警戒していた敵の襲撃。それを知らせるのは警報ではない。極秘裏に行われる防衛戦ということもあり、この日に行われるランク戦も時刻通りに開始される予定だ。それに合わせて、一部の例外を除いてランク戦参加者は何も知らされていない。正隊員ではないC級隊員たちも同様だ。
そんな状況下で、敵の襲撃を知らせるのはこの男。未来予知のサイドエフェクトを持つ迅悠一だ。作戦内容は本部の防衛。隊員の多くは警戒区域から迫りくるトリオン兵の対処に当たる。
「出水くんが解説に呼ばれてるから~、
「それは結構だけど……」
「?」
「いや、何でもないよ」
「何かあるやつだ」
その何かは話さないのだろう。シアンは首を振ってそれ以上のことは言わなかった。
それなら追及しても仕方ないかと国近は息を吐く。彼の懸念を予想することはできるが、それがあっているかもわからない。自分の希望も多分に含まれている。そういうのは一旦シャットアウトだ。作戦が始まるのだから。
初恋真っ最中の国近ではあるが、A級1位の部隊のオペレーターである。切り替えなんてお手の物。いつもはゲームに使っているモニターだって、今はオペレート用の画面になっている。
「迅さんの予知とシアンさんの情報。天羽のサイドエフェクトも使うみたいだし、相手に同情しちゃうね~」
「オレが知らないものだってある。従属国なら黒トリガーもないはずだけど、新型トリガーくらいは作れるしな」
「それもそうだね~」
「……まぁ、作戦を綿密に練ったのに相手に先回りで備えられるとかは、たしかに同情できるけど」
「シアンさんならどうするの?」
隣りに立つシアンを見上げる。太刀川は他の上位
時間はあるかと思い至り、シアンは少し考え込む。相手に予知能力を持つ人間がいて、要所要所で待ち構えられていたら。いやこの前提は違うか。
「相手に予知があると知らない状態でってことだよな」
「うん」
「そうなると……。特に何もしないかな」
「なんで?」
「手札が限られてるから」
遠征する側の弱点は、使える手段が限られている点だ。トリオン兵の数も限られ、戦闘で使用すればその数はみるみるうちに減っていく。そして自分たちが使用するトリガーの情報も、相手に知られてしまう。
遠征というものは基本的にリスクが高い。十分なリターンが得られるとも限らない。その遠征先に何日も留まるわけにもいかない。戦闘するなら尚更だ。
となれば、肝心なのはそこで何をするか。ガロプラの場合、
「作戦は綿密に練るほど自由度が低くなる。ある程度アドリブが効くようにしてても、限度がある。今回なら狙いが遠征艇。それの破壊のために辿り着かないと行けない戦力と、敵の妨害を想定してそいつと同行する戦力が必要だ」
大量のトリオン兵を使って外から仕掛ける。それ自体を囮として、数人が中に潜入。本命を隠すとなるとそこに割けるのは最低人数であり、それでいて優秀な戦闘員。
ボーダーもそれを予測しているから、ボーダーの上位攻撃手4人を最終防衛ラインに配置した。
「囮を囮と思わせないためには、手札の大部分をそっちに使う。んで、残された手札でやりくりしないといけないから、たとえ相手に先読みされてると察しても、無理にそこから裏をかこうとはしない。作戦が瓦解したら最低限すら達成できなくなるし」
「ま~そうだよね~。……シアンさんが狙われる可能性は?」
言葉が少し震えた。
国宝の回収はアフトクラトルの狙いの1つ。それをアフトクラトルが指示している可能性だって十分にあり得る。
迅の予知でも、シアンの読みでも、ガロプラはそれを狙わないとしている。国近はそれを信じたいが、不安は拭えないものだ。
「それは一番ないよ」
けれどシアンは国近のその不安をやんわりと否定した。安心させるように穏やかに笑って。
「ガロプラとは一度交戦してる。黒トリガーの性能だって向こうは承知だ。その上でオレを狙おうとは思わない。それができるほど、今回の敵は戦力を用意してないからな」
3画面の内の1つを見ながらシアンは言い切った。そこに映っているのは、ボーダーの外で行われている戦闘の様子だ。映像ではなく、戦力図での表示。盤上の上に大量の矢印があり、下側がボーダー。上側が敵側。その上側の矢印は、数が多すぎて大変密なことになっている。
そこにそれだけの戦力を使っているのなら、シアンを狙う余裕がない。そもそもシアンが使う黒トリガーは、トリオン兵を一掃できる。ガロプラはその被害をよく覚えている。何よりも、黒トリガー持ち相手に、ノーマルトリガー数人で挑むのは自殺行為だ。近界民の方が、そのことをよく理解している。
「もしものことがあっても、ボーダーのトリガーがあるし。最悪の場合は黒トリガーを使うから」
「……うん。じゃあそうならないことを願おうかな~」
国近としてはシアンに戦闘してほしくない。彼の性格を考えたら、この手のことで手を抜くとは思えない。そうなると、集中し過ぎて
