虚像の典災〈フェイクビー〉に敗れた翌日の昼下がりに、俺は大神殿の大理石で出来た寝台で寝覚めた。
「痛てて……確定で体バキバキだな……」と固い寝台で眠っていたからか、身体がなんとも言えない倦怠感と、デスペナによる経験値点の減少による身体の重さに、早々に襲われながらも起きあがり、周囲の景色を眺めた。大神殿の内部は、神殿らしい作りだった。そして俺は感慨深そうに、
「そう言えば、こっち来てから始めて死んだのか……」と独り言を溢した。そして俺は思い出したかのように、鎧を見た。すると、鎧の傷ついた部分が燃えて傷が塞がった。
「そう言えば、緋焔の武者鎧(ひえんのむしゃよろい)は焔渡と合わせて使用すると、それぞれに自動修復機能を有するようになるんだったな……けど修復出来る度合いが向上してないか……そうか口伝の効果か……」と即座に思考を完結させた。そして1つの可能性を思い至った。
「自動修復の範囲か……口伝のリソースを割いても良いな」と終始独り言を言っていると、中にナオが入ってきた。
「やっと起きた……この寝坊助ナギ」とナオが頬を膨らせながら言ってきたが、その両目は腫れていた。
「どれくらい寝てた?」
「私が午前中……ナギは今さっき起きたからね」
「大体解った……ラミは?」
「怒ってるよ……ただそれ以上に不安だったみたい……また居なくなるんじゃないかって」
「そうか……で今何処に?」
「外で珠と今は遊んでる筈だよ」
「それで何で目腫らしてんの?」
「女子にそれ訊く? ……教えない」とナオに俺は呆れられたが、話題を変えるには丁度良い流れだった。まぁ、ナオの目が腫れているのは、泣き腫らしているだけなのは紛れもない事実で最初から検討はついていた。
「敗けたんだよな……こんな思いは久し振りだな」
「言われてみれば……物量こそ凄かったけど……手応えは薄かったし」
「ただ、俺達は敗けた……だから今度は、勝たなきゃならない……そしてラミの事もある……何であんなところに居たのかが解らないしな」
「とりあえずナギの誕生日より前に片付けなきゃね」
「って事は、タイムリミットは二週間弱か……」と寝台から立ち上がり軽く腕を回しながら言った。
「大丈夫だよ……レイドボスでも、ハーフでも無い、パーティーボスだからさ……レベルだって脅威と感じるほどじゃなかったし」と虚勢混じりにナオは言った。
「まずはラミに謝んなきゃな……」
「私も、だもんね」
「ナオは目が腫れるほど泣いて、ラミも大体同じか……」
「ナギのイジワル……解ってなら聞かないでよ……」とナオが口を尖らせながら言ってきた。
「パパっ」と俺達が大神殿から出てきてすぐにラミが気付き、抱きついてきた。俺は拒絶することなくラミをそのまま抱き上げてこう言った。
「ごめんな……ラミ」
「ラミ……怖かった……今度はパパとママが居なくなるんじゃないかって……」
「ねぇラミ、何か知っている?」
「知っているけど、ここじゃ言いたくない」
「だったら尚更だな……帰ろう家に」そう言って俺達は我が家へと帰った。
家についてからまず最初にラミからのお説教を喰らい、俺もナオも結構くるものがあったが、目の前にある課題を前にしてそうなっていられないのもあり、どうにか堪えた。そして、気になっていたことを切り出した。
「ならラミ、改めて訊くけど何を知ってる?」と俺が言った。
「別にラミが、言いたくないなら大丈夫だよ」とナオが付け加えるように言った。
「……ラミの周りの人、みんな化け物に殺られた」
「その化け物の名前は解る? ……無理なら答えなくていいけど」と俺が言ったが、
「確か虚像って名前についてた……後は覚えてない」とラミが答えた。
「虚像の典災〈フェイクビー〉か?」と俺が確認すると、ラミは縦に頷いた。
「ラミはどうして、彼処に居たの?」と今度はナオが訊いた。
