アフトクラトルとキオン。この2つの国が
訓練生と正隊員での差をシアンは感じ取りながら、作戦室で国近とゲームに興じる。平日であるのだから国近も本来学校に行くところを、大規模侵攻への備えとして本部に残っている。名目上だが。
何日の何時に敵が来るか分からないのだ。部隊を支援するオペレーターが、予め本部にいたほうがいいという考えである。名目上だが。
「おっ、クイーンきのこゲット~」
「シアンさん今それ逆走だよ~」
「なに!?」
変な雲が出現してるなと思っていたが、これはそういう事だったのかと合点がいく。進行方向を180度変え、アイテムを使って一気に加速する。ショートカットも利用して順調に遅れを取り戻していく。そういった戦術的な部分は覚えが早いなと感心しながら、国近は悠々と一着でゴール。シアンの画面を見る余裕もある程の独走だった。
「ユウもう着いたのか」
「うん」
「オレもこれ以上順位上がらなさそうだな」
「始めた頃に比べたら成長じゃない? 最下位常連だったのに、今はミスしても真ん中くらいの順位だし」
「アイテムのおかげでな」
「有効活用もその人の腕だよ~」
持っているものを最大限に活かす。戦いにおいて基本にして真髄。それはゲームだろうと変わらないということ。娯楽として作られているはずなのに、奥深いものである。プロゲーマーという存在ができあがるわけだ。
「このカップのコースも終わったし、少し休憩にする?」
「そうだな。夜にはイズミも入れてモモ鉄だし。ユウには少し手伝ってもらいたいこともあるし」
「何したらいいの?」
「データを作ってほしい。オレが持つ情報をそこに入れたいんだ」
「いいよ~」
ゲームの休憩が仕事というのはどうなのだろうか。社会人からすれば逆だろとツッコミが入ることだろう。だがこの場にツッコミを入れる者はいない。ゲーマーの
ゲーム機をどけた国近が端末を操作し、データを作るための準備を整える。それが完了すると視線で合図し、頷いたシアンが情報を喋っていく。聞きながら打ち込んでいくというのは、言葉にすれば簡単だが実際には難しい。それを恙無くこなしていくあたり、国近の能力の高さが表れていた。
「お前ら仕事熱心だな」
「気まぐれだよ」
「だろうな。じゃなかったら、忍田さんたちにその情報をもう渡してるだろうからな」
「ユウマと違って、オレはここの隊員じゃないからな。身の安全も明確に保証されてるわけじゃない。有用性を残しとかないと危うくなる」
「信用してないのはお互い様ってな」
「タチカワたちのことは信用してるよ」
「そりゃどうも」
「シアンさん続き~」
「っと、ごめんごめん」
裾を引っ張られ、シアンは太刀川との会話を切り上げる。太刀川は情報を纏めていく2人を見てなんとなく思った。なんかさらに仲良くなってる気がすると。それが悪いとも思わず、太刀川は七輪に火を付けた。部屋の中で何してるんだという話だが、ボーダーの基地に火事という概念はないのだ。
「黒トリガー多いね」
「あっち側で最大級の軍事国家だからな。オレも全部を把握できてるわけじゃないし」
「ここの国が来るの?」
「オレはそう思ってる。……ちょっと願望込みかな」
「シアンさん……」
薄っすらと笑う彼の表情から何が読み取れるのか。すべてを読み取ることなんてできない。少ししか知らないんだから。シアンという人間がどういう人間か、それを説明できる人は、ボーダー内にいない。
どう言葉をかけたらいいだろう。そう悩んでいる国近の肩をぽんと叩いた。
「さ、もう少しだけ付き合ってくれ」
「……うん」
アフトクラトルはトリガーがワンオフだ。ボーダーのように汎用性を上げるのではなく、強力な駒を着実に増やすやり方。トリガー技術においては、やはり
国近の処理速度が速いおかげで、その作業に時間がかかることはなかった。太刀川が3個目の餅を焼いているあたりで終わっている。その匂いにやられたのか、データをUSBに保存した国近がかわいくお腹を鳴らして頬を赤くした。
「タチカワ。ユウがお腹すいたってよ」
「し、シアンさん!」
「はっはっは。皿と箸を持ってこい。そろそろ終わるだろうと思って2個焼いてたから、1個食べていいぞ。ただしシアンお前は駄目だ」
「自分で焼くからいいよ」
「お前に餅が焼けるのか? なめるなよ」
「太刀川さんこれそろそろじゃないの?」
「っと危ねー。ナイスだ国近」
「どうもどうも~」
餅が好物の太刀川は餅の焼き加減も気にする。どれぐらい熱したら美味い餅になるのか。これまでの経験でそれを見出している。同じ隊のオペレーターである国近も、焼いているのをよく見ていたから、なんとなくでどれぐらいか分かったりする。
そもそも餅という食べ物がなかったシアンからすれば、焼くだけだろとしか思えないのだが。さらに言えば、訳のわからん食べ物をよく食べれるなとか思ってたりする。
