玄界放蕩記~ゲームこそ人生~   作:粗茶Returnees

7 / 34
大規模侵攻③

 

 ボーダーは盤面に映る敵に意識を向けていた。見える敵に集中するのは当然だろう。街を狙う膨大な数のトリオン兵。C級隊員を狙う新型トリオン兵。戦闘員の排除を狙う人型近界民。どれも無視できるものではなく、その対応に追われるのは必然と言えた。

 それ故に見落としていた。

 国近から送られたシアンの持つ情報。アフトクラトルのトリガーの情報を用い、エネドラと接敵した風間隊をカメレオンで離脱させた。相性が悪い相手と戦って戦力を落とすより、強敵を浮かせて仕事をさせないことにしたわけだ。エネドラに風間隊を捉える術はなく、風間隊はそのまま東部のトリオン兵排除へと向かった。

 

 その浮いた駒であるエネドラは、隊長であるハイレインからシアンとの戦闘を命じられていた。だが、エネドラはヴィザの下に向かうのではなく、ボーダーの基地へと侵入していた。

 

『エネドラ。基地への侵入は命令していない』

 

「うっせぇ! アイツが猿共と組んでんなら、こっちに誘き出した方が殺しやすいだろ」

 

『ヴィザ翁との戦闘を見るに、室内戦はたしかに向いてなさそうだな。それにシアンの性格はリア殿に近い』

 

『……』

 

「ケッ、アイツが黒トリガー使った場所を教えろ」

 

 

 

□□

 

 

 

 黒トリガー赫の兎(ビーラビット)のことを理解できていなかったのは、どうやらシアンも同じようだった。その性能を知っていても、その力を振るった時に観測機にどう映るかを知らなかった。手に入れてからずっと1人だったのだから、そこの確認が取れなかったのも無理はない。

 

「この……っ!」

 

「動きが悪くなってきましたな」

 

 敵の狙いが何かは理解している。黒トリガー奪取のために、シアンに有効な手を使おうとしていることも。今狙われているのは、国近柚宇だ。

 ここに来るために使った裂け目は、通った後に閉じている。開いたままではトリオンを消費するというのが1点。万が一そこを敵に通られたら、国近に被害が及ぶというのがもう1点だ。では再度道を開くことは可能かと言えば、それ自体は可能である。

 

 だが、その時間をヴィザが作らせてくれない。

 

 ヴィザを相手に無防備に背を向けるなど自殺行為。安全が保証された上で、基地までの道を作る必要がある。

 

「あなたはリア嬢ほどの経験がない。彼女はこういう時でも冷静になれる方でしたよ」

 

「姉さんに劣る事なんて、物心ついた頃から理解している!」

 

「粗が見えてきましたな」

 

 赫の兎の情報が揃っていなくとも、その使用者を乱してさえしまえば宝の持ち腐れ。ヴィザは攻撃の手をさらに加速させていく。

 ヴィザが抜刀したことで苛烈さを見せる攻撃を、間合いを取りながら大鎌で捌いていく。しかし集中を欠いたシアンには防ぎ切れない。ヴィザの攻撃が頬を掠め、肩を掠め、脚を掠める。体の節々から小さく漏れ出るトリオンに皺を寄せるが、ヴィザが手を緩めるはずもない。

 

「ここで落とせるのなら落としてしまいましょう」

 

 星の杖(オルガノン)は、杖などと言いながらその実それ自体が剣である。そして、死線を何度も潜り抜けたヴィザは近接戦も達人の域にいる。刃で動かして剣で仕留める。あるいは剣で揺さぶって刃で仕留める。ヴィザの剣の間合いがそのまま必殺の間合いだ。

 それ故にシアンは距離を取りながら戦う。下がる方向は言うまでもなくボーダー基地。だが、このままではヴィザを連れて行くことにもなり、そもそも間に合う距離でもない。

 

(ヴィザ翁に時間をかけてたらまずトリオンが足りなくなる。速攻を狙うしかないか)

 

 一度大きく跳躍し、深呼吸しながら着地する。ヴィザほどの歴戦の猛者相手に通じる手段は少ない。トリオン体である以上、疲れという概念が存在しない。尚且つ、トリオン切れを狙ったところで先に尽きるのはシアンだ。ヴィザのトリオン量は膨大なのだから。

