玄界放蕩記~ゲームこそ人生~   作:粗茶Returnees

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シアン④

 

 街の外れ、玉狛支部からもある程度離れた河川敷の一画で、迅に連れ出された三雲と空閑はある人物と会っていた。その人物は、先日ボーダー本部に攻勢を仕掛けた張本人。ガロプラのメンバーのラタとレギンデッツである。

 争った者同士がこの短期間で穏便に会合できたのは、玉狛支部の方針とガロプラ側の柔軟な対応によるものだ。

 今回の目的は、事前に林藤と迅から持ちかけられた玉狛支部との同盟。その回答のために接触し、果たしてそれは秘密裏に結ばれたのである。

 同盟を結んだとはいえ、ボーダー本部からすればガロプラは敵である。人目を避けるように場所を選んだが、それでも長時間共にいるわけにもいかない。これで解散になると思いきや、ラタが最後に1つだけと追加の話を持ち出した。

 

「聞いておきたいのですが、あなた方ボーダーは、シアンという存在を理解していますか?」

 

 ラタの発言の意図を読み込めたのは、予知を持つ迅だけだった。迅は「そういうことか」と無言のままに、前々から予知していた内容に納得する。

 しかしそれはサイドエフェクトがあってこそ。三雲と空閑はその意味の説明を求めた。

 

「やはり、知らないようですね」

 

「呑気なもんだと思ったが、知らねぇなら納得だな」

 

「まぁ玉狛(うち)はあまりシアンさんと接触してないからね。あの人の立場が特殊だから」

 

「なるほど。そちら(ミデン)に呑み込まれた、というわけでもないようですね」

 

「そっ。ボーダーはあの人と対等な関係を構築している。で、あの人は基本的にトップチームと一緒にいてね。うちとは違う派閥と仲がいいって感じかな」

 

「そういうことですか」

 

 シアンの今の立ち位置を迅が明かす。ラタもレギーも、そうなると余計に頷けるものだと唸る。

 シアンは、うまいこと入り込んだのだなと。

 

「……あなた方はシアンをどう見ているのですか? 個人的な意見で構いません」

 

「どうって、強い人?」

 

「責任感もある人だと思ってます」

 

「なるほど」

 

 空閑にとっては、師でもある小南に匹敵する相手。三雲にとっては、大規模侵攻後の出会い。それらの印象が強いのだ。

 ラタはそんな空閑と三雲の答えに相槌を打ち、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを切り捨てた。

 

「っ!!」

 

「ぇ……!?」

 

 迅はその言葉に瞑目する。彼にとっては、察している答えの解説を聞いてるようなものだ。

 

「な……にを……」

 

 一番動揺を隠せなかったのは三雲だ。空閑も驚いているが、それを言葉では表さない。嘘ではないことも把握し、真っ直ぐにラタを見ている。

 

「そうですね。あまり長く時間を取るわけにはいきませんが、順を追って説明しましょう。……かつてアフトクラトルには天才がいました。たった1人で国力を数段引き上げさせた類を見ない稀代の天才、リア・ハーヴェイという女性です」

 

 三雲の動揺が落ち着くのを待たずに、ラタは話を進めた。言葉通り、本来敵同士である人間が、長いこと接触するわけにはいかないからだ。なおかつ、三雲がこの時にすべてを飲み込めずとも、空閑と迅がいる。1人でも理解すればそれでいい。

 

「彼女は天才でしたが、その頭脳がずば抜け過ぎていました。彼女の理論に周りがついていけないんです」

 

「ついていけてたら、近界(ネイバーフッド)はほとんどアフトの支配下だったろうな」

 

「ほうほう。そこまでの人か」

 

 聞いたことがあるような、ないような。

 空閑は話を聞きながら記憶を掘り返していた。たとえ聞いていたとしても、あまり思い出せないあたり当時は興味も薄かったのだろう。

 

「その彼女の弟こそがシアン・ハーヴェイであり、3()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は……?」

 

 今度こそ、三雲の思考が完全に止まった。その言葉を疑った。

 なにせシアンは今もボーダーにいる。太刀川隊をはじめとした多くの上位陣と交流している。

 それなのに命を落としているとはどういうことなのか。

 それが本当なら、いや。空閑が何も言わないのなら、それは本当の事なのだ。しかしそうだとしても、それなら──

 

