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シアンに直接連絡を取れる人間は少ない。彼の連絡先を持っているのは上層部と太刀川隊。あとは数人の正隊員だけだ。そのため、彼を呼ぼうと思ったら基本的に誰かを経由することになる。
今回のそれは国近だった。
「鈴鳴支部って遠いのか?」
「そこそこかなー」
「あれ、シアンさん鈴鳴に行くんすか?」
「なんかご指名を受けたから」
「柚宇さんと出かけるって話は?」
話を耳に挟んだ出水が会話に混ざる。聞いていた話と違う予定に、純粋に疑問を抱いたようだ。
「わたしはいつでもいいかな~って。結花ちゃん経由だけど、来馬先輩からのお願いみたいだし」
「あ~」
鈴鳴支部に所属する隊長で、鈴鳴第一を率いているのが来馬辰也だ。彼は人の良い人間として知られており、後輩たちから慕われている。特にそれは鈴鳴支部の隊員に顕著に表れていて、彼らの戦い方は「来馬を守ること」を重視したものである。
出水も面識があり、たしかにあの人からの頼みだと自分でもそうするなと納得した。けど今回は他人事。一応の横槍は入れておく。
「柚宇さんあまり他の人のを優先しないほうがいいですよ」
「なんで~?」
「シアンさんはこの前ので注目の人ですし、一度会っておきたいって人がそれなりにいます。自分はいつでも予定を合わせられるからって遠慮してたら、当分先送りになるかもです」
「ほぇ~。シアンさん人気者だね~」
「手合わせ希望が多そうだけどな。コナミからも連絡来てるし」
「それの予定も入れてるの?」
「保留にしてる。急ぎってわけでもないからな」
小南の性格を考えたら、こちらもあまり先送りにできない案件だろう。結局1対1での決着はついていない。呼び出し理由もそれだろうと当たりはついていた。
「今回はユウ経由だったけど、もしかしてイズミの方にも話来てたりする?」
「それなりに。米屋とか緑川とか。あとはB級の方で何人か」
「手合わせ希望ならいっそどこか日を決めて連戦でもいいな」
「その方が手間省けますからねー。その時についでに連絡先交換しといてください」
「そうする」
手合わせの日程は、国近との予定が決まった後に確定させる。
そうやって方針を決めて、シアンは国近と鈴鳴支部へと出かけた。
□□□
鈴鳴支部は、玉狛支部と同様にボーダーに連なる場所だ。玉狛との違いは、派閥がないことだろう。あえて言えば中立の忍田派といったところか。
「こちらから出向くべきところを、ご足労いただいて申し訳ない。鈴鳴第一の隊長をさせてもらってる来馬辰也です」
「いやいや、本部であまり目立つなと司令に苦言を言われてたから、こっちの方が助かるよ」
「鋼と今ちゃんから聞いてます。シアンさんは太刀川隊のお目付け役だとか。道理で強いわけです」
「主に部屋の清掃面なんだけどな。あと敬語じゃなくていいよ。ユウから聞いてるけど、年変わらないんだろ?」
「そうで……そうだね。いいならそうさせてもらうよ」
緊張していたのか、ほっと肩の力を抜く来馬にシアンは頬を緩めた。彼ほどの根っこからの善人はそうそういない。自然と彼のために力を貸したくなる気さえしてくる。カリスマ性の一種だ。
「来馬先輩、中に入ってもらいましょう」
「そうだった」
支部の中に通され、対面するように設置されているソファに座る。今いる4人分のお茶を入れたのは、鈴鳴第一でオペレーターを務める今結花だ。国近と同級生である。
「いつも柚宇がお世話になってます」
「オレもユウに世話をかけてばかりだよ。そちらこそ、学校でユウが世話になってないか?」
「大丈夫だよシアンさん。もう卒業だから!」
「あんた卒業救済テストが待ってるでしょ」
「そこはいつも通りお願いしま~す!」
「元気に言うわね……」
「あはは、今ちゃんは頼りになるからね」
「卒業救済とは?」
