すいません、許してください、何でもしますから!!
◆
その獣は、灰暗い水路で生を受けた。
生まれた時から何かを腹に詰めねば
数日と生きていけない身体故に、生物の死骸のみならず
水路の腐敗物、排泄物、果てには訳も分からない石でさえも齧った。
だが、全く持って足りなかった。
その獣は、いくら齧っても、腹が満たされなかったのだ。
食べたい、食べたい、食べたい。
獣は常に異常なまでの食欲と飢えに苛まれていた。
その結果、獣は飢餓の果てに自分の兄弟達に目をつけた。
そして、兄弟は愚か親まで殺し、その肉を残らず食らった。
食らった肉体からは、石のような物も混じっていたが、構わず食らった。
食らえば食らうだけその獣の身体はみるみる内に大きくなり、そして大きくなっただけ、また飢餓に苦しんだ。
それを延々と繰り返し、
獣は、水路のあらゆる物を食い荒らした。
本来であれば、その地下水路でのヒエラルキーの上位に
立つであろう多足の甲虫。
繁殖力ではその獣以上の油にまみれた蟲達。
多勢に無勢。ましてや獣でさえ食らう猛者共だ。
いくらその獣が大きくなろうとも、
ヒエラルキーとは自然において絶対の法則。
上位の生物に敵う訳もない。
そう敵う訳がないのだ。
だが、その獣は普通では無かった。
自分の欲するがままに、ただ食らうのが生きがいの如く
狂気的に全てを食らった。
蟲達にいくら肉体をその蟲達に噛み千切られようとも、
噛み千切られながらも、その蟲達を食らった。
毒を撒き散らかされようとも。
身体を体液で溶かされ掛けようとも。
その獣はただ貪欲に食らい続けた。
その蟲達の身体の中の石ごと食らい尽くした。
時には、地下に入り込んできた人間をも食らった。
そしてそれらを食らい尽くした頃。
その獣は、その水路のヒエラルキーの頂点に君臨し、
その獣は、全てのその水路に蔓延る獣の、鼠達の王となった。
◆
鼠の王は、怒り狂っていた。
彼は、その狂気的なまでの食欲によって地下水路上層を制圧した。
そのおかげで、今や上層は鼠達の楽園になりつつある。
次は憎たらしい、あのぶよぶよとした肉体を持つ奴らがいる下層の制圧のみだ。
戦力も揃いつつある。楽園の駒を使い、疲弊したところを
食らう。そうすれば王たる自分は、高みへと到達する。
今までの経験から、そう理解してた。
だと言うのに、地下に入り込んできたそれらは、
自分たちの楽園を潰しにかかっていた。
人間。
水路に、あらゆる汚物を吐き出す生物。
この水路の上、地上に住む生物を指す言葉だ。
この生物が、悉く自分の駒であり非常食の鼠を駆逐していっている。
時折、この水路に沸く他の生物を駆逐してくる人間の事は
生まれて僅か数か月の鼠の王も知っていた。
確か、冒険者と言ったか。
奴らは、切れ味のある鉄の棒で我ら鼠を殺し、
その肉片をそこらの排泄物のように撒き散らす。
しかも殺した物は全て燃やし尽くしていく。
自分の糧に出来ない程、焦げ屑にしていく人間に、
苛立ちと憎しみを覚えていたが、大した数でもなく、
すぐに繁殖出来る事、下層へ攻め入る準備が
あったため放っておく事にしていた。
しかし、今は明確な殺意を持っていた。
今日になり、冒険者の人間が入ってから、
楽園に住む鼠の数が劇的に減ってきているからだ。
自分の駒の鼠の報告では、
既に駒の3分の1はその冒険者にやられているらしい。
王は、額に青筋をいくつも立て、そしてその報告しに来た
鼠の頭を踏み砕いた。
冒険者の足止めも出来ず、のこのこ報告にだけ
帰って来るとは、何とも情けのない駒だ。
殺した自分の駒を食らいながら、その僅かな知性を働かせる。
通常の数十の駒の損失が、今や数千の駒の損失。
明らかな異常である事は、鼠の王には分かっていた。
王の目標は下層への侵出・支配。
それには、圧倒的な駒による兵力が必要不可欠である。
つまり、これ以上の損失は看過出来ない問題であった。
おのれ、人間。悉く俺の邪魔をするか!!
