ガロプラは近界の中でも大きな国とは言えない。最大級とされるアフトクラトルの従属国であるのだから、それも当然と言える。
敵対国を従属化させるための有効な手段は、相手の弱点を握ること。アフトクラトルは国の命たる
それでも規模がそれなりにある国となると、従属化にリスクも伴う。当然ながら、反乱のリスクだ。
もしその国が、捨て身覚悟で侵攻してきたら。真っ向からやりあえば当然アフトクラトルが勝つものの、時期によっては損耗の規模も変わる。そういったリスクも加味した上で、従属国は選ばなければならない。
それ故に、ガロプラの規模は大きくはないのだ。仮に反乱されてもアフトクラトルは痛手に至らず、それでいてその国の戦力は悪くない。支配する側にとって、これほど都合のいい国は少ないだろう。
そんなガロプラから派遣された人員は6人。トリオン兵や新型のトリガーを携え、遠征艇で玄界へとやって来ている。それに対してロドクルーンは、人を割く余裕がないようで、代わりにトリオン兵を約300体差し出している。
「状況を確認するぞ」
6人全員が囲うテーブルからホログラムが展開される。そこにはアフトクラトルから与えられた情報があり、ボーダー側の戦力が載っている。
戦闘員の数、組織としての総数。具体的な数値を出せるわけではないが、大規模な攻勢を仕掛けたアフトクラトルが掴んだ情報だ。当たらずとも遠からず。現実との差は、誤差として対応可能なほどに少ない。
「黒トリガーの数は1本から3本。それとは別に、アレの存在がある」
「1と3じゃ全然違うってのに、その上でシアンのこともあるのかよ」
隊長であるガトリンの話に、レギーことレギンテッツが悪態をついた。この場で唯一の女性隊員であるウェンがそれを窘める。
とはいえ、レギーがついた悪態は全員が共感できるものではある。黒トリガーはたとえ1本であっても戦況を覆すものだ。その数だけは、正確なものが欲しかった。
何よりも、1本あるいは3本というのは、あくまで
「アフトの話では、シアンは玄界と共闘したらしい」
「今回も出てくると?」
この問いはラタことラタリコフのものだ。ガトリンはそれに首を横に振った。
「俺の見立てでは出てこない」
「その理由は?
「互いに望まぬ形で、な」
ガロプラに飛んだ後、シアンは最初はガロプラで休んでいた。消費したトリオンを回復させるために。
それが一転したのは、アフトクラトルから通達があってからだ。従属国全てに告げられた内容は、シアンを捕まえること。妥協点は、黒トリガーのみの回収。
それによりガロプラはシアンと交戦。彼の黒トリガーである赫の兎により多大な被害を受け、前線を下げている間にシアンが他の国に移動という形で戦闘は終了した。
「アレは戦闘を生き甲斐としているわけではない。もしそうなら、我々の被害はさらに大きかった。おそらくは、かかる火の粉を払う程度の対応だ」
「アフトはシアンの回収も狙った。それにより交戦が起きたと見ているわけですね」
「そうだ」
実際にはシアンの方から出向いているが、それも目的があったから。なければ動かなかっただろう。それこそ、地雷を踏まれない限りは。
「……真相はなんにせよ、シアンとの交戦は避ける。玄界は黒トリガー4人を含むアフトの精鋭を退けている。十分手強い相手だ」
「そこまでの余力はないですからね」
「ロドクのトリオン兵300があっても、シアンに出てこられたら無いも同然だものね」
ガトリンの決定にコスケロとウェンが同意。黙っているが、他の者も賛同しているようだ。
全員の賛同を確認したところで、ガトリンは一拍おいてから再度口を開く。
アフトクラトルから出された指示を遂行するために。そして、彼らの思惑からは外れてやるために。
□
エネドラによる情報提供。シアンによる追加情報。そして迅による予知。
3者による情報を下に、ボーダーは水面下で対策を練っていた。大規模侵攻から日が浅いこと。発表している遠征に時間をかけたくないこと。それらを踏まえ、情報を共有する範囲を制限し、いずれ来る敵に備えている。
「三上だ~。やっほ~」
「国近先輩。お疲れさまです」
「おつかれ~」
けれど常に気を張っているわけではない。予知ができる迅がいるのだから、それ用のシフトを組んで過ごすだけでいい。
