ボーダーには複数の支部がある。俗にボーダーの基地と呼ばれている場所が本部に辺り、それ以外の場所にあるボーダーの建物が支部だ。B級に隊があり、エースが
その玉狛支部に所属している迅の誘いで、シアンはそこに足を運んでいた。大規模侵攻前なら憚れた行動だが、ある程度の信用を得られている今なら気にすることでもない。
「いい加減、負けを認めなさい!」
「そう言うならしっかり点差開けろよ、な!」
現在は玉狛支部にあるシュミレーターを使い、攻撃手3位の小南と模擬戦の真っ最中である。2点差つけた時点で終了という条件で始まったこの試合だが、そうならずに点数だけが伸びていっている。
小南のトリガーは彼女自身に合わせて作られたワンオフ。双月と呼ばれる2本の短剣を使用し、時にはそれを繋げて破壊力のある1本の斧にする。それ以外はボーダーの普遍的なトリガーを設定。近距離戦重視だが、射撃トリガーとしてメテオラもセットしている。
「あんまりにも早く終わらせたら哀れだと思ったのよ。調子に乗らないことね!」
「遠慮はいらないって言ったはずだが、言い訳かな?」
「誰がそんなこと!」
単純な武器のリーチなら、シアンが使う孤月の方が長い。しかしそれだけで優位になれるほど小南は甘くない。剣1本のシアンに対して、手数による優位で迫っていた。
長物の特徴は、有効範囲の広さと長さだ。短剣より剣の方が離れたところから切れる。剣よりも槍の方が離れた位置から攻めれる。そして飛び道具の方がそれより長い。単純な話だけで言えば、飛び道具を持つ方が有利だ。一方的に攻めれるから。
しかし欠点もある。有効的な間合いの違いだ。武器にはどれも適正距離があり、それを崩して戦うことがまず狙う点である。
(
孤月のような剣なら、離れた相手に不利になる。そして、至近距離でも十全な戦いができなくなる。小南が狙うのは後者だ。メテオラだけで獲れる相手でもないことは、とっくに分かっているから。小南自身、得意分野が接近戦でもある。やるなら相手のやりにくい間合いまで詰めること。
張り付かれたところで簡単に落とされるシアンでもない。小南の猛攻を捌くし、逆に崩しにかかることもある。その押し引きは、戦いを重ねる毎に増えていっていた。
そんな中見つけたスキ。小南はそれを反射的に狙おうとし、足を突っかからせるように地面を蹴って慣性を殺す。今度は踏みとどまるために力を入れた足で床を蹴り、シアンから距離を取った。その瞬間に振られた孤月で腹が薄く切れたが最小限の傷である。
(あんなフェイントやってくる人いないわよ!)
「よく気づいたな」
「はっ!」
振りぬいた勢いを殺さず、そのまま1回転したシアンが孤月を小南へと投げつける。それを弾いた小南だったが、続け様に放たれたレイガストによって深手を負う。シュミレーターがそれで勝敗が決したと判断したことで、シアンが勝ち越すことに成功した。
「ズルいずるい! レイガストなんて聞いてないわよ!」
「なら今のコナミの勝ちでもいいぞ。てかもうコナミの勝ちでいいよ」
「そんな勝ち方嫌よ! 正々堂々とあたしが勝つまでやるの!」
「じゃあまた今度な。オレが呼ばれたのってコナミと模擬戦するためじゃないはずだし」
「え? あたしにコテンパンにされるために来たんじゃないの?」
「ようやく話を聞く気になったか。ジンも止めろよな」
「ははは、いい相手になると思って」
50戦ほどこなしてようやく落ち着けたシアンは、呼び出しておきながらこの状況を放置していた迅に呆れる。わざわざ呼び出したのは、それなりの理由があるはずだというのに。
「うちの一部の隊員は規格が違うトリガー使うから、本部のランク戦には混ざれないんだよ。シアンさんなら遊び相手として申し分ないかなーって」
「コナミはどう考えても遊び感覚じゃなかったけど?」
「それはまぁ、千佳ちゃんのこととか。メガネくんのこととか、思うとこあったんじゃないかな」
「さては分かっててやったな」
どうでしょうと誤魔化す迅にため息をつき、シアンはトリオン体を解除する。それに少し不満そうな小南も、空気を読んでトリオン体を解除した。
「金の雛鳥が狙いって話をしなかったのは悪かったと思ってるよ。そんなトリオン量を持つやつがいるとは思ってなかったし。オレがいると分かれば狙いを変える可能性もあったからな」
「なんで変えるのよ」
「オレは裏切り者として扱われてるからな。黒トリガー抜きにそこそこのトリオン量があるし、強制的に角をつければ金の雛鳥に並ぶトリオン量にはなる。黒トリガー回収も狙ってたなら尚更そうなると踏んだんだが」
「ふーん? そこまで考えてたのね」
ハイレインがどちらに重きを置くかは賭けだった。訓練生たる雨取を狙い、金の雛鳥を確保するのか。それとも回収対象の黒トリガーを持つシアンを狙い、新たな神として扱うか。リスクとリターン。本国で起こり得るだろう出来事。それらを天秤にかけ、ハイレインは前者を選んだわけだ。
「読みを外したことと、そこを黙っていたことは当人たちに謝りたいんだが……ミクモ今いないみたいだしな」
「まだ療養中だからね。ランク戦も1戦目は間に合わないし」
「ならその後だな。体の調子が落ち着いた頃にする。んで、コナミは何をどう思って模擬戦に引きずり込んだわけ?」
「うぇ!? それは……えっと…………早とちりよ。悪かったわね」
「ははっ、素直なやつだな。そういう奴は好きだよ」
「すっ……!? ちょっ、い、いきなり何言うのよ! あたしは別にあんたなんてタイプじゃないから!」
