ボーダー内の男女比は明らかに男性の方が比率が大きい。エンジニアは無論のこと、隊員でも女性の数は少ないのだ。オペレーターでは女性しか見かけないものだが、総数で比率を出すとやはり少ない。そのため、女性の戦闘員というのは希少だ。
A級でもB級でも、どこかの隊に女子が1人混ざっているといった具合だ。それ以外だと、A級の加古隊とB級の那須隊。この2部隊のみがガールズチームである。
加古隊は隊長である加古望の感性に合わせて作られているチームだ。イニシャルがKであり、センスのある人間を加古がスカウトした。
そんな加古の趣味はドライブだったり、創作料理こと創作炒飯を作ることだったりする。
「作戦室っていうか、家って雰囲気強いなここ」
「作戦室の内装は基本的に要望通りになるのよ。私は料理も好きだから、こうしてキッチンを用意してもらってるってわけ」
「なるほど」
「シアンくんって嫌いな食べ物ある?」
「たぶんない。こっちの食べ物で口にしたことないやつもまだ多いだろうから、断言はできない」
「あらそうなの。ならチャレンジしてもらうのもいいわね」
「変なやつは出ないよな?」
「大丈夫よ。昨日今日料理を始めたってわけじゃないもの。ね? 双葉」
「はい。加古さんは料理が上手な方です」
「それならよかった」
「そっちに座って双葉と待ってて。腕によりをかけて作るわ」
「それは楽しみだ」
エプロンをつけた加古は、髪の毛が邪魔にならないように後ろで一纏めにする。趣味とはいえ拘りもあるのか、料理へと気持ちを切り替えた加古の目は真剣そのものだ。
「どんなのが出てくることやら」
「たぶん炒飯です」
「ちゃーはんって、たしか卵とか何個か具材混ぜたやつだよな?」
「はい。加古さんの得意料理ですし、お呼びしたわけですからそれを作るかと」
「へ~。あんま食べたことないから、俄然楽しみだな」
この発言を同年代の人間が聞けば正気を疑うことだろう。加古の作る炒飯がどういったものなのか。それを知っているか否かで大きく変わるものだ。
キッチンにはテーブルカウンターもあり、その向こう側の部屋は季節に合わせて内装が変わる。今は冬なので、影浦隊と同様にこたつが置かれていた。あちらは冬が終わってもこたつを片付けるかは怪しいが。
シアンは黒江と向かい合うようにこたつに入り、部屋にあるテレビを黒江がつけた。
「他の隊員は?」
「来てないですね。頻繁に本部に来る人たちでもないですし」
加古隊のメンバーは4人。隊長である加古と、目の前にいる黒江。この場にいないのは、希少なトラッパーである喜多川とオペレーターの小早川だ。直接の戦闘はしないため、普段から腕を磨く必要もないのである。それ故に本部に来る理由があまりない。
「クロエはまだ小さいのにA級ってすごいな」
「小さ……。加古さんがスカウトしてくれましたから。A級に入るだけでしたら難しくはないんですよ。入れてもらえばいいだけなので」
「そういう仕組みなんだ。でもクロエは実力も伴ってるだろ?