怨嗟と憤怒の感情が鼠の王の脳内を支配する。
下層を支配した後、地上の人間を蹂躙し、
食らい尽くすつもりであったが、予定は変更だ。
鼠の王は、その冒険者達を排除し、
煩わしい人間を先に食らい尽くす事を
優先にした。
王は、その薄汚れた口元を歪ませる。
そう言えば、人間は、蟲とは違い、傷を付ければいい声で鳴く。
悲鳴、と言うのだろうか?
前に食らった事のある冒険者らしき人間は、
齧られながら、自分達に食うのを止めるよう懇願して来た。
食べるのを止める訳もないのにだ。
止めなければ、痛みに悶え、泣き喚く。
泣き喚いて助けを求める。
泣きついても助ける相手がいないのにだ。
ついさっきまで、自分を倒すと息巻いていた奴がだ。
実に滑稽、実に無様だと王は嗤う。
特に人間の雌はいい。
肉は柔らかいし、臭みもない。
そして甲高いあの悲鳴は実に、食事のいいアクセントになる。
今日入り込んできた冒険者の中には女もいると聞いた。
故に、貪る時が実に楽しみだ。
美食屋気取りの汚物に塗れたその鼠の王は、
悍ましい恍惚とした表情を浮かべた。
そして、鼠の王は周りの駒達に号令を掛ける。
人間狩りの時間だ、と。
号令の元、鼠の王は一国の軍隊の如く行軍を開始させた。
後に、鼠達はこの行動を酷く後悔する事となるが、
それをこの時の、王を含む鼠達が知る由もないのである。
時間は、もう遡れないのだ。
◆
獣の王の軍勢に遮る者はない。
全てを食らい尽くし、今や蟲達は姿を顰めてしまっているが故。
その鼠達の猛進は留まる事を知らない。
冒険者達は水路をただただ彷徨っているだろうが、
鼠達にはその位置が手に取るように分かっていた。
何故か。
それは臭いだ。
この異臭漂う水路の中でも、得物の臭いを嗅ぎ分けられる
嗅覚こそが彼らの追跡力の理由だ。
ましてや、殺された際に飛び散る血の臭いであれば、
嫌でも鼻に突く。
それを追うのは、容易な事であった。
猛進する軍勢が曲がり角を曲がると、
丁度、人間の冒険者が鼠に止めを刺している所であった。
それも容姿と臭いからして雌の人間である事にすぐに
王は気づいた。
「―――!?」
いきなりの王の軍勢に酷く驚いた様子の冒険者。
それもその筈。
鼠の王の身体は、2~3mと通常の
大きさの比ではない。
身体中は、歴戦の傷跡に、発達した筋肉。
体毛は所々剥げ、
禿げ上がった肌には吹き出物のような物が
所々表出しており、
口からは、淡黄色の粘液と腐臭を常に垂れ流している。
正に醜悪と評するのに相応しい姿であった。
そうでなくとも、数千にも及ぶ鼠の軍勢が、
前後控えているのだ。
普通の人間であれば、驚愕して然るべきだろう。
女冒険者は、小さく悲鳴を上げ、後ずさりし、逃げ出した。
そんな女冒険者をニタリと笑みを浮かべながら。
王は、水路を揺るがす鳴き声で叫んだ。
奴を捕まえろ!そして俺の前へ献上しろ!!
一斉に駆け出す軍勢。
その後ろから鼠の王は悠々と足を進める。
女冒険者は必死に走る。
捕まりたくないと、死にたくないと。
足を縺れさせながら。
生にしがみつこうと躍起になっているのが、
王には分かっていた。
愉悦。
その姿を王は楽しんでいた。
さながら、狩りで獲物を追い詰める遊びをしている
貴族のように。
そして、最期にはいたぶりながら腹に収めるのを楽しみに
しながら。
そして彼は熟知している。
あの人間の雌の向かっている先にあるのは、大部屋のような空間が
あるだけの行き止まりである事を。
さぁ、終わりだ。
久しぶりの人間の雌の肉だ。
どう甚振り尽くして、楽しんで、食い殺してやろうか。
そんな下卑た思いを胸に、大部屋へ飛び込んだ。
瞬間、彼の身体は浮かんだ。
謎の浮遊感に、王は最初は訳が分からなかった。
数秒して、彼は気づいたのだ。
自分の身体が、落下している事に。
数メートル程落下するも、
先に下に落ちていた駒をクッションにして
事無くを得た鼠の王。
彼はこの上なく混乱に陥っていた。
ここは間違いなくただの行き止まりだった筈だ。
こんな穴が出来る程、床が脆かった訳でも無い。
一体、どうなっているというのだ。
そもそも、あの追いかけていた人間の雌の姿は
何処に行った?
