部隊はランク順か年齢順で隊長が決まる。明確なルールではなく、どこも自然とそうなっている。そのため、太刀川隊のように「この人これで隊長なのか」と思う隊もなくはない。大変珍しい事例だし、それでも攻撃手No.1という名実ともに箔がついているので問題ない。逆に隊長らしい隊長と言えば、"スナイパーの祖"たる東春秋が代表例だろう。
太刀川慶は基本的に隊長らしいことなんてしない。放任主義だ。「自分が好きに過ごすから、お前らも好きに過ごしていいぞ。ただし唯我テメェは駄目だ」といった具合に。戦闘においても、太刀川の方針が部隊の方針になりやすい。その点は影浦隊と似ていると言えるだろう。
「今回は隊長っぽいことするぞ」
「その発言がもう駄目だろ」
そんな太刀川が、珍しく自ら隊長として動いた。頼んで動かそうかなと思っていた出水も驚きだ。
「国近と何があったかは聞かねぇ。興味ないし」
「あのな……」
「とはいえ国近はうちのオペレーターだ。必要な時に働きが悪いと困る」
「それはそうだな」
「そんなわけで国近と1日出かけてこい」
絶妙に言葉が足りない。足りないが言わんとしていることは分かる。今日という時間を有効に使って元の鞘に戻れという話だ。
「ただし17時には帰ってこい」
まさかの時間制限ありだった。
□□□
「それで、シアンさんどこに行くの?」
太刀川の指示通り国近を外に誘うことに成功したシアンなのだが、今の国近から少し距離を感じている。心当たりがないわけではない。いやちゃんとある。高校を訪れた日が原因だと予測している。
振り返ってみて、どの発言が悪かったのかも把握しているつもりだ。しかしそれは心のない発言ではない。本心なのだ。
「なんか適当に服でも買おうかと。今着てるのもシノダさん経由での貰い物だし」
「シアンさんの服ってそういうルートだったんだ」
どういう経緯なんだろと思っていたことが今判明する。シアン相手にそれがしやすい立場なのは、中立的立ち位置にいる忍田くらいなものだ。落ち着いた色合いのものが多いのもそういう理由だろう。
「わたし男の人の服とかあんま分かんないよ?」
「それは大丈夫。気に入ったのがあれば買おうってぐらいだし。ユウも自分の服を買ってもいいんじゃないか?」
「せっかくだしそうするけど、男性用女性用で分かれるし、店によっては女性用だけだったりするよ」
「え? 服ってそんな多いの?」
「お店の規模によるけど……、うーん。それなら行くのはモールがいいね」
カルチャーショックが生じ、国近は行き先をすることに。シアンの中のイメージは知らないが、大きな店というのが想像できないらしい。国近もまた、アフトクラトルのことを知らないから、そちら側の服屋を想像できない。
バスで移動し、大型のショッピングモールへ。娯楽施設、電化製品、飲食店に服屋等々。この建物内で一通り揃えることもできれば、ここで1日潰すことも可能である。シアンは気せずして最適な場所にたどり着いた。
「でっか……。なにこれ、いやでっか」
「シアンさんのところにはこういうのないの?」
「ないよ。大きな街があってもこういうのはない」
「そうなんだ。そういう生活は想像できないな~」
「たしかに。ゲームがない生活をするユウは想像できないな」
「む~。図星だから何も言えない」
国近はこの場所に何度か来ているが、シアンは初めてだ。館内マップでどこに何があるか確認し、それを頭に叩き込んで移動開始。
「お昼の時間はどの店も混むけど、どうする~?」
「そうだな……」
遅い時間でもいいかなと思ったものの、太刀川に夕方に戻るように言われている。その理由は出水から説明を受けており、それを考慮すると昼食を後回しにするほうがその後に影響してくる。
「早めの時間でもいいか?」
「いいよ~。一応11時ってことで、そうなるとあと1時間だね~」
「そうなるとちょっと予定変更だな」
「ん~?」
「部屋に置く小物というか、コップとかその辺も買いたいからさ。それがある店に行って、昼を食べて、服屋に行こう」
