中学生樋口円香と浅倉透のある夜   作:ピッピピピーマン

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1話 comple X tion

 

 

夜半の町明かりは思っていたよりも頼りなくて、

見慣れた家々がみな豹変したかのように黒かった。

電柱に背を預け、帽子を深くかぶる。

据え付けの電灯のほのかな光を浴びて立つ。

 

「…寒い」

 

独り言は闇に飲まれたようだ。

残暑の残る季節だからと油断していた。

カットソー、コーデュロイジャケット、黒のパンツ、つば付きのベレー帽。

背中のコンクリートが、路面表示の止マレの文字が、

私を責め立てるような冷たさを孕んでいる。

 

はぁ…こういう時くらい早く来てくれれば良いのに。

私は夜の寒さに怯えながら彼を待つ。

 

 

彼が来たのは私の体が芯から冷えきってからだった。

慣れ親しんだ足音が聞こえてくる。

透…!

トッ、トッ、トッ、妙な余裕に溢れている音。

パーカーにスキニーの彼が姿を見せる。

 

「やっほー」

「──遅いよ、透」

「ごめん。ミスった」

 

30分遅れ。

 

「何をミスることがあるの。家を出ただけでしょ」

「んー、2階から抜け出したから」

「嘘。……ほんと?」

「まじまじ。こう、ズバーンと」

 

透がいい感じの格好いいポーズを取っている。

思春期。

 

「円香もやってみてよ」

「最高に勢いしかない。───ズバーン」

「ふふっ、いいね」

 

透と同じポーズを、透より格好よくキメた。

 

「さ、行こうよ」

「透は、怖くないの」

 

怖さは和らいでしまったけれど。

 

「んー…気持ちいいよ」

 

夜に頭まで浸かってる、そう彼は言った。

迷いなく足を進める透は、足取りがいつもより軽い。

何となく、ふっ、と息をつく。

彼の背中を追いかけた。

 

「どのくらいかかるっけ」

「1時間弱」

「うわ、遠っ」

「…透が行くって言い出したんだからね」

「え、うん」

 

歩き慣れた住宅街に、新鮮味を感じた。

少しだけわくわくしているかもしれない。

 

「こんな夜出歩くの初めてじゃん」

「そうだけど、何?」

「なんかすごい、ワクワクしてるわ」

 

同じことを考えていたのか。

何となく悔しい気持ちになって、透をどついた。

 

「おわ、どうしたー」

「──迷ったら透のせいだからね」

 

とっさに建前が口をつく。

 

「えー、円香のせい」

「なんで」

「なんでも」

 

目を合わせてふふっと笑いあう。

見下ろしてくる電柱もどこか優しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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少し行くと、通りに出た。

 

「やば、車いない。世紀末」

「世紀末に道路も歩道橋もない」

「え、行ったの」

 

銃創が7つある男の漫画を読んだっけ。

 

「…」

「まあね」

「えー、すご。どんなとこ」

「一面荒野。あと筋肉もりもりの変態たち。」

「──なんだ、そっかー…」

 

通学路にある歩道橋。

歩道橋下には車がほとんど通っていないようだ。

広い道路を見ていると、なんだか自分がとてもちっぽけな存在になってしまったような気がした。

 

……。

 

とん、ととん、とんとん、とん。

噛み合わない足取りで階段を上がっていく。

すこし先を行く彼。

階段の真ん中にあるスロープをゆったりと歩いていた。

普段の数倍、長く感じた。

とん、とと、ととん、とん、とんとん─────。

 

「───やば、景色すごっ」

「いつも見てるじゃん」

「あー、まあ。そうなんだけどさ」

 

広大な街。

に、動きが全く感じられなかった。

建物がみな、微かな街灯の灯りに照らされ、そして

沈黙している。

何もない、広い荒野を錯覚するほど。

しばらくの間、私は足を止めそれを眺めた。

透がゆっくりと口を開く。

 

「夜、終末の街。なんか、止まってるって感じじゃん」

 

彼も足を止めていて、それで、綺麗な横顔が見えた。

どこか、遠くを見つめていた。

気を抜くと吸い込まれそうな瞳が、側で輝いている。

そっと、彼の服の裾を掴む。

透が、驚いたように、私を正面から見た───。

 

「………………」

 