 だから倒すという手段を狙うとなると、ヴィザが対応できない手。ヴィザの予想外を突いて、その上で確実に通すしかない。

 

「うっし」

 

「ほう、持ち直しましたか。それでこそですよシアン殿」

 

「その余裕ごと消してやる」

 

 大鎌に赤い光が走る。柄の部分から刃の先まで。それは血脈のように何本も走っていた。

 大鎌を横に薙ぐと、その軌跡に赤い光が残る。ヴィザはそれを防ぐのではなく、上に飛ぶ事による回避を選んだ。露骨なまでに今までと違うのだ。防げるか不明なら防御より回避の方がいい。

 

 次の瞬間、ヴィザは円を幾重にも展開して刃を走らせた。直感に従っての行動。それは最善手であり、高速で刃が削り合う音が響いている。さらに、円を展開した時には空中で体の向きを変え始めていた。刃を走らせたことで斬撃が一瞬遅れ、紙一重でヴィザの着るマントだけが斬れる。

 そこにすかさず、シアンはヴィザの真下から斬撃を放った。地に背を向けている状態。完全な死角。タイムラグなど存在しない一撃。

 それは必中の一撃。

 そのはずだった。

 

「今のは危なかったですな」

 

「っ!?」

 

 それをヴィザは防いだ。剣を自分の背に回すことで。

 防いだヴィザは悠々と落下し、着地際に剣を振るう。それをシアンは防がずにバックステップで躱し、刃はトリガーの能力で相殺する。間合いを取り直し、戦いを楽しんでいるヴィザに冷や汗をかいた。

 戦いの主導権はヴィザの手から一度も離れていない。今のも、シアンが死角を狙ってくると読んだ上で動いていたようだ。

 

「赤の一撃。同じ黒トリガーでも押し負ける出力でしたが、やはり連撃はしなかったようですね。光の軌跡も、あなたの動きを隠すため。理に適っているからこそ、読みやすかったですよ」

 

 トリオンの消費は激しいが、連撃自体は可能だ。しかしそれをやるとエネドラと接敵した時に心許なくなる。先を憂いたからこその選択。ヴィザはシアンが利口な判断をすると、その思考を読んでいたらしい。

 シアンがヴィザの行動を読んで食らいつこうと、ヴィザもまたシアンの思考を読んでくる。ならばそこは対等で、使うトリガーの性能もそう変わらないのなら、あとは経験が物を言う。そしてそれは、歴戦の猛者たるヴィザに軍配が上がる。

 

「あの一撃の仕組みは分かりませんが、そこからは予想の範囲内でした。焦りを抑え切れていないようですね。……今頃なら到達しているでしょうか」

 

(くそっ……、ユウ……!)

 

「他を考える余裕など、あなたにはないでしょうに」

 

「っ!」

 

 初動が遅れた。強者を相手にそれは致命的。シアンは負けを悟った。自分の未熟さを悔いた。

 

 

「──『弾』印(バウンド)六重(セクスタ)

 

 

 ヴィザの初動を潰すように、空から(弾丸)が飛来する。それへの反応が間一髪となったヴィザは迎撃が間に合わず、剣でその一撃を受け止めた。地面が刳れるほどの威力。それをやった本人はすぐにヴィザから離れ、シアンの隣へと着地する。

 

「ユウマ!?」

 

「悪いねシアンさん。これ貰うよ」

 

「貰うってお前、ヴィザ翁は今回の敵で間違いなく最強だぞ」

 

「だからおれがやるしかないかなって。シアンさん、行かないといけない場所があるでしょ」

 

「……! 悪い。ここは頼んだ」

 

「任せといて」

 

 

 

□□

 

 

 

 ボーダー基地に限った話ではないが、拠点というものは侵入されないことが大前提として作られる。世界的に見ても文化の違いによる形の違いがあれど、城や砦といったものを作る時の前提は同じだ。最後の守り。突破されることなく、迫る敵を迎え撃つもの。

 拠点の守りに対して、攻める側は戦力の数を数倍用意しないといけない。もちろん拠点の規模、防衛設備によって違いが出るが、基本的に2倍では到底足りないとされている。理想は10倍だ。

