端的に言って、ガロプラの作戦は失敗に終わった。誰が悪かったわけではない。全員のパフォーマンスはよかった。その上で失敗に終わったのは、ボーダーが上手だったというだけである。
展開した作戦の全てが最善で対処され、目標物の前でも猛者たちが待ち構えていた。不気味に感じさえする鋭さだった。
それ故に誰かが責められることでもないのだが、作戦にない行動を取ったレギーにウェンは言及する。
「まぁまぁ。レギーにはトリオン兵全部任せちゃってたし」
「それよりも気にすべきなのは、シアンが出てきたことでしょう」
避けたいリスクを犯しかけたレギーの話から、それよりも大きな問題となり得る存在へと話題を変える。過ぎたことよりもこれからについて。作戦が失敗した今、重要なのはそちらだ。
「何がシアンを行動させる要因となったのか。レギーの記録を見るに、アフトの捕虜を止めるために動いたと思えますが……」
「引っかかるわね。
「とは言っても、こちらは戦闘時のシアンしか知らないわけだし」
ウェンの意見を否定するわけでもないが、コスケロは安易に同意を示すことはできなかった。平時と戦時の違いは、人によっては大きなものだ。戦時のシアンしか知らないのだから、あり得なくはないと可能性を頭に残している。
それでも、ウェンの意見に納得できるものもある。第一印象が強烈過ぎただけなのか。あるいは。
「レギー。お前はどう感じた」
隊長のガトリンが腕を組みながら問いかける。この場の面々で、唯一対面したのはレギーだけだ。その時に肌で感じた情報は価値が高い。
話を振られたレギーは、どう答えたものかと眉間にシワを寄せて頭を悩ませる。感じたものはある。あるのだが、明白な答えは得られていない。言葉にどう表せばいいのか、それが難しいのだ。
「説明じゃなくていい。感想で構わないから言ってみてくれ」
部下の悩みを察し、ガトリンは言葉を変えて促す。
それならばと彼は、ある程度頭で纏めつつ言葉を発した。
「……言葉を交して感じたのは──」
□□□
「んで? 結局どうしたんだ?」
「どうって?」
「迅が絡んだんだろ?」
「あ〜」
個人戦用のブースがある大部屋の一角。ソファに埋もれて休憩しているシアンに太刀川は事の顛末を問いかけた。
太刀川にとって、そこまで興味のある話でもない。雑談程度にはなるというだけのもの。そこに加えて、自身の立場柄聞いておく必要があるから聞いている。それ以上でもそれ以下でもない。
シアンの隣に座る国近は、私情込みで話を聞きたいようだが。
「特別何かがあったわけでもないぞ。ジンがその場を纏めて終了ってだけだからな」
「それ絶対なんかあったやつだろ」
「シアンさんは関わらなかったの?」
「関わってることには……なるんだろうな一応」
国近の問いかけを、シアンは頭を捻りながら答えた。なにせシアンの取った行動は、ヒュースの思惑の妨害である。後から判明したのは、シアンの介入が無ければ五分五分だったということ。ヒュースがガロプラを介してここを去るか、あるいはこちらに残るか。
その2択だった状況を崩して1択だけにした。ヒュースに選択肢が無くなり、ボーダーの遠征の利用のみがヒュースの帰る手段となった。そのためにヒュースもまたボーダー隊員として今日入隊している。その話し合いもシアンの存在によって難航しかけたが、三雲は何とかそれを果たした。
「シアンさんはお咎めとかなし?」
「咎められる理由もないからな。ヒュースには文句言われても仕方ないけど」
「わざわざお前が動く必要あったか? 迅もその場に向かってたんだろ?」
「オレの基準では必要があった。無為に死なせる可能性は減らしときたくてな」
「仲いいんだね〜」
「仲がいいというか、一応弟弟子にあたるからな。面識は少なくても分かってて死なせるのは夢見が悪いだろ?」
「それもそうだね〜」
「お前よくそれで遠征だの何だのできてたな」
ボーダーのトリガーとは違い、近界のトリガーには
トリガーやトリオン兵を用いた戦争を繰り返す近界だが、その機能については考慮されていなかったようだ。
「戦争を仕掛けるのは、勝てる見込みがあるから。あっちはトリオン兵を多用するのが主流だからな。人的被害はほとんど出ない」
「緊急脱出がないのもそれが理由?」
「それもあるとは思うが、そこに消費するトリオンすら戦闘に回すからだな。人を投入する時は、大局を変えたりトドメを刺す時がほとんど。そうなるとその日の内に勝敗を決めることになる」
「勝敗がそのまま生死の分かれ目になるわけか」
「属国化される時は生き残れるけどな」
現ボーダーでは防衛任務でトリオン兵を相手にするか。あるいはランク戦で切磋琢磨するか。基本的にこれでのみトリオン体を利用する。そして近界民への知識が乏しい世間の目もある。安全装置の設置は必要不可欠なのだ。
体制や環境。これらが玄界と近界のトリガー技術の発展に違いを生むのだろう。
