ただ呆然。ただ唖然。俺はあろう事か、神様の手違いで人生強制終了させられてしまっていた。腕を組んで顔を引き攣らせる俺は眼下で正座する白基調のドレスを着た自称女神様を見下ろしている。聞けば死ぬ運命だったのは、俺では無く、妹だったと言う事。…なので。
「まぁ、結果オーライだからいいけどさ…。いや、オーライなのか?」
正しく事が運べば、妹が死んでいた事になる。それは断固として拒みたい所だ。それを聞いた女神が元気良く立ち上がる様を見て、反省したフリをしていただけと理解し、苦笑いする。
「お前な…」
「仕方無いじゃない!! アンタ達瓜二つなんだもん…っていうか妹も美少年で瓜二つってなによ!?萌え殺す気なの!?」
えらく俗っぽい女神に逆切れされてしまい、髪型が微妙に違う事を伝えたが、誤差だ。判るわけが無いと反論された。…しかしまぁ、蘇生不可らしいが恩恵付きで別の世界に生まれ変わらせてくれるという条件で妥協する事にした。けど、ただ一つ譲れない条件を飲ませようとしたが…。
「無理よ…妹さんに瓜二つの娘が居るトコなんてピンポイント転生…」
チッと舌打ちし、目を反らした女神を見て、俺は一言。
「…無能」
「…ッ!? 言うに事欠いて無能!? この女神イストリアルテを捕まえて無能!?」
怒りを全身で現すイストリアルテを見て、女神としての誇りを揺さぶれたとほくそ笑む。これで恩恵とやらも手抜きでは無く、本気でやってくれるかもしれない。
「無能で無いと言うなら、その恩恵とやら、期待していいのだろうね」
「とっ…当然よ! この女神イストリアルテの威信にかけて応えてみせるわ!!」
「へぇ…。 具体的にはどんなのでしょうかね? 期待はしてないけど」
「くっ…この…」
更にプライドを刺激しつつ、長い金髪を逆立てて怒る女神の恩恵を待つ。
「魔物に蹂躙されかけている王国の窮地に、絶大な力をアンタに授け、其処に転移させるわ。そこで並み居る魔物達を全滅させれば後は…思いのままよ!!」
(…いかにもなドヤ顔で、とてつもなくツマラナイ展開を提示したよな、この女神)
暫しの沈黙の後、顔色一つ変えず、俺はドヤ顔の女神を見ながら一言。
「…却下」
その言葉に大きく仰け反った瞬間、彼女の無駄に豊満な胸がたゆんと揺れた。一瞬だけ目が行く辺り、俺は大きい方が好きなのだろうか。
「絶大な力ってのが曖昧だし、そんなとってつけたような英雄感は糞以外の何物でも無いと思う。目が肥えすぎた最近の日本人を甘く見ちゃ駄目だよ女神さん…で、他には?」
「くっ…。流石異世界モノの本場…生半可なモノは必要ないと…!!」
「当然だよ。せめて…そうだな聞いただけで胸に手が生え躍り、心に足が生えて、思わず駆け出したくなるような設定を頼む」
「何…その気持ち悪いフレーズ!」
その後、暫く彼女の提案を聞くが、どれもこれもありきたり。魔王討伐の勇者とか、奴隷解放の英雄とか、群雄割拠の乱世で覇王となるとか…最後のは少し揺れたがイマイチだ。首を横に振り続ける俺に、遂に女神の心が折れたのか、ガクッと膝を折り、雲のような地面に四つん這いになってしまった。その姿に見かねた俺は流石にコチラの好みを伝える事にした。…初めから伝えるべきではあるが、少し、意地悪をしたくなったのだと思う。
「そもそもに女神さん。富とか権力とか力とか。英雄像とかがベタベタで極端なんだよ。まぁ、人の好みにもよるけど…俺はそんなものに魅力を感じないかな」
そう言い終えると、女神は俺を見上げて涙目。
「だったら、何が良いのよ…!」
「見た事の無い存在を自身の目と足で探し、その手で掴む。その他一切は不純物かな…俺にとってはね」