 それ故に、単独で城を攻略できるヴィザは伝説の存在であるし、防衛設備を無視して侵入できるエネドラは、拠点の天敵と言わざるを得ない。

 

「野郎がいた場所はここか……って散らかり過ぎだろこの部屋ァ! こんなとこにいたのかシアンの野郎! バカか!? バカだったな!」

 

 その天敵ことエネドラは、通気口から通信室に侵入。目障りと感じた職員を数人殺害し、その後一直線に太刀川隊の作戦室へと突入した。

 そして今その部屋の散らかり具合に絶叫している。ちなみに散らかっているのは、イルガーの激突によって物が落ちたからだ。責任はアフト側にある。

 

「誰かはいたみてぇだな」

 

 作戦室の中を見渡し、国近が使用していたオペレーター用デスクを見て呟く。その画面に映っているのは戦況を一望できるマップ。その他にも、太刀川と出水の支援ができるようにそれぞれの動きをモニタリングしている。3画面あるので、それぞれで1面ずつ使っても問題ないのだ。

 これがあるのなら、エネドラの侵入も把握できたことだろう。向かってくると分かれば、先に脱出していてもおかしくない。

 だがエネドラはそれはないと確信した。侵入してからここに着くまでに大した時間はかけていない。ここが狙いだと気づいてすぐに部屋を出たとしても、誰かが逃げていくのを確認できたはずだと踏んで。

 

「この部屋のどこかにいるなァ」

 

 いるという確信。それによってエネドラはわざと声量を上げた。やり過ごすという甘い狙いを潰すために。

 前線に出ていないのなら接敵される恐怖も慣れていない。そこを煽ることで、物音でも立ててくれれば探す手間も省ける。そこに加えて、加虐的な性格が拍車をかけた。ドSである。

 

(なんで……)

 

 その声を、国近は自分用の小部屋に身を潜めて聞いていた。布団の中は絶対見つかるから使えない。小棚の中にだって入れない。隠れられる場所は、壁に立てかけてある姿見の後ろ。普段姿見にはカバーをかけてあるため、それも利用して傍からは見えないようにしている。

 

「あとはこの部屋か」

 

「……っ!!」

 

 近い場所で発せられた声に息を呑む。口元に両手を当て、可能な限り息を潜める。オペレーターもトリオン体になれるのだが、戦闘員のような緊急脱出はない。そもそも作戦室にいるのだから、あったとしてもこの状況では意味がない。トリオン体が潰されたらその後は生身。戦闘員以外にとって、敵の接近は死の接近と同義である。

 鼓動が激しくなる。この音でバレるのではないかという恐怖が国近を追い詰めていく。その恐怖からドッと汗が流れた。額から落ちる汗が、頬を通って喉元から落ちていく。

 

「チッ。いねぇな。どっか見落としたか」

 

ふぅ……ふぅっ……!」

 

 コツコツと歩く音が遠ざかる。ひとまず1回はやり過ごすことができた。状況は上層部も分かっているはず。誰かしらが駆けつけるまで、なんとか凌ぐことができれば── 

 

「なんてなッ!」

 

「ひっ……!!」

 

「気配で丸分かりなんだよバカが!」

 

 隠れ蓑に使っていたカバーと姿見が乱暴に投げ捨てられる。刃状で固定化されたトリガーが、喉元に突きつけられる。

 どう利用してシアンを殺すか。それを愉快げに考え始めたエネドラの後方に突如気配が現れた。

 

「ユウから離れろよカス」

 

「あぁ? 早い到着だな。尻尾巻いて逃げてきたか?」

 

 言われた通りに離れる理由などない。エネドラはブレードを突きつけたまま、ゆるりとシアンがいる方に振り返り、そして目を見開いた。

 

「ア? なんでそいつがそっちにいやがる!」

 

「自分の頭で考えな」

 

 シアンの左腕に抱えられるように国近がそこにいた。国近自身、何が起きているのか分かっておらず戸惑いの様子を見せる。

 

「シアン……さん?」

 

「ごめんなユウ。巻き込んだ」

 

 恐怖一色に染まっていた国近の心が、安堵によって氷解していく。国近は何も言わず、口を噤んでシアンの背に腕を回した。

 