「それならいったい、今のあの人は誰なんですか!?」

 

 三雲のその反応にラタは一時目を閉じた。

 シアンは本当に、うまいことやっているのだなと。鬼才にして異才な天才たるリアは、やはり怪物だった。

 

「彼はシアンですよ。そこは合っています」

 

 違うのは、シアンを名乗るモノに対する表現。

 

「シアンの死後に、リアが3年かけて完成させた研究の結晶。他に例のない。そして誰にも真似出来ない技術の塊。()()()()()()()()()()()()。それが今のシアンです」

 

 

 

 

□□

 

 

 

 

「シアンさんが……ト、トリオン兵……? なに、いってるの……?」

 

 その声は震えていた。その顔は引きつっていた。信じたくないとその表情(かお)が、その目が語っている。

 彼女の、国近柚宇のそれを、シアンは申し訳なさそうに小さく笑うしかできなかった。

 シアンの話を聞いているのは、唯我を除いた太刀川隊とボーダー上層部。無論玉狛支部の林藤も同席しており、彼はそのスタンス上この話に冷や汗をかいていた。想像すらしなかった内容だ。

 

「自覚したのはアフトが攻めてきた時。戦いの終盤だった。オレはあの時、ユウに引き止められたときに自覚した。オレの中に何かがあるなって」

 

 国近が止めなければ、シアンはその後も戦場に出ていた。トリオン体を破壊された後でも、ハイレインと対峙するために。

 それは半分近く無意識なもので、何かに突き動かされているようなものであった。なんとも言い難い確信が自分の中にあり、こうしなければならないと思い込んでいた。それを払拭させられたのは、他ならぬ国近のおかげであり、それでシアンは自分のことを察した。

 

「オレは3年前に一度死んでいる。変わった黒トリガーが相手だった。トリオン器官を抜き取られて、ついでにその時に心臓もな」

 

「ふむ。たしかトリオン兵による被害でもその事例はありましたねぇ」

 

「違いは過程ですね」

 

「過程ですか?」

 

 根付の言葉を、忍田が補足する。

 

「たしかにトリオン兵は、トリオン器官があるとされる胸部を貫くことがあります。しかしそれは、そうしないと中身を取り出せないからと推察されます。ですが彼の言う黒トリガーは、それをせずに取り出せるというものでしょう」

 

 忍田の補足にシアンは頷き、根付はそれを頭に入れた上で疑問を呈す。

 

「それに何のメリットがあるんです? どのみち戦争であるのなら……」

 

「殺すほうが無難ですね」

 

 根付は言葉を濁そうとしたのに、それを唐沢がはっきりと言い切った。ハンカチで冷や汗を吹きながら、根付は唐沢の方を見る。彼は話を続けた。

 

「しかし、相手を殺さずにそれを回収できるのなら、それはそれで使い道があります。人質ないし捕虜。あるいは労働力(奴隷)の確保です」

 

「なっ……!」

 

「その文化があるのかは知りませんがね」

 

「実際オレは殺されてるしな」

 

 ないとは言い切れない。近界だって多くの国があるのだから、ひょっとしたら、そういう国もあるかもしれない。少なくとも、身分制度はあるのだから。

 

「そっちの話はさておき。死んだ後、オレは姉さんの手によって生き返らせられた。ザオ○クよりかはザオ○ルの方が近いかな」

 

「いきなりゲーム用語を出さないでくれないかね?」

 

「え、今の説明わかりやすかったですよ?」

 

「それ君たちだけだよねぇ」

 

 発言した出水は、「そうかな」と太刀川と顔を見合わせた。太刀川隊は全員ゲーム脳である。シアンが来てからゲームの時間が前よりさらに増えた。その影響かもしれない。実は城戸も、わかりやすいなと内心で思っていた。

 シリアスな空気を、そうやって薄めるのはシアンとしても助かった。シアンにとって、上層部に対しては報告だ。おまけ要素だ。本命は、気になるのは太刀川隊の反応。それを時々見つつ、話を続けていく。

 

「どういう手段かは知らない。なにせ死んでる間の出来事なんて記憶にないからな」 

 