彼女のその心配とは裏腹に、シアンは「必要ならそうしよう」と決めていた。国近がシアンを気にするように、彼もまた彼女のことを気にかけているから。
国近柚宇の安全。それこそが彼の最優先事項である。
「ん~、太刀川さんの出番もそろそろかな」
「みたいだな。……となると、うん。やっぱりオレのことは無視だな」
「立場的にそれって大丈夫なのかな?」
「大丈夫だろ。アフト自身が失敗したことだし、できないと分かっていての指示だろうから。アフト内での体裁も必要だしな」
従属国を動かしたのなら。その先に国宝の1つがあるのなら、それへの命令も出さないといけない。小さなことで突かれても面倒なのだから。さらに踏み込んでしまえば、適度な無理難題は必要だ。従属国として牙を砥がせても、多少それを折っておく必要もある。変な気を起こさせないためにも。
不遇な立ち位置。従属国というものは、そういうものである。
「基地に侵入した敵が3人だけど、ジンがこっちに何も言わないし、大丈夫そうだな」
「……シアンさん何かやろうとしてる?」
なんとなくではあるが、国近はそれを見抜いた。敵わないなとシアンは苦笑し、元々隠すつもりもなかったからあっさりと認める。
「これに便乗しそうだからさ。個人的にも、ちょうどいいかなって」
「?」
詳細までは語らないらしい。あるいは語れないことなのか。
どちらにせよ、終われば聞き出せることである。それなら今聞き出さなくてもいいだろう。
であれば、国近が聞くことはこちらになる。
体の向きを変えて、正面から彼を見上げる。座っている状態で、立っているシアンを見つているから、いつもより顔を上げた。その目を、ずっと見ていたくなる彼を、真っ直ぐと。
「帰ってきてくれる?」
その一言に、どれだけの言葉と想いを凝縮したのだろう。スカートを摘む手に、力が入っている。
「もちろん」
迷いはない。言葉を詰まらせることもない。
シアンの中で、決心していることもあるのだから。
「ユウのいる場所が、オレの帰る場所だから」
「…………ぇっ」
その言葉の意味を、どう受け止めたらいいのだろう。
浮かれ、熱され、締め付けられる。その通りの、期待に則した意味なのだろうか。
意識すると顔が熱くなる。スカートを摘んでいた手は胸に移り、抱きとめるように握った。
下げてしまった視線は彼の手を捉える。僅かに持ち上がった手は、しかし何も触れることなく下げられた。
「それじゃあ行ってくる」
「ぁ、うん。行ってらっしゃ~い」
彼がいつもの調子で言うから。
彼女もできるだけいつもの調子で返した。
そうしないと、仕事にならない。
1人になった部屋で、いつものことのはずなのにそれを寂しく感じた国近は、頬を2回叩いてモニターに向き直った。
□□
今回の戦闘はそう長引くものではない。情報を集め、作戦を練り、持ち込んだ手札をふんだんに使う。それでいて目的が遠征艇の破壊だからだ。最短最速で遠征艇を破壊、それが叶わずとも効果的な損傷を与える。その要の1つが時間なのだ。
外の戦闘は、可能な限り多くの敵を引きつけること。理想はそこでの勝利でもあるが、あくまで理想だ。敵を引きつけ、時間を稼ぐことが仕事になる。もちろん攻勢の押し引き、その塩梅は難しい。
そしてそれは、どうやりくりしてもジリ貧になるものだ。数で劣ろうとも、高い連携能力で着実にボーダーが対応している。トリオン兵の数も減らされ続け、敵の弾幕による防衛ラインを突破できない。そもそも突破の必要もないのだが、「戦果一つなく戦力を失っただけ」という結果は、現場を指揮する者にとって何よりも堪える現実だ。
「くそっ!!」
レギーはそれを少しでも変えたかった。市街地を狙うと見せかけることで、相手を釣ろうとした。しかし予知は変わらない。未来が変わらない。ならばボーダーは動く必要もない。
そのレギーの前に、ヒュースが姿を現した。
彼の目的は無論本国に帰ること。自分の主を守るために。その最速の手段は、従属国に接触し、アフトクラトルにまで送り届けさせるというもの。
「──っ、どわっ!」
「なんだ……!?」
「今のは……」
そこに生じていた重たい空気の中に、
「やっぱ、着地の時に難ありだな」
「シアンか」
「なっ! っ……シアン、だと……!」
「ヒュースとガロプラか。ジンに教えてもらって助かった」
違う場所に行ったら本末転倒だったからなと軽快に笑うシアンとは裏腹に、ヒュースもレギーもその表情を険しくした。
ヒュースにとって、シアンは味方とも敵とも取れない曖昧な相手だ。この状況になぜ絡んだのか。何が狙いなのかわからない。その上、彼がボーダーのトリガーを所持していることを、ヒュースも知っている。それに対してヒュースは何も持っていない。警戒しないわけにはいかなった。