「今周りに人いないからいいけど、この話ここでする内容じゃないと思うな〜」
「それはそうだな」
「大丈夫だユウ。オレもタチカワも周りを把握してるから話してる」
「う〜ん、別に2人のそれを信じてないわけじゃないよ?」
「うん。ありがとうユウ」
もし仮に誰かに聞かれてしまったら。事情を知らない人間が知ってしまったら、シアンの立場が危うくなるかもしれない。この世に絶対なんてないのだから、国近はそのもしもを気にし、シアンはその心配に礼を言った。
「ところでシアン。お前の弟弟子って強いか?」
「強いぞ。今は鈍ってるだろうが、いい腕してる。剣の心得もあるし、ボーダーのなら弧月使うんじゃないか?」
「ほほう。お前のお墨付きか」
「太刀川さん新人刈りはゲームでもタブーだよ〜」
「シアンのお墨付きなら新人扱いじゃなくていいだろ。ちゃんと合意を取ってからやるって」
「そもそも今日来るの?」
「来る」
もっともらしい国近の疑問をシアンが断言する。2人の視線は彼に集まり、シアンは根拠を続けて言う。
「所属支部もそうだが、遠征狙いだからミクモたちの隊に入るしかない。ランク戦も残り少ないって話なら、早いうちにB級に昇格したいはずだ」
「……シアンさんランク戦見てたっけ?」
「いや。小南から聞いた」
「……ふーん?」
「……ユウ?」
何やら機嫌を損ねてしまったらしい国近に困惑し、意見を求めようと太刀川の方を見たらわざとらしく視線を逸らされた。
「さーて期待の新人が来るまで誰かとやるかー」
「おい」
「じゃあ後でなー」
『気づいてるならお前も向き合ってやれよ』
『っ!? …………わかってる』
あまりにも予想外な。あのバカ代表たる太刀川慶が言うとは誰も想像できないようなことを言い残し、太刀川は誰がいるかをモニターで確認しながらブースに入っていった。
それを最後までは見送らず、シアンは一度長く息を吐いてから隣りの少女を見た。これまた分かりやすく、そしてわざとらしくそっぽを向いている少女を。
「ユウ」
「つーん」
「実況よかったぞ」
「えっ!? き、聞いてたの……!?」
「そりゃあまぁ。ユウの実況だし」
「聞くなら聞くって先に言ってよ〜」
「なんで」
「え、それは……そのぉ。……はずかしいから、かな」
「いやいつもの調子で楽しそうにしてただろ」
「そういうことじゃなくって!」
実況そのものが恥ずかしいのではない。着眼点はそこではない。それをシアンに言うのもまた胸がつっかえる。
国近はそれをうまく言葉に変換することができなかった。
「オレはユウがちゃんとこなせるんだなって感心してたんだけど」
「えぇ……、いつも仕事はちゃんとしてるじゃん」
「そうなんだけどさ。なんというか、離れてみるとまた
「え。……それって……どういう?」
心臓が握られたような感覚がした。なにせ"いつもとは違う"と言われたのだ。転び方など2つに1つだが、その内の1つは最悪なものでしかない。心臓に悪い2択だ。
「良いなぁって」
「ほぇ?」
「ユウ自体が変わるわけじゃないんだけど、ユウの良いところの見え方とかが変わって見えてさ」
「それって、つまりどういうこと?」
「え? ユウがかわいいってこと」
「〜〜っ!! ぅぅ、しあんさんのばかぁ」
「なんで!?」
聞かれたから答えた。シアンにとってはシンプルなことなのだが、乙女国近にとっては爆薬である。熱くなった顔を両手で覆い、俯いて絞り出した声はか細いものだった。
この状況にシアンは、また振り出しに戻ったのではと思ったが、そっぽを向かれたわけではないから前進はしているなと捉え直していた。
それから3分ほどだろうか。国近が気持ちを落ち着かせて顔を上げる。それからソロランク戦のモニターを見やり、利用してる隊員たちを見渡してからシアンに視線を向けた。
「シアンさんが言ってた子はまだ来てないのかな」
「さっきアラシヤマ隊の子と歩いてたぞ」
「あれ?」
「使い方教わってる最中なんじゃないか?」
「あ〜、かもね〜。試合見る?」
「そうだな。せっかくだし」
「じゃあもっと見やすい場所にゴーゴー」
国近が身軽にひょいとソファから跳ね上がり、数歩進んでから振り向いて首傾げる。
「シアンさん?」
てっきり合わせて立ち上がると思っていた彼が、まだ立っていない。何か考えているのは伝わるが、それが深刻な悩みとも思えない。
側に戻ろうかと思った矢先、シアンが立ち上がって視線が重なった。それが不意だったのもあって、国近の心臓はビクリと跳ね上がる。
「週末は防衛任務のシフト入ってなかったよな?」
「たしかそうだね。入ってないはずだよ〜。徹ゲーする?」
「それも悪くはないけど、デートしよう」
「うん。……うん? え、で?」
「ユウ、オレとデートしてほしい」
その発言に国近は目を見開き、なにも言葉を発することもできずに、ただ静かに頷いた。
Q.太刀川さんは気づいていたんですか?
A.周りからの指摘で「マジか」とかなってた