「ふん。解析しようにも、その肝心のものは文字通り胸の中というわけか」

 

 鬼怒田のエンジニアらしい発言にシアンは笑い、それから自分の頭をつんつんと指差す。

 

「それと(ここ)ね」

 

「……なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この場のほぼ全員が息を呑む中、城戸は淡々と進めていく。今までに出た情報だけで、おおよその見当がついたらしい。

 

「完全自律式人型トリオン兵。……君がそうだと言うのなら、その在り方が何よりの説明となる、か」

 

 城戸は疑わず、鵜呑みにもせず、得た情報に対して自分の頭で咀嚼していく。

 

「人と同じように自由な思考が可能である反面、それは使役者にとってリスクも生じる。裏切りというリスクに対する措置が、思考系統に組み込まれていると」

 

「そういうこと。けど姉さんは天才過ぎた。トリオン兵としてのシアンじゃなくて、生前のシアンとしての思考が可能になってる」

 

「トリオン兵であるなら、機械的且つ合理的な思考になっていたはずだもんな。たしかにお前さん、非合理的な行動も取るわな」

 

 玉狛支部に足を運んでいる様子を、林藤だって見ている。それが主に小南との個人戦のためだとしても、それをやるメリットはたしかに薄い。「楽しいから」という理由があっても、それだけで動くのは機械らしくない。とはいえ、それができるからこそ、完全自律式と言えるのかもしれない。

 なんにせよ、他のトリオン兵との違いが大き過ぎる。毛色があまりにも違う。今みたいに申告されない限り、人だと周囲が信じ込むほどに。

 

「……それで、君がそれを我々に話す理由はなんだ。君にとってその行為はデメリットしか生まないはずだが?」

 

 忍田の言葉に皆の視線が再度シアンに集まる。

 そこが主目的だ。その話をすることこそが、シアンがこの場を望んだ理由だ。

 これまでのはあくまで前振り。話したいことを話すために、知っておくべき前提を伝えただけ。

 そしてこの行為こそ、シアンがトリオン兵らしくない証。自分の立場を危ぶませる行為は、この上なく非合理的なものだ。

 それを口にする。今回の目的。自分の決断を。

 

「オレが変わったら始末してほしい」

 

 一拍の静寂があった。

 それを破ったのは、彼を想う少女だった。

 

「何言ってるのシアンさん!!」

 

「ちょっ、柚宇さん落ち着いて……!」

 

「落ち着けないよ!! だって……こんなの…………こんなの……!」

 

 彼女らしくない大きな声だった。いつものんびりしているマイペースな彼女からは、想像できない声量(悲鳴)。その声と瞳には怒りも、哀しみも、嘆きも篭められていた。

 しかし誰が彼女を咎められようか。自分の彼氏が、恋人が、もしもというifの先で、自分を始末してほしいと頼んでいるのだから。

 立ち上がろうとする国近を隣に座っていた出水がなんとか止める。今この場だけはと。

 シアンも何も言わなかったが、「ごめん」と視線で語っている。国近は言葉を押し殺し上げた腰を下ろした。激しい濁流が胸中で渦巻き、きつく縛られた口元は揺れている。

 

「現状は必要のないことなんだけど、この先のことは分からんからな。……ジンはなにかしら視てるだろうけど」

 

 未来予知ができる迅がまだ何も言っていないのは、視ているものが可能性の低いものだからなのか。それとも……。その真相は誰も知らない。

 

「前兆みたいなものは出てる。というか、オレとは違う何かが()()()()感覚がある」

 

 その言葉に国近はハッと息を呑んだ。それがいったい何かを、国近も垣間見ている。集中しきった状態で見せる冷徹さ。普段の様子とはかけ離れた雰囲気。

 それが何であるかは、この話の流れで理解できた。理解できてしまった。

 それこそが本来の姿。トリオン兵としてのシアンの姿だ。感情という無駄を省いた状態。何に揺らされることなく、合理的な判断の下に行動する兵器。

 

「オレの完成から数日で屋敷に襲撃があった。技術やら理論書、制御系統とかはその時に焼失していて、製作者たる姉さんは黒トリガーになってる。だから、オレがアフトクラトルの誰かしらにコントロールされることはまずない」

 

