デート以降2人の関係が変わったのかと言うと、特に変わったものはない。それは拗れた理由があるのではなく、単に
無自覚から自覚へと変化し、相手の気持ちが分からないという不安が解消された。これは当人にとっては大きな変化なのだが、周囲からすれば目に見えて分かる変化ではない。とっくに気づいていた一部の人間に言わせれば「国近ちゃんが気づいてなかっただけよ」とのこと。
何よりも、互いの気持ちが判明したとして、露骨なまでにいちゃつくような2人でもない。
「あれ? シアンさん出かけるんすか?」
「玉狛に用事があってな」
「ってことは柚宇さんも?」
「そうしよっかな。でももう少し待っててシアンさん。先行ワンキルできそう」
「エゲツないことしてるな。……ユウが来てくれるなら、向こうでやることをちょっと変えられるか」
ゲームラブ&負けず嫌いな彼女は、対戦相手の顔が見えないオンラインで対戦ゲームをするのはどうなのだろうか。負けると泣く国近の性格も相まって、シアンはその手のゲームに渋い顔をする。
とはいえゲームが彼女の趣味だ。止める気は毛頭ないし、本人が楽しめているなら万事OKである。
「出水も行くか?」
それを見届けながらシアンは出水を誘った。玉狛支部から戻った後、出水がゲームに参加するかは不明である。しかしもし参加する場合、ボーダーに残って待つのも退屈この上ないだろう。
出水は太刀川のようなランク戦狂いではない。その上、出水と正面から打ち合える
「あー、面白そうっすけどやめときます」
「えー? 出水くん行かないの?」
「行って何するかは想像つくんで。せっかくなら、玉狛第二が何をするか知らずにランク戦観たいんすよね」
「あ、そっか〜。一応出水くんの弟子だもんね」
「そんなとこですね」
玉狛第二の隊長を務める三雲修は、一応出水と同じ射手にあたる。本来ならボーダーに入隊できないほどの少ないトリオン量を補うため、防御性の高い近接トリガーのレイガストを併用しているが、主な戦闘距離は中距離なのである。そのためポジションを1つ当てはめた時、"一応射手"という言い方になるのだ。
ポイントさえ貯まれば、
ともあれ三雲は射手のことで出水に相談し、いくつかアドバイスも貰っている。三雲本人は合成弾を教わるつもりだったようだが、それはまだ早いと出水が判断した。
「そういうことなら出水くん、このゲームやってていいよ」
「いやそのゲームのルール全然知らないんすけど。まぁ適当に時間潰すんで大丈夫っすよ」
「そっか」
対戦も終了したようで、国近はばたばたと音を立てながら身支度を整えていく。急ぐ理由もないのだが、待たせるのも悪いと思ったらしい。
出かける予定がなかった国近の服装は完全に部屋着だ。しかし作戦室の一画を我がものとしている彼女は、外出用の服もそこに用意している。正確には用意するようになった。今回みたいに、急に出かける時に備えて。
「次の玉狛第二の試合、期待してていいんすか?」
「ランク戦は運要素があるからな。まぁでも、前回よりはキレがあるように引き上げるつもりだ」
誰をとは言わないし、出水も聞かない。それはもう分かりきってることだ。
そしてその言葉を受け、出水はニィッと口角を上げた。
「そりゃあ楽しみっすわ」
□□□
シアンが玉狛支部に足を運ぶのは、弟弟子にあたるヒュースのためだ。ヒュースが電撃加入を決めての最初のランク戦。その様子をシアンも国近と一緒に見届けていた。近接よりの万能手として加入し、周囲の期待と想像を上回る働きを見せた。これにより玉狛第二は、空閑とヒュースの2大エースでより盤石に点を狙えるようになったわけだ。
だが以前からヒュースを知るシアンの目には、その姿が鈍って見えた。数ヶ月間捕虜として生活していたため、どうしても動きのキレが以前より劣る。それを感じさせない動きではあったのだが、分かってしまうものは仕方がない。
気になってしまうから、ヒュースの感を取り戻させようとシアンは決めたのだ。
「なぜお前から持ちかけてきた」