「ほうほう。計画的~」
時間を有効に使ったプラン。それに国近も賛同し、シアンが求めるものが置いてある雑貨屋に移動した。小物から何まで手広く揃えている店だ。気に入ったものが自分も買おうかなと国近も周りを見渡していく。
天井から下げられている案内板を頼りに場所を特定。そこに着いたところで、シアンは国近に声をかけた。絶妙な今の距離感を直すために。
「ユウにちゃんと説明しときたいんだ」
「……なにを?」
「この前ユウに言ったこと。ユウが誰と付き合おうと気にしないって言ったこと」
「っ!」
ぴくっと肩が震えた。それの話をされると胸が痛くなる。
国近は人知れず裾を握りしめた。
「……いいよ、別に」
「いや、ちゃんと話さないといけないと思うんだ。オレにはその責任がある」
「責任?」
「オレは……
「…………へ?」
彼が何を言っているのか理解できない。
「オレは黒トリガーのことでユウを無条件に巻き込んだ。しかもユウがそれを持つことで、どうしてもユウの日常にオレが混ざることが増える。今もそうだし。……そんなオレに、ユウのことをどうこう言う資格なんてない」
彼が何を言っているのか理解できない。
「今は阻害しちゃってるけど、ユウに幸せで平和な日常を過ごしてほしい。だから、ユウが選んだ人なら誰だっていいと思ってる。ユウを幸せにしてくれる人ならさ」
彼が言っていることを、微塵も理解できない。
「はぁ~。薄々思ってたけど、シアンさんもバカな人なんだね~」
「え?」
知ってしまえば何てことはなかった。そういう事ならあの発言も頷ける。納得できるとは言わないけど。
「わたし、シアンさんが邪魔だなんて思ったことないし、シアンさんに縛られてるなんて思ったこともないよ」
「いや、でもこの先は──」
「どうなるか分からないね~。好きな人ができるかもだし。でもその時はその時でいいでしょ?」
「……まぁ」
先のことなんて分からないのだから、それを今から決める必要はない。それが必要な場面もあるけれど、今回のはそうじゃない。
「わたしはシアンさんと過ごしてる時間好きだよ? 一緒にゲームしたり、出かけたり、ご飯食べたり。朝におはようって言って、夜におやすみなさいって言う」
「行ってきます」も「ただいま」も。日常的なことを自然にできることが楽しい。親元を離れて生活しているから尚更に。
「もうシアンさんがいる生活がわたしの日常なんだから。自分を邪魔者扱いしないでほしいな~」
「……でもさ、ユウを危険な目に遭わせることもあるんだぞ? この前もそうだし、これからだって……。それならいっそ──」
「返さないし、いなくならないでね」
「……」
国近が黒トリガーを持たなければ危険性も減らせるだろう。シアンがボーダーから離れればそれはさらに無くせるはずだ。しかしそれを国近は先に潰す。今しがた言ったばかりだ。シアンがいる生活が日常なのだと。それをやすやすと無くしたくない。
「大規模侵攻の後にシアンさんがわたしにまた預けたのはなんで? ボーダーに残ってるのはなんで?」
答えは出ている。
ボーダーでの生活を気に入っているから。ボーダーのノーマルトリガーを持っているのもそういうことだ。
「……オレが自分勝手に決めたことだぞ? ユウの意見も聞かずに」
「嫌だったらとっくにそう言ってるよ~。わたしは、これでいいと思ってる」
「そっか……。ユウがそう言ってくれるなら、改めて誓うよ。オレがユウを守る」
「……えへへ。それ言われるの恥ずかしいよ~」
「真面目に言ってるんだけど……」
「うん。わかってるよ~。だから、これからもよろしくね。シアンさん」
「こちらこそよろしく、ユウ」
にぱっと力の抜けるゆるい笑顔を浮かべる国近に、シアンも笑顔で返した。
2人のすれ違いもこれで解消し、言葉で伝えることの重要性を改めて認識する。これからは誤解を招きそうな発言に気をつけようとも。
