「くそっ、ダミーが多くてどれが本物かわからねぇ!」
「その散弾で全部打ち抜けば?」
「できるか! 黒トリガーと一緒にすんな!」
「そっか。でも撃ち続けてくれよ。締めに繋げるために」
「簡単に言ってくれるな黒トリガー様よぉ! そっちもしくじるなよ!」
「当然」
液体化しようと、トリオン体共通の弱点は同じ。それを守るためのカバーが作られ、さらに本物を隠すためのダミーも生成されている。諏訪のショットガンは強力ではあるが、ショットガン故に威力は散らばる。ダミーごと撃ち抜くのは無理だ。
襲いかかるブレードはシアンが迎撃し、作られた時間を利用して諏訪が撃つ。防御と攻撃に役割を分けているからこそ、初対面でも連携の形は取れていた。これは主に諏訪の対応力がそれを可能とさせている。
「防いでばっかでどう勝つってんだ。えェ?」
「そんなはしゃぐなよ。その時には一瞬で終わらせてやるから」
宙に浮いた泥から放たれる大量のブレード。1つの泥から平均して4本。その発射点となる泥が何個も漂うことで、多角的かつ広範囲の攻撃を可能としていた。シアンはそれを両断して捌き、諏訪は自力で回避する。それにより攻撃の手が止まり、エネドラが連撃を放った。床に入った亀裂に忍ばせておいた泥からブレードを伸ばしたのだ。
シアンの意識は前方から少し上に向いている。さらに降り注ぐブレードの割合は、7:3でシアンの方に多くしていた。それらを捌いている最中の攻撃。完全なる奇襲。
「なに……!」
しかしそれをシアンは防いだ。床から飛び出すブレードを一瞥もせずに。
何もせずに防ぐというのは、ヴィザからの情報で入っていた。だがそれは、事前に大鎌を振るっていたから。攻撃がそこに残っていて、それがヴィザの攻撃をあたかも自動で防いだように見えた。そういう仕組みであるなら、シアンが大鎌を振っていない場所から攻撃すればいい。
エネドラのトリガーはそれに向いているし、実際にそこを突いた。それなのに防がれたことに驚愕を禁じえない。ブレードを避けながら見ていた諏訪も、端末室から見ている国近もぽかんと口を開けた。
「おいおいどうした。オレのも黒トリガーだぜ?」
「っ!」
驚愕により生まれた隙、それを見逃すことなくシアンは大鎌を縦横無尽に振るう。距離など意味をなさない攻撃。エネドラの体はその軌跡通りにバラバラになり、そこにあったダミーたちも斬られる。
「けっ。互いに決定打が打てねぇらしいなァ」
バラバラにするも、本物は斬れなかったらしい。ダミーもいくつか残っている。バラバラにされた体が元の形へと戻っていき、そのタイミングで諏訪がショットガン2丁を同時にぶっ放す。
「効かねぇんだよ鬱陶しい猿が!」
[マークしろおサノ!]
[はいよー]
諏訪の弾は余すことなくエネドラのカバーに命中した。それもダミーがあるのもお構いなしに視覚支援を貰ったから。シアンがその数を一気に減らし、残された僅かなカバーもスタアメーカーによってマークされた。これでダミーを増やされようと、虱潰しで的確に破壊すればエネドラを倒せる。
先に諏訪を潰そうとしたエネドラの攻撃も、横からシアンが切り裂いて無効化する。カバーをマークしようと、それが視覚支援で見えるのはボーダーのトリガーを使っている者のみ。シアンは当然ながらそれが見えないし、ボーダー隊員であっても黒トリガーを使用していたら見えない。規格が違うし、黒トリガーは未だ未知が多いから下手にイジれないのだ。
そんなわけで、諏訪を潰されるわけにはいかない。ピンポイントにそれを潰せる人間は必要だから。
(仕組みは分かんねぇが、気体化して体内から掻っ捌けばいいだろ)
[トリオン反応拡大。気体化だと思います]
[お? 国近? まぁいいや。空調全開だ]
[了解]
訓練室にある空調を使い、風を発生させる。それによりエネドラのトリオンが押し戻され、シアンと諏訪に届かない。
(クソうぜぇ……!)