 そこは安心してほしいと、ボーダーが真っ先に憂うべき項目を消す。スパイではなく、誰かの制御下に置かれることもあり得ないと。そもそも迅が警告していないのだ。後ほど再度確認を取るにしても、息をつけることに変わりない。

 それでも警戒しないといけないことはある。それこそ、シアンが何よりも危惧していること。

 

「姉さんの狙いが()()()だったのかは、今じゃ確かめようがない。ただ、オレがトリオン兵になった時の行動は少しだけ予想できる」

 

「では、その時はそれを合図に我々は君への対処を行うとしよう」

 

「……それで、予想できる行動というのは?」

 

「黒トリガーの回収」

 

 端的であり、そして何よりも現実味を帯びていた。

 本来所有していないといけない黒トリガーを、他人に渡しているのだから。それを回収しようとするのは、当然の行動である。

 

「よし、話はわかった」

 

「……本当にわかったんですか太刀川さん?」

 

 腕を組み、これまで黙っていた太刀川が、声を発すると共に立ち上がった。彼はボーダーの中でも屈指の学業成績の悪い人間だ。俗に言うバカだ。

 その太刀川に対して、出水はいくつかの意味も含めて聞いた。本当にわかったのかと。

 その出水に対して、太刀川はにやりと笑って返す。自信満々に。確信を抱いて。それだけで出水も理解する。この隊長は本当に、何もかも承知したんだなと。

 

「お前が国近に手を出した時が合図だろ?」

 

 シアンが絶対に取らないであろう行動。それが合図になると理解している。その声色はいつになく真剣で、隊員の出水も、師匠である忍田も目を細めた。

 だが当の本人はそんな2人の反応を気にしない。

 シアンを引き込んだ者としてのケジメもある。ボーダー1位としての役割もある。

 

 いや、そんなことは建前に過ぎない。

 誰にも譲れないことだ。たとえ迅であろうと渡してやらない。

 これは一種の使命とも言えた。

 

「その時がきたら俺がお前を斬る」

 

 たとえその時、自身のオペレーターに恨まれることになろうとも。

 

「だからお前は国近を護り続けろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいんですか城戸司令。太刀川くんに任せて」

 

 シアンや太刀川たちが退出した後、唐沢は肩をすくめながら問いかける。

 実力の話ではない。仮にシアンが敵対行動を取ったとしても、ボーダーの総力には敵わない。もちろん黒トリガーを回収されていれば、簡単に済む話ではないのだが、そうでないなら早い話忍田に戦わせれば片がつく。

 だから唐沢が確認しておきたいのは、組織としての対応の話だ。さっきのは太刀川個人が宣言しただけに過ぎず、城戸はその事について何も言及しなかった。

 若者たちのイイ感じのやり取りを見せられて勝手に退出されただけである。……もしかすれば、普段から城戸の表情が固いのも災いしたのかもしれない。

 

「……構わない。()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「取り引き……。それは誰とのです?」

 

 シアンとの取り引きと今回の件は合致しない。彼との契約内容は、"敵対しないこと"が前提で結ばれている。

 それに対して今の話は、"敵対した後"だ。その話は今日出たばかりのはず。それなのに「元からそういう取り引き」とはどういうことなのか。

 自分が知らないだけなのかと唐沢は他の上層部の様子を確認したが、鬼怒田や根付はおろか、旧ボーダー時代から付き合いがあるはずの忍田と林藤すら驚いた様子だ。

 つまり、城戸は個人でその者と取り引きをしたというわけだ。

 それが誰かはこの場の全員予想はついていた。しかし共有してもらうためにも聞かないといけない。

 

 その人物の名を、城戸はいつもと変わらぬ声色で告げた。

 

「リア・ハーヴェイ。彼の姉だ」

 

 

 




【シアンの違い】
シアン・ハーヴェイ……リア・ハーヴェイの弟。戦闘をあまり好まない性格。
シアン(トリオン兵)……守護目標を設定後、それを最優先事項に据え置いて行動する。兵器だからか戦闘自体は好き。
シアン(現在)……大規模侵攻時の国近の行動により、上記2つが混ざり合って生まれた人格。ハーヴェイの記憶を持ち、4:6でトリオン兵側に傾いてる。国近柚宇大好き。
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