「……ありがとうございます」
加古に頼まれた用事自体は既に終わっている。黒江と戦ってほしいというものだ。そういった頼みは他にも何人かいるわけだが、仲介した太刀川が少し疲れた様子だったのでシアンが承諾したのだ。シアンは真相を聞かなかったが、同年代である彼にとって「加古=炒飯」であり、「炒飯=断頭台」なのである。トラウマ気味だ。
そうして黒江と10本勝負を行い、結果的にシアンが勝ち越している。負けたことは悔しいのだが、相手からの賞賛はなんとか飲み込んでいた。
「クロエは戦闘の後の振り返りってしてるか?」
「もちろんです」
「じゃあ、
「……っ、それは……」
「責めたりなんかしないよ。クロエの年齢であそこまで動けてるのは優秀だし。ただ、やっぱりまだ若い。失敗、ミス、それがあると視野が狭まってる」
「……はい」
それも加古から指摘されていることだった。指摘されたことがあるとしても、簡単には直せない。まだまだ若い黒江がそうなるのも無理もないことではある。ただ黒江は向上心が強い。今の自分に足りていないものに真摯に向き合う子だ。
「今回の10本勝負、クロエ自身で気づけたことは?」
「
料理をしながら、聞こえてくる会話に加古は静かに微笑む。
「シュンが空閑って人にやられたのとほぼ同じですね。最初に勝って、その後負けてムキになる。そこからはドツボ」
「ユウマってそんなことしてたのか……。試合内容を把握できてるなら良し」
展開は同じだが中身は違う。黒江はそこも理解している。だからほぼ同じと言ったわけだ。
空閑はわざと負けて緑川を調子づかせ、そこから勝つことで完全に試合を支配した。
それに対してシアンが狙ったのは、黒江の引き出しを1試合目で全て引き出させるという行為。本当はその上で勝とうとしたのだが、試作トリガーである韋駄天によって初手を取られている。2試合目は韋駄天に対する仮説の確認でもう一度負け、その後は対応して勝っている。そして、韋駄天が破られたことにムキになってしまった黒江は、ついぞもう1つの試作トリガーである魔光を使わなかった。
そういう試合展開だったから、結果的に緑川たちの試合とほぼ同じに見えるというわけだ。
「韋駄天だっけ? あれはたしかに強い。人の体で反応できない速さを出せてる。だけど、種がバレた相手は対応してくる」
「実戦は1回勝負ですよ」
「タイマンなら勝てるだろうな。でも、ボーダーだって戦闘記録取ってるだろ? それは近界側もやってることだ。共有されてしまえば、その後の敵は情報を持っている状態になる」
「それでも、軌道さえ変えたら──」
「そこを織り込んで対応するだろ」
「……」
言葉を遮られてムスッと黒江は機嫌を損ねた。韋駄天は黒江が好んで使うトリガーだ。それをここまで言いくるめられると面白くない。
「要は使い方次第だ」
面白くなさそうにしているのはシアンも見て読み取っている。けれど言葉を止めたりはしない。さっき言った通り、韋駄天が強いトリガーだと思っているから。腐らせるには勿体無い。
「情報を持ってるなら、それはそれで相手はやりにくいんだよ。いつ回避不能の韋駄天が来るか分からないからな」
「対応した人に言われても実感ないです」
「あれはクロエに使わせただけ。クロエは駆け引きも鍛えないとな」
「駆け引きですか」
「そう。韋駄天を使うクロエへの対策は2つ。1つは韋駄天を使えない状況に追い込むこと。張り付くか射程外からすり潰す、とかな。もう1つが、韋駄天を使わせてカウンターすること」
「……さっきのは、使えない状況に追い込んでから間を作ることで、あたしに逆転狙いの韋駄天を使わせたと」
「そう。これが駆け引きってわけだ。冷静さも失ってたから、反射的に飛びついてくるだろうって思ってた」
その予測通りに黒江は動き、スコーピオンでカウンターを狙ったシアンに迎撃された。
もしそこで黒江が留まれていたら、内容ももう少し変わっただろう。
「オレの体感で言うと、クロエは才能がある。強いし、さらに強くなれる。韋駄天はあくまで手段の1つとして、それ以外の腕も磨いたらいいよ」
黒江が使うトリガーは孤月だ。他にセットしているのはどれもオプショントリガーで、あとはシールドとバッグワームである。
これ以上ないほどにシンプルな構成。それ故にやることは絞られる。近接戦の腕を上げること。そして、戦闘の運びを相手に取られないようにすること。冷静さと駆け引き。
「双葉、韋駄天以外は使わなかったの?」
「旋空は使いました」
「そう。ふふっ、負けず嫌いね」
「オレもそう思うよ。だからこそ強くなれる。オレが保証する」
気づいているのか気づいていないのか。おそらくは前者だろうと予想しながら、加古は炒飯の仕上げに入る。
