玄界放蕩記~ゲームこそ人生~   作:粗茶Returnees

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 数話だけ書き溜めできました。
 日本語難しすぎひんか??


シアン②

 

 いつもより早く目を覚ます。昨晩は寝付くまでに時間がかかってしまった。必然的に睡眠時間は短い。

 それでも彼女に眠気はなかった。セットしていた目覚まし時計が仕事をするより早く目覚め、設定を解除してからシャワーを浴びる。

 今までなら大して気にしなかった。徹夜でゲームもしていたし、作戦室にある自分の仮眠ベッドで寝て、寝起きで太刀川や出水とまたゲームをすることもあった。要は、体裁を気にする相手がいなかった。寝起きでシャワーを浴びることがあるのは、寝汗で気持ち悪く感じる時くらいか。

 

 けれど今は違う。彼と出会ってからは違う。無意識に目で追うようになった頃から、なんとなく服装や髪を気にしていた。意識するようになってからは、毎朝シャワーを浴びるし、部屋を出る前に必ず自身の見た目を鏡で確認するようになった。

 シャワーを浴び終わり、髪を乾かしているとふと気づいて笑ってしまう。鏡に写る自身の顔が、どうしようもなく緩んでいた。

 今日という日をどれほど楽しみにしていたのか。顔にはっきりと書かれている。

 

「わたしって、けっこう単純だったんだね〜」

 

 誰に言うわけでもなく、ほんとに、どうしようもないなとひとりごちる。

 仕方ない。言い訳もしない。もう認めている。

 

「ほんとうに……」

 

 その後に続く言葉は──出なかった。

 認めていてもやはり恥ずかしい。気持ちを言葉にすることも。彼の名前をそこに繋げることも。胸の内がこそばゆくなる。

 

「……よし!」

 

 髪の手入れまで済ませたところで、化粧道具を用意する。まさか使う日が来るとは。遠征前の自分に言っても……いや、遠征直後の自分に言っても信じないだろう。

 (こん)たちと一緒に買いに行き、同い年の女子たちからレクチャーしてもらった。それをどこから聞きつけたのか、加古もやってきて教えてくれた。

 密かにこつこつと練習を重ね、お墨付きももらってついに。今日という日に自分のために化粧を行う。

 

 なにせ今日は、ようやく叶ったデートの日なのだから。

 

 

□□□

 

 

 

 シアンの行動範囲はもちろんのこと、国近柚宇の行動範囲も狭い方だ。近界(ネイバーフッド)という例外を除けば、ボーダーや学校の周辺で完結している。インドア派な女の子なのもあるが、ボーダー隊員は概ね行動範囲は比較的狭いだろう。ドライブを趣味にしている加古のような人間以外、あまり離れた地域には行かない。

 それを今日2人は行う。ちょっとした遠出をする。

 そのための待ち合わせ場所は、デートの定番たる駅前……ではなくボーダー内である。同じ建物に住んでいるのだから、別れて駅に行く必要はない。

 

 集合場所へと足を進めると、予想通り先にそこに彼がいた。視力は決して良くはないけれど、遠目に見ても彼だとわかる。ずっと、それこそ毎日見ているのだから、間違えようはずもない。

 自然と足が早くなる。ファッションを気にし始めた時に、クラスメイトが学校に持ち込んでいた雑誌を見て、ヒールも良いなと思った。(こん)たちに相談してみてから、一緒に店に見に行った。そこで選んだ靴を今日使っている。

 

「わっ──」

 

 慣れない靴は危ないからと言われて、ハイヒールは選んでいない。足首捻りやすそうだなと自分でも思って、それはすぐに選択肢から除外した。

 選んだものは、ヒールが高過ぎずそれでいてお洒落に思えるもの。

 それでも浮かれていたせいか躓き、

 

「大丈夫かユウ?」

 

 彼に受け止められている。

 

「うん、おかげさまで。ありがと〜シアンさん」

 

「どういたしまして」

 

