ボーダーには3つの派閥が存在する。
そんなわけで、重要な会議も全ての派閥の人間が集まる。主に上層部と、呼ばれたA級隊員だ。今回、そこにシアンも呼ばれている。太刀川隊は任務があるため同行せず、監視の役割は風間に任された。
「オレが呼ばれる理由ってなんだ?」
「情報提供が役割だ。何を求められているのかは、会議が始まり次第分かる」
「それもそうか。カザマってゲームする?」
「自分からやることはないな」
「なら聞いても仕方ないか」
「ゲームのことなら国近に聞けば事足りるだろう」
「そうなんだけどさ」
国近に聞けばいいというのは間違いないのだが、彼女に勝ちたいという話になってくると直接は聞きたくない。他の人間から情報を手に入れ、そのゲームの知識を付け、国近に挑みたいのだ。一緒にゲームをしていたらその都度レクチャーされるわけだが、そこは受け入れている。楽しそうに話すから、拒むという選択肢が消えるのだ。
「失礼します。風間、シアン、現着しました」
「ご苦労。席に着きたまえ。全員が揃ったら始める」
「シノダさん。あと誰が来るんですか? ジン?」
「そうだ。隊員を2人連れてくるがね」
誰を連れてくるのかは知らない。そもそも、シアンがこちら側で面識のある相手などそういないのだ。誰でもいいかと思考を投げ、風間が座った席の隣に三輪がいることに気づいた。表情はともかく、その目は敵意に満ちている。
「ミワだっけ? そう睨まないでほしいね」
「うるさい!」
「嫌われてるなこりゃ。そっちの2人は初めましてですね」
「自己紹介済ませとこうか。玉狛支部支部長の林藤だ。こっちがオペレーターの宇佐美」
「たまこま……、ジンがいる所の長でしたか」
「迅から聞いてるし、うちのスタンス聞いてるんだってな。よろしく」
「よろしくお願いします。ところでモモ鉄ってどんなゲームですか?」
まったく関係のない質問が突然飛び出し、聞いていた人間は意表を突かれて唖然とした。動じなかったのは城戸と風間くらいだろうか。聞かれた林藤は声を出して笑い、その話を宇佐美に振った。
「簡単に言ったらすごろくですね」
「すごろくとは」
「……ランダムで出た数字分だけ動いて、目的地を目指すやつです。そのゲームなら目的地に着くとお金が貰えて、また新しい場所が設定されます。決められた期間だけ動き回って、最終的にお金が一番多い人の勝ち」
「なんとかイメージはできた。あとは慣れか」
「そうなりますね。カードって呼ばれるアイテムがあるので、それを有効活用するのが秘訣です」
「ほうほう。貴重な情報提供をありがとう」
「お安い御用ですよ」
それは決して貴重な情報ではないだろと誰もが思ったが、会話に絡みたくないから誰も言わなかった。
そろそろ人も揃うだろうと思いながらシアンは部屋を見渡し、誰がどこにいるかが派閥毎に別れていることに気づく。三輪、風間、城戸、鬼怒田が横に並んで座り、そこから見て左前に忍田。反対側に林藤がおり、宇佐美は機材の操作のために中央だ。
それならとシアンは城戸たちの対面に移動する。どこにも所属していないという意思表示のために。大して気にすることでもないのかもしれないが、念の為だ。
「失礼します」
「おっ?」
「あれ」
迅と共に入ってきたのは、玉狛支部所属の三雲修と空閑遊真。そして巨大カピバラに乗ってやってきた陽太郎だ。
「なんでシアンさんがいるの?」
「こっちの台詞だが?」
「あれ、遊真とシアンさんって知り合いだったのか」
「こっちに来る前にちょっとね」
「ま、その話は今じゃなくていいだろ」
早くしろという城戸からの眼力に苦笑して空閑たちを促し、それを見た忍田が進行を務めて会議を始める。その間に陽太郎がそそくさと鬼怒田の隣に座っており、場所ってやっぱ関係なかったかとシアンは再度苦笑した。
会議は迅の未来予知によって起きることが確定している大規模侵攻についてだ。
『こちらの世界に接近している惑星国家は4つ』
海洋国家リーベリー。騎兵国家レオフェリオ。雪原の大国キオン。神の国アフトクラトル。この4つのうちのどれか、あるいは複数国が大規模侵攻を引き起こすと考えられる。しかし可能性の話をしていくと絞り込むことはできないため、先日に現れたトリオン兵から絞り込んで、対策を練ろうという話らしい。
何も知らされていないシアンは会話を聞きながらその辺りを整理し、会話に追いつけるようにしていく。
「それで行くとアフトクラトルかキオンかな。イルガーを使う国ってあんまないし。というか、迅さんの予知で分からないの?」
「お前予知できんの?」
「そういうサイドエフェクトなもんで。でも実際に会わないと分からないんだよね。何かがあるってぐらいにしか」
「「へ~」」
迅のサイドエフェクトの説明を聞き、シアンと空閑は同時に相槌を打つ。そして納得する。仮にそこまで便利なものだったら、シアンも空閑も呼ばれる理由がないのだから。
「シアンさんの意見は?」
「ん? あー、アフトだろ」
「その根拠は?」
「オレがあそこにいたのが1年前で、国の状況から考えて大規模な侵攻をするならアフトだろうなって。キオンの状況は知らんから確定とは言えないけど、高確率でそっちだと思っていい」
「あの、近界の国の状況というのは、侵攻と関係するようなものなんですか?」
