玄界放蕩記~ゲームこそ人生~   作:粗茶Returnees

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 書き溜めた分の最後です。次回投稿は不明(帰国してからかも。申し訳ない)


リア・ハーヴェイ

 

 何でもない日の日中だった。日本は平和な国で、遠いどこかの国の情勢は時おり荒れる。玄界(ミデン)にとって、それは普通のことであり良くも悪くも日常の1つである。

 それはいついかなる時代でも変わらない。激動の時代という特別はあれど、概ねいつもの世界である。

 その日の日中、ボーダーに向かおうと河川敷を歩いていた城戸に、1人の女性が声をかけた。女性──というにはまだ若く、少女──というには大人びている。いわゆる若い女性というやつで、ぱっと見た印象だと女子大生くらいだと思うだろう。

 

「少しいいでしょうか?」

 

「はい。どうかされました?」

 

 彼女の容姿からして、日本人ではないことは明白だった。それにしては日本語が堪能だなと率直に思い、留学生だろうかと仮定。道にでも迷ったのだろうかと城戸は自分の中で予想を立てた。

 

「お話がしたくて、お時間を頂いてもいいですか?」

 

「あまり長くは取れませんけど……」

 

「あー。若い女性と一緒にいると社会的にどうこうというやつですよね。もちろんそこも配慮して、人の目を避けられる場所にしますとも」

 

「むしろ逆効果な気もしますが」

 

「何も起きませんからご安心ください。()()()()

 

「!? ……なぜ、私の名前を?」

 

「そう警戒しないでください。簡単に入手できた情報だからですよ」

 

「…………君は何者だ」

 

「ふふっ。自己紹介してませんでしたね。私はリア。リア・ハーヴェイ。あなたがご存知の近界民(ネイバー)の1人です」

 

 

 

 

 

 

 リア・ハーヴェイと名乗った彼女は、本人の言う通り近界民だった。疑いようなどない。近界(ネイバーフッド)という存在は非公開であり、それを知っている者たちはボーダーに所属している。もしかしたら海外にも、という可能性は捨てきれないが、彼女の容姿からしてそれもなち。

 アジア系の美しい漆黒で長い髪を持つも、その瞳はルビィのように赤い。

 その組み合わせは、地球上ではおそらく見られないものだ。その上、彼女の日本語は流暢だ。トリオン体ならそれも可能にさせる。

 

「いえ、トリオン体ではないですよ。今の私は生身です」

 

「……それではどうやって言語を? 短期間で習得できるものではないと言われているのだが」

 

「あまり時間はかからなかったですよ。ちょっと忍び込んでネットをざっと流し読みしながら音声聞いただけ。私にとっては難しいことではないので」

 

 俄には信じ難い話だった。しかしトリガーを見せられながら言われると説得力はそれなりにあり、受け入れるしかなかった。

 

「そもそも、一応敵地とも言える場所に潜伏するんですから、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

「……むしろ逆ではないかね? 言語の壁を超えるためにもトリオン体は必要だ」

 

「普通はそうらしいですね。でも、私なら国内全範囲でトリオン体を探知できるようにします。戦争と外交と訓練に警備。それぐらいにしかトリオン体は使わないのだから、探知される場所は決まってる。それ以外の場所で反応があれば、即ちそれが潜伏者というわけです」

 

「理屈はわかるが……、それの実現もやろうと思えばできるのだとして、こちらでは難しい話だな。玄界(こちら)近界(そちら)に比べて広過ぎる」

 

「そのようですね。トリオン技術も遅れているようですし。……それが必要ないから、ということなのでしょうけど、それでは攻め込まれた時に痛い目を見ますよ」

 

「我々ボーダーは共存の道を選んでいる」

 

「そのようですが、悲しいことに武力は必要なんですよ。この世から欲と力が消えない限りは」

 

 そう口にするハーヴェイは、私の目にはあまり悲しんでいるようには見えなかった。むしろ、もうとっくに諦めているような。諦観している者の様子だ。

 

「君の目的は何かね。雑談ではないのだろう」

 

「……そうですね。では、取り引きしましょうか。私とあなたの個人間で」

 

「取り引き?」

 

