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喧騒に包まれるとある酒場の一角。
冒険者が行き交い、ある者は酒浸りになり、ある者は掲示板に張られた依頼と睨めっこ、ある者はテーブル席でパーティと今日の成果を確認し合い、ある者は他の冒険者と口論の末喧嘩に至っている。
そんな酒場の一角で一人ポツリと座り、金勘定を行っている男がいた。
そう〈貴方〉である。
今日も一人迷宮で探索を行い、その成果を確認していた。
テーブル席を一人で占領し、そのテーブル一杯に並べられる財宝に、他の冒険者達は息を飲むが、誰一人として貴方に突っかかる所か、目を合わせようとする者はいなかった。
そこへ先程喧嘩で取っ組み合いになっていた冒険者が、自分の近くに転がり込んできた。
転がり込んできた衝撃で、貴方のテーブルの財宝の一部が床へ落ちる。
瞬間、酒場は静寂に包まれた。
心なしか、辺りの冒険者達は青ざめた表情をし、ある者はひぇと小さい悲鳴を上げている。
その光景にはっとした喧嘩していた冒険者は恐る恐る、まるで錆びついた機械のように顔を貴方に向ける。
貴方は、構わず続けて欲しいと促すが、冒険者たちは謝罪の言葉を放ちながら蜘蛛の子を巻き散らかすが如く逃げ去ってしまった。
最早、見慣れた光景に貴方は一人苦笑し、床に落ちた財宝を拾うのだった。
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~数年前~
剣と魔法と狂気の異世界。
魔物が跋扈し、治安と命の保証がされておらず、剣と魔法という名の暴力がこの世を支配する世界へ、ただの一般男性である貴方は放り込まれた。
幸運な事に、降り立った場所が街であり、貴方はそういう本や家庭用ゲームをやり込んでいた節があったので、ここが所謂ダンジョンローグライクの世界観である事をすぐに飲み込めた。
そうと決まれば、早速冒険者としてギルドへ登録せねばと意気込んで酒場へと向かう。が、そこで貴方は現実の厳しさを目の当たりにするのである。
ダンジョンローグライクの世界観では、自分の能力に見合った職業をいくつか上げられ、そこから選択できる。しかし、この世界では、能力云々に関係なく、最初っから職業が決まっているのだ。例えば、登録をして冒険者カードを配られた瞬間、その人物の職業を決定される。つまり職業:戦士と表示されればどんな非力な者でも戦士として生きるしかないのだ。
この世界の職業の神は死ね。
職業自由の権利は、元の世界にしかない特権だったようだ。ファックと貴方は心で中指を立てて悪態をついた。しかし、現状住所不定、身分もない自分を雇ってくれる善良な者はこの世界に存在しないし、冒険者であればそういった身分証明や定住している場所も関係なく登録できる。腹に背は変えられないため、貴方は泣く泣く冒険者登録を行った。
だが、貴方はまたしても非情な現実を目の当たりにした。
冒険者カードを受付から渡され、職業が決定される。
浮かび上がったのは、『軍師』だった。
『軍師』のワードから想像するに、後衛職なのであろうか?後ろで支援魔法を放ち、必要とあらば自分も魔法か兵器で応戦するタイプの物であろうか?そう妄想する貴方に、受付から非情な一言。
〝なんでも覚えれられるが器用貧乏で特出して能力値が伸びない職業”
不遇職じゃねぇかマジふざけんな職業の神滅びろ、と冒険者カードを地面に叩きつけたのも記憶に新しい。
冒険者登録が無事(?)終わり、テーブルで茫然と冒険者カードを見つめる貴方。
どうしたものか。貴方は頭を抱える。ステータスはほぼ平均。そして器用貧乏でどの職にも及ぶことのない不遇職。どう考えても詰みであった。いっそ冒険者という身分が出来たので他で雇って貰える場所でも探すか?とも思った貴方であったが、ふと冒険者カードの一枠に目が行った。
それは固有スキルと書かれており、そう言えば受付から個人個人に持っている可能性やらなんやらと説明された事を貴方は思い出した。
固有スキル欄には『鋼の精神 lv1』と書かれていた。
効果は良く分からない。固有スキルは千差万別でそれこそ人の数程存在する。特定するのは難しいが、しかし、長年ダンジョンローグゲームをプレイしてきた貴方は、それが精神系のスキルで、恐らく精神干渉系の魔法、デバフ辺りへの抵抗力が高い、という物である事を理解できた。
しかし、鋼の精神か、成程。
これは使える、と貴方は思った。
貴方は、早速行動に移した。