 躓いたことへの驚きはあったが、受け止められたことへの驚きはなかった。心のどこかで、護ってくれるだろうという期待があるから。

 それは傲慢で、高望みで、思い上がってるだけのことかもしれない。けれど、現にそれが起きると、無意識にふにゃりと頬が緩くなる。

 

「えへへ、おはよ〜」

 

「おはようユウ。……行こうか」

 

「ぁ、うん」

 

 浮かれていることは誰の目にも明らかだった。シアンでも分かるし、国近自身も自覚できている。

 そのことを指摘しようかとシアンは考えたが、それはすぐにやめた。それは水を差す行為だ。今の国近の様子は、彼女がどれだけこの日を楽しみにしていたかの表れでもある。そしてその気持ちを、シアンも理解できる。

 だから何も言わない。今日という日のデートを楽しむために。

 

「ユウ」 

 

「?」

 

「今日はいつもと違うんだな」

 

「えっと……」

 

 何について言われてるのかは、彼の視線で把握できた。服装だって普段着るものとは違うし、メイクにしてもそうだ。それらすべてを含めて言われてる。

 そこまではいい。その先は分からない。どういう意味で言ったのかは分からない。

 そこを聞こうとした矢先、答え合わせは彼の口から行われた。

 

「きれいだ」

 

「ぇ」

 

「こういう時どう言ったらいいかはあんま知らないから、ベタなことした言えないけどさ。……ちょっと大人びた感じもあるし、控えめだけどおしゃれにしてるとこがユウらしい、と思う」

 

「……うん」

 

「……オレは、そういうの好きだな」

 

「っ! あ、ありがと……」

 

 言及してほしかったことではある。褒めてほしかったことでもあるし、好印象を抱いてほしいことでもあった。

 それをいざ言われると、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合って視線を逸してしまう。

 

「その……シアンさんも服、似合っててかっこいいよ」

 

 顔を直視して言うことはできなかったが、お返しをすることはできた。

 シアンもまた、普段着ている服とは違った。そもそも普段着は忍田のお下がりで、中には少し時代遅れ感のある服もあった。しかし今着ているのはまったく違う。国近も初めて見る服装だ。

 それを指摘されたシアンは、少し驚いてから嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとうユウ。カコのおかげだよ」

 

「加古さん? ……あ……えっ?」

 

「せっかくだからコーディネートしてやるってカコに言われてさ」

 

「それって」

 

「今後も使うけど、そうなるな」

 

「そっか。……えへへ、じゃあお揃いだね〜」

 

「? あー、たしかにそうなるな」

 

 シアンも、国近も。どちらも今日という日のために準備をしてきた。

 ペアルックではないが、行動自体は被っている。

 それはたしかに、お揃いと呼べた。

 

 

 

 いざデートをするとなっても、シアンも国近もデート初心者である。何をどうすることがデートなのか。そもそもデートとはいったい何を指すものなのか。考えれば考えるほどドツボにはまるものであり、2人はそれぞれ周りにそれとなく──当人たちは隠せているつもりで──聞いている。

 それぞれの調査の後、話し合って決まった予定は『互いに1つずつ行きたい場所を決める』である。

 

「シアンさんは()()やったことある?」

 

「いや初めてだよ」

 

「ならよかった〜。シアンさんがやったことないことを、一緒にしてみたいなって思ってたから」

 

「そう言うユウはやったことあるのか?」

 

「一応経験者だけど、上手ってわけでもないかな」

 

「ならユウに教わることもできるわけだ」

 

「うん! 任せて!」

 

 2人が訪れているのはアイススケート場だ。理由は国近が言った通りである。

 「シアンが経験したことがないものを共有したい」

 それだけだ。いたってシンプルな理由であるも、誰しもが納得できる大きな理由でもある。「好きな人に自分の好きなものを好きになってもらいたい」という考え方もあるが、言うまでもなくそれは既に達成されている。シアンだってゲームは大好きだ。

 それでは他はというと、石狩鍋とじゃがバターである。食べ物である。恋愛初心者の国近に、初デートに自分の好きな食べ物を含めることはできなかった。

 そうして選ばれたのがアイススケートである。自分ができるものであり、シアンが知らないものだ。ちょっとした遠出の必要もあるため、ボーダー関係者に見られる可能性は限りなく低い。……デートの相談をした時点で手遅れだが。

