてるのだから来週取りに来るね」

 

「うん……そうだね、すごく嬉しいよ。絶対読めないと思ってたからさ」

 

前者は出版社から発売されたことの無い本で、オリジナルの写本だ。

考古文学の流通にある程度知識があって、さらにかなりの予算がないと手に入らない代物だった。

後者は後者で古代ベルカのヴォルモート地方に伝わる伝説や御伽噺などを纏めたもので、文化的価値が非常に高い。

聖王教会に保管してあったはずだが、闇の書事件解決に貢献した当時のユーノですら貸し出しどころか閲覧もさせてもらえなかった代物だ。

いくつ貸しを作れば教会が首を縦に振ってくれるかわかったもんじゃない。

おそらく相当の無理をしてかき集めてくれたのだろう。

ユーノですら生きている内にお目にかかれるとは思っていなかったのだ。

確かにフェイトはお金の使い方が下手というか、何に使えばいいのか判らずに溜め込む所があったが、それを差し引いても無理をしている筈だった。

 

決して見ることが出来ないだろうと諦めていた本に出会えた事と、フェイトの苦労と思いしばし表紙を眺めていたユーノだったが、その間にフェイトは持ってきたりんごをむき終わっていた。

小さくカットしてあり、食が極端に細くなったユーノにしっかり配慮されている辺り、彼女の気遣いが感じられる。

医者の許可もおそらく取ってあるのだろう、ありがたくいただく事にした。

 

「読んじゃいなよ」

 

「え?」

 

「読みたいって目、してるよユーノ」

 

「あはは、バレちゃった?」

 

「うん。私も読みたいの自分で持ってきたから」

 

「そっか。じゃあ遠慮なく」

 

フェイトはさらに荷物の中から古びた本を取り出して見せた。

手記の方に手を伸ばそうとしていたユーノは、フェイトの手にある本を見て驚いたように眉を上げる。

 

 

「それ、まだ持ってたんだ」

 

「宝物だからね」

 

「そういう言われ方するとなんか恥ずかしいな」

 

「……男の人から初めて貰ったプレゼントだしね」

 

「だから言わないでよ」

 

お互いにクスリと笑い、どちらともなく本を読む作業に入った。

時折ページをはらりとめくる音が病室内の唯一の音になる。

 

 

 

 

 

 

フェイトの今読んでいる本、エレオノール詩集と呼ばれる詩集なのだが、その活動的な生活とは裏腹に彼女は詩集を集めて読む事を趣味としていた。

実はエリオやキャロ、なのはも知らない……それこそユーノしか知らない趣味なのだが。

きっかけはフェイトが生まれて初めて学校なる場所に通い始めて3ヶ月ほど経過した時期だ。

 

それまでフェイトにとっての他人(自分以外の存在)とは、母と、アルフしか居なかった。

他人とか、友人などの余地が一切入らないまま幼少期を過ごし、たったそれだけの人間関係しか知らなかった彼女は、当然の帰結としてコミュニケーション能力に重大な障害を抱えていた。

他人が何を考えているのか判らない。

いや、それを完全に理解できる人間など居ないのだが、それ以前の問題として会話中に相手がどう思っているかなどが判らないのだ。

母の影響で他者の怒りには敏感なのだが、それ以外の感情をうまく読み取れない、受け取れない。

そういう感情を向けられた事が無いから。

友と呼んでくれる、友と呼べる友人は居た。

彼女たちを通して他者と少しづつ接触していれば、やがて彼女の対人能力も時間と共に人並みになっただろう。

だが、彼女の心にある要素が事態の悪化を招いていた。

 

ヒトに造られたモノ

 

造られた存在である彼女は、深層心理の奥深くに、強迫観念にも似た「人間らしくありたい」という思いがあった。

しかし、「人間らしく」という対象がはっきりしているようで実は具体性がまるでないこの願望を叶える事は、とても難しい。

 

他者と同じように笑いたい。

他者と同じように泣きたい。

他者と同じように感じたい。

何故私にはできないの?

私が造られた存在だから?

なら学べばいいの?

真似をすればいいの?

