大規模侵攻の後、遠征計画を発表したボーダーは、主に上層部やスタッフたちが大忙しだ。各方面の細かな調整、遠征に向けたガイドラインの作成。元より多忙な日々がさらに忙しくなる。
そんな上層部の会議室には、モニターも設置されており個人戦やランク戦の様子を見ることも可能となっている。
そしてそこに流れている映像。現在進行系で行われている試合に、メディア担当の根付は頭を抱えていた。
「こんな堂々と姿を晒すとは……」
「枷を緩め過ぎましたな」
「近界民ってことは知られてないし、迅がそこにいる。止めずに乗っかってるってことは、悪いことにはならんでしょ」
「しかしだね林藤支部長」
そうであったとしても、シアンはボーダーの隊員ではない。その正体を突き止めたがる人は出てくるだろうし、噂話で正体を捏造する人が出るかもしれない。それを解消する苦労を考えると、どうしてもため息や愚痴を言いたくなるものだ。
「そこも迅に考えがあるんでしょう。慶も何かしら言及するはずです」
「当てにするには不安が残る2人なんですがね……」
発言力はある。影響力もある。彼らの発言を正隊員は信じるし、そうなれば訓練生も受け入れる。邪推したとしても、それを大きな声では言いづらくなる。最悪の事態になることはない。
「……今は置いておくしかないだろう」
終わったら呼び出す。
城戸は内心でそう決めた。
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その後に発生したもう1つの戦闘箇所。そこでは、現隊員最強の座にいる太刀川慶と鈴鳴第一のエースにして攻撃手4位の村上鋼が交戦していた。
「また腕を上げたな」
「まだ太刀川さんには及びません。ですが、この刃を届かせてもらいます」
「やれるものならやってみるんだな」
村上鋼はそのサイドエフェクトにより脅威の成長速度を見せている。そう思う者も多いだろう。その実、彼のサイドエフェクトは強力なものだ。学習能力を飛躍的に上げている。だが、彼の強さの秘訣はそこじゃない。それはおまけに過ぎない。
村上鋼は誰よりも自分の実力を理解している。自分の強さがどの程度あるのか。現時点が何をどこまでできるのかを理解している。そして、自分に足りないもの、自分では気づけないこと。それらを貪欲かつ正直に他者から吸収する。その生真面目かつ誠実な性格が、彼の強さの秘訣である。
だから村上は、現時点で自分より高みにいる太刀川に勝てるとは思っていない。連戦すれば負け越す。勝てる時もあるが、それがこの一本に回ってくるかは不明。
それでも、否。だからこそ村上の集中は極限にまで高まる。負けるつもりで戦うなど言語道断だ。気持ちは前を向いている。
その気持ちと同じように踏み出す。盾モードのレイガストと孤月が戦闘スタイル。踏み込むことでその盾を相手に押し込む。人間が力を最大限に発揮できる位置は決まっているから、それよりも前に太刀川の剣を抑え込む。
中途半端に伝わる力を感じるのを待たずに、村上は盾の外側から孤月を振るった。初動を阻害されたのだから太刀川の防御は遅れる。その孤月は間に合わない。
「ぐっ……」
苦悶の声を洩らしたのは村上だった。
孤月を振るう腕に合わせて太刀川がサマーソルトを決めたからだ。足先で的確に肘を蹴り上げられる。腕が曲がったかという錯覚を強引に頭から外した。足を地につけた太刀川が、電光石火の速さで次の攻撃に繋げてくるからだ。振り抜かれる2本の孤月をレイガストで防ぐ。強力な一撃に堪えるために足に力を入れるも、それは足を封じられたと同じ。
普通ならそこから崩されて終わるものを、村上は上げさせられていた腕を戻すのを間に合わせ、劣勢の状態を脱する。──そんな2人を横から見る生駒達人。
「それくらいはするよな」