 

「ここからも見えるけど、あんな感じで氷の上を滑る遊びだよ。専用の靴はそっちで借りられるっぽいね」

 

「バランス感覚が大事ってわけか」

 

「体幹ってやつもかな」

 

「ユウにはなさそうだな」

 

「むぅ〜」

 

 そう言われるのは少し不服だが、否定できることでもない。

 国近は頬を膨らませてシアンの肩を軽く叩いた。やさしい打撃を加えてから国近は受付に行き、入場するための手続きを済ませる。先払い方式であるためそれも済ませ、シアンの分は後から請求するつもりだ。

 

「おまたせシアンさん。こっちがシアンさんのスケートシューズね」

 

「サイズ教えたことあったっけ?」

 

「あったんじゃない?」

 

 1度くらい言ったことはあるのかもしれないし、1度も言ったことはないのかもしれない。今までの全ての会話を一言一句覚えているはずもなく、「まぁいいか」とシアンは考えることをやめた。知られていたとして、問題になるようなことでもないからだ。

 アウターを脱いで身軽になり、荷物等はロッカーの中へ。スケートシューズに履き替えたシアンは、立ち上がってバランスの取り方を確認する。

 

「支える部分が細いけど、わりとなんとかなるものだな」

 

「氷の上に行くとまた違うけどね」

 

「摩擦がないからか」

 

「そういうこと〜」

 

 国近もスケートシューズの紐を結び終え、「行こっか」とシアンに呼び掛けてスケートリンクを目指す。スケートリンクの出入り口は決まっており、休憩のために出てくる人もいる。

 国近が先にリンクへと滑り出し、他の人の邪魔にならないように少し進んでから端で止まった。

 

「壁の段差に手を置きながらがいいよ。急がずゆっくりね〜」

 

「ちょい、ユウ待てまって! ここ滑るんだが!」

 

「そりゃ氷の上だもん」 

 

 ゲームで負けそうな時とはさらに違う。普段見れない"余裕のないシアン"の姿に、国近は静かに笑う。

 なんとか両足ともリンク上に乗せたシアンが、ペンギンのような歩き方で進んでいく。それにはもう国近も耐えられず、声を出して笑いながら近くに寄っていった。

 

「楽しそうだなユウ」

 

「ぷふっ……! うん……! だっていっつもカッコイイシアンさんが今かわいいんだもん」

 

「……すげぇ複雑だ」

 

「でもシアンさんも滑れるようになるよ。ゲームと一緒」

 

「滑り方を教えてください師匠(せんせい)

 

「ふっふーん。いいでしょう。って言っても、言葉にすると単純なんだよね。足を交互にゆっくり前に出すだけだから」

 

「それが初めからできれば誰も苦労はしないんだけどな」

 

「大丈夫だいじょーぶ。わたしが横でサポートするから」

 

 他のスケーターたちがどうしているのか。基本的な動作を目で確認したシアンは、すぐに体を支えられるように片手を壁の側に備えながら前へと進む。

 それはギリギリ滑っていると言えるレベル。ペンギン歩きから半歩前進したぐらいだろうか。重心を一定に保つのは難しく、揺らいでは壁に手を置いてバランスを取る。

 

「想像の倍以上に難しい……!」

 

「わたしも初めはそんな感じだったな〜」

 

 それは恥じることではない。誰しもが通る道であり、空閑とヒュースも自転車に苦戦を強いられた経験を持つ。氷雪の国を除けば、ほぼ全ての近界民(ネイバー)は自転車でもアイススケートでもコケるだろう。

 

「とりあえず一周を目標にしてがんばってみよ」

 

 できないからってやめるつもりは毛頭ない。

 国近もうまく滑られるわけではないと言っていたが、今のシアンほどではない。ゆっくりならコケることなく滑られる。ならばシアンの目標もそこだ。国近が楽しめるように、同じレベルに到達してなんの気兼ねもなく共に楽しむ。