その行為自体が、自然に出来ないという事自体が、自分がニセモノの人間である証拠と周りが気が付くその日まで。

 

誰にも言えない、言える訳が無い。

特に学校関係の人には。

自分は、存在自体が違法なクローンなのだ。

なのはは受け止めてくれた。

けど誰も彼も全ての人が受け入れてくれる訳では無いことにもフェイトはもちろん気づいていた。

大きすぎる母という存在のおかげで。

 

養子として引き取ってくれたハラオウン家の人たちにも相談しづらかった。

そんな時、フェイトの異常を唯一察知して助けてくれたのがユーノだった。

もしくは、彼もまた既に、その強すぎる責任感から自分の存在意義について疑問を抱えていたのかもしれない。

 

ユーノは泣き出したフェイトを根気良くなだめ、暖かい寝床と飲み物を与え、時に背をさすりゆっくりと話を聞きだした。

そしてそんな彼がフェイトに与えた本が今フェイトが読む「エレオノール詩集」である。

少し内容に触れると、今から80年ほど昔に管理局を引退した女性の魔導士が、晩年にさまざまな世界を旅しながら記載した詩集であった。

 

人は経験を蓄積して成長する生物である。

そして、本は他者の経験を疑似体験できるもっとも原始的かつ効果的な媒体である。

ユーノはフェイトにそう諭し、詩集を読み聞かせ、ある時には共に著者のエレオノールの旅路を追い、詩を思いついたと言われている場所にフェイトを連れて行った。

そこでフェイトは詩集の該当部分を何度も何度も読み返し、空気の匂いを嗅ぎ、風と光を肌で感じ、水の流れを音に聞く。

数時間、長い時には朝から夜までじっと詩を読み、世界を感じ続ける事で、ある瞬間その詩が心の中にストンと吸い込まれるように落ち着く。

その瞬間、フェイトは自分が一歩人間に近づけたという確信が持てたのだ。

ユーノはひたすら、フェイトと共にあり、共に世界を感じていた。

そしてフェイトが感じる世界の中に、確かにユーノの息遣いも存在したのだ。

フェイトはいつの日か、他者を感じ取るという能力を獲得していた。

 

旅をテーマにした詩集を集め、その旅路を追う事がフェイトの趣味となるのに時間は掛からなかった。

今でも1人で詩集を抱えてフラリと出掛ける事がある。

ユーノ以外誰にも知られていない趣味であり、文学的でありながら行動的でもある、ユーノという存在そのものにも似た趣味であった。

 

はらり、はらりと。

病室の中にページをまくる音が静かに溶け込んでゆく。

看護婦が面会終了の時間を告げるまで、そこには静でやさしい時間が流れていた。

 

 

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 ユーノは古代ベルカの書物を翻訳している時に、戦記物の内容を取り扱った文章を見つけた事がある。

 其の中で、無敗を誇ったというヴェルナーという将軍が、ある戦であっさりと戦死してしまう場面があった。

 何故、将軍は死んでしまったのだろう。

 不意打ちでも、罠でも、万の軍勢でも将軍を討ち取る事はできなかったのに。

 彼は、あまりにもあっさりと敵の雑兵に討ち取られてしまった。

 ふと、ユーノは疑問に思う。

 何故、ヴェルナーはこうもあっさりと負けてしまったのだろうか。

 

 

 管理世界の片田舎。

 森に埋もれるように存在する小さな病院。

 彼は、其処に居た。

 もう生きているのか死んでいるのか、それすら判別が付か無いほどに静かに。

 

「ユーノ君」

 

 名前を呼ぶも、しかし答えが無い。

 なのはは死体のように眠るユーノ髪を、そっと手で梳いた。

 看護婦達がきちんと仕事を果たしてくれているのだろう、病室には不快な異臭はまるで感じられない。

 さらさらと、細い毛質の髪が指からこぼれてゆく。

 それはまるで、彼自身の命が、その手から抜け落ちてゆくような錯覚をなのはに感じさせた。

 やがてなのはの指はユーノの額に移った。

 ひんやりとした彼のおでこになのはの体温が移り、やがてじんわりと熱を持ってゆく。

 