その成長を期待している者として、太刀川は村上の対応力を見て満足気に口角を上げた。
たとえ近接戦であろうと、その場に留まるなど的に等しい。鉄壁の防御と鋭い剣速。攻守のバランスがいい村上であっても、その場から動かずに戦うことはしない。8000ポイントを超すマスタークラス。そこからさらにポイントを積み上げる人物が相手だと特にそうだ。
攻撃の起点とするための防御。距離感を調整しながらレイガストで防いでいると、グラスホッパーで太刀川が上昇した。
その高さは15m。
太刀川が両手で孤月を構え、村上もすぐさま行動を起こす。
「旋空孤月」
「スラスターオン」
クロス状に伸ばされる斬撃。その隙間、太刀川の下に潜り込むように、村上はレイガストのオプショントリガーを起動して滑り込んだ。いくらレイガストの盾モードでも、太刀川の攻撃は防ぎ切れないからだ。
「旋空孤月」
潜り込みながら真下から旋空孤月を放つ。旋空は起動時間によりその距離を変えられる。起動時間が短いほどにその距離は長くなり、それを実現させるために求められる剣速も速くなる。現状、生駒が放つ旋空孤月が最速にして最長である。
距離が近いと分かりながらも、村上は旋空孤月を放った。それを太刀川は空中で振り返りながら同じく旋空孤月で迎撃する。さらに太刀川はグラスホッパーを起動し、上段から2本の孤月を振り下ろした。──それを2人の視界の端でピースしながら見ている生駒達人。
「さっきから何なんだ生駒!」
とうとう太刀川がそこに触れた。村上から距離を取りつつ、手で待ったと伝えながら。村上もそれで視線を生駒に移す。
「いや2人のレベルの高さに感動するなと思いまして。あとタイマンの邪魔するのもアレやし」
「視界の端にずっと入ってるくせに何言ってんだ」
「2対1になるのもフェアやないし」
「俺は構わねぇぞ。2人でこようと勝つのは俺だからな」
「うわカッコイイわぁ。1位やないと言えないやつじゃないっすか。村上くんはどう?」
タイマンにこだわりがあるのか。それとも生駒が混ざっての2対1でもいいか。あるいバトルロイヤルらしくするか。
「構いませんよ。太刀川さん落とさないと、どのみちあの人には挑めませんからね」
「せやな。あとで頼んでもやってくれそうやけど、今やりたいって気持ちが燻っとるもんな」
生駒が孤月に手をかける。参戦の意志が示され、太刀川と村上も気を引き締め直す。
ボーダー最高峰レベルの攻防一体の村上鋼と、ボーダー最速の剣速を誇る生駒達人。
ボーダー最強の攻撃手たる太刀川慶との戦いの火蓋が切って落とされた。
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米屋陽介はトリオン量が少ない。それ故にトリガー構成はシンプルなものだ。シールドやバッグワームといった必須のもの以外だと、武器は改造孤月の1つだけ。あとはオプショントリガーの旋空と
トリオン量が少ないからこそ、彼は打ち込み続けた。ライバルたちとしのぎを削り、高め合い、A級にまで登り詰めている。トリオン量だけが全てではないと体現する者の1人というわけだ。
ランク戦が好きな彼は暇さえあれば誰かと戦う。特定の師を持たず、他に誰も使っていない槍術は、その日々の中で磨かれた。流派も型もない。実践の中で培った感覚を頼りに試行錯誤して身につけた力。それは柔軟な戦い方を可能としている。
「うはっ、やべぇなこの人」
そんな彼でもそう溢した。太刀川との試合も見ていたから、その実力の高さは分かっていた。だがやはり、実感するのとでは話が違う。
(まじで速え。影浦先輩がいなかったらヤバかった)
米屋が参戦し、悠長に戦っていられないと判断したからか、シアンの集中力が増している。その速度、狙いのキレが一段階高くなり、防御が減った。完全に受け止めるための動きよりも、相手の攻撃を掻い潜る動きが増えている。要はカウンターだ。
