鋼同士が撃ち合う音が、加速された感覚の中で聴こえる。口角が少し上がるのを、駆り立てられる焦燥感と高揚感を感じる。視界の一部が紅炎に染まる。その視界の反対側は瘡炎に染まる…敵は俺とは色違いな鎧と刀を持った敵だ。本能に任せてただ殺し合いに身を投じる好戦的な俺と、理性に縛られて冷静に戦況を視る俺が同時に存在していた。
(例えナオの支援が続こうが、このままだと競り負ける…)と冷静な俺が思う、
(ならば、その前に足掻けば良い)と好戦的な俺が思う。
(足掻くにも、現状を打破するにも、まともな策が無い)と冷静な俺は結論付けて敵に対して《叢雲の太刀》を使う、
(だったら、距離をおいて弓を使えば良い)と好戦的な俺が足掻きながら攻撃を相殺する。
(だが、そうするとナオに攻撃が向く)と冷静な俺は好戦的な俺を諫めようとしながら奥の手の《刹那の見切り》を使う。
結局の所は、勝算など皆無に等しく、負け確定の出来事なのだ。そう思考している間にもナオから支援がとんでくるが、芳しくない。MPをドレインしてくる目の前の敵やモブ相手にナオは苦戦していた。個人差が有るもののナオはリソースの8割を俺に割きながら、戦乙女槌(ヴァルギュリーメイス)を振るいつつ、自分に回復も行っているので、ドレインに耐性のある俺やナオでもほぼ千日手だった。
そして遂にその時が来てしまった。俺もナオも、HPが1割を切って虫の息になっていた。MPも殆ど底を尽き、満足に回復や攻撃が出来なくなっていた。まず先に倒れたのは、俺だった。敵の一薙ぎをもろに喰らい残り少ないHPを刈り取られた。
「くっ…力足らずかっ、よ…」そう言いながら、俺はポリゴンの欠片となった。
「ナギっ…ぐはっ…」とナギが倒れたのを見たナオは咄嗟に叫んだが、意味も無く、モブ達の稚拙な攻撃によって、ナギと同じくポリゴンの欠片になってしまった。
この日、二人はこの世界に来て初めて死を体験したのだった。
時は少し遡る。天秤祭が無事終了して少しずつ冬の寒さが顔出し始めた頃、ナギとナオはアキバと七つ大滝の城塞の中間辺りの遺跡に居た。はぐれゴブリンを処理しつつも、ナオが何かを見つけた。
「ねぇ、ナギ」
「何、ナオ」
「あっちの方から、なんか嫌な雰囲気が視えるの」
「あっちって…あの建物の面影を残してるヤツ?」
「そうなんだけどさ、嫌な雰囲気が可視化して視えてさ、注視しようとするとノイズが走る感じなの」
「ナオって、そう言うサブ職とかじゃないだろ?」
「そうだけど…ちょっと待って」そう言ってナオは、ステータス画面を見た。そして確認していって、口伝の所を見るとこう書かれていた。
口伝 神眼看破〈リピールオブゴッドアイ〉ー相手が行おうとする行動が大まかに先読みすることが出来る。自身のレベルより対象のレベルが下なら先読みが確定したものになり、使用しているスキルを見ることが出来る。レベル上及びパーティーランク以上になるとあやふやになる欠点がある。
とここまでは前と変わらなかったが、説明欄に新たにこんな一文が書き加えられていた。
ー視界内にある残留思念や、漂っている思念等を視て読み取ることが出来る。
口伝に与えられた神眼看破と言う本当の意味をナオは理解した。それはあまりにもゲームからかけ離れ過ぎた口伝で、交渉だったり変化に気づくための口伝だった。敵の動きが先読み出来るのは、ただの副次的なこうかなのだ、と。
「私の口伝の内容が変化してる…」
「どういう風に?」とナギにナオは訊かれたので、説明した。
「だったら、無視出来ないな…行ってみるか」と説明を聞き終えたナギが言ったので、私達はその建物へと向かった。
ナオの提案にのって、件の建物の中で特に怪しいとナオが踏んだ部屋を探索し始めて数分経ったのだが、怪しい何かは見つからなかった。しかしそれが逆に、怪しさを加速させていた。
「ナオ、何か視えないのか?」と訊いてみると、
「うん、まだ慣れてなくてぼんやりとしか視えない」と答えが返ってきた。改めて部屋を見回してみると、光が反射している部分があったので、近付いてみた。割れた鏡の破片が落ちていた。
「ナオ…何処かに鏡ない?」と俺は鏡の破片で手を切らないように拾い上げながら言った。
「鏡ね…うーん…あった……けどフレームだけだよ?」
「周囲に破片は落ちてない?」
「うん…でもナギ…これ映るよ?」
「は?……本当だ」歪んだ鏡像が映っていたが、鏡がそこには存在していた。しかも割れてなんかいない鏡が、だ。
「なら何なんだこの破片は…」と破片を眺めているとナオが、
「怪しいのはそれなのかも…ただ気味が悪いから、そこら辺に捨てたら?」そんなことを言ってきたので、ナオは破綻しているな、と俺は思った。
「とりあえずこれは持ち帰って、ロデ研行きな」と適当な入れ物に破片を入れながら言った。
「うーん……ちょっと待ってナギ…何か聞こえない?」と最初は不満そうな顔をしながらナオは言っていたが、何かに気付いたようだった。
「ちょっと待って…本当だ、子供の泣き声らしき音が聴こえるな」と俺は耳をすませて聞き取ったことを簡潔に説明した。一応自分の選んでいる種族は狐尾族なので、狼牙族程では無いものの多少聴覚は鋭い。ただナオから見ればただケモ耳をぴくぴくさせているようにしか見えていないので、アレだろうが。
「ナギ、大体どの辺りか判る?」
「上だ」
「なら…行こう」
「そのつもりだよ」
そうして二人は、子供の泣き声がする方へと向かったのだった。
二人がその部屋からいなくなっても、鏡にはナギが映ったままだった。そして二人は、初めて出遭う敵…典災との戦いが始まるのだった。