気体化が使えないのなら、液体化でやるしかない。気体化に回していたトリオンを液体に変え、ブレードの数を増やして猛攻をしかける。泥の王のようにトリオン体を変化させるのは、いくら黒トリガーと言えど希少なもの。シアンの立ち回りから見ても、相手の攻撃を受け流す様子がない。トリオン体自体は普通だ。
迫るブレードに向けて、大鎌を横に一閃する。大鎌の通った高さにあるブレードが斬られるのはもちろん、その上下にあるブレードさえ両断されていく。ただの一撃で。
「終わらせようエネドラ。泥の王の火力は決して高くない。
「何を勝った気でいやがる。テメェの攻撃もオレの泥の王に届かねぇだろうが」
「届かなくても、届かせる力はある」
大鎌を持つ手を上に伸ばす。エネドラの視線が僅かにそこにつられた時、その体が乱雑に斬られた。
(っ!? なんだってんだこれは……! アイツは鎌を振ってねぇだろうが!)
持ち上げられた大鎌が微動だにしなかったことは自分の目で見ている。それにも拘らず切り刻まれた。イラつきが最高潮に達する傍らで、エネドラの中で1つの可能性が過ぎった。それは肯定するにはあまりにも馬鹿馬鹿しい力。しかし否定するには材料が足りないもの。
(まさか……鎌は関係ないってのか……!?)
そして、
「くっくっ、そういう仕組みか」
「気付いたところで、お前に打てる手はない」
「ガラ空きだぜスライム野郎」
「この猿っ!」
エネドラの真後ろに回っていた諏訪のショットガンが炸裂する。追加で増やされていたダミーも、今のシアンの攻撃でその数を減らし、さらにはスタアメーカーで絞り込みはできている。
印がついていたものは残り2つ。そして諏訪のショットガンは2丁あり、ショットガンは近距離ほどその火力が高くなる代物だ。黒トリガーのものといえど、破壊する火力はある。
ショットガンが炸裂した。刺し違える形でブレードが諏訪の腹部を貫いていたが、勝敗は決した。スライムエネドラが崩れていく。
「そこか」
「遅えよ」
カバーだけを残し、本体は移動させていたエネドラが風上にいる。諏訪はトリオンが大量に漏れており死に体。残りはシアンのみ。エネドラはシアンの体内からブレードで攻撃するため、気体化したトリオンを流していく。液体化からでは防がれるからだ。
しかしトリオンがシアンに届かない。近くまでいくのに、シアンの体内に入らない。
(どうなってやがる!)
「お前の負けだエネドラ」
諏訪の奇襲は決まっていた。本体を急いで逃したものの、散弾は弾がバラけるもの。掠めたそれをオペレーターが見逃すはずもなく、それに再度スタアメーカーをつけている。
狙う場所は1つだけ。諏訪隊に所属する隊員笹森は、姿を消すカメレオンをトリガーにセットしている隊員だ。シアンのトリガーがなくとも奇襲できる。
「甘えんだよ」
それをエネドラは看破。攻撃のためにはカメレオンを解かないといけず、エネドラは焦ることなくブレードを笹森の胸に突き刺した。鬱陶しく思う相手は疾く退場させるに限るから。
だがそれも次に繋げるための一手。トリオン体が破壊された笹森は緊急脱出するも、その際に生じた煙幕でエネドラの視界を遮る。
「うちの隊員舐めんなよスライム野郎!」
オペレーターからの視覚支援を頼りに、トリオン切れを起こす前に諏訪が煙幕の中に飛び込んだ。ショットガンによる面攻撃。再度カバーを間に合わせて防ぎつつ、足下からブレードを出現させて諏訪も迎撃。
「威勢だけだったなカス猿」
「ちっ……!
