国近柚宇の部屋は、女の子らしい部屋と辛うじて言える内装をしている。少女漫画に出てくるような女子の部屋ではないが、かわいらしい小物が少しばかりあるのだ。貰い物ではあるがぬいぐるみがあったり、クッションの色は明るい色だったり、家具も質素なものではなく控えめな可愛さが添えられているものである。
彼女の部屋は基本的に最低限のものとゲームぐらい。国近の持つゲーム機はそのほとんどが作戦室に置いてあるものの、自室に置いてあるゲームもあったりするのだ。
そんな部屋のベッドで、国近は布団に包まっていた。
現在の時間は午前8時。今から着替えて学校に向かっていては間に合わない時間。今日は土曜日なのだから遅刻の心配も必要ないのだが、いつもなら朝食も済ませている時間である。
「ユウ大丈夫か?」
「うーん、しんどいかも~」
「だよな。何か飲み物か食べ物いるか?」
「あんまりげんきないかな~。のみものはほしぃー」
「ちょっと待ってろ」
私生活が酷かった国近ではあるのだが、シアンがボーダーに来てからは改善されている。週末であろうと朝に起きて朝食を取るし、徹夜だってめっきり減っている。作戦室にある仮眠用ベッドは最近役目が減ったことに悲しいとかなんとか。
部屋にある冷蔵庫を開けてみると、その中に関してはまだまだこれからと言ったところ。飲み物かフルーツかゼリー系のすぐ食べられるものばかり。冷凍室にはアイスがしっかりと。
「コップはどれ使ってもいいよな?」
「うん」
スポーツ飲料が国近の部屋にあるわけがなく、シアンはお茶をコップに注いだ。ジュースとどちらがいいか一旦迷ったが、こちらの方が飲みやすいかなと思ったらしい。
お茶を注いだコップを片手に彼女の側へ。近くにある丸テーブルにコップを起き、起き上がる国近の背に腕を回して支える。
「飲めるか?」
こくりと頷いたのを確認し、シアンはお茶をゆっくり国近に飲ませる。起き上がるだけでも相当しんどいようで、国近はシアンの肩に寄りかかっていた。
「また欲しくなったら言ってくれ」
「ありがと~。それと、ごめんなさい」
「謝ることでもないだろ」
「だって……シアンさんとのお出かけ……」
「今日が駄目でも何回でも行ける。まずは体調を治さないとな」
「……うん」
慎重に体を倒させ、再びベッドに横にさせる。熱がある国近の顔は赤く、時たま咳き込むことも。
本当なら、テスト明けの週末であるこの日に約束通り2人は出かけていた。国近は昨日に買った一式を着て、それに臨むつもりだった。しかし蓋を開けてみれば風邪である。熱もそれなりに高い。幸いにも、何かの病気というわけではないが。
「お昼になったら、食べやすいものを食べて薬飲もうな」
返事はなく、頷きがあった。
バカは風邪をひかないというが、バカだから国近は風邪をひいている。シアンにとっては元気な印象しかないのだが、この子は盛大にやらかした。原因に心当たりはある。本人は決して口にはしないが。
「
そんなことも露知らず、シアンは国近の看病をしている。生まれの良さから、この方看病なんてしたことはない。病気知らずの健康体でもあったため、自分が風邪を引いたこともない。だから看病は探り探りだ。
「シアンさんてかして~」
どうすればいいのかを
布団の中から出てきた彼女の手に、自分の手を重ねる。自身の手の一回りは小さな手。きめ細やかな肌。彼女自身の印象と同じように、彼女の手は柔らかいものだった。
「これでいいのか?」
「うん。こうしてくれてるとうれしい」
「そっか」
手の中でもぞりと彼女の指が動く。指と指の間にすり込ませるような動き。それに合わせてシアンは指を開き、それからまた閉じた。元の形には戻らない。手を重ねていた状態から、指を絡めた状態に変化している。
(わたし単純だな~)
悶々とした想いはまだ残っている。渦巻いている。けれど今はそれすら覆い尽くしているものがある。
圧倒的な幸福感だ。
一緒の部屋にいる。2人きりでいる。心配から、初めての看病をしてくれている。さらには手を触れ合わせている。