「私のお願いを少し聞いてもらうだけですよ。ちなみにこれは他の人に相談するのも駄目です。この場で決めて、そして私と会ったことは頃合いまで内緒にしてもらいます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜ迅のことまで知っているのか。どうやってそこまで調べ上げたのか。それらは聞こうとしてもはぐらかされた。

 胡散臭い話だと思うこともなかった。それは彼女がいたって誠実であったからであり、彼女は私が拒めないカードを持っていた。脅迫などではない。迅の予知に引けを取らない先読みの力。

 群を抜いた天才である彼女が、"ただの計算で導き出した答え"。

 

 ──アリステラが襲撃されるという話

 

「……!!」

 

「どういう規模の戦争になるのか。トリオン兵の傾向。予測される被害。全部教えてあげますよ。その先どうするのが有効な手になるのかも。その代わりのお願いは簡単なことです。私のかわいいかわいい仔犬(シアン)が来たら、預かってほしいだけ。ある程度の自由付きで」

 

「それは、対価が釣り合っていないように思えるが? そもそもアリステラが襲撃されるという確証など──」

「──確実にそうなりますよ」

 

 淡々と、呆れたように彼女は、こちらの言葉を遮ってまで言い切った。

 そのまま流れるように、彼女はその結論に至った根拠をつらつらと並べていく。他の()の情勢といった要素を話し、私の中での信憑性を高めていった。物語のように細かく全てをというわけではなく、適度に情報を散りばめる形で。

 信じたくない話であり、外れてほしい予測だった。しかし彼女の話はそこで終わらない。辿る道だと言わんばかりにその先のことまで言及する。繰り返したくないのなら、どう変わることが最適だと彼女が考えているのかも含めて。

 

「私を誘導するつもりか? 仮に君の望む形になったとして、その後に何がある」

 

「いえ特に。私にとってはちょっとした遊びってくらいで他の何でもないですよ。城戸さんにはメリットがあることが待ってます」

 

「私に何をさせようとしている」

 

「城戸さんはあなたの望む道を進めばいいだけですよ。私としては、シアンを一時でも預かってくれればいいだけのこと。その後のことは気にしません」

 

 彼女の言動を理解することはできない。本当の望みが何なのかまるで見えない。いや、そのシアンとやらをこちらに任せたいというのは本音だろう。ただ、本当にそのためだけなのだろうか。

 

「まぁまぁ、死にゆく私の遺言だと思ってそれぐらい聞いてくださいよ。どう転んでも城戸さんの役に立ちますから」

 

「……なにかの病か?」

 

「いえいえ健康体ですとも。でも数年後には死にます。そうなります。ですからあなたと会うのも今日が最初で最後。これでもちょっと必死なお願いだったりするんですよ?」

 

 余裕を感じさせておきながら言うことではない。

 

「……それも計算だと言うつもりか」

 

「はい。私頭いいので」

 

 自信に繋がっても良さそうなことを、嫌そうに彼女は吐いた。

 

「頭がいいと碌なことないですよ。国は軍事に傾向しててやらなくていいこともするし、どこも効率の悪いことしてるし、体裁なんて気にするし。要は、気づきたくないことも気づいちゃって、それの原因も解っちゃうんですよね」

 

 もう会うことはないからだろう。彼女は抱えていたものをぼろぼろと吐き捨てていく。愚痴を零すその姿は、唯一と言っていいほど彼女が年相応の姿を見せた瞬間だった。

 国名は言わなかったが、国の上層部がどうとか。同格の他の家がどうとか。国の在り方から国の発展具合まで。それどころか"人"がどうかまでつらつらと話し続けた。

 話している時の様子のせいか。短な時間で終わらせたかった話し合いを、どうしても中断させる気にはなれなかった。

 

「煩わしいことは多かったわけですけど、個人的に気になった謎とかも解明できてるんで満足してるんですよね。死に際に思い残すこともないですし」

 

「……こちらについてはまだ知らないことが多いのではないか?」

 

「あら〜、城戸さんは優しいですね〜。渋さもあるから女性にモテるんじゃないですか?」

 

「揶揄うのはやめたまえ」

 

「これは失礼。……まぁ玄界(ミデン)が抱える謎を解明するのも悪くはないですけど、やる気はあんま出ないですね。私はもう自分の人生飽きちゃって……他のことはどうでもよくなったんですよ」