問題が解決すると国近も普段通りに。その違いに気づける人間もそう多くないが、今接しているシアンはちゃんとそれを感じ取れた。
どういう小物を買うのか。今日で一気に揃えようとすると帰りがしんどくなる。国近に手伝ってもらいながらリストアップし、優先度が高いものをマークしていく。
「……ユウの趣味混ざってない?」
「なんのことかな~」
「このクッションとやらは?」
「あったらシアンさんもリラックスできそうでしょ?」
「もって明らか使う気じゃん。てか部屋に来る気?」
「だめ~?」
「だめじゃないけども」
ボーダーにある宿舎区画。そこには一部の隊員や職員たちが住んでいるのだが、男女できっちりと分けられている。そこの部屋を寝室として扱っている者が大多数で、部屋に直接訪れる人は滅多にいない。あっても同性同士だ。異性ともなると変な噂が立たないとも限らないのである。
「わたしたちって今さらじゃないかな~?」
「言われてみればたしかに」
「意識するより、堂々としてたらいいと思うんだよね~。あの2人はああいうものって認識させちゃえば楽でしょ?」
「ならいいか」
「うん」
恋愛ごとに関して無頓着。意識するのは国近に迷惑が及ばないかだけ。そこをクリアさえすれば、わりと要望を通せちゃうことを国近は理解していた。言いくるめが簡単なのである。
「このクッションすごいんだよ~。人をダメにするクッションって呼ばれてるからね~」
「じゃあダメじゃん」
「えー」
「これ以上駄目になったらどうするんだ!」
「もうダメ人間判定されてたのわたし!?」
「だって普段の過ごし方が……」
「シアンさんも似たようなものじゃん!」
「ユウはまだ若いんだし、肌のこととか大切にしないと。勿体ないぞ」
「……っ、そこでそういうのはずるいと思うな~」
「実際肌きれいだしな。体のことは大事にしないと」
今度は国近が言いくるめられ、照れた顔を隠すように逸して髪をいじる。
「んで、ユウ。このペアコップってのは?」
「……それはその方が安いから、お得だよってこと~」
「なるほど。ユウの分のコップか。丁度いいな」
「え……やっ、ちがうよ……! そういうつもりじゃなくて!」
「部屋に来るならユウの分いるじゃん。これで纏めて買えば得なんだろ?」
他人の恋話ならともかく、恋愛にそこまで興味がない国近でも女の子であることに代わりはない。特殊と言える生活をしているし、特殊な相手でもある。そういうのを買っちゃってもいいかなと、好奇心と細やかな乙女心でリストアップしてみただけなのだ。
そしてそれが拾われる。照れ隠しのために言ったことが仇となり、確実に国近を仕留めていた。自業自得である。
(まぁでもシアンさんは意識してないし)
彼が特に反応を示さないのなら、自分も慌てふためかなくていい。一度深呼吸し、冷静さを取り戻していく。この切り替えの速さは、さすがA級オペレーターといったところか。
「とりあえず、このペアコップから探すか」
「向こうの棚かな? あ、そうだ。お会計の時領収書もらってね~。あとで払うから~」
「ん? 今日ユウはお金払わなくていいよ」
「なんで? ……焼肉のお礼ってこと?」
「それもあるけど」
シアンは玄界の物価を、日本の物価を知らない。だが、出水から話は聞いている。あの焼肉の店は、一般的に高めの値段の店だということを。そこの料金を国近に払ってもらったことを、シアンはわりと気にしていた。
でも理由の大部分はそこじゃない。もっと大事な理由があるのだ。
「だって今日ってユウの誕生日なんだろ? プレゼントとかよく分からんから、オレが全部払うってことでよろしく」
「もう~。シアンさん無茶苦茶だよ~」
「実はちょくちょく不器用なんだ」
「あはは、うん。知ってるよ~」
既に見破られていたことにちょっとショックを受けるも、それは気を取り直して押さえ込む。
「誕生日おめでとう。ユウ」
「ありがと~、シアンさん」
今日大事なのは、彼女を祝いたいという気持ちなのだから。