「あれこれ勘違いされてない?」
「はははは、うん。やっぱ2人相性良さそうだ」
顔を赤くして小南は部屋から飛び出し、いいネタができたと目を輝かせた宇佐美が追従する。これが視えていたのか、迅は高笑いだ。
「桐絵ちゃんが飛び出してきたけど、シアンさん何したの?」
「いやこれと言ってなにも」
シュミレーター室から出ると、雨取たちと話をしていた国近が首を傾げる。何があったかではなく、何をしたのかを聞く辺り、信用があるのかないのか不明だ。
「おれの師匠どうだった?」
「へー、コナミの弟子なのか。強かったよあの子。戦いをよく知ってる」
「むっ、ということはシアンさんが勝ったのか」
「決着はついてないから引き分けだな」
「ほほう。さすがですな」
「ということは~、そろそろ太刀川さんともできるんじゃない?」
「そうだな。帰ったらその話しでもするよ」
シアンがこちらに来てからおよそ1ヶ月。太刀川にとっては待ちに待った案件だろう。迅がランク戦に復帰したのもあり、本人は全く退屈していないが。
「ところでユウマの隣のいるのが……」
「初めまして。雨取千佳です」
「初めまして。君がそうなのか。……大規模侵攻の時は申し訳なかった」
「いえそんな! みんな助けてくれましたし。それに、レイジさんと遊真くんから聞いてます。シアンさんも戦ってくれたって」
「オレのは……完全に私情だから」
「でもレイジさんは助かったって言ってましたし、そのおかげでわたしも助かったわけですから。だから、ありがとうございます」
「……」
謝罪こそすれ、感謝されるいわれはない。シアンはそう思っていたのに、雨取はお礼を言って頭を下げる。
「千佳ちゃん良い子過ぎ~。シアンさんが逆に困っちゃってるよ」
「え、えっ……あの、そういうつもりじゃ……」
「ユウ」
「えへへ」
「いや助かったけど。……アフトの情勢からして、君が狙われることはない。少なくとも、君からアフトに行かない限りは」
「……えっと」
「行くかもしれないんだよねこれが」
「…………は?」
空閑が雨取の事情を話し、遠征部隊を目指してこれからのランク戦に参加することを説明する。それを聞いたシアンはそこを感心こそするものの、遠征に行けた場合のリスクの高さに渋い顔をした。
「やっぱり危ないかな~?」
「そりゃあな。知られなければ問題はないけど、向こうについてから存在を知られたら争奪戦になる。アフトは4人の領主がいるから、最悪の場合4勢力から狙われると思っといた方がいい」
「ほうほう」
「目指すなら頑張れよ」
「はい!」
話を終えたシアンは、迅の案内で支部の地下室へと向かう。そこにいたのは同郷の人間。互いに面識のある人物。
「ヒュースか」
「……シアン」
「実はヒュースに頼まれてシアンさんを呼ばせてもらったんだ。おれは話聞かないから、2人でごゆっくり~」
「いいのかそれで……」
ヒュースの扱いは捕虜。玉狛のスタンスは近界民とも仲良くしようというものだが、仮にも捕虜と同郷の人間の2人だけにするのは体裁的に問題があるはず。しかし迅がそうしないのも、未来視ができるから。2人にしたところで問題ないと判断したのだ。
ヒュースはベッドに腰掛け、シアンが部屋にある椅子に座った。地下室と言っても電気も通っている。暗い部屋での生活でないことにシアンは内心ほっとした。
「経緯は違えど、お互い大変なことになったな」
「よく呑気でいられるものだ」
「
「……すまない」
「気にすんなって。この前ので吹っ切れてる。ヒュースはそうもいかないだろうけど」
「当然だ。オレは必ず本国に帰る」
「……オレのトリガーを利用したいならそこは諦めろ」
「そのつもりはない」
「違うのか」
シアンが持つ黒トリガーなら、アフトクラトルに直接人を送り込むことが可能だ。アフトクラトルの軌道がまだ玄界に近いから。シアンはてっきりヒュースがそれを頼むつもりなのかと思ったが、そうではないらしい。少しでも早く本国に帰りたいはずなのに。
「その力はあちらも警戒しているはずだ。利用するわけにはいかない」
「冷静だな」
「他の手立てが見つかれば動くつもりだ。情報があれば回してほしい」
「構わないけど、それジンが勝手にやると思うけどな」
「……あいつに頼みたくない」
「ははっ。まぁ、何かあれば教えるさ。話はそれか?」
「本題は別だ」
「ほう」
自分が本国に帰ること。主人の下に帰るための手段、それが本題でなかったことに驚く。
「我が主からの伝言だ」
そしてそれを聞いて納得する。ヒュースは真面目な性格だ。主たるエリンからの伝言を頼まれていたのなら、それを本題に据え置いていてもおかしくない。
「主が言うには、
「……姉さんの思惑通り、か。うん、ありがとうヒュース」
「意味が分かったのか?」
「さすがに姉弟だからな」
ファーストプランではないのだろう。けれどリアにとって最悪の展開でもない。セカンドプランもしくはサードプラン。それが今の状況だというのなら、どれだけ姉に愛されていることか。
「……ヒュース、お前がアフトに戻れる日が来たら手を貸してやりたい。けど、オレがそう動けるか分からん」
「何かあるのか」
「ちょっとな。守らないといけないものができたんだ」
「……ふっ、そうか」
後ろ向きな理由ではない。目を見れば、それが前向きなことだとよく分かった。これも全てリアの思惑通りだと言うのなら、彼女はとんだ曲者で、計り知れないほどに弟を大切に想っていたのだろう。
リアと大した面識のないヒュースでも、それは窺い知れるのだった。