それにより長物の長所たるリーチが意味をなさなくなり、防戦に回されることが増えた。乱戦に強い影浦がいなければ、その苛烈な攻撃は全て米屋に注がれていたことだろう。
「あの刃を曲げるやつは使わないのか?」
「初見で防がれると使いにくいっすよ」
しかも米屋は交戦の初手に幻踊を使っている。脅威の瞬発力で避けつつ、幻踊で狙った箇所からスコーピオンを覗かせて掠り傷すらつけさせなかった。そこまで完璧に反応されると、使いにくくなるのも無理はない。幻踊も旋空と同じでトリオンを消費するもので、米屋はトリオン量が多くないのだから。
米屋自身、今回の試合の目的はシアンとの交戦だけなので、トリオンの節約は考えていないが。要は使いどころの見極めをしているのである。
「2対1の現状を対応してる人相手だとなおさら」
米屋の槍、影浦のマンティス。孤月で大部分を捌きながら、的確にスコーピオンを体から生やして残りを対応。それができるからこそ、シアンは攻勢に回ることができていた。
なおかつ、影浦と交戦した後に米屋と交戦したことも影響している。この順番で戦ったからこそ、シアンは影浦に何かしらのサイドエフェクトがあると見抜けた。
(こいつ、攻撃の視線自体をフェイントにしてきやがる)
実際に物質化させたスコーピオンを飛ばしてくることもある。それがどうなるか、動作の直前まで読ませないことが、影浦への大きな牽制となっていた。
影浦は米屋と共闘するつもりはなかった。シアンとの1対1がスリリングな思いをできるという確信もある。楽しめる。そのために米屋を落としてもいいのだが、米屋もそれが分かっていて立ち回っている。あちらはあくまで影浦を利用するという考えのようだ。部隊でやるランク戦を彷彿とさせる。
「巻くか」
米屋の突きを躱したシアンが、そのまま米屋の腕と服を掴んで放り投げる。投げる先は影浦との直線上。
「旋空孤月」
孤月を抜刀。米屋への攻撃であり、影浦はあくまでその余波を受ける形。実際には狙いが影浦で、ある程度離れた場所に影浦がいる。
落下する中で米屋は槍を地面に突き刺し、腕の力で自分の体を支える曲芸を見せた。これにより米屋は孤月を回避し、初動が遅れた影浦は片手が斬られる。代わりに投げたスコーピオンが米屋の腕に深々と刺さる。
「簡単にはいかないか。影浦やっぱ厄介だな」
「孤月を手放したのはこの為か。怖い人だぜ」
トリオン漏れが起きている腕の様子を確認しつつ、米屋はこの後の行動を考える。腕を動かせるが、今2人の間に挟まれている。真っ先に落とされてもおかしくない。ならば今の場所を離脱することが最優先。2人の動きに注意を払いつつ、横への移動を開始する。
そちらにあるのは一般的な家。塀を足場にし、さらにもう少し距離を取ろうと屋根の上に。
そこに足をつけるその瞬間、足場にするはずの家が崩壊した。
「は!?」
何が起きたのか混乱したのは一瞬。崩れ方はランク戦でよく見たもの。メテオラでの爆撃。シアンと影浦がいる方向にもメテオラは放れているが、米屋はそこに意識を向けていられない。
メテオラに気づけなかったのは、それが後ろから放たれていたから。オペレーターがいないことで、他の人の接近に気づけていなかった。
崩れゆく家の中で、迷い無く一直線に動く影。それを視界に捉える時には既に相手が武器を振りかぶっていた。
「ちぇっ、もう少し遊びたかったなー」
槍を振るのも間に合わない。身の丈もある戦斧を少女は豪快に振りぬいた。
「あ・ん・た・は!」
そこで止まるような少女じゃない。戦斧を解除し、二振りの武器へと戻しつつ彼女はシアンへと襲いかかる。
「あたしだけにしとけばいいのよ!」
「誤解しか招かないことを叫ぶな!!」
米屋と入れ替わるように、小南桐絵が参戦した。