玄界放蕩記~ゲームこそ人生~   作:粗茶Returnees

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 3ヶ月って早いですね


A級部隊①

 

「なぁ、これ必要なことなのか?」

 

「そうなんじゃないっすか? 上層部からのお達しなんで」

 

「遠征選抜の直前によくやるぜホント。今までやったこともないってのによ」

 

「それだけ今回の話は重たいってことっすよ。それに、()()()自体は太刀川さんの預かりでいいらしいですし」

 

「ま、そこを抑えれてりゃあ十分だな。……やっぱ必要ないんじゃね?」

 

「振り出しに戻さないでくださいよ」

 

 太刀川と出水はそうやって話し合いながら、ボーダーにある一室へと向かう。そこ自体は何の変哲もない会議室であり、全A級部隊と玉狛第一が入り切る程度には大きな部屋だ。

 話す内容も、太刀川隊はすでに把握しきっていることで、それを他の隊に周知するための場だ。それなのに招集されているのは、それだけではないということなのだが、こればかりは太刀川たちも知らない。面倒なことでなければいいなと願うばかりである。

 

「ようやく来たか。お前たちが最後だぞ慶」

 

「時間には間に合ってるじゃないっすか忍田さん」

 

 そう言いながら空いている席へと座った。場所は決められていたのだろう。それぞれが隊ごとに固まって座っている。  

 一瞥して気づくことは、現A級部隊の他に元A級部隊の二宮隊と影浦隊、そして元A級1位を率いた東もいるということか。

 

「忙しい時期に集まってもらったのは他でもない。この場の全員に共有しておきたい件があることだ」

 

「端末を使っての通達では不都合があるような話ですか」

 

「……そうだ。この件は上層部とこの場にいる者のみが周知し、一切の他言も許されない話だ」

 

 その言葉に全員の意識が切り替わる。例外を除いてB級すら知ってはいけない話となると、「大規模侵攻以前では一般的に秘匿されていた"遠征"の話よりも重たい」ということになる。

 この事自体を、A級とはいえ中学生にも話すかは一度上層部で議論にはなったが、ボーダーが隊での行動を前提にしていることを鑑みて中学生にも伝えることが確定した。

 

「スカウト旅に行っていた者を含め、彼との接点を持っていない者も多いだろう。まずはこの件の中心人物のことから伝えさせてもらう」

 

 そうしてボードに映し出されたのはシアンだ。攻撃手大会をした時の写真だろう。

 忍田の言の通り、スカウトに行っていた者たちは当然シアンのことを知らない。帰ってきてから話を聞いたことがある者もいるようで、「この人があの」といった反応を示す者もいる。攻撃手上位の一条なんかは「この大会混ざりたかったなぁ」と違う反応をしているようだが。

 

「知っている者にとっては改めてになるが、基本情報から共有させてもらう」

 

 シアンの名前と近界民だということ。今は太刀川隊と基本的に行動を共にしていて、彼が持っていた黒トリガーは国近が常時携帯していること。今はボーダーのトリガーも保有していて、個人戦に顔を出すこともあること。人柄といった個人面も含めて──これは太刀川隊に確認取りながらになったが、それらが終わったところで本題に入る。

 

「以上が()()()()()()()()()()()()()

 

「判明?」

 

 その言い方に誰もが引っかかった。実際に声に出したのは誰だったのか。それを特定する必要性もなく、忍田は話を続ける。

 

「本人からの自供もあり我々も先日知ったことだが、()()()()()()()()

 

「「…………は?」」

「「……え?」」

 

「かつてアフトクラトルにいたリア・ハーヴェイという女性が、亡き弟シアン・ハーヴェイの蘇生を試みた結果、我々の知る(シアン)が誕生した」

 

「いやいや、まじか……。忍田さんちょいストップ。衝撃的過ぎる話だ」

 

 冬島が忍田の話を止めさせた。その内容はたしかに、あまりにもぶっ飛び過ぎている。

 そう思うのも、思考が停止しかけるのも無理からぬことだろう。面識のないスカウト組ですら、ボードに映っているシアンを見てその目と耳を疑っているのだ。面識のある面々の衝撃はそれ以上だろう。

 100歩譲って「初めからトリオン兵でした」ならまだいいだろう。だがシアンは「元は人間で一度死んでいる」というオプションが着く。頭を抱えたくなるものだ。

 

「いや、でも食事とか普通に取ってましたよね」

 

「オレらも一緒に焼肉行ったしな」

 

 「なぁ?」と米屋が緑川と出水に目を向けながら言う。緑川はまだ驚きの中にいながら「うんうん」と頷き、すでに話を聞いている出水は静かに頷いた。

 出水のその様子から、この場のほとんどの人間が理解する。太刀川隊は先にこの話を聞いているのだと。

 

「食事は関係ないんじゃないか?」

 

 そう言ったのは東だ。

 

「俺たちだってトリオン体でも食事を取れるんだ。トリオン体での食事がエネルギーにちゃんとなるように、シアンにとっての食事もそのまま活動の源力に変換される。そんなところだろう」