「ん………なのは?」

 

「うん。おはよう、ユーノ君」

 

「おはよう、なのは」

 

 なのはを見たユーノは、まるで宝物を見つけた少年のように微笑んだ。

 嬉しい、そう思っているのがなのはに伝わってくる。

 それが、たまらなく心に痛みを齎した。

 

「ほんとはね、ちょっと不安だったんだ」

 

「うん」

 

「もしかしたら、もうなのはに会えないんじゃないかって……勝手だよね、僕から離れたのに」

 

「うん。私もごめんね。もっと早く、これたらよかったんだけど」

 

「いいんだ。なのはが忙しいのは、知ってるから」

 

 なのはは居た堪れない気持ちになり、病室を見回す。

 片付けられた病室を。

 何も無い、本当に何も。

 何も、無さ過ぎた。

 部屋には花も、端末も無い。

 あるのはただ一冊、開かれた本があるだけだ。

 まるで、死ぬ準備が出来てしまったかのような悲しい空気をなのはは感じ取る事ができた。

 

「クロノが、さ」

 

「うん?」

 

「この前、荷物を片付けた後だっていうのに、翻訳の仕事を持ってきたんだ。参考資料も無いから苦労したよ」

 

「もう、クロノ君たら。ユーノ君もダメだよ。そういうのは断らなきゃ」

 

「そうだね」

 

 きっとそれは、クロノなりの優しさだったのだろう。

 そもそも、翻訳という仕事の内容がクロノの職務と全く合致しない。

『何か目的が無ければそのまま死んでしまいそう』

 そう、フェイトに泣きつかれたクロノが見せた友人への、それが見舞いだった。

 

「ねぇ、ユーノ君」

 

「何かな」

 

「何か私にできる事、ないかな」

 

「そうだね……」

 

 ユーノは瞑目して、静かに深呼吸をした。

 最早、呼吸すら彼にとっては重労働であった。

 

「なのはこそ、何か助けがいらない?」

 

 この人は、いつもそうだ。

 いつもいつも、そうやって自分よりも、つい誰かを助けてしまう。

 そうやって、自分が追い詰められた時は誰にも助けを求めずに、ついには潰れてしまった。

 きっと、昔助けを求めたせいで私が戦いに身を投じるようになった事を悔やんだのだろう。

 助かった命がある、失われた命がある。

 そんなことは、もう随分と昔に、何度も議論したというのに。

 

 ユーノが内臓疾患を抱えたのは、なのはとの関係が疎遠になった直後だという。

 内臓疾患が先だったのか、疎遠になったのが先だったのか。

 前者だろうな、となのはは思う。

 なら、聞いておこう。

 これが、最後かもしれないから。

 

「ねぇ、ユーノ君」

 

「―――何、かな」

 

 ユーノが何かを察してくれたことを、なのはは察した。

 本当に、この人は。

 本当にこの人は、最後まで―――

 

「ひとつだけ、わからない物語があるの」

 

 ずっと、ずっと聞きたかった。

 追いかけて、その腕を掴んで、振り向かせて、目と目を合わせて聞きたかった。

 

 知らなかったから。

 この答え合わせの答えを聞くことが、こんなにも怖くて、こんなにも勇気が必要だったなんて。

 

「何のとりえの無い女の子が、魔法に出会って、空を飛べるようになったの」

 

 でもそろそろ、勇気を出そう。

 答えを聞こう。

 これが、最後かもしれないのだから。

 

「魔法の力で、いろんな人を助けられるようになったの。好きになった人が居て、結婚したの。小説家になりたいっていう好きな人を支えたくて、仕事に一生懸命になったの。家事も頑張ったの」

 

 一度言葉を切り、ユーノから目線を外す。

 覚悟していた筈だった。

 決意を持って此処に来た筈だった。

 それでも、その続きは。

 その続きを音に変える事は、あまりにも困難だった。

 彼の目を見たままでは、きっときっと。

 もう何も言えなくなってしまうから。

 

「でも夫は女の子の前から姿を消してしまったの。何が悪かったのかな」

 