そしてヒュース以上に、レギーにとってこれは厳しい状況だ。悪夢と言える。隊長のガトリンにして「交戦したくない」と言わしめた相手が目の前にいるのだ。しかも、直接は戦ったことがなくてもその強さは知っている。たった1人でガロプラに膨大な被害を出させた怪物だと。
「何が狙いだ」
「一応情報の把握だな。期待程度ではあるが」
シアンは肩の力を抜きながら答える。交戦の意思がないことは、その目で表していた。それで警戒を解くほど、ヒュースもレギーも甘くはないが。
「アフトからの指示がどういうものか。踏み込んだ内容を聞いておきたくてな。具体的には、ヒュースの処遇とオレへの対応」
その話にヒュースは目を細めた。自分の処遇について今の段階で知れるのなら、たしかにそれは知っておきたいことだ。
「素直に答えてくれると助かる。尋問とか趣味じゃないし」
「……答える義理があるかよ」
「ないな」
あっさりと認められてレギーはガクリと肩を落とした。拍子抜けでもあり、戸惑いもある。今話していて感じるシアンの印象と、元のイメージがかけ離れているのだ。
「オレの予想だと、ハイレインはヒュースを切ってるはずだ。不穏分子を取り除くのがあいつのやり方だからな」
「答える義理はないって言ったろ」
「ヒュース。取り付くシマがない」
「お前は何をしに来たんだ」
素っ気なく答えた。ヒュースもそのペースに付き合う気はないらしい。それを気にすることなく、シアンは軽い調子で会話を続けていく。
「そりゃあお前が本国に戻るなら、それを止めようと思ってな。単独で帰っても孤軍になるぞ?」
「それが本命か。……だがオレはお前とは違う」
「……そうだな」
否定することはない。その言い分は何一つ間違っていない。
ヒュースはエリン家にて育てられた人間。仕える側だ。それに対してシアンは仕えられる側。シアンの家はエリン家のように、格式のある家柄だった。それ故に心構えも変わる。
ヒュースの忠誠心はアフトクラトルという国よりも、エリン家当主という個人に比重が置かれている。シアンにはそこに該当する人間はおらず、今さら国への忠誠心も湧かない。そこが2人の決定的な違いだ。
「それでもオレはお前の邪魔をする。
驚きはなかった。玉狛での話をシアンにも流しそうな人物に心当たりがあるから。
僅かに生まれた沈黙。その静寂はすぐさま破られた。
「……お前らさっきから人を挟んで話をすんな!!」
「いや、優先事項は
「このっ……! ふざけやがって……!」
レギーのフラストレーションが上がっていく。だが最後の一線は超えない。戦闘は起こらない。隊長の命令と、過去の悪夢がそれを押し留めている。交戦して勝てるなどと、万に一つも思っていない。そして何よりも、シアンの黒トリガーなら理論上ガロプラの遠征艇を破壊できてしまう。
つまり、遠征という今回の状況においてはとりわけ、
そんな選択は取れない。
「むっ、とりこみちゅうだったか」
「は!? ガキ……!?」
「……! ヨータロー……?」
「くるしゅーない。らくにしていいぞ」
「誰も畏まってないぞー」
突如として場に首を突っ込んできた乱入者もとい
カオスな空間にレギーは頭が痛くなってきたが、悲しいことに陽太郎もレギーが目的ではない。陽太郎もまた、用事があるのはヒュースの方だ。
足となってくれた雷神丸から降り、陽太郎はヒュースへと歩み寄る。
「ヒュースを止めに来たか?」
「ちがう。ヒュースに
「……!?
「……止めないのか」
「ヒュースがかえりたいのなら、とめたくない」
「ヨータロー」
「かえるなら、ちゃんとかえるっていえ」
「……すまない」
陽太郎が差し出したトリガーをヒュースが受け取る。それは元よりヒュースのものであり、帰るのであればそのトリガーが大きな力となる。丸腰とでは雲泥の差だ。
その様子に困惑するレギーの後方で、シアンは静かに目を閉じた。陽太郎のおかげだろうが、ヒュースが想像よりも馴染めている。その事は兄弟子としても嬉しい。だが、こうなったのなら選択肢が自ずと限られる。たった1つのものに。
「悪いがガロプラには退場してもらう」
「は? ……っ!?」
「遅い」
背後を振りかった瞬間に、レギーの首と胴が分断された。武器が見えていなかったのは、その必要がなかったから。なにせボーダーには、
「くそっ……!」
「……シアンっ……!」
2つのスコーピオンを繋げる技マンティス。それによりレギーは切断され、トリオン体を破壊されたことで
「言っただろ。オレはお前を無駄死にさせる気はないんだ」
「むっ。かえったらヒュースはしぬのか?」
「殺される可能性が高い。だからオレは単独で帰らせる気はないんだよ。さっきの奴が教えてくれればよかったんだけどな。もしくはさっきからそこで見てるジンか」
シアンの視線の先には、黒トリガーである風刃を片手に建物の上に立っている迅がいた。
全員の視線を向けられたことで、暗躍が趣味な迅はその場から飛び降りて3人と1匹の下へ。
「どうも実力派エリートです」