 

「人と変わらないトリオン兵と言うのなら、トリオンの回復の仕方も人と同じでしょうね。睡眠は当然として、そこに食事もプラスで加わる。稼働自体にトリオンも使ってるでしょ」

 

 続いて話したのは冬島隊でオペレーターをしている真木。東が避けた表現をばっさり使うのは、物をはっきりと言う彼女らしかった。隣に座る三上は、その物言いに困ったように苦笑した。

 

「それで上はどう決めたんですか?」

 

 わざわざ集めてまでこの話をしたのは、情報の共有だけが目的ではない。どう対応するのか、上の判断は何なのか。つまり、今後のことも議題になっているはず。

 それを問うた嵐山に忍田は一度頷いて口を開いた。

 

「彼がもし今の自我を消失した時、つまり人間性が消え真にトリオン兵となった時我々は彼を討つ」

 

「ちょっ!」

 

「それが上層部の判断だ。その時が来た時の対応は、太刀川隊長に一任されている」

 

「そういうことだ。ま、仮にそうなったら俺が斬る。誰も手ぇ出すなよ」

 

 その眼差しも声も、真剣そのものだった。

 上層部が先に決めていることも踏まえ、この場での話は「もし太刀川が失敗したら他の面々で事にあたる」という通達なわけだ。この話に異議を唱えられる者などいない──はずだった。

 

「加古隊は反対するわ~」

 

「へ?」

「加古さん!?」

 

「……なにを考えている」

 

 にっこりといい笑顔で意見した加古に多くの隊員が驚愕する。それをよそに元隊員同士であった二宮が、腕を組みながら加古に真意を問うた。

 

「なにって、この話に反対ってだけよ。何もそれだけが対処法というわけでもないでしょう? 別の道の模索をしたっていいんじゃないかしら」

 

「それが無いと判断してのこの結論だろう」

 

()()()()()、でしょ?」

 

 その言葉に二宮は押し黙る。加古の意見もまた筋と根拠のあるものだ。

 

「シアンくんがもうダメだったら私も諦めていたけれど、今の話だとまだその時でもないのでしょう? それに、その時が来ても討つんじゃなくて拘束を私は提案するわね」

 

「たしかに拘束するのも手の1つか。シアンが()()()なら、それに越したこともないしな」

 

「東さんは話が早くて助かるわ~」

 

「……はぁ。加古さんに先を越されちゃったけど、玉狛支部もその決定には断固反対するわ」

 

「そちらのスタンスではそうなるだろうな」

 

 代表して表明した小南の弁に風間が頷いた。玉狛支部は「近界民とも手を取っていこう」と考えていた旧ボーダーの思想を受け継いでいる。たとえシアンがトリオン兵だろうと、すでにシアンを知っている以上そこを曲げるつもりもない。隠しているとはいえ、近界民である空閑やヒュース、クローニンも擁しているのだ。今さら誰も驚きはしない。

 

「だが本部長の言い分からして、()()()()()()()()()()()()()ということにならないか?」

 

 忍田は「上層部の決定」とした。その上層部の1人が、玉狛支部の長である林藤だ。上と下で意見が食い違っていないかと指摘されたことで、小南の纏う空気がひりついた。

 無音が場を支配していく。そうなりかけたところで、1人の男がへらっと笑いながら手を上げた。

 

「あ、風間さん。それ俺が話を切り上げちまったせいだわ」

 

 太刀川慶である。

 実際太刀川が半強制的に会議を終わらせたことで、上層部もそれ以上の議論は大して行わなかった。城戸がリアと交した約束もある。

 上層部の意見は、この件に関しては「太刀川慶の意見が上層部の意見」という形になる。

 

「そういうことなら話は早いじゃない。太刀川くんが意見を変える。それで収まるでしょ?」

 

「まぁな。ひとまず、それぞれの意見を聞いてみるか。加古さんの隊と玉狛は聞いたからいいとして。他はどう?」

 

「……うちはどっちでもいいわ。必要なら処分する。指示に従うだけよ」

 

「あの、真木ちゃん。隊長俺なんだけど……」

 

「俺としちゃあ撃ちたくはねぇな」

 

「おまえ面識あったっけ?」

 

「直接はないっすけどね。でもま、他人ってほど切り捨てれる距離でもないんで」

 

「へ~。ま、とりま冬島隊は指令次第ってことで」

 

 遠征経験のある当真であっても、さすがに友人の彼氏を撃つことには思うところがあるらしい。それを考えてから当真は、太刀川が既に覚悟を決めていたことに気づく。この場がなければ、1人で背負い込んで斬ったであろうことも。

 そうならないために、迅が裏で忍田に話し、この場を作らせたわけだが。

 

「風間隊も同じだ、と言いたいところだったが、今回は加古の意見に賛同する」

 

「へ!?」

「あら?」

 

「風間さんさっき、え!?」

 