玉狛支部にある訓練室に入り、ヒュースはシアンと対峙して問う。面識はあれど互いをよく知る仲というわけでもない。その真意をどうにも読み切れない。何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる。
そんなヒュースにシアンは肩をすくめて嘲笑する。難しく考え過ぎだと。
「お前が遠征部隊に入るとして、
「……だろうな」
「で、お前はまだ動きが鈍い。そこを戻させる」
「それが分からないと言っている。お前に理由はないはずだ」
「あるさ。お前が死ぬ可能性を減らせられる。同郷のよしみだよ」
「…………ふん。礼は言わないぞ。お前のせいで話が少し拗れたからな」
「じゃあ今回ので帳消しにしてくれ」
「それはお前次第だ」
やるというのなら、ヒュース自身が納得できる状態にまで引き上げる。とことん鍛え直す。それが達成できた時、ようやくヒュースはシアンへの溜飲を下げるだろう。
そうなるためにも、シアンは一切の緩みが許されない。加減などいらず、ヒュースのキレを取り戻させる。いや、以前よりもさらに上へ。それがヒュースの望むところだ。
「始めるか」
同時に戦闘体へと換装する。室内はすでにフィールドが展開され、ランク戦で使用される市街地Aへとその姿を変えていた。
「どちらかが活動限界になる度に仕切り直し。そのタイミングで初期位置もシャッフル。互いにオペレーター付き」
「ああ」
初回だけは向き合ってる状態から。
ヒュースは弧月を構え、シアンも弧月を帯刀する。
「旋空──」
そのまま居合を仕掛けようとするシアンに弾丸が殺到した。
トリガー
(なんだっけコレの名前)
それぞれの弾が角度を変えながら展開し、左右に前方に上からと多面的にシアンへと迫る。
(っ!)
これにはヒュースも驚かされたが、意表を突かれるほどではない。シールドを展開させながら落ち着いて避け、今得た情報を整理していく。
(弧月と旋空。
爆発はしなかったため
そのことを頭の片隅に置きつつ、小南から聞いていた情報はすべて捨てた。
──あの人が設定してるトリガーは全部近接用よ
小南は嘘をつける性格ではない。その彼女が言っていたことは事実だったのだろう。しかしそれは古い情報だ。今のシアンのトリガー構成ではない。
残りの情報を探るのも兼ね、ヒュースは再度変化弾を放って様子を見る。開いている距離を詰めてくるか。それともシールドで防ぐのか。
シアンの行動はそのどちらでもなかった。家と家の間に逃げ込み、ヒュースの視界から姿を消す。
「(シアンさんの反応が消えた。バッグワーム使ってるね。……トリガー構成だいぶ変えてるね)」
「(そのようだな)」
(どう攻めてくる。射撃トリガーを持っていても、その練度は高くないはずだ。必ず距離を詰めてくる。奇襲狙いか?)
玉狛支部に到着して早々トリガーを弄っていたのは、バッグワームを追加するためだったのだろう。国近が来たことで、お互いにオペレーター有りの状態で実践ができる。タイマンなのだからランク戦の環境には程遠いが、経験を積めることに変わりはない。
「(ランク戦ならヒュースくんもバッグワーム使う手もあるにはあるけど、今回はそうしてもねぇ)」
「(なんであれ待つだけだ)」
動くことなくその場で待つヒュースに、家越しで弾が飛来する。弧を描いていることから、それが追尾弾であることは明白だ。他の射撃トリガーをまだ持っている可能性を考慮しつつ、先程のもハウンドだったのだろうと仮定する。
適度に散らされて飛んでくる弾を、ダブルシールドで盾を広めに展開しながら避けていく。それが誘導だと分かっているが、その方がまだマシだとも理解していた。
(来るか)
シールドを1つ解除し、弧月に手をかけて周囲を警戒。家々を挟んだ向こう側にいたことは事実だ。平面的に見てシアンが仕掛けられる方向は3つだけ。ヒュースから見て正面か左右。この3面だ。
ヒュースの視界は広い。市街地マップ程度で1対1のこの状況なら、僅かな影も見落とすことはない。