この中で最も近界のことを知らない三雲が、気まずそうに疑問をシアンに投げかけた。学会で見るような「素人質問で恐縮なのですが」ではなく、ガチで文面通りでの「素人質問で恐縮なのですが」である。
「時期によるとしか言えない。基本的にはトリオン持ちを捕縛するための遠征とか、侵略のための遠征だから。近界の国の仕組みは今話す必要もないだろ」
「すみません」
「いや、興味あるなら後で話すよ。会議に関係なさそうだから話さないってだけだし」
「シアン。きみの見立てでは何が狙いになる」
「さぁ? それは敵が来ないことには分からないですよ。いや、
「そうか」
アフトクラトルという国は、4人の領主がいる。それぞれが戦力を持ち、トリオン持ちが多いほどに多くの領地を治められる仕組みだ。だからこそ、どの領主が指揮して部隊が向けられるのか。それが分からなければ狙いも特定できない。占領なのか、捕縛なのか、または別の考えがあるのか。
狙いの特定はその時に可能な限り早くすることをシアンは確約し、話は戦闘面での対策へと移る。特に気にかけるべきは、黒トリガーのこと。空閑のお目付け役であるレプリカの情報では、アフトクラトルには13本。これについてはシアンも正確な数を把握できておらず、少なくとも15本以上あるとだけ伝えた。
「黒トリガーが複数人来る可能性は?」
「あり得るとだけ言っときます。ただ見分けはつけやすいですよ。角があるんで」
「角だと?」
トリガー
□□
会議が終わると戻るのは太刀川隊の作戦室……ではなく、宿舎区画に与えられた自分の部屋だ。監視役の風間に見送られる形で自分の部屋に向かったシアンだが、部屋の前で立っている人を見て首を傾げた。今日は特に用事もないはずなのにと。
「どうしたんだユウ」
「あ、シアンさんおかえり~。会議どうでした~?」
「どうもこうもないよ。基本的に話聞いてるだけ。必要な時に情報を話すぐらいだし」
「そっか。話はどういうふうに纏まったんですか?」
「ユウの立場ならそのうち連絡が来るだろ? シノダさんって纏めてから連絡しそうな性格だし、オレの話聞くと余分な情報入るんじゃないか?」
「シアンさんって優しいですね~」
「そのフリかもしれないぞ?」
「そういう嘘はわたし好きじゃないです。……立ち話も疲れるので、部屋入っていいですか?」
頬を膨らませた国近に謝り、シアンはそのお詫びにと要望通りに部屋に通す。私物など特にない部屋。用意された家具や食器類があるぐらいだ。買い物に出掛けていないのだから当然である。
何もないですねと微笑しながら、国近は部屋にあるソファに腰掛ける。太刀川隊の作戦室でソファを気に入ったシアンが、職員に頼んで用意してもらったものだ。同じ感触に感心しつつ、国近は自分の首から下げているアクセサリーを手に乗せた。シアンから預かっている黒トリガーを。
「シアンさん、これが自分の命くらい大切って言ってましたよね」
「そうだな」
「そんな大切なものを預かってるんですよ。フリとかでできるはずがないんです。シアンさんはそういう人だから。……だから、さっきみたいな嘘は言わないでください。自分の価値を下げようとしないでください」
「……うん。ごめんなユウ」
「シアンさんのこと話してくれたら、許してあげますよ」
「……それは……」
「少しでいいんです。家族のこととか、生まれた場所のことでも」
少しだけ。当たり障りのない範囲。それだけでもよかった。なにせシアンの身の上話は誰も知らない。どこで生まれ、どういう環境で育ったのか知らない。どういう経緯で黒トリガーを手に入れ、どうしてこちら側にやって来ようと思ったのかも。
あまりにも知らないことが多い。そして、少しでも知るものが増えたら、少しでも相手のことが分かれば、もっとシアンのことを好意的に捉えられるかもしれない。シアンを信じる人が、もっと増えるかもしれない。だから知りたい。
(それはただの口実……かな。わたしは、なんとなくだけど、シアンさんのこともっと知りたいって思ってる。ぽかぽかするもん)
「……許可なく誰かに話すなんてしません。シアンのことがみんなにちゃんと伝わったら、信用してくれる人も増えると思うんですけど。でも、あまり話したくないことで、知られたくないことなら秘密にします」
ただの我儘だ。それは、自分でも無茶苦茶なことを言っているなと自覚している国近にも分かるし、聞いているシアンにも分かる。
自分が知りたいだけだから話せ。そう言っているのだ。
「ほら、今は2人だけですから。他に誰もいませんし」
「……お前、そういうこと言うのは気をつけろよ」
「え? なんでですか?」
「分からないならいい」
「?」
なんで注意されたんだろう。その理由が分からず、国近は自分の発言を振り返る。考え、今の状況を確認し、首を傾げる。考え、結局分からないから諦める。疑問が残るのはモヤモヤするものだが、ゲームで負けたわけでもないからバッサリと切り替えられる。
「はぁ。しゃーない。じゃあ家族のことを少しだけな」
「えへへ、ありがとうございま~す」
「調子のいいやつ」
飲み物をコップに注ぎ、それを国近に手渡して隣に座る。どう話したものかと一考してから、ゆっくりと口を開くのだった。
──この身の上話が未来を変える要因となった