「まぁいい。テメェを殺すことに変わりはねぇからな!」

 

「室内戦なら有利。そう思ってんのか」

 

「そいつのネタは大方割れてんだよ。テメェじゃ俺に勝てねぇぜ」

 

「普通にやればそうだろうな。いやほんと、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

「あ? なっ、んだこいつは……!」

 

 赫の兎(ビーラビット)の力は強大だが、その真価を発揮するのは広域戦。まずその大鎌の時点で、狭い場所ほど振り回しづらい。そう思ってくれていたらありがたい、という期待通りの展開にシアンは不覚にも笑ってしまった。

 大鎌を一切動かしていない。それなのにエネドラの足下の空間が裂かれ、重力に従うようにそこ落ちていく。

 落下先は訓練室。シアンは自分のトリガーと、エネドラのトリガー泥の王(ボルボロス)の相性が悪いことを自覚している。ボーダーの協力無しでは勝てないと認めているのだ。ならば取る手段は自ずとこれになる。

 

「さて、オレも向かうか。……ユウ?」

 

「……ほんとに、怖かったんだよ?」

 

「うん。ほんと、ごめんな」

 

 回されている腕に力が入る。国近自身に大した力はないが、シアンにはそれが痛く感じた。

 トリガーを一旦解除し、自由になった右手も国近の背へ。安心させるように、ガラスを扱うように優しく力を加える。

 

「……ありがと。もう大丈夫」

 

「……そっか」

 

「えへへ、シアンさんにぎゅってされるの落ち着く。癖になっちゃいそう」

 

「それはちょっと……困るかな」

 

「えーなんで~?」

 

「なんでも!」

 

 自分の体のことを理解してほしいと思うも、それを言うわけにもいかずに咳払いして誤魔化す。

 

「……ユウがここにいても危ないな。行くぞ」

 

「は~い」

 

 再度トリオン体に換装。手を取って部屋から飛び出し、抱えて走った方が早いと気づいてからは国近を両手で抱える。それをやられた国近は恥ずかしさから目を泳がすが、シアンはそこを気にかける様子はない。エネドラがいる場所に向かうことが急務だから。

 

「あの座標って何があんの?」

 

「ふぇ? ぁ……えっと、訓練室。あそこなら敵のトリガーを解析できるから。空調設備もあるし」

 

「なるほど。教えてくれて助かったよ」

 

「うん。それがわたしの仕事だから~」

 

 シアンの背に腕を回したのは、背をなぞることで座標を教えるため。エネドラの死角になるから。戸惑いながらもシアンの様子から読み取って行動したらしい。

 国近の案内の下、最短距離で訓練室へと迫る。途中で国近を近くにいた正隊員に頼み、シアンはエネドラがいる部屋の中へ。そこでは今、キューブから戻った諏訪が、ショットガンを浴びせることでエネドラの弱点を見つけ出していたところだった。

 

「堤!」

 

『マークしました! ……いや、これは……!』

 

「ハッ! 黒トリガーを舐めるな猿が!」

 

 弱点はトリオン体なら誰でも共通のもの。エネドラはそれを保護するカバーを作り、自分の体の中で常に動かしていた。それを諏訪のショットガンが探し当て、その反応をマーク。狙いをつけられるようにした。

 それに気づいたエネドラはダミーを大量に生成し、何本ものブレードを諏訪に向けて放った。

 

「ほんと荒くなったよなエネドラ」

 

「……っと、サンキュー。助かったぜ」

 

「こっちも協力してもらってるんだから当然」

 

 エネドラが放ったブレードを、割って入ったシアンがすべて迎撃する。シアンだけではエネドラを倒し切るのは難しいが、それは相手も同じこと。赫の兎を防御に使うと、それは鉄壁に等しいものとなる。

 エネドラは泥の塊をいくつか作り、猛攻の姿勢を整える。トリガー角の侵食で性格まで変わってしまった戦友を憂い、なればこそ自分が引導を渡そうとシアンも構える。共に高め合った頃のエネドラを、彼自身がこれ以上汚さないために。

 

「雑魚と組んで勝てるとでも思ってんのか?」

 

「勝てるさ。それを扱ってるのがお前だからな」

 

「ハッ! なら、やってみろ!!」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。