その開発部のトップが鬼怒田であり、開発部が多忙であることを体で表現しているこの人物は、常に目に濃いクマがある。そして肥満である。
「君に来てもらったのは、我々が入手した情報の正確性を確かめたいからだ」
鬼怒田が呼んだのは、アフトクラトルにいた人物の1人たるシアンである。主人に忠誠を誓い、頑なに情報を渡さないヒュースとは違い、彼ならあっさりと情報を渡すからだ。
「入手した情報ですか」
「そうだ。大規模侵攻を仕掛けた指揮官。その者なら傘下にある国をこちらに向かわせるという話だ」
「それ誰から聞きました? ヒュースが話したとは思えないんですけど」
「質問をしているのはこちらだ」
「対等のはずですが?」
「まぁま~。話したら教えてくれると思いますよ。ね、鬼怒田さ~ん」
シアンへの信用度が低い鬼怒田は、あまり親しくしようとは思っていない。シアンも無理にそうなろうとは思わないが、司令の城戸とは対等な関係であることを話して決めているのだ。一方的なものには身構える。
そんな2人を同行してきた国近がふんわりと取り持った。どっちが先かで空気を悪くしても仕方ないだろうと。鬼怒田も国近の言葉にふんと鼻を鳴らしている。同意と見ていいのだろう。
「……ハイレインならそうするでしょうね」
「なぜそれを我々に言わなかった? まさか忘れていた、などとは言わないだろう」
「迅の予知があるのなら、オレが言う必要もないでしょ」
「たしかに迅の予知でそれを知ることはできる。だが、相手の情報までは迅の予知では分からない。こちらと友好的でいたいと言うのであれば、君の方から言ってくるべきではないのかね」
「アフトクラトルの侵攻を阻めたボーダーなら問題ないと思ったので」
有用性を示す。それによってボーダーでの居場所を貰っているのに、今回それを怠っては立場が悪くなる。それが分からないわけではないはずが、シアンはそれをしなかった。
ボーダーとの関係を悪化させたいのではない。それでもいいと思ったわけでもない。
彼の中での重要度が変わっているだけだ。
ちらっとそちらを見て、小さく笑ってから鬼怒田へと視線を戻した。
「オレはユウの安全を守れたらそれでいい」
「っ!」
「まさかここで惚気を聞かされるとは……」
弾かれるようにシアンの方を見た国近の目の輝きには驚きと喜びが混ざっており、その頬は周りを和ませるほどに緩んでいた。
それに対して鬼怒田はげんなりと息を吐き、単純故に厄介だとシアンへの評価を改める。
すでにシアンは居場所を固めている。一定数の隊員との交流を持っている。しかもそれだけではない。玉狛支部のスタンスからして、それなりの交流があるシアンに対して本部側が措置を取れば、玉狛支部が対抗措置を打つ。意図的かはこの際どちらでもいいが、今となっては強硬手段に出にくいのだ。
「ガロプラとロドクルーン。今こちら側に近い軌道を取っている国で従属関係にあるのはこの2つだ。何か情報はあるか?」
「どちらにも指示は出てるでしょうね」
「どっちも攻めてくるってこと?」
「その可能性は高い。国の大きさとしてはそんなにだけど、強い人は強いからな」
「また近界民が来るのかな?」
「ガロプラはそうだろうな。従属化したのも比較的最近の部類だし」
上の様子を窺うという意味でも、ガロプラは生真面目に人も派遣するだろう。
「外回りのことは正直そこまで知らない。アフトクラトルのことなら祖国だから情報を持ってただけなんで」
「それは予想の範囲内だ。何か知っていれば共有してほしいというだけなのでな。こちらの本命としては、入手した情報の信憑性だ」
空閑のサイドエフェクトによって、その情報の正しさ自体は把握できる。しかし分かるのは、相手が嘘をついているかどうか。それだけだ。その情報自体の正しさはまた話が違う。情報源の人間が勘違いしていては、本人の中で"本当"のことでも、現実には違うということもあり得る。
そこをシアンに補わせている。彼自身の今の思惑を把握するのも兼ねて。
まだ協力的かどうか。
「ロドクルーンの情報は特に持ってないですけど、ガロプラなら多少は」
「なんだと?」
「アフトクラトルから出た時に
「あ、これ纏めるのわたしのやつだ~」
言葉を先回りし、茶化すように口を挟んだ国近にシアンは笑った。肩の力を抜かれたように、シアンも釣られて笑う。図星だから。
「今回も頼んでいいか? ユウ」
「うん。いいよ~」
話に一区切りがつき、鬼怒田はやれやれと首を振る。2人のペースは独特なもので、どうにも調子が崩されるのだ。自分のペースに持ち込もうにも、自然と減速させられて空回りさせられる。主な原因が国近にあることが、ちょっとした懸念材料だ。
話を切り替えた鬼怒田に連れられ、シアンと国近は奥の部屋へと案内された。そこには元攻撃手の寺島雷蔵もおり、ガラス越しには1体のラッドがいた。なぜか座布団の上に鎮座している。
「情報源というのが、このラッドですか?」
「そうだ。
「中身?」
「雷蔵」
鬼怒田の指示に従い、寺島がラッドを起動させる。テレビを点けるような感覚で。
「あァ? またオレに……テメェかシアン」