 

「みぎ〜ひだり。みぎーひだり。そんな感じそんな感じ」

 

 声でシアンをサポートしつつ、国近は時おり周りも確認する。その時に目に入ったのは、子どもが2人で手を繋ぎながら滑っている姿だ。兄弟だろうか。背の高い方の男の子が軽く手を引いてリードしている。

 それは教え方の1つなのかもしれない。他にも、道具を用いながら滑るというやり方もある。自転車で言うところの補助輪だ。おそらくはそのやり方が、最も安全かつ有効的なやり方だろう。安定性が上がり、慣れてくればあとは自身で滑るだけ。

 しかし今この場にはない。借りることもできるが、それはさすがにシアンも躊躇うし、国近も提案しづらい。

 

「ユウ?」

 

「その……両手に支えがある方が、シアンさんも滑りやすいかなって」

 

 ならばやることはこれになる。

 シアンの左手に国近は自分の右手を添い合わせた。普段から距離感が近い2人ではあるのだが、意識して触れるのは違うのだろう。あるいは、()()()()()()か。

 国近はシアンの視線から逃げるように顔を逸らし、そのせいで赤くなっている耳を晒してしまっている。煩くなる鼓動は彼女の体温を高め。氷上であるのに「ちょっと暑いね」と誤魔化すように嘯いた。

 

「ユウはいつも優しいな。ありがとう」

 

「……うん。どういたしまして」

 

 数秒そこに止まっていると、他の利用客が2人の視界を通っていく。それからシアンは国近の手を包むように握り、そのまま彼女をぐいっと引き寄せた。

 

「ほぇ?」

 

 今からスケートを再開するという予想を外された国近は、気の抜けた声を出しながら目を丸くして顔を上げる。

 引き寄せたからか、2人はその方向に働いた力によって僅かに滑り、すぐそこにあった壁へとシアンの背が当たる。国近はその腕の中におり、周囲の目も気にしてかその顔は紅葉みたく真っ赤に染まっていた。

 

「すべ、す、すべりゃないの?」

 

「滑るけど、なんかな。……そういう気分なんだ」

 

「どういう?」

 

 ショート寸前だった脳をなんとか保たせ、恥ずかしさに耐えながらその顔を見上げる。

 好みの顔だから、その顔が好きなのは当たり前だった。けれども今はそれだけじゃない。シアンだから好きで、シアンだから惹かれている。心の底から。

 どういう表情でも好き、と言うとそれは嘘になる。だって隣りで笑っていてほしい。悲しい顔はしてほしくないし、させたくない。

 うまく言葉に表せられない今の表情はどうだろう。好きか嫌いかで言えば、好きなのだろう。少しだけ悩ましげに見えるのは、悩んでいるのを隠したいからか。そんな彼に、何かできたらなと思った。

 

「シアンさん」

 

 ──その決断を、いつ振り返ったとしてもやっぱり後悔することはなかった

 

「わたしもいるから。シアンさんからしたら頼りないかもしれないけど、でもシアンさんの力になりたい」

「ユウはいつも助けてくれてるし、頼りないなんて思ったこと微塵もない」

 

 間髪入れずに言い切ったシアンは、一度大きく息を吐いてから国近の背に腕を回してさらに引き寄せる。それが宝物なのだと。大切なものだと示すように。

 

「好きだよユウ」

 

「うん。…………うん!? え!? すっ……!?」

 

「誰にも渡したくないって思うぐらい、ユウのことが大好きだ」

 

「ぁ……うん………… うん!」

 

 重ねた手はそのままに。空いている左手を自分の胸の前で握った。

 夢などではなく現実で。言われた言葉は本物だ。

 それを飲み込むほどに込上げる感情があり、張り裂けそうな胸の膨らみは涙へと変わる。

 

「わたしもっ…………だから……。すき、だから……これからっも……ずっと……ずっとそばに、いて……!」

 

 それはいつしか言った国近の望み。

 異邦のものに対する恋する少女の、何よりの願いだった。

 

 

 

 

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