魔光を使わなかったのは、
「あらあら、そう言ってくれるなら双葉をシアンくんに預けようかしら」
「加古さん!?」
「太刀川くんクラスの人なんだし、鍛えてもらうのも悪くないんじゃない?」
「それはそうですけど……」
勝ちたい相手に教えを請うのは黒江のプライドに引っかかった。悪くないどころか、それが実現すればこの上なく有意義だ。
頭ではそれが分かってる。分かっていても、気持ちのほうがそれを良しとしない。
「たまに手合わせする。それくらいならどうだ?」
「え?」
「オレ個人としてはクロエの成長を手助けしてみたいけど、安請け合いし過ぎるなってクルマに忠告されててさ」
「来馬くんに? どうして?」
「ユウとの時間を優先するためにそうしろって」
「ユウ……柚宇ちゃんのことね。へ~、そうだったの。ごめんなさいね、そこは把握できてなかったわ」
「うん? 今何に謝られてる?」
鋭い加古だけでなく、山娘からシティーガールに進化した黒江も察した。思春期少女、そっちの話にも当然興味はあったりするのだ。
もっとも、2人とも深読みし過ぎているが。
「柚宇ちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって、大切に思ってるよ。オレのせいでいろいろと巻き込んでるし」
「あら」
加古はこの時点で自分の勘違いを理解した。黒江は誤解したままである。
「縛ってる部分もあるはずなんだけど、……ちょうどいいや。カコみたいな女子に聞いてみたかったことがあるんだけどさ」
「答えられることなら答えるわ」
「オレはユウを縛ってると思ってる。でも、ユウはそんなことないって言うんだ。それぐらい気にしないって。オレは明らか、ユウの人生に大きく影響を与えてしまってるのに」
「うーん、いまいち状況が見えないけど、所感でいいかしら?」
「大丈夫」
3人分の炒飯と飲み物をこたつの上に置いた加古が、エプロンとヘアゴムを外してこたつに入りながら答える。
「縛られたい女の子もいるってことよ」
「……どういうことだ?」
「双葉は分かるかしら?」
「いえ」
「まだ早かったわね。シアンくん、見方を変えるといいわよ。縛られるっていうことは、それだけその人に特別扱いされるということなの」
「曲解に思えるんだが!?」
「そうならないのよ。だって、その人の意識も、時間もが自分1人に向けられるのだから」
「あー……そう言われるとまぁ……」
「特別扱いは誰だって嬉しいものでしょ。もちろん程度によるけれど」
行き過ぎた感情は、シアンが危惧するように相手を束縛する。一方通行ならストーカーのように。
「気持ちに正直に前向きに。柚宇ちゃんが大切なら、優先的に考えてあげなさい」
「そっか。ありがとう、だいぶすっきりした」
「これぐらい構わないわよ。こっちも双葉のことがあるんだし」
「っとそうだった。クロエはどうしたい?」
大人な恋愛相談だなぁと感心していたところで話題を振られた。ビクッと分かりやすく反応した黒江に、シアンは改めて聞き直した。たまに手合わせするぐらいでいいのか。それとも定期的にするのか。
今の話の後でそれを選べと言われるのもなかなかに苦しいものだ。
「……たまにでいいです。いろんな人と対戦するのも大切だと思うので」
「そっか。ならそうしよう」
「偉いわね双葉」
加古に褒められ、黒江は素直に目を細めた。ちょっと刺々しい時もあるが、基本的には年相応の女の子なのである。
「そうそう、忘れない内に連絡先を交換しておきましょうか。毎回誰かに仲介してもらうわけにもいかないし」
「だな。クロエのも教えてくれ」
「あ、はい」
端末を取り出し、それを操作して連絡先を交換する。加古は相手の数が多く、黒江はそれなり。シアンはまだ連絡先を知っている相手が少なかった。加古の4分の1以下である。ちなみに黒江も加古の半分以下だったりする。加古の人脈は広かった。
「シアンくん柚宇ちゃんと出かけたりするの?」
「あんまり。今度ユウのテストが終わったら出かける予定。どこ行くかはまだ決まってない」
「そう。ちなみに服は?」
「シノダさんから貰ったやつしかない」
「道理で」
その後の言葉はしまう。言ってはいけないことだってあるのだ。
「決めた。その出かける日までの間に私と予定を合わせましょう」
「は?」
「あなたの服をコーディネートしてあげるわ。柚宇ちゃんのためにも」
「よろしくお願いする」
国近の名前が出されては断れないのだった。
ちなみに炒飯は美味しくいただき、太刀川に驚愕されたとか。
エプロン付けた加古さん想像してみてください。美人過ぎる。