視界の端で動きを捉えた。レーダーではまだ映っておらず、ヒュースがそちらに体ごと向くのと同時に、オペレーターの宇佐美の声が聞こえた。
「(距離30!)」
その距離を告げられている間に、シアンはバッグワームを解除して弧月を構えていた。
家と家の間、塀を伝って出てきたシアンは、そこから地面へと飛び降りるのではなく、グラスホッパーを展開してそれを足場にする。
「旋空──」
(エスクード)
「──弧月」
「……ッ」
今度は振り抜かれた。
エスクードの耐久度では、上級者の旋空弧月を防げない。それは先のランク戦で村上によって実証されている。それを踏まえてヒュースはエスクードを活用した。それを足場にするというブラフを作り、実際には転がるようにして結局地面に戻るだけ。
子供騙しのようなやり方だが、自分の位置を上下に素早く動かすことで、相手の狙いをずらさせる。
それでも完全に外させるまでには至らない。シアンは30mというヒュースとの距離を、グラスホッパーを活用することで
これによりある程度は相手の動きに合わせて狙い直すことができ、ヒュースの片足を奪うことに成功する。
しかしそれで終わるわけではない。グラスホッパーを活用したのは、あくまで距離を詰めるため。旋空弧月はおまけだ。それで落とせれば美味しいなというだけ。
(ちっ)
ヒュースも何もしないというわけにはいかない。片足を斬られたことで着地時にバランスを崩したが、すぐさま対応する。グラスホッパーの性能は空閑との模擬戦で把握している。距離は縮められているのだから、中距離戦ではなく近距離戦。使うトリガーは弧月。
グラスホッパーで跳躍しながらシアンが投げてきた弧月を、ヒュースは立ち上がりながら弧月で弾き、
(っ!?)
「オレだって足場以外に使うぞ」
ヒュースは不利を背負わされ、スコーピオンを手にしたシアンにそのまま押し切られる形で一戦目が終了した。
2戦目からはランダム配置だ。シアンはそれをいいことにバッグワームを使用し、ヒュースがいそうなところを目指して移動する。その足は緩やかなもので、この瞬間はどうやら通信を楽しんでいるらしい。
「(シアンさんグラスホッパー気に入ったでしょ)」
「(バレたか。実際便利なのもあるけど、使ってて楽しいんだよ)」
「(投げた弧月も反射させてたもんね〜)」
「(検証も兼ねてな)」
「(……シアンさん?)」
その場に止まったシアンにどうしたのかと聞いてみた。何か狙いがあるようにも思えない。
「(いいなって思って)」
「(ん?)」
「(ユウの声にサポートされながら、命のやり取りにならない戦いをするのも楽しいなってさ。ランク戦とか、楽しいんだろうな)」
「(うん。きっと楽しめると思うよ。わたしもランク戦でシアンさんのオペしてみたいし。太刀川さんとシアンさんの2人が前衛で〜、それなら出水くんももっとのびのび弾撃てるでしょ〜。唯我くんはいつの間にか落ちてるの)」
「(いやサポートしてやれよ)」
「(あはは、じょうだんじょうだん〜。……でも、絶対楽しいと思うな。シアンさんと太刀川さんなら、撃墜数で勝負したりするだろうし)」
「(……否定できないな)」
ありありと想像できる。出水が悪ノリしてキルパクするのもありそうだ。そうやってひとしきり笑いあったところで、シアンはバッグワームを解いた。使っていたのは、ただ単に話す時間を作りたかっただけ。
2戦目からは、ヒュースの剣術の腕を引き上げるのも兼ねて積極的に近接戦闘にするつもりだ。
「(っと、そうだシアンさん。林藤支部長からOK貰えたよ)」
「(それはよかった。ありがとうユウ)」
「(何を頼むの?)」
「(それはまだ言えない)」
弧月は反射したら面白いなという願望。手元にBBFないので許して。
シアンのトリガー構成
before
メイン[弧月、旋空、スコーピオン、シールド]
サブ[レイガスト、スラスター、スコーピオン、シールド]
after
メイン[弧月、旋空、シールド、バッグワーム]
サブ[スコーピオン、ハウンド、シールド、グラスホッパー]
ヒュースとの対戦後にトリガー構成はまた変更してる模様。