 

「他のことというのは、具体的には?」

 

「全てですよ。人の生死も、国の存亡も人生も。世界を解明した先にあるのは虚無感だけ。だから本国の発展も見限りましたし、詳細な資料とかも書くのやめました」

 

 今は自由なのだと言わんばかりに、彼女は大きく腕を広げながら体を伸ばす。

 

「人生なんて遊び(ゲーム)と同義ですからね。飽きたらやめる。それだけです。で、あとは本国へのちょっとした仕掛けとかのやることやって、私の死後に次の人生(ゲーム)を始めさせるんです」

 

 いたずらを仕掛ける子供のように彼女は笑った。そしてその発言内容を、この時理解することなどできなかった。

 たとえ理解できていても、止めることは不可能だ。誰が相手であっても彼女は足を止めない。誰に何を言われようとも、彼女は考えを変えない。

 強固な決意によるものではない。まるで運命に従うように、彼女にしか見えない1つの道を歩んでいる。

 

「あ、そうだ。真面目な話と愚痴だけでは悪いので、最後に面白い話と置き土産をあげますね」

 

「気遣いは無用だ」

 

「まぁまぁ聞けよ」

 

「急に口調が強くなったな」

 

「空閑さんも知らないような話ですよ」

 

 ……もはや驚きも出なくなっていた。彼女なら何をどれだけ知っていようとも当然だと思えてくる。何ができても当たり前で…………なるほど。誰しもにそう思われるのは、本人の言うとおり煩わしいものなのだろう。

 重荷にはならない。負荷になることはない。ただただ煩わしいだけか。

 

「不思議に思いませんか?」

 

「それは何に対してだ」

 

「近界そのものですよ。その在り方が不思議じゃないですか? 国は母トリガーが支える。神をそれに同化させることで国土を広げられる。それが常識として知られてますけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそこに住む人も」

 

 考えたことがなかったわけではないが、宇宙誕生の謎と同レベルの話だ。考えてやすやすと解明できるものでもないとして、次第に考えるのをやめていた話。

 それを彼女はやったのだと言う。

 そのお披露目をある程度ぼかしながら私に行った彼女は、いくつかの置き土産を残して姿を消した。

 

 

 

 

 

「彼女がこちら側に残していったものには、鬼怒田開発室長に完成させてもらったものも含まれている」

 

「……緊急脱出(ベイルアウト)ですか。確かにあれは優先事項として念押しされたことを覚えとります」

 

 旧ボーダーやアリステラが多大な被害を受けた戦争。その際には間に合わなかった技術だ。正確には、間に合わないと断定できるタイミングでリアが城戸と接処した。当時のボーダーの技術力を把握し、自身の要望を受け入れさせるために。

 それはともかく、隊員の身をより守るための技術であり、ボーダー内で互いに切磋琢磨しやすくなる代物だ。第一次侵攻の後ということもあり、鬼怒田も開発部も時間を惜しまず作り上げた。

 それ以外にもリアが置いていったものはあるが、わざと理論を虫食い状態にしているものがほとんどだ。それはつまり、ボーダーの技術力や研究度が、リアの理論に追い付いていない証である。

 

「城戸さん。シアンのことはひとまず様子見ってことでいいのかな」

 

「概ねそのつもりだが、こちらも備えはしておく」

 

「備え?」

 

 林藤の疑問に答えるために、城戸は用意しておいたある資料を取り出し、それを上層部全員に行き渡らせる。

 

「これはまた……」

 

 それに目を通し、それぞれ独自の反応を示す。林藤は頬を引きつらせ、忍田と唐沢は重く息を吐いた。根付と鬼怒田は、それぞれの分野を理由に軽く頭を抱える。

 

「鬼怒田開発室長。遠征艇の増築とこの資料の2()()()の完成を並行してもらいたい」

 

 それはリアが残した唯一無二の技術結晶。

 それの制御装置の作り方だった。

 

 

 




リア・ハーヴェイ……サイドエフェクトによって脳がとても発達した。周りの目に映る顔と"素顔"がお手本レベルで違う。シアン回りのだいたいの原因。
城戸司令……ほとんど押し付けられたようなもの。律儀に最低限の要望は守った。リアの"素顔"を唯一識っている。
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