「お餅はこの国の文化だからね~。お米からできるんだよ」
「米? あれからこれになるのか?」
「餅にも種類あるからな。今度持ってきてやる」
「種類? わけがわからんな」
そうやって餅を食べながら会話をしている時だった。
『──
緊迫した声色でアナウンスが流れていく。発生した門の数から、これが大規模侵攻だと断定。餅に海苔を巻いた太刀川も、それを飲み込んだら立ち上がった。
「来たな。国近」
「はーい」
皿に乗せた餅と箸を持ちながら、国近はオペレーター用のデスクに移動する。上層部の方から情報を流してもらい、敵の数と展開の仕方を画面に映した。
「半包囲だな」
「5方向か。……街の方に進んでる?」
「そうみたいだね。シアンさんこれで何か分かる?」
「お前らが分かってることしか分からんな」
「……何かあれば忍田さんに言えよ。俺は上に行く」
今の段階で分かることは戦力の分散。こちら側に発生させられる門は、可能な限りボーダーに近い位置になるように、ボーダー側が仕掛けを施している。そこからトリオン兵が離れていくとなると、敵がボーダーの戦力を基地から離れさせたがっていると考えられるわけだ。
これは戦況を把握できている者で気付けること。その先はまだ分からず、シアンも今のピースではその先を特定できない。
なんにせよ、部屋にいては動きが遅くなる。太刀川は必要な時にすぐに動けるように作戦室を後にした。
「シアンさん、上層部が通信を繋げたいって」
「繋げてくれ。その方が互いにやりやすいし」
「了解」
『こちら忍田だ。シアンくん、敵の狙いの特定に協力してほしい』
「もちろんです。ただ、今のピースでは見えてきません」
『分かっている。気づいたことがあればすぐに言ってくれ』
そこで一旦通信が切れる。何かあればまた繋げるというやり方らしい。ずっとオープンになるよりは気楽なものだ。
画面に情報が次々と更新されていく。トラップの起動による足止め。その間に任務中だった部隊が現場に駆けつけ、本格的にトリオン兵が叩かれ始める。
「シアンさんが言ってた新型。まだ出てこないね」
「ラービットな。あれの出し方である程度絞れるんだが」
「知り合い多いんだね~」
「まぁな」
まだ仕事の時が訪れない者同士、現場の隊員の健闘を見守りながら言葉を交える。そうして話している矢先、現場の隊員から報告が入った。大型のトリオン兵の中から、新型のトリオン兵が現れたと。
「ユウ、繋いで」
名前を呼ばれた時には手を動かしていた。シアンが言い切ると同時に通信が開く。
「シノダさん。現場の映像ってもらえますか?」
『可能だ。沢村くん!』
『はい!』
「白色……プレーンか」
「プレーンって?」
その言葉の意味を代表して国近が聞く。
「ラービットがトリガー使いを捕獲するためのものって話はしたな。その基本機能の話も」
『胴を開き、そこから伸びる
「そう。それが基本機能。単純な性能も他のトリオン兵より高い。で、ラービットの真髄は
「相手をキューブ状にするのも黒トリガーの能力のコピーだよね?」
「そう。言ってしまえば、そのトリガーの機能しか積んでないのがプレーン体。そこに他のトリガーの機能も積んでるやつがあって、それは色付きだ。どれが来るかは出してくれないと分からないけど」
『つまりこの新型も、
「ですね。慎重な打ち手だ。とりあえずアフトなのは確定。いずれ精鋭も出ますよ」
誰の指揮なのか。その見当はこの段階でついたがそれをまだ口にしない。
戦況を見守る。ラービットの出現により戦況が変わらざるを得ない。「そういうトリオン兵がいる」とだけ情報があると、「どの程度の脅威か」が分からない。正確な強さ。そのラインを把握したかった。そして戦闘員の数が減る。そこで打った本部の作戦は──
「妥当だな」
──戦闘員の数の減少を抑えること。
戦える駒が減ればその分被害が広まる。ならばいっそ、街の被害をゼロにするのではなく、被害を最小限に抑える。理想ばかりでは零れ落ちるものが多い。堅実な手だった。
「あれ? 基地に向かってくるトリオン兵がいる」
「ん? 強襲狙い……イルガーか」
シアンはボーダー基地の強度を知らない。防衛設備がどの程度なのかも知らない。
「シアンさん? ほぇ?」
「ちょっと我慢してくれ」
だから国近の手を引いて立ち上がらせ、そっと抱き寄せて物から離れさせる。迎撃ができたとしても1体だけ。イルガーの強度、今の迫り方からして2体は無理だと考え、衝撃に備えたのだ。
画面に映る矢印。基地に迫るそれが1つ消え、もう1つが接触したと同時に基地が大きく揺れる。
「きゃっ……!」
「へー。案外硬い守りだな」