「ボーダー推薦っていう特別枠があるので、大学への進学とかは問題ないんです。でも、成績が結構酷いので、それで卒業しちゃうと他の生徒への示しがつかなくて」
「あー、贔屓になるし、それでも卒業できるならボーダーに入ればいいって思考になるのか」
「はい。なまじ太刀川さんという前例がいるので、その後にできたテストになります」
「あいつそんな酷かったのか……」
「太刀川くんのご両親は、彼が大学に入学できるって決まった時に泣いて喜んだらしいからね」
「いい両親だなぁ」
バカを代表する存在。ボーダー推薦という枠が、合格ラインを大きく下げられるに至ったのも彼をねじ込もうとした結果である。
だが、太刀川の成績の悪さは当時の生徒たちの中でも有名だった。半歩譲って卒業はまだしも、その成績の悪さで大学に入れるのは周りから見て面白くない。それで学校側は、ボーダー推薦であろうと一定の成績を証明させるようにしたわけだ。
3年生の3学期のテスト自体難易度が緩い。なんなら、それまでの成績が一定ラインを超えていたらテスト免除すらされる。それ故に、3学期のテストの通称が「卒業救済テスト」なのである。
「ユウお前……ゲームしてる場合じゃないだろ」
「もっと言ってあげてくださいシアンさん」
「でもねシアンさん。結花ちゃんだってテスト受けるんだよ!」
「自分の実力把握のためよ!」
「そ、それに! シアンさんが……!」
「俺?」
「シアンさんが、その……えっと……。放っておくと何するかわからないから~。これは仕方ないことかな~って」
「俺発信で賑やかなことはしないけどな?」
いつも誰かから声をかけられて行動している。基本的に受け身で、自ら動いたのは大規模侵攻の時と学校に訪れた時くらいだ。
後者が特にインパクト強いせいで、シアンの否定も説得力が足りていないか。
「まあまあ。それなら予定を決めちゃえばいいんじゃないかな?」
「予定を?」
「うん。例えば、国近さんがテストを終えるまでは、シアンくんも目立った行動を取らない、みたいな」
来馬の提案にシアンと国近は顔を見合わせ、それも有りだなと頷いた。
「ユウと出かけるって話もテスト後でいいな」
「ん~、先に出かけれた方がやる気出るかもよ?」
「とか言って、あんたのことだから両方狙ってるでしょ」
「どうでしょう~」
「わかりやす」
「ユウにとってその方がいいのなら、それでも俺は構わないぞ」
「やった~」
この人はこの人で甘いなと2人の関係を見抜いた
テストの日程という現実を。
「週明けからです」
「テストが?」
「はい」
「……まじで?」
「まじです」
嘘をつくとも思えないし、嘘をつく理由もない。ちらりと横を見たら国近が顔を逸らした。事実のようだ。
これはどうしたものかと頭を悩ませたが、それを一旦保留することに。ここに来たのは国近のテストの話をするためではない。目的は来馬との会話なのだ。それを察した来馬が、わかりやすく咳払いした。切り替えの起点だ。
「実は僕もこの前の試合を見させてもらったんだ。映像は残っているからね」
「ということは手合わせか?」
「あはは、まさか。僕の実力じゃ到底敵わないよ。鋼とは対戦していなかったみたいだし、そちらはお願いできたらなって少し思うけど」
今この場にはいないが、その試合の映像は村上も見ている。というよりも、村上が見ていたものを来馬が途中から見たのである。そしてその後に言葉も交えている。対戦してみたいのかと。
「希望通りの戦いになるかはわからないが、それ自体は問題ない」
「どこか調子が悪いのかい? 日は改めてでも全然いいよ」
「いやそういうわけじゃないんだが、事情があってな。影浦と小南の2人相手にやった最後の動き、あんな感じのは期待しないでほしい」
「……うん分かった。それでも鋼が学べるものはあるだろうし、鋼が来たらその事は伝えておくよ」
「助かる」
深入りはしない。その上で相手の望まないことは綺麗に避けた。細かな気遣いができるのも、来馬の良さだろう。