「みんなで焼肉でも行きましょう」
「!? この、玄界の猿共がぁぁ!!」
エネドラはその存在に気づけなかった。自分の真後ろにいた堤の存在に。笹森の奇襲も、緊急脱出よる煙幕も、それを利用した諏訪の突撃も、すべて堤をエネドラの死角にワープさせるため。そのためのシアンの動きを隠すためのもの。
今度こそ届く。
近界民と玄界民による連携から生まれ、諏訪隊の面々が繋げたトドメの一撃が。
『トリオン供給器官の破壊を確認』
「ほんっと、分かってても鬱陶しい力だ」
スピーカー越しに聞こえる喜びの声にシアンも頬を緩め、ほっと息をつく。「自分も緊急脱出しとけばよかったかな」と、堤は2人の今のやり取りだけで苦笑した。
「シアン……てめぇ……!」
「1人で勝つとは言ってないだろ。単独行動したお前のミスだ。どうせハイレインも侵入しろとは言ってなかっただろうしな」
「うるせぇ裏切り者が! ……くくっ、次はここか? 国でそうやったように、自分の姉を黒トリガーにしたように! ここでも愛想振る舞ってそいつを黒トリガーにするんだろ、えェ!」
「……ヴィザ翁が知らないんだし、お前が黒幕を知るはずもないか」
「あァ? 誰かの指示だから罪はねぇとでも?」
「は? 何言ってんだお前」
「ケッ。てめぇは幸せな野郎だな。
「…………お前が姉さんを語るな。あの一件の表面しか知らないお前が!」
「あらあら、2人の喧嘩を見るのも久しぶりね」
突如空間に穴が空き、その向こう側に1人の女性がいる。現れた彼女をシアンは睨み、エネドラも悪態をつきながら手を伸ばした。
「来るのが遅えんだよ」
「ごめんなさいね」
「!? っ……がっぁぁあああ! ミラ、テメェ……!」
「回収を頼まれてるのは泥の王だけなのよ。あなたはもう私たちの手に負えないもの」
トリガー角が侵食し過ぎたために、その性格は攻撃的になっている。命令にも平然と違反し、独断で動くとあって扱いづらい。しかもトリガー角の侵食が進みすぎているのなら、どのみち命が短くなる。ならばここで捨ててしまえばいいという隊長の判断だ。遠征で死んだとなれば、名誉ある死となるのだから。
そう、たとえここで味方であるミラが殺したとしても、敵が殺したということにできる。
「さようならエネドラ」
「かっ…………ぁ」
「……ミラ」
「もうさんは付けてくれないのね」
「本国の人間をそう簡単に信用できない。ヴィザ翁には敬意を表すけど、それ以外はな」
「そうでしょうね。……あなたもうトリオン残ってないでしょ」
ヴィザとの戦い、そしてエネドラとの戦い。黒トリガー相手に2連戦したのだ。しかもトリガーの性能からして燃費が良いものとは思えない。まともに戦えばミラは勝てないが、トリオン切れに近いシアンが相手ならやりようがある。
ひとまず探りを入れるために、シアンの背後に穴を作ってそこから棘を出す。それは回避されるも、回避後の足を目掛けた攻撃は刺さった。
それで確信する。シアンにもうトリオンがないと。
「あなたの戦闘記録を取っていたけど、エネドラ相手の時にトリオンを使い過ぎね。奇襲を防ぐために常に自分の周りにトリオンを展開していた。結果論で言うと、不可視の盾ってところかしら。それの消費が少ないわけがない」
ミラはシアンの攻撃を警戒している。動作が無くとも斬るし、距離もお構いなしに斬るのだから。小窓と称する穴を転々と展開し、シアンの攻撃の狙いを定めさせない。
「友達同士、ここで倒れるのも悪くないんじゃない?」
『シアンさん!』
足を縫い止められ、移動を封じられたシアンの胸に棘が深々と刺さる。トリオン供給器官が貫かれ、シアンはトリオン体から生身へと戻された。それによりワープをやめたミラに目掛けて堤がショットガンを撃つも、その弾は空間に作られた穴で返された。
「彼についてはこちらの事情なのよ。手出しは無用でお願いするわね」
「それは困るな」
「っ!」
訓練室の天井近くの壁が破壊して突入というダイナミックエントリー。そこから飛び出してきた人物が狙いを定めて刀を振るう。
「旋空孤月」
角度としては穴の奥にいるミラがぎりぎり見える程度。しかし攻撃できる角度が少しでもあるのならそれで十分。斬撃を伸ばす攻撃をピンポイントで行うなど、その者にとっては造作もないことだ。
「ぐっ」
その一撃はミラに届いた。ミラの右手首からトリオンが漏れ始め、シアンに放つはずだったワープも中断させられる。
「俺より先に誰かに負けるなよ」
「タチカワ……!? お前なんでここに……」