「……エネドラ?」
「アフトの角を分析していた過程で判明したのだ。脳と繋がっていたこの男の角に、本人の人格情報等があるということが」
「ほぇ~。そこまでできるんだ~」
「その女は、あの時の奴か。ククッ、随分とご執心なようじゃねェか」
「記憶もあるのか。どうせなら粗暴になる前の状態がよかったな」
「流してんじゃねぇよ」
アフトクラトルの角は、それが伸びていくと脳に影響を与え、人格すら変えてしまう。直近の例が目の前にいるエネドラで、今となっては口の悪い喋るラッドである。
「従属国が来るって言ったのもお前だな?」
「問題でもあったか? 国と手を切ってるのはお前も同じだろ」
「まーな」
「……」
すんなりと流される。それ自体は予想の範疇ではあるのだが、エネドラはシアンが僅かでも言葉を溜めると思っていた。シアンは祖国を嫌っているわけでもないから。
以前の彼と今の彼の違い。それも傍らにいる彼女が関係しているのだろう。そう推察できるほどに、彼らは分かりやすい。
「チッ。テメェならお前とは違うとか言って噛み付くかと思ったが、牙まで抜かれたらしいな」
「噛むなら歯じゃね?」
「言葉の綾ってもんを知らねェのか!」
「ラッドの方が親しみやすさありますね~鬼怒田さん」
「ふん。口と性格の悪さに目を瞑ればな」
そうは言いつつも、大規模侵攻での出来事は記憶に新しい。エネドラという存在に対して、国近が抱く気持ちは恐怖が何よりも勝る。国近は他の誰にも見えない位置で、シアンの袖を小さく摘んでいる。
ちらりと斜め下から彼の顔を見る。元々は友達だったというエネドラの今の姿に、何か思うところでもあるのだろうか。
いや、そこを気遣うのはもう遅いなと国近は自嘲気味に笑った。だってもう彼らは武器を交えたんだから。互いに、相手を殺す気で。
自分だったらどうだろう。そんな事は起きないと思うけれど、もし起きたら、戦えるだろうか。友達に武器を向けられるだろうか。例えば
無理だ。そんなことになったら、心が辛い。
そうだ。辛いはずなんだ。
「今のお前をブン回したら目って回るのか?」
「おいこらテメェなに考えてやがる!」
「鬼怒田さん、やってもいいか?」
「許可するなよハゲ! 情報くれてやってんだからな!」
「勝手にするんだな」
巻き込むなとはっきり書かれた顔。鬼怒田はその顔のまま寺島に後を任せて退室していく。若者の勢いについていくのはしんどいのだ。
「どこ行くんだハゲ! 待て! いや待つな! ついでにこのバカ連れていけ!! おい!!」
「懐妊するんだなエネドラ!」
「孕んでねぇよバカが! それ言うなら観念だ!!」
「へ~、そうなんだ~」
「その女もバカかよ!」
「わざとだよ」
「ブッコロしてやりてぇ!!」
「君ら実は仲いいんじゃない?」
「気色悪いこと言うな……!」
見事なツッコミ劇だったと寺島は感心したふりで適当に拍手し、本題はもう終わってるなと結論づけた。元上位攻撃手とはいえ、今はもう立派な
「エネドラの尻尾を抜くと電力が供給されないから、目が回ることはないよ」
「そうなのか。残念だ」
「用が済んだんならさっさと帰るんだな。テメェにこれ以上付き合う気はねぇよ」
しっしっと虫のような脚を器用に動かされ、シアンと国近は作戦室に戻ろうかと踵を返す。寺島はここの部屋に残るようで、椅子に深く腰掛けた。もしかしたら、この部屋が彼に与えられた部屋なのかもしれない。
部屋の散らかり具合とか、仮眠用のグッズがその可能性を高めている。
「ユウ、ちょっと外で待っててくれるか?」
「ん~? ……うん。いいよ~」
シアンの顔色をうかがい、何かあるんだな~と察して頷く。それを自分は知ることができないということに、幾ばくかの寂しさも感じて。
彼の隣にいたい。周りから見れば、それは叶っているように見えるんだろう。
でも違う。たしかに前よりは近づいた。物理的ではなく、精神的な距離感が。それでもまだ、彼の後ろにいる。守られている。
そう。彼にとって、庇護対象なんだ。
「……遠いなぁ」
閉まった扉を見ながら呟いた。
その扉が、彼と自分の関係を表している。そんな気がした。
「エネドラ」
「あ?」
出ていったかと思いきや、まだシアンが残っていた。単眼で器用に怪訝そうな態度を示したエネドラは、億劫そうに反応する。
平和ボケしたシアンに、もう興味もないようだ。
「余計なことは話すなよ」
「……ククッ。余計なこと? 例えば────のことか?」
「……バラされたいのか」
「ハハハッ! そんなにあの女に知られるのが嫌か? テメェもハイレイン共と同じかと思ったが、どうやらそうでもないらしいな。で、いつまでそうするつもりだ?」
「お前には関係ないだろ」
シアンの眼光が鋭くなる。露骨なまでに反応するのは、分かりやすくそれ以上踏み込むなと線引きしているから。
その行く末を見るのも愉快だが、今は無力もいいところだ。仕方ないかとエネドラは肩を竦め、自分から提案した。
「これ以上互いに干渉しない。それでいいだろ」
「ああ。じゃあなエネドラッド」
「待てテメェ裂かせろ!」