いわいちゃんは、季節や任務地によって装いが変わる。例えば、冬場になれば、可愛らしいコートを着た姿になるし、古い洞窟の中にいる呪霊の討伐任務では、まるで探検家のような服になったりする。
基本的な衣装は、ピンク色のエプロンドレスだが、TPOを弁えて衣装が変わる。
西宮桃は、何気にいわいちゃんが好きだった。可愛い。
始めていわいちゃんを見た時は、なんだこの巫山戯たやつはとドン引いた。なんだよ、バーチャル呪術師って。どうせ中身はオッサンだろ、とも思ったりした。
だが、案外流行も抑えてるし、可愛いお店を沢山知っている。慣れてしまえば、それなりに気に入ってしまっていた。
西宮桃は、可愛いものが好きである。そうなるのに、時間はかからなかった。
「ねえ、いわいちゃん」
《はい☆ 桃ちゃん☆☆☆》
「このピアス、どう思う?」
《とってもよく似合ってるよ☆ 青い石が、桃ちゃんの髪の色によく映えてる☆☆☆》
「ねえ、最近出来た駅前のカフェってどんな感じ?」
《レビュー評価も、SNSでの評判もいいよ☆ いわいちゃんオススメは、いちごを沢山使ったパフェかな☆☆☆》
「いわいちゃん、あの映画見た!?」
《うん☆ 桃ちゃんが好きな俳優さんが、とてもイキイキとした演技をしてたね☆☆☆ カッコよかったです☆》
こんな具合で、2人は仲良しなのである。
中身がオッサンな可能性を最初は疑ったが、話してみると普通の女の子である。“永遠の18歳”とか抜かしていたから、それなりに年上だろうなとは思っていたが、ノリは西宮と同い年ぐらいだった。
つまりは、話しやすい。
可愛くない呪術界において、いわいちゃんの存在は西宮の中で大きくなっていった。
「いわいちゃん、可愛いですよね!」
そう言いながら車を運転するのは、今回の補助監督の女性である。彼女は、ロリータ系のファッションが好きなので、いわいちゃんのファッションセンスもツボらしい。
「補助監督も人手不足が深刻だったんですけど、いわいちゃんのおかげで、潤滑に仕事ができるようになったんですよ。本当にいわいちゃん様様です」
「へぇ、そうなんですか」
「救世主ですよ! 書類整理も手伝ってくれるし……でも、何故かアンチもいるんですよね。あんなに貢献してくれる可愛い子なのに……」
アンチといえば、西宮の後輩である禪院真依も、同輩である加茂憲紀も、どうやらいわいちゃんが苦手なようだった。なんでも、いわいちゃんの生みの親が嫌いだとか。
詳しくは知らないが、東京校の敷地内に住んでいるらしい。興味は無いが。
「生みの親、ってどういうことなんでしょうね?」
補助監督も、生みの親に関しては知らないらしい。おそらく、キャラクターデザインをしたとか、そういう感じだろうか。
「僕、知ってますよ。素晴らしい方です」
西宮桃の後輩に、真依の他にも禪院家の男子がいる。ゴテゴテとした可愛くない匣を大事そうに抱えたやつだ。男尊女卑で、シスコンなので、あまり会話をしたことは無い。
今回、同じ任務先へ向かうために同乗していたのだ。
先程までずっと黙っていたが、“いわいちゃんの生みの親”の話を聞いて、突然嬉々として口を開いた。
「仁木さんは、本当に素晴らしい方です」
「会ったことあるの?」
「無いです! でも、素晴らしい方です!」
「…………」
「このカートリッジを作ってくれて、僕を呪術師にしてくれたんです! 仁木さんのおかげで、僕は呪術師になれたんです!」
禪院家の家訓は知っている。呪術師にあらずは、人にあらず。なんて可愛くない文言があるぐらいだから、きっと彼の言う『呪術師になれた』という言葉は酷く重い。
「妹も僕も、彼のおかげで幸せです!」
「そ、そう……」
その熱量に西宮も補助監督も引いていたが、それでも彼のマシンガントークは止まらなかった。結局、目的地に着くまでその“仁木”という男の話をされていた。
■■■
数週間後、『仁木さん』に逢いに行くと言って出掛けて言った彼は、『仁木さん』を殺害し、行方不明になった。
何があったのか、西宮には分からなかった。
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「いわいちゃん。その、……亡くなった『仁木さん』って、」
《ボクの恩人です☆》
黒いワンピースに身を包んだいわいちゃんは、そう言って微笑んだ。
《でも大丈夫。彼の意思は、ボクの可愛い息子が引き継ぐから》
西宮には、なにも分からない。
知ってしまったら、何かが終わる気がした。