「国近からの通信がなくなったからな。新型をわりと倒せたし、東部は風間さんたちに任せてこっち来た」
「……おかげで助かったけどさ」
ノーマルトリガーでラービットを次々と撃破していく者がいるということを、戦況を把握し続けていたミラも確認している。それが今やってきた男だと分かり、棘による奇襲も避けられたのを見てミラは撤退を決めた。最優先事項は金の雛鳥。そちらの追い込みが始まっているのだ。
「取り逃がしちまったが、今のがワープ女だよな?」
「そう。また仕掛けてくるかはちょっと読めない」
「ならここからは移動しといた方がいいな。座標を知られてる」
「そうだな」
トリオン切れを起こしたシアンをシッシッと手で追い払い、太刀川はエネドラの死体を見て調べた。座標を知るための物があると踏んだから。
「忍田さん。これどうします?」
『救護班を向かわせている。そいつの角は未知の技術だ。解析する価値がある。慶と堤はこちらに向かっているC級たちの援護に回れ。新型が多数確認されている』
「「了解」」
「って、その発信機持っていくのか?」
「ここに残すよりは持ってたほうがいいだろ」
(敵を釣れたら御の字って顔に書いてあるんだよな……)
人型近界民という強敵との戦闘などそうそうない。遠征であっても、今回訪れた近界民ほどの強さの敵には出会えていない。この絶好の機会を活用したい太刀川なのだった。
□□
訓練室から出る。当主であるハイレインに聞きたいこともあるが、トリオン切れを起こしている今それをするには危険過ぎた。
これを乗り切れるかはボーダーの力次第。大勢自体は傾いているのだ。流れが来てる。問題なく乗り切れるだろう。あとは任せていたらいい。
頭ではそう分かっていても、足は外へと向かっていく。基地の外へ。ハイレインがでてきているのかをシアンは知らないが、足を止める理由にはならない。聞き出したいのだ。当主であるハイレインがあの時動かなかった理由を。
──
姉が気づいていたのなら、当主たるハイレインにも何かしら察知できたはず。それなのに結果は今に繋がっている。その真相が何なのか。
「シアンさんどこ行くの?」
「……ユウ?」
後ろから手を掴まれて引き止められる。トリオン体なのだから疲れはないはずだが、なんとなく息切れしているように見える。そう見えるのも、彼女の不安げな表情のせいか。
「……敵の大将に会わないといけないからさ」
「生身で? 無茶だよ! 怪我じゃすまないよ!」
「それでも──」
「だめ!!」
「…………ユウ」
「立場も考えて! シアンさん、今危ない状態なんだから……。わたしといて」
シアンは自分の素性を明かしていない。不明な部分があるなら、疑われるのだって無理はない。
今回協力しているとは言っても、相手とは知った仲だ。「すべてが演技で、最終的に目標を達成するためのものだったら?」という疑念が拭い切れていない。その状態でハイレインと接触でもしたら、最悪の場合敵と断定されて対処されるかもしれない。
そうはならないだろうと国近だって思っている。けれど、最悪の場合が100%起きないとは言えない。迅のような未来予知なんて持ってないから。
「今しかないんだ。ハイレインと簡単に接触できる機会は、この先訪れるとは思えない。仮にアフトに戻ったとしても、オレは敵として兵を向けられるからな」
「……でも……」
「ハイレイン……敵の大将に聞かなきゃ分からないことがあるんだよ。他の人たちじゃ駄目で、そうしないとオレは地に足をつけられない」
「……」
国近だけは知っている。家族のことを聞いたから。シアンがどれ程姉を慕っていたのか。それを喪う痛みなど想像を絶する。目的無く転々と場所を移していたのも、そういうことだ。喪失感が消えず、ふわふわとした状態で今まで生きていた。
それを終わらせられるのだ。地に足をつけ、目的を定め、歩みを進められるようになるのだ。
だから、たとえボーダーから警戒レベルを引き上げられても、それより重いものがあるのなら。
そう思って手を放した国近は、シアンから離れようとして引き寄せられた。
「そう、思ってたのになぁ」
「シアン……さん……?」
「ユウの側にいるよ」
「ぇ? え?」
「それで見えてくる道も、ありそうだからな」
心から自然に溢れた笑みを、本当の意味でのシアンの笑顔をボーダーの誰も今まで見ていなかっただろう。
それを初めて見て、しかも独占しているのは国近だけ。
……なのだが。
いろいろと混乱していた彼女にそれの記憶は残らなかった。