 一番困惑を示したのは、感情が素直に出やすい小南だった。加古も、いやその他にも意外だと感じた者たちはいるようで、視線が風間に集まった。なんなら隊員からも目を丸くされている。

 

「個人の考えで言えば上層部の決定に従うだけだが、うちのオペレーターはその気にはなれないらしい」

 

(ぁ、気づかれてたんだ……)

 

「視点を変えれば、シアンという存在はボーダーのトリガー技術にはないものだ。再現することは倫理面からしても反対だが、他に流用できるものも発見されるだろう」

 

「……それって、()()()()()()研究するってことですか?」

 

 風間のその発言に反応したのは、これまで押し黙っていた国近だ。その表情はいつもの明るさを持っておらず、話を聞いたその時から気が滅入っていることが見て取れた。睡眠も、食事も、ろくに取れていないのだろう。その彼女が反応したことに、三上は静かに息を呑んだ。

 

「……最悪の場合だ。率先してそんなことをしようなどとは考えていない」

 

「……」

 

「ま、とりあえず風間隊は反対と。次は草壁隊」

 

「そうは言われても、うちと片桐隊は完全に面識もないんですけど」

 

 自分のオペレーターのことを気にかけながら、太刀川は努めて気楽に草壁隊へと話を振った。草壁隊はボーダーで唯一オペレーターが隊長を務める隊だ。しかも隊長の年齢は15歳。A級最年少隊長である。それを務められる胆力の証に、この議題と空気の中でも草壁は通常運転だった。

 まず草壁は唯一スカウト旅に行かなかった緑川に意見を仰いだ。バトラーな彼なら面識もあるだろうとという読みがあってのものだ。

 

「ん~。オレはバトってもらったことないけど。普通にいい人って感じ」

 

「参考にならないわよ。……はぁ、判断材料もないから、草壁隊は太刀川先輩の指示に従います」

 

「時間貰えるならこれから会ってみたいけどねー」

 

「猶予が分からないんだから仕方ないな」

 

「嵐山隊は反対側だな。何度か話したこともあるし、今さらあの人をトリオン兵として見ることはできない。人道に沿った対応を取りたい」

 

「なるほど?」

 

「……さすがにわかりますよね太刀川さん?」

 

「ははは、出水の中の俺どうなってんの?」

 

「割り切る割り切らないの話で言えば、割り切れる。ただ、そういう人間ではありたくない」

 

 それは嵐山の信条による意見なのだろう。入隊当初から嵐山は真っ直ぐな男だ。自分の中で芯を持ち、それを裏切らない、恥じない生き方をしている。

 秘匿事項になる事から口外されることはあり得ないが、それでも「身内が危険だから斬りました」などと、自分の大切な弟や妹たちに言えるはずもない。彼らに胸を張ることなどできない。だから嵐山はこの話に頷くことなどなく、その隊員も同意見だった。

 

「……あんたのことは正直苦手だが、こちらは上の決定に従うまでだ」

 

「淡々としてんなー。片桐んとこは?」

 

「雪丸が意見を持っているようなので、俺の代わりに任せます」

 

「お、いいの? 二宮さんと影浦先輩のとこも意見固まってるだろうし、これって二分されるのが分かるだけじゃないっすか。だから、バトって決めるのはどうですか? この決め方もどうなんだって話ですけど」

 

「それも考えたぞ? 玉狛が反対すんのは目に見えてたしな」

 

「あ、そうなんすか?」

 

「何より()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「っ!!」」

 

「それは……つまり」

 

 本人が終わりを望んでいるということだ。片桐はそこまでを口にはしなかったが、その憶測は狂いなく当たっている。

 それで合点がいった者も少なくない。なぜ国近があれほど憔悴していたのか。なぜ太刀川隊の空気が固かったのか。なぜ上層部がその決定を下していたのか。それらはすべて、シアンと最も過ごした者たちと上層部が、シアンの言葉を聞いていたからだ。

 

()()()()()()()()()()()

 

「「は???」」

 

 にやりと笑ってそう言い切った太刀川に、全員の目が集まった。今の話の流れからして、どう考えてもそうはならない。それはないという流れのはずだった。

 だが太刀川はその逆を言う。どこか晴れた様子で、宣言するように。

 

「今表明した上層部側と玉狛側の2陣営で、さすがに全員は多すぎるから代表を出してそれで決める」

 

 なにを言い出しているのだと問いたいところだったが、太刀川の真意にそれぞれが気づいて頬を釣り上げる。乗ってやろうじゃないかと。

 

「やれやれ。忙しい時期にさらに忙しいことになりそうですね忍田さん」

 

「まったくだ。だが……、これは彼に良い薬になりそうだな」

 

「たしかに」

 

 東と忍田が肩をすくめながらそれを見守り、この場の締めに必要なステップへと入らせた。

 それは他でもない──

 

「太刀川。お前の隊はどうするんだ?」

 

「ふっ。決まってるじゃないですか東さん」

 

「玉狛側ですよ」

 

 ──太刀川隊の所属だ。

 

 

 

 

 

 


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