「……ラミがあの化け物を呼び寄せてるらしいの」
「だから、彼処に居たのか……なら尚更アレを倒すしかないな」と俺が言った。
「ラミを捨てないの?」とラミが不安げに言った。
「安心して……私達はそんなことしないから……その化け物を絶対倒すから」とナオが励ますように言った。
「ナオの言う通りだな……ラミの両親なんだから、やるべき事をやるだけだ……後はラミに心配をかけてすまなかった」
「パパ分かった……パパとママはラミの前から絶対居なくならないよね?」と完全には不安を拭えていないのかラミがそう言った。
「あぁ、絶対に居なくならない……約束だ」
「ママも約束だよ?」
「分かった……ゆびきりしなきゃね」とナオがラミの前に右手の小指を出して言った。
「ゆびきり?」とラミは首を傾げながらも自分の右手の小指をナオの小指に近付けた。
「そう、ゆびきり……約束をするときにするんだよ」とナオがラミに優しく教えた。ゆびきり自体が本来、言葉通りの指切りなのを俺は知っているが、この場で言うのは野暮なので閉口しながら、ナオがラミに教えている光景を眺めていた。
「とりあえずは情報収集と整理、盤面把握だな」ナオとラミとのやりとりが一段落着いたところで俺はそう言った。
「ラミ……ママとお外に買い物に行こうね?」とナオは俺が考えていた事を察して、俺とラミとの距離を置けるように提案してくれた。
「分かった」とラミは喜びながら答えた。そうして、ナオとラミは買い物に出掛けた。一人になった俺は、早々にアキバからフィールドに出た。グリフォンを駆って、ラミと初めて出会った場所へ向かった。帰りの足は、一人なので馬を使うつもりだが、一刻を争う場合は奥の手を使うのも辞さないと思っていた。
「多分シロエ参謀とかならまず情報を集めるだろうし……前線参謀に為りたかった俺に出来る最善手だろうから」と独り言を何時ものように溢し、目的地近くに達すると着陸し、準臨戦態勢になった。
「付近に敵影無しっと……とりあえずあの鏡を調べなきゃな」そう言って、俺は遺跡の中に入って、鏡のある部屋へと向かった。道中、度々典災とタグ付いているモブ敵と数度接敵したが、打刀状態の黒牢華だけで処理した。焔渡は鞘に納めたままだったが、緋焔の武者鎧との同時使用効果が機能しており、それに対して口伝を使用したが、嬉しい誤算があった。それは、元々睨んでいた通りのHPの自動回復の回復量と、MPの自動回復だった。微量だが、戦闘中にも回復していた。
そんな意外な収穫こそありはしたが、ただ手札が増えただけで、リーサルは未だに見えないので足早に部屋へと向かった。
「原因か、それに近い何かしらが掴めなきゃな……考えられるには、幾つかの情報とそれらが示している事……つまるところこの鏡だろうな」と部屋に入って周囲を見回して、最後に鏡を見ながら言った。
「…………っ」俺は絶句した。何故なら、今の俺は鬼の面を着けていたのに、鏡に映った鏡像は、鬼の面をつけずに笑みを浮かべていたからだ。反射的に焔渡を抜刀し、斬りつけた。だが、その瞬間鏡から湧いたモブ敵に刃は吸い込まれ、モブ敵は泡になった。
「ちっ」思わず舌打ちをしながら、俺は剣撃を続けて、幾度もモブ敵を泡にしながら鏡に攻撃を与え続けた。
そうした甲斐あってか鏡にヒビが入り、鏡としてほぼ機能しない状態になっていた。その為、モブ敵も湧かなくなり、周囲に漂っていた雰囲気が若干変化したような気もした。
「多分、モブ敵の召喚の媒介がこの鏡だったんだろうな……後は探索して何かしらの収穫が多少あれば帰還するかな……」とマジックバックの中からチョコレートを取り出しながら言った。最近になって携帯するようになったのだが、理由が戦闘時以外でも集中力を使用する機会が大幅に増加して、耐えられなくなっていたからだった。
結局その後、収穫らしい収穫もなく帰還呪文でアキバへとナギは戻った。