振動としては地震と似ている。だが当然驚きもするし、怖さもある。国近はシアンの服をぎゅっと掴み、振動が収まるのを待った。
「……もう大丈夫かな?」
「……いや、まだ来る」
「シアンさん、その……このままでいい?」
「かわいいやつ」
離れているより一緒にいる方が安心する。それを見透かして、正直な感想を言うと国近が耳を赤くした。顔を見られないように俯くも、今の近さからして胸に頭を押し当ててるようなものだった。
今度の3体も1体は防衛設備で落とされた。さらに1体を太刀川が切り裂き、最後の1体の自爆は基地の防御力で耐え抜いた。先日、怪物級のトリオン持ち少女がアイビスで壁をぶち抜いたことで、基地の防御力が高くなったらしい。知らぬ間のファインプレーをしたトリオンモンスターである。
「イルガーはもう来なさそうだな」
そう言って国近の背から手を離し、元いた場所に座らせる。恥ずかしさから頬を赤くしている彼女だが、自分の役割を果たそうと意気込むことでそれを抑え込んでいく。
「へ~、タチカワのやつイルガー斬ったのか。さすがだな」
「イルガーって硬いの?」
「だいぶ硬い。でもそれを斬れるなら、ラービットも両断できるだろうな」
「忍田さんも同じ考えみたいだね。太刀川さんは新型の掃討が役割みたい」
太刀川が出撃したことで、国近も自分の仕事が始まる。隊長のための情報支援だ。どこから向かうべきか、その進路を教える。もう1人の戦闘員こと出水はまだ移動中で、こちらの支援はもう少し先のようだ。
「そいやユイガは?」
「唯我くん出したら速攻で負けるから。スポンサーの子だし、こういうのは出せないんだ」
「だから遠征でいなかったのか」
「うん」
ナチュラルな戦力外通告。なおランク戦には参加しているようだが、こちらでもお荷物状態だ。一応サポートとしての立ち回りは身につけたらしい。
(あの攻撃的なオッサンなら支配のためにもっと基地を狙う。ここで手を止めるやり方は……2人か)
『こちら忍田だ。敵の戦力の投入の仕方が散発的に思える』
「……まだ様子見というのがあるんでしょう。仮定段階で狙いを話すべきではないと思いますが?」
『現状何通りだ?』
「作戦考案者は2人にまで絞れてます」
『両方話してくれ』
「トリガー使い、つまりトリオン持ちが狙い。もう1つは、基地の戦力を減らした上で最大戦力を送り込む。やりそうな手はこの2つです」
後者はすんなりと納得できたが、前者に対しては引っかかりを感じた。先日までに現れていたトリオン兵たちが、今回の敵のものだとしたら情報を得た上で作戦を立てるはず。
『こちらには
「訓練生は?」
『……っ!!』
「ユウから聞いてますけど、訓練生にそれはないらしいですね?」
『まさか……それが狙いか!』
「前者の場合はそこが狙いになります」
通信の向こうでざわつくのを感じる。訓練生であるC級隊員が狙われるとして、それを守るための戦力が足りないからだ。A級が新型を排除。B級は他のトリオン兵を排除。今はこの形が整っているからいい。しかしさらに戦力が投入されればそれが崩れる。
その均衡が、今まさに崩れ始めた。
『新型3体出現! ……C級隊員の場所です!』
『くっ……!』
現れた3体のラービット。そしてその場にいた1人の少女が放った一撃。
それが、この戦いが佳境に入る引き金となった。
『新たに門発生。………っ! 人型近界民です!』
「……ハイレインだな」
「え?」
画面に映し出される映像。現れた者たちを見て確信する。敵の指揮官が誰なのかを。
通信を切る。国近の操作を見てそこは覚えた。今からの会話を聞かれるとまずいのだ。
「ユウ。さっき纏めた情報をシノダさんたちに送っといて。あと狙いは訓練生で確定」
「シアンさん……行くの?」
「ああ。聞き出さないといけないことがあるから。……ごめんなユウ」
「帰ってきてくれたら、許してあげる」
「ありがとう」
国近の立場が危うくなる。最悪の場合無くなる。それを分かった上で頼み、国近もまた理解した上で承諾した。
首から下げていたアクセサリーを取る。それをシアンに渡し、受け取った彼はそれを起動する。
トリオン体への換装。それと共に現れるマントは
座標を国近から教わり、シアンはその方向に向かって
突如裂かれた空間。そこから現れたシアンの姿に、玉狛の面々は驚き、ヒュースは鋭い視線を送った。
「これはこれは。
「1年ぶりですねヴィザ翁。あなたには聞きたいことがある」
「でしょうな。しかし今のあなたの要望を聞くことはできません」
「分かっています。オレが勝ったら答えてもらう」
大鎌を持っていない方の手で、マントの下から
シアンはヴィザに突き出すように真っ直ぐと持ち、高々と宣戦布告した。
「これの"刹那の見切り"5番勝負でな!!」
老人相手に反射神経勝負。容赦ない!