「お一人なんですか?」
「休憩中だからね」
最近では国近が単独でいることが珍しい。セットでいるものだと思っている三上は、辺りを一度確認してから尋ねた。
眠気もあるのか、国近はあくびをしてから廊下にある長椅子に腰掛けた。休憩中と言うからには、またゲームなのだろうと予想できる。予想して、再度疑問を抱く。わざわざ作戦室から出てくる理由はないのではと。
「飲み物欲しくなったから~。三上が先でいいよ」
「ではお言葉に甘えて。……あの人とゲームしてたんですか?」
「あの人……うん。シアンさんとだよ~。出水くんは今日の試合解説あるし、太刀川さんは他のとこで待機だからね~」
ナチュラルに唯我についての言及がないが、スポンサーの息子たる唯我にこの手の話は届かない。何かしら理由をつけて外されるのはいつものことだ。秘匿で行われていた遠征も然り。
「仲いいですよね」
「えへへ、ありがと~。でもシアンさん開発室に出かけちゃった」
「開発室に、ですか?」
「うん。寺島さんとカタパルト作るんだって~。この前からちょくちょく出かけてるんだよ~」
「カタパルト」
「そ~~、カタパルト~」
「……誰が飛び立つのでしょうか」
「ん~。風間さん?」
「ぷっ。ちょっ、笑かさないでください……!」
想像してしまったらしい。あの生真面目オブ生真面目の風間が、ロボットアニメみたく飛び立つ光景を。
「終始真顔でいそうじゃない?」
「ふ、ふふっ。あははは! 国近先輩やめて!」
「風間さんに言っとこ~っと」
「本当に勘弁してください」
「は~い」
怒られはしないだろうけど、そんな話をされてしまったら次会う時にどんな顔をすればいいか分からない。
ガチトーンで止めに来た三上に、国近はにこにこと楽しそうにしながら頷いた。そんな反応をされては、本当に大丈夫なのか疑ってしまうが。
「もう。……あ、間違えて違うの買っちゃった」
「ならそれわたしが貰うね~。お金渡すから、三上はそれで買ったらいいよ」
「え、いいんですか?」
「わたしのせいだしいいよ~」
「ではお言葉に甘えて」
買った飲み物を国近に渡し、代わりに受け取ったお金で今度こそ目的の飲み物を買う。それを片手に、近くに設置されている長椅子に並んで腰掛けた。
チラッと横にいる国近を伺う。シアンがこちらに来てから、彼女がずっと身につけているアクセサリー。それがアフトクラトルの国宝の1つとされる黒トリガーで、シアンが彼女を信頼している証。2人の関係を繋ぐキーアイテム。
見るのはそれだけじゃなくて、そこから少し上に上げていく。ゲームにばかり時間をかけているのに、ハリのある綺麗な肌。同性として羨ましい上に、最近ではさらに変わった気がする。
「何かついてる?」
「あ、いえ。……国近先輩が前以上に綺麗になった気がして」
「そう? ありがと~」
「あの……お二人はお付き合い、されてるんですか?」
「へ……? ぁ、えっと…………そう、なれたら……いいなー。なんて」
照れくさそうにはにかみ、国近が三上の視線から逃げるように目を泳がせた。それでもなんとか答え切ったのは、本心からそう思っているから。
その姿はこれまでの彼女からは想像できないものだった。異性よりもゲーム。3度の食事よりもゲーム。勉強よりもゲーム。何に置いてもゲームを優先していたあの国近柚宇が、今では一番縁のなさそうだった恋の最中なのだから。
綺麗だと思った。照れてる今は、先輩なれど可愛いと思った。
それが三上には、少し羨ましくも思えた。
「告白はされたんですか?」
「し、してないよ!」
ボーダーはたしかに近い年齢の人たちばかりだ。冬島や東のように、年の離れた隊員が珍しいくらいで、三上の年齢からすれば上も下もほとんどが4歳差以内。同年代も多いし、男性の方が多い。
さらには、ボーダーは入隊時の面接も力を入れている。善性というものを持っている人たちが、この組織に入っている。
だから、粗暴に見える隊員も「実は良い人」だったりするのだ。烏丸のようなイケメンもいるし、性格の良い人たちも多い。他校の生徒もいるのだから、そういう目で見れば、出会いの場として申し分ないわけだ。