冒険者ギルドでは、冒険者のみ公開しているスキル書の書物庫が存在する。
冒険初心者は、自分に見合ったスキルをそこから取得する事が出来る。
使用料は初心者用スキルで100G一律。安いと言えば安いが、生憎貴方は一文無し。ギルド職員に頼み込んで、後払いの約束で一つ使わせて貰った。
貴方が手に取ったのは『鑑定』スキル。
鑑定スキルは、司教という職業が最初から持つスキルの一つだ。迷宮や魔物を倒した後に出現する宝箱。その中には無数の価値のある武器・防具・道具が眠っている。しかし、その大抵が靄がかかったように朧げにしか見えず、どういった物なのか判別がつかないのだ。それを価値あるものとして看破するのがこの鑑定というスキルなのだ。
ただ欠点が一つ。
スキルの熟練度が低いと、恐慌状態に陥り、一定時間まともでいられなくなるという点。故に、スキルレベルが低い内は、簡単な物しか判別できない。
だからこそ、自分の固有スキルが光る。貴方はそう考えた。
鑑定を習得した貴方は、早速紙に手書きで『鑑定やってます。鑑定一品につき10G』と記載し、テーブル席についた。テーブル席の位置は、初心者冒険者パーティが屯しているエリアを選別した。
理由としては、
・司教は上級職であるし初心者パーティにつくような事は少ないだろうという考察
・いきなり鑑定不能な物を持ってこられても困るので、鑑定可能な物を持ってくる可能性の高い初心者の近くにいた方がいい。
・初心者の貧乏パーティでも出せる金額設定。
こんな所である。
そんなこんなで、最初にやってきたのは戦士職で固めたパーティ。
数は10品程。その全てが靄が掛かっており、黒ずんでいる。
実際、見ると不可解な現象だ。異世界にやってきたという現実を改めて感じる。貴方は早速、靄にかかったそれの鑑別にかかった。
※鑑別発動・・・・・失敗
一回目は失敗。そんなものだろう。回数をこなせば見えてくる筈。
貴方はめげず、鑑別を発動する。
※鑑別発動・・・・・成功 武器:ブロンズナイフ
良し、成功した。密かに喜びを感じた貴方は続けて鑑別を行っていく。
※鑑別発動・・・・・成功 道具:傷薬
※鑑別発動・・・・・失敗
※鑑別発動・・・・・成功 装備品:アンク
※鑑別発動・・・・・失敗
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・。
貴方はテーブルに置かれた雑貨を数える。鑑定数58品。売上580G。そこから鑑定スキルの書物の代金引いて480Gか。何とか今夜の食事代ぐらいは稼ぐ事は出来た。
鑑定スキルもlv1からlv3へ上がった。急激なレベルの上昇だが、それなりのリスクはあった。恐慌状態に何度も陥り、その度醜態を晒した貴方だったが、予想通り、固有スキル:鋼の精神は鑑定中に間違いなく発動した。
数時間前の事だ。
数組の冒険者パーティの鑑別が終わった所で、冒険初心者のテーブルに座っていたのにも関わらず、鑑定10Gの噂を聞きつけて来た中級冒険者達に囲まれた。当然、貴方は自分は全然初心者なので先達の冒険者の品々を鑑別できる程ではないと断ろうとしたが、「いいから、やれ」と。まるで元の世界における上司からのパワハラが如く結構無理やりに鑑別させられた。しかも一つの品につき10Gのままで。金にうるさく汚い冒険者とは言え、流石の貴方もむかっ腹が立った。しかし、彼らは自分に比べれば圧倒的な強者の位置にある。自分がどうこう言える訳もなく。
ファックと心の中で呪詛を撒き散らかしながら、黙々と鑑定していく。するとどうしても鑑定できない物があった。出た、スキルレベルが低いと鑑定確率が大幅に低い物だ。貴方は、中級冒険者の顔を見る。したり顔で見ている辺りきっと態となのだろう。早くやれよと促す彼らの顔はにやけ面だ。
死ねばいいのにと再び呪詛を撒き散らしながら、鑑定を繰り返す。
繰り返していくさなか、突如、激しい頭痛が起こった。視界が、世界が回っているようにも見える。天と地がひっくり返っているとでも言うのか。そうか、これが恐慌状態かと、貴方は激痛にさいなまれながら冷静に考える。
このままではテーブル席が自分の吐瀉物でヤバい事になると感じた貴方はつかさず固有スキルを発動した。
鋼の精神lv1 発動。
突如として舞い起こった嵐が、急に静けさを取り戻すかのように。
今まで荒れていた自分の視界が正常化した。
頭痛は続いているが、耐えられない程ではない。いきなり平静を取り戻した貴方を怪訝な目で見る先達を他所に、鑑定を続ける。またもや頭痛が起こる。スキル発動。正常化。鑑定を続ける。