要は冒険させてくれと言う事だ。知らない風習を知り、見た事も無い風景の中、食べた事の無い食材や料理で舌鼓を打つか悶えるか…。それを伝えると女神はポツリと口を開いた。
「…開拓者。 開拓者はどう!? それもとびっきりぶっ壊れた力をつけてあげる!」
ゴン!! と、女神のドタマに拳を打ち下ろす。
「んぎゃっ!? …何するのよ!!」
頭を抑える女神をにらめ付ける。
「女神さん。キミは折角の上等なケーキに味噌と醤油と納豆をトッピングする気なのかなぁ」
「いやいやいや!! 未開地なめてるの!? 現代人が生きていけるとか…思い上がりも甚だしいわよ!!」
…正論だ。便利になり過ぎた世界から、不便極まりない世界に行く。確かに力が無いと、瞬く間に天に召されそうではある。が、然し…。
俺は女神に向かって強く一歩踏み出した。
「自分でも舐めてるとは思う。だけど、苦痛を耐え忍び、踏み出す一歩。傷を伴って切り開いた道こそ価値があるんじゃないかな」
自身の欲を全て出し切って、その願いを叶えて貰おうとした俺の目を見て、女神は静かに目を閉じてクスリと笑う。
「呆れたわ…。とんだドMね。アンタ、生まれてくる時代と世界を間違えてるよ…きっと」
「ドMは否定するけど、後は概ね同意かな。何不自由ない生活が余りにも選択の余地が無く、不自由なんだ…心が」
「先人の知恵の結晶を悪く言わないの! ならば桜ヶ原 正人(おうがはら まさひと)、キミを異世界クーンラインへと転生させるわ。赤子からは不便だろうから今の君と瓜二つな存在を創って転生させてあげるわ」
「クーンライン…。はい。では、お願いします」
その言葉に女神は頷くと、右手を俺に翳す。すると視界が暖かい光に包まれ、意識が光に融けるように混ざり、消えていく。
(あらら…本当に女神だったんだな)
「で…も。力の一つも授けないなんて、私のプライドが許せないから。君には特別な力と存在…我が権能の一部を授けた戦乙女を授けるわ」
□□□
次に意識が戻ったのは、雲一つ無い青空が広がる草原。道らしい道は一つも無く、全方位を見回してみても街らしきモノは見当たらない。俺は大きく深呼吸すると清涼な空気を肺で満たし、大声で叫んでみたりした。
「あーーーーーーーっ!!」
木霊しもしないけど、かわりに俺の黒髪を一陣の風が撫でていく。…ん? 何か右手に違和感があったので、それを見てみると小さな小包と一枚の紙。
「…これは?」
《クーンラインはとても過酷だから速攻で使う事!使い方は天に翳すだけでOKよ! 麗しの女神様からプ レ ゼ ン ト はぁと》
「…麗しの? ロクなものじゃない気がする…然しもしかしたらサバイバルセットという線もありえるか…」
今の俺の装備は、ただの学生服。使い道の無いスマホと3千円とハンカチのみ。それを見越してのプレゼントかも知れない。早速俺は、小包を開けて七色に光る宝石を掲げた。その瞬間、七色の光が弾けるように周囲を照らし、俺の視力を一瞬奪う。
「ぬあっ!?」
まさかの閃光弾に意表を突かれて視力を失い、俺はふらつきながら地面に座り込んだ。そして戻ってくる視力と共に視界に入ったモノは―――。
「まさかのガチャ石かよ…虹って事は最高レア…」
北欧神話モチーフのファンタジーを思わせる軽鎧に、フワリと風に靡く亜麻色の長髪と皮のドレス。意志がとても強そうな蒼い瞳の戦乙女が其処に立っていた。
「世界観崩壊しそうなのを捩じ込みやがって…人の話を微塵も理解してないよ…あの女神ぃぃぃぃぃいいっ!!!!」
怒りを露にする俺と、ただそれを首を傾げて見ている戦乙女の開拓記が、これより始まるのだった。