三上はそれ目的でボーダーに入ったわけではない。けれど、花の女子高生である事実。恋愛話に浮かれる時期でもある。その上、目の前にはその恋愛真っ最中の先輩がいる。
興味を持たないわけがなかった。……もっとも、今さら仲間をそういう目で見ることは、彼女には難しいようだが。
「……だって、怖いからね」
「怖い、ですか?」
怖い人ではない。三上でも分かるそれを、国近が分かっていないわけがない。ならば怖いというのは、シアンのことではない。
そういえばと思い出す。クラスメイトも、告白するのに勇気がいるとか言ってたなと。
さらっと言えそうな先輩でも、それは同じらしい。
「あの人なら断らない気もしますけど……」
露骨なまでに国近を優先しているし。
「絶対は……ないでしょ?」
「……はい」
第一次侵攻が起きるまで、異世界なんてないと思っていた。
それまでの現実が、常識が、絶対が。完全に覆った日だ。
だからこそ、この世に絶対はないと皆知っている。
「もし、断られたら……今までの関係が終わっちゃう」
受け入れられなかったら、叶わない恋心を抱いたまま、処理しきれず。それでも任務の関係上シアンの側にあり続けないといけない。
そんな日々に、耐えられるなんて国近は考えられなかった。
考えたくもない。
誰よりも近くにいられる。彼の隣りにいられる。今のその日々が好きなのだ。失いたくない。壊したくない。変わりたくない。
今が崩れ去るかもしれない。
その可能性を拭い切れないから、国近は足を踏み出せずにいる。
「それにね」
彼はきっと断らない。
じゃあ、
同じ気持ちを向けてくれるだろうか。
そうならなかったら。1人よがりの関係が出来上がる。
「わたしはそれも嫌なんだよね……」
世の中の恋愛なんて、おそらくはそうなる人も多いのだろう。付き合っていても、別れる人だって大勢いる。
理想を夢見ていることは国近もわかっている。わかってはいるけれど、それを求めずにはいられない。
「恋愛って……難しいんですね」
「みたいだね~。ゲームみたいに好感度が見えたら簡単なのに」
「ふふっ。でも先輩、それだとヌルゲーだーとか言いません?」
「あはは~。……うん、言うと思う」
見つめ合い、おかしな話だとどちらも声を出して笑う。IFを語り、そうなったらそうなったで退屈だと言うのだから。
ひとしきり笑い合うと、国近がふと不安を吐露した。
「ライバルは、いらないんだけどね~」
漫画とかゲームなら展開として出てきてほしかったりする。その方が波があるから。でも現実ではいらないなと、自分がその立場に立ってみて思ったようだ。
「いるんですか?」
「どうだろうねー。でもシアンさん、加古隊の作戦室の出入り増えたから。……加古さん美人だし」
言いながらムカッとしたらしい。口を尖らせて、すね気味な様子だ。
それを察しながら、恋愛は本当に怖いなと三上は理解する。視野が狭まるらしい。しかも、他の女子がライバルに見えてくるらしい。
「小南もシアンさん追いかけてるし!」
小南がシアンを追う理由は、国近の考えとは見当違いと知っているはずなのに。もしもを考えるとやっぱり駄目になる。
「2人とも線細くて綺麗だから……」
「たしかにそうですけど、国近先輩もスタイルいいじゃないですか」
何がとは言わないけれど。あの2人に勝っているものはあるじゃないか。それを言っちゃうと一番自身が傷つくから、三上は絶対に"何が"とは言わないけれど。
「ずっと考えてても気持ちが落ちちゃいますから。この話はやめにしましょう」
「三上が振ってきたよね?」
「あの人は優しい人ですよね。話してみてそう思いました」
「あれ~? シアンさんと話したことあったの?」
「前に少し。すごい良い人ですよね」
好きな人の良いところの話をすれば、国近の思考も切り替えられる。そう思って彼女のツッコミをスルーして、強行に出てみたのだが。
三上は思わぬスイッチを押してしまった。
「へー。2人で?」
「え? ……あ」
気づいた時には遅かった。立ち去ろうとした三上の肩を、国近が素早く掴んで阻止した。
非力なはずの彼女の手が、妙に重たく感じた。体を動かせずに固まり、目前でにっこりと笑う先輩に冷や汗をかく。
「もう少しお話しようね~」
三上が解放されたのは、作戦の開始が告げられてからだった。