「そうだね…」

 

 ふと、ユーノの頭の中に、最近最後に読んだ文書であるヴォルモート伝承録が思い浮かんだ。

 なんでも、戦に出れば負け知らずの男が、愛したユニゾンデバイスを破壊され、失意の内に敗北する話だった。

 男の地位は高く、代わりのデバイスなんてユニゾンデバイスだろうが、いくらでもあったというのに。

 男の名は、書と同じくヴォルモートと、書いてあった。

 

 あぁ、もしかしたら。

 ヴェルナーとヴォルモートは、同じ人物なのかもしれない。

 

「物語は、ちゃんと理にかなっているよ」

 

 思考がまとまらない、気の利いた言葉を言うべきなのに、考えることができない。

 

 足も手も、腹も胸も、頭でさえ。

 すべてが雲になってしまったかのようにふわふわとする。

 浮かんだ言葉を、ただそのまま口にした。

 

「主人公は完璧だし、友人役の助役もちゃんとやっている。演出も完璧だった」

 

 ―――― なら、どうして?

 浮かんだ言葉をなのはは音にする事ができなかった。

 彼の言の葉を遮る事が、どうしても、どうしてもできなかったから。

 

 「女の子は誰かを助けるために、夫を助けるために空で戦いエースになった。小説家になりたかった男は結局、命を削っても一作も作り出す事ができなかった」

 

 きっと、今までで一番、もしかしたら初めて、彼が心の弱さを覆わずに話してくれているから。

 

 「そして勝手に耐えられなくなって、勝手に居なくなった。出番の無くなった、才能が無い小説家志望が……そろそろ物語から消える。それだけだよ。それだけなんだ」

 

 そんな事は無い。

 そんな物語は間違っている。

 けれど、物語は人の数だけあって、人の数だけ真実がある事を知った今、そんな否定に何の意味があるだろう。

 

 そこまで話すと、ユーノは深く息を吐き出して、窓の外に視線を延ばす。

 瞼が徐々に下りてゆく。

 最後の時を知らせるように。

 

 自分が一冊の本だとしたら。

 まるで全てのページがそこから零れ落ち、適当に拾って束ねたようだ。

 ページ順も、上下すらバラバラで。

 

 頭に浮かぶのは子供の頃好きだった料理。

 レイジングハートの赤い輝き。

 少女の笑顔。

 

「ずっと、不思議だったんだ。常勝無敗の将軍が、何故あの時あっさりと負けてしまったのか」

 

 

 

 そして―――こんな時に浮かぶ、自分がふと疑問に思っていた事への、答え。

 

 

 

「………きっと、大切な人を失って、心の中にある何かが、揺らいじゃったんじゃないかな」

 

「ユーノ君……」

 

「なのは……僕は……君を……」

 

 ユーノのまぶたが完全に閉じた。

 愛している。

 その言葉は、空気を震わせる事はできなかったが、確かになのはの元に届いた。

 

「ユーノ君?……ねぇ、ユーノ君?眠っちゃったの?」

 

 

 ユーノは答えない。

 その肌は透けるように白く。

 その唇は動かず。

 

 

「ユーノ君。わたしだって、ユーノ君の事が大好きなんだよ。ユーノ君の事……ユーノ君っ……」

 

 何が、間違っていたのだろうか。

 何処で、ボタンをかけ間違えてしまったのか。

 

 皮肉にも、ユーノの遺品からフェイトに返却する本を整理している時に、なのはは知ることになる。

 それは、あの日ユーノに病室にあった本。

 ヴォルモート伝承録。

 挟み込んであったノートの切れ端に、震える文字でユーノが残したメモが残っていた。

 

 

 

 Die Traurigkeit, das es nicht mit Ihnen dort ist, zerstort mich wie ein scharfes Schwert

 

 

 

 

 君と一緒に居られない悲しさは

 鋭い剣のように私を滅ぼす

 




10年くらい前でウルジャンで見かけた「誰も知らない」という短編のオマージュ
自分から離れた癖に寂しくて死んじゃうユーノくんかわいい。

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