その異様な光景に、中級冒険者達の中で動揺が広がる。
流石に良心が痛んだのか、一人が貴方を止めようと声をかける。
「お、おいもういいって。それ多分まだお前じゃ鑑定できない物だって」
しかし、彼らの声が聞こえないのか貴方は無言で続ける。
鑑定発動・・・・・失敗 恐慌状態 スキル発動 正常化
繰り返す。
鑑定発動・・・・・失敗
繰り返す。
鑑定発動・・・・・失敗 恐慌状態 スキル発動 正常化
繰り返す。
鑑定発動・・・・・失敗
繰り返す。
鑑定発動・・・・・失敗 恐慌状態 スキル発動 正常化
繰り返す。
鑑定発動・・・・・失敗
繰り返す。
「おい、こいつやべぇよ。無言で繰り返しているぞ」
「数えるだけでも恐慌状態10回以上なっている筈だけど・・・。」
「おい、止めた方が――」
鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化鑑定発動失敗鑑定発動失敗恐慌状態スキル発動正常化――
「う、うわあああああ!?」
「きゃあああああああ!?」
「分かった、俺達が悪かったよぉ。初心者の癖に稼いでいるのがムカついたから絡んだだけなんだ!!だから許してくれぇ!!」
こんな事があった。
中級冒険者達は未鑑定の物を半ば奪うように持ち去ってしまった。テーブルの上にいつの間か乗っていた鑑定料があるに金勘定はしっかりとしているらしい。
しかし、何を怯えていたのだろうか?自分はただ、鑑定に集中していただけなのに。
まぁいいと、貴方は先程の鑑定でスキルがどのくらい上がったのかと冒険者カードを見る。
カードには鑑定スキルlv3 鋼の精神はlv2と記載されていた。
レベルは問題なく上がっている。この調子でやっていこう。
◆
~現在~
こうして貴方は、それを繰り返し、稼いだ金を元にスキルを習得し、スキルを冒険者ギルドの教習所で練習を行い着々とスキルレベルを上げていき、何処に出しても恥ずかしくない立派な廃人と化したのである。今や、彼がどんな最安値で鑑定を商売にしても誰一人として近づく事がないくらいに。
それが冒頭に至るのである。
いくら何でも過剰に反応し過ぎである。こちとら不遇職だというのに何を怯える事があるのか。あまりにもあまりにもな反応をされ、内心穏やかじゃない感情を抱きつつもあるが、変に絡まれて、面倒ごとを起こされるよりかずっとマシだ。だからボッチの負け犬の遠吠えではない、決して。
さて、明日はどこへ荒し、もとい迷宮探索しに行ってやるかと考えていると、冒険者ギルドのウェスタンドアが勢い良く開けられた。何事かと見やると、そこには一人の冒険者然とした女が立っていた。まだ10代半ば程であろうか?あどけなさが残りつつもはつらつとした雰囲気を持つその黒髪の少女は、高らかに叫んだ。
「ここに私と同じ黒髪の狂った冒険者がいると聞いた!!どこにいるか存じ上げないだろうか!!」
その呼びかけに対し、二度目の静寂に包まれるギルド内。
そして、一斉に貴方の方に振り向く冒険者達。
おい、確かに自分はここらじゃ珍しい黒髪の異邦人やもしれない。しかし狂ったという言葉は見過ごせない。いくら聖人君子の心を持つ自分でもそのもの言いは勘弁ならぬ。その噂を流した奴は出てこい。と貴方は、周りを見やるが、皆一様にして目を逸らした。
その反応を見た、黒髪の少女は、人々を他所に貴方の元までかけていく。
「貴方がそうか。凶軍師殿」
何だ、その二つ名は。本当誰が流しやがった。貴方は激怒した。かの邪知暴虐の噂の元凶を滅ぼさねばと貴方は心に誓った。
それは兎も角として、この少女は何の用で自分に尋ねたのだろうか?とんと見当もつかない。
「貴方に頼みがある。私をどうか、弟子にして貰えないだろうか!!」
このギルド内に三度目の静寂。
そして、建物を揺らす程の驚愕・絶叫が響いた。
主人公:貴方
軍師という職業の不遇っぷりに激怒し、自分の固有スキルを利用するに利用してどの職業をも超越した物へと昇華した元一般人。現:逸般人。基本、他人へ害する行為や傷つける行為はしないが、攻撃してくる相手、自分の邪魔をする相手、理屈の通じない相手には例え女子供でも容赦しないスタンスを持つ。絶対属性DARK-Neutralだろ、こいつ。二つ名は色々付けられていて、それを聞く度に激怒している。絶対許早苗。趣味は迷宮探索という名の蹂躙。迷宮主にとっては災害そのもので、こいつが来る度に最上位警戒態勢で殺す気で防衛している。