それだけでも国近の心は幸福感で満たされていた。暗い気持ちを静まらせられるほどに。
その感情を飲み込むように目を閉じ、シアンがいる方に寝返りを打つ。布団が少し捲れても、すぐにシアンがそれをかけ直した。その小さな優しさでも嬉しく、頬を緩ませる。反対の手もシアンの手に重ね、ほんのりと力を加えた。
「シアンさんのておっきぃ~」
「そりゃユウよりはな。それよりもできれば寝てほしい」
「ねるよ~。でもなんかもったいないなぁって」
「なにが?」
2人でいる時間が減ることが。実際の時間では長くても、寝ていては体感時間が短くなる。それが勿体無いと感じるらしい。
「寝かしつけるのも看病か?」
「どうでしょ~。わたしをねさせられるかな~? けほっ」
「早く治すには寝るしかないだろ」
咳き込んだ国近の頭をそっと撫でる。丁寧に、慈しむように。この行為も慣れたものではない。それはどこかぎこちなく、けれど彼の気持ちは十二分に伝わるものだった。
国近はそれを払うことなく受け止める。女性にとって髪は命に等しいもの。他人に触られることを嫌う女性さえいる。のほほんとしている国近であっても、異性に髪を触られて流せるかは相手次第だ。知らない人は論外として、顔見知り程度でも遠慮願う。同じ隊員であっても、素直に受け止めることはないだろう。
だから、シアンの手を受け入れるのも、ひとえに彼のことを好んでいるから。
撫でられるのを感じながら、彼女は懐かしさを感じていく。異性に頭を撫でられる経験など、家族以外になかったから。父親と祖父くらいだ。しかし当然ながらその2人とも違う。年は近く、淡い想いを抱く相手なのだから。
「シア~ンさん」
「ん、悪い。落ち着くかなって思ったんだけど」
「ううん。とめないでいいよ~」
離された手を戻してもらう。不快感など抱いていないから。
「おねがい、きいてほしーなーって」
「お願い?」
心地よさが睡魔を誘い込む。だんだんと意識がぼやけていくことを、なんとなく感じながら言葉を続けた。
熱が、初恋が、彼女の思考を定まらせない。まともな思考をさせない。
「わたしね。シアンさんといっしょにいたい」
「いるじゃん」
「いまだけじゃなくて~、これからも」
浮かぶ言葉がただ漏れ出ていく。
「シアンさんが、となりにいないとやだ」
「……」
「ほかのこじゃなくて、わたしといっしょにいてほしい」
だから我儘も言える。抑える理性は働かない。
「これからもね、いなくならないで」
「いなくならないよ」
「……こわいんだよ。シアンさん、とおくにいっちゃいそうだから」
「……ユウ。それは大丈──」
言いかけた言葉を一旦遮る。彼女の口からは言葉ではなく、可愛らしい吐息が漏れ出ているから。
シアンが思っていたよりも早く、彼女は眠りにつけたようだ。シアンは撫でていた手も離し、手は繋いだまま楽な姿勢に座り直した。
「大丈夫だよユウ。ユウが不安に思ってることにはならないから」
それは静かな決意。
寝ていてもその言葉に安心できたのか、彼女は穏やかな表情で眠っていた。それに釣られ、シアンもベッドに突っ伏すように眠りにつくのだった。
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ボーダーの開発部は多忙である。基地の補強からトリガーの研究開発、近界側のトリガーの解析などなど、やる事は常に山積みされている。その忙しさは、部長である鬼怒田の隈を見れば明らかであり、元上位攻撃手だった寺島雷蔵の激太りがその環境を物語っている。
そんな開発部だが、仕事に当然優先度をつけている。担当の振り分けもある。例えば、鬼怒田は必ず近界のトリガー解析に携わるといった具合だ。
「どう思います? 鬼怒田さん」
「信憑性に欠けるな。玉狛の空閑を借りるとしよう。それと、気は乗らんがあの男も呼ぶ。こやつの話が正しいのか判断するためにもな」
「もし真実だったら?」
「決まっておろう。