「それと、僕自身としては戦術面とか相談してみたいんだ」
「データはこちらになります」
「近中遠が1人ずつか」
「エースは村上くんだね~。太刀川さんは、『隊長を守る隊』って言ってたかな」
「……みたいだな」
映像を倍速で流しながら国近の話に納得する。隊の最大火力はエースの村上。しかし隊の心臓部は隊長の来馬だ。立ち回りからしてもそれが顕著に表れている。
狙撃手はともかく、他が合流の動きをするのは悪くない。それはどの隊でも見られる動きだから。ただこの隊だと来馬の生存を優先するから火力を出しにくい。それでも点を取れているのは、この隊のポテンシャルと村上の強さあってのこと。
提示された資料と、少し話してみて見えてきた来馬という人物。それらを踏まえ、脳内で整理してからシアンは口を開いた。
「やりたいこととすべきこと。この2つは決まってるのか? 隊の目標でもいい」
「目標か……。鋼の負担を減らしたいと思ってるよ。僕自身が強くなったら、鋼ももっと戦いやすいと思うから」
「実際、それぞれの距離での実力を考えたら近距離戦が突出してるからな。見えてるならいい。あとはもっと具体化することだな」
「もっと?」
「到達点を明確にイメージできる方が、今すべきことも見えてくるだろ? 誰かを目標にするのでもいい。A級のガンナーとかな」
「なるほど」
「あと、クルマなら言わなくても分かってるだろうけど隊での共有な」
連携を前提としているのなら、隊員同士のコミュニケーションは大切だ。それは初めからするつもりだったようで、来馬は静かに頷いていた。
「中距離戦とかは本職じゃないからな。近距離戦をする人間として、どうされるのが嫌かって視点でなら話はできる。そういう形でいいのなら模擬戦もな」
「それはありがたい。でもあまり君の時間を貰うわけにもいかないね」
シアンが相手である必要はない。それこそ、攻撃手として上位に位置する村上を相手にすればいい。来馬が頼めば彼は手伝うはずだ。
それともう1つ、来馬が遠慮気味な理由がある。彼の視線の先を追えば自ずとそれは判明した。邪魔をしないようにと距離を取って会話をしているオペレーターが2人。
先程の会話と今の会話で来馬は理解したのだ。シアンは基本的に予定が空いている。それこそ安請け合いをどんどんするくらいに。そして、だからこそ国近との時間が減っていく。来馬としては、そうしたくない。
「シアンくんはもう少し、国近さんを優先してもいいんじゃないかな?」
「そうしてるつもりなんだが……いや、そう見えるのなら改めて見るよ」
自分がそう思っていても、周りから見れば違うという話はよくあることだ。
男2人がそんな話をしている一方で、花の女子高生たる2人がどういう話をしているかというと、珍しく女子らしい話をしていた。
珍しくというのも、国近は根っからのゲーマー女子。
「どうする気よ。テスト前にあの人と出かけるなら時間がないわよ?」
「……うん。出かけたいけど……今まで服気にしてなかったし」
「ほんと今さらよね。シアンさんも気にしてないんじゃない?」
「今まではそうだったよ? でもこれからもそうとは限らないというか……」
シアンはこちらの世界のことを知らない。だからファッションも知らない。それもあって国近は服装を気にしていなかったが、いざ出かけるとなると変わってくる。お洒落をした女性も多い。シアンでも気づくことだろう。国近はそれを危惧していた。なんとなく、周りと比べてほしくないのだ。
ただ、
「ならいっそ選んでもらいなさいよ」
「え?」
「デートの内容も決めてないんでしょ? なら丁度いいじゃない」
「でー、と? なんで?」
「……はぁ。あんたらみたいな男女が出かけたらデートって言うのよ」
「??」
「ともかく、テスト前に出かけるならそれにしなさい。出かけないなら、テスト最終日に一緒についていって選んであげる。その後にシアンさんと出かけなさい」
「え~、じゃあどうしよっかな……」