私は透を見て、答える。

 

「私達は進んでるんじゃない」

 

自信はなかった。

 

「──ふふっ、それいい」

 

透はにぱっ、と笑顔を見せてくれた。

私はそれと対照的に、彼の瞳をぐっと見据える。

言葉とは裏腹に、どこにも行って欲しくないと思った。

 

「まだこれからでしょ」

「はーい」

 

お互いに、先行く道に目線を戻す。

小躍りするように、透は歩道橋を下っていく。

歩道橋の階段を降りると、ほの暗い住宅街が

ただ静かにそこにあるのみだ。

心持ちはその場で留まっていたが。

透と私はまた歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「小糸ちゃん、元気かな」

「今?」

「ほら、小学校」

 

正面には少し前まで通っていた小学校があった。

 

「中学違うからさ」

 

大きな校舎が夜空を隠している。

もうこんなところまで来てたのか。

私はしばらく会っていない幼馴染の、ころころとした動きを想起した。

 

「小糸勉強すごい頑張ってるよ」

「そうなの、心配」

「…そんな気にしてたの」

「うん。円香、ひどー」

 

思わず。

 

「私が、透の分も心配するから、いい」

「え、何。どしたの」

「…なんでもない、忘れて」

「えー、無理」

 

透は清涼剤のような笑みをこちらに向けた。

 

「小糸ちゃん、ほっとけないよね」

「…」

「ふふっ、ありがと」

「…何」

「僕の代わりに心配してくれるんでしょ」

 

肩の力が抜けていくのを感じた。

小糸には今度飴でも差し入れよう。

 

校門の門戸が隙間なく閉まっている。

 

「そういや雛奈、最近うちずっといる」

 

小学校の時は他の友達もいたのに。

そう言いたいのだろうか。考えすぎか。

 

「…………」

「え、何その反応」

「…別に」

「えー」

「小糸のついでに雛奈のとこも寄るし、そのとき聞けば」

 

ちらと校舎に目を向けた。

無数の窓々がぽっかりと黒い口を開けている。

少し名残惜しかったけど、そのまま小学校を通りすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここ、踏切あったっけ」

「確か、前ここ通ったことある」

「うっそ」

「ほんと。皆で隣町まで行ったとき」

「んー…覚えてないや、ごめん」

「…」

 

彼が不意に立ち止まる。

こちらを振り返らずに、線路の行く先を見ている透。

そして私。

 

「──来ないよね、電車」

「今の時間は来ない。…何する気?」

 

いきなり視界から彼が消えた。

 

「ほら、ごろーん」

 

線路に寝転がったのだ。

 

「あはは、線路、冷た。イエー」

「…っばか。轢かれるかも」

「え、来ないって言ったじゃん」

 

そう言って、こちらに意味深な目配せをしてくる。

 

「………」

「何、見える」

「さぁ」

 

知らない

 

「ごろーん」

 

透の横に、寝転んでみる。

多分、私は透と同じものを見てない。

彼が私の手を握ってきた。

 

「宇宙に、二人だけみたい」

「映画か何か?」

「ふふっ、当たり」

 

宇宙船で一人で死ぬはずだった主人公がいて

そいつが独りでいるのに耐えられなくて、なんかヒロイン巻き込んで

二人で生涯終えてハッピーエンド

 

パッセンジャーとかいう映画のあらすじを。

そう語って聞かせてくれた。

 

「端折りすぎ。ハッピーエンドなのそれ」

「うーん、まあ、いいじゃん。無常感」

 

いきなり透がこっちを向いた。

時折見せる、宝物を見つけたような目。

そんな目を忌々しく感じる自分がいる。

 

「円香となら宇宙船の中で一生暮らせるかも」

「は?………私はパス」

「えー、なんで」

「小糸と雛奈を残してくの」

「連れてけばいいよ。行こう、宇宙」

「……………」

 

透がゆっくり起き上がる。

 

「ほら」

 

彼が手を差し出す。

私も連れていかれるのだろうか。

その手を掴み、私も起き上がった。

 

「私達が乗れる宇宙船なんて、まだこの世にない」

 

透の揺れる背中を追いかける。

彼がどこを見ているかはわからないけど。

私だけは、わかるんだ。

早歩きで彼に追い付いた。

 

 

 

 

 

 

 

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