追いかけていた人間の雌はここに入って行った筈。
なのに、何故いないのだ。
いや、兎も角、ここから出ねば。
鼠の王は、犇めき合う鼠を踏みつぶしながら壁へと
足を掛けるが、滑って引っかからない。
べたつく、その黒い液体が壁一面を覆っていた。
何故だ。このような壁であれば、自分であれば
すぐに登れるはずだ。なのに、何故上がれぬ。
忌々しく壁を叩き、喚く鼠の王。
そして、鼠の王は上を見上げると、
そこには自分を見下ろす冒険者の二人組がいた。
一人は、さっきの女冒険者。
もう一人も、女の冒険者だった。
おかしい。
駒共の報告では、雌は一人だった。
片割れは雄だった筈だ。
なのに、何故2人いる?
益々分からなくなり、僅かな知性しかない
鼠の王の脳は既にパンクしそうになっていた。
そんな、王を他所に、一人の女冒険者は手に炎を発生させた。
王はそれを見たことがあった。
確か、魔法と言ったか。
人間、それも冒険者が使うような攻撃手段の一つだ。
女冒険者の使用している炎は、
以前捕まえて捕食した冒険者の炎と
同じ系統であるが、それよりも小さい。
それに気づいた鼠の王は、安堵したか、下卑た笑みを浮かべる。
ここから俺を狙い撃ちする気か。
だが、生憎それで死ぬような奴は、駒しかいない。
そもそも、その攻撃程度で、自分の身体に傷をつけられる訳がない。
食われる分際の人間め。
見ていろ。今にここから脱出したら、食い殺してやる。
鼠の王はそう、嘲笑するが。
女冒険者が、その炎を鼠達犇めく地面に投げつけた途端。
勢いよく燃え盛った。
「ギィィィィィィぃィぃっ!!!!!???」
思わず叫び声を上げる鼠の王。
急に燃え盛る炎に身を焼かれ、その熱に苦痛の叫びを上げる。
何故だ!?
何故、ただの小さな炎が地面に弾けた瞬間ここまで燃え上がるのだ!?
訳が分からない、解せない。
単に頭が足りていないのもあるが、炎で身を焼かれている
鼠の王にはそれしか頭の中に浮かばない。
次々に、息絶えていく鼠の王の軍勢。
生き残っていたのは、なまじ身体が大きくなり、
強靭な肉体を持った王のみとなっていた。
苦しい、苦しい、熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い苦しい助けて息が出来ないここから出せ早くああああああああああああああああああああああああ――――
苦し紛れに壁に激突するが、壁は強固であり崩れる様子はない。
それでも壁を足で叩き続ける。
壁に牙をたてる。
何とかして壁を壊して逃げ道を作ろうとしていた。
しかし、その強固な壁には傷一つ付かなかった。
どうしてだ。何を俺は失敗したのだ。
分からない、解、せ・・・ぬ・・・・・。
炎が燃え盛って数十分。
肉体が焼け、苦しむに苦しみ抜き、
最早、身体を動かす事も敵わなくなった鼠の王は、
無念を脳内に浮かべながら、
その燃え盛る炎の中で、その命の灯を消したのだった。
◆
鼠の軍勢が部屋の下にて燃え盛り、
息絶える姿を貴方は『燃えろよ燃えろ』を歌いながら見下ろしていた。
如何にも楽しそうに歌っている師匠の隣にいるレイナは
淀んだ目でそれを見ている。
『いや、やったのは私なんだけどさぁ・・・。蔑む資格はないんだけどさぁ』と。
そんな彼女の肩に、貴方はポンと手を乗せる。
何が大丈夫なものか、
水路に入ってから短時間で色んな物失ったレイナは
貴方に色んな事を突っ込みたかった。
しかし、それらをひとまず置いておいて
彼女がまず突っ込みたかったのは、
「何で師匠殿は女の姿になっているんだ。」
性別を間違えるのではないかと思う程、見事な女装をした貴方の姿だった。
見事な物だろう?と貴方は見せびらかすように自分の姿を誇る。
白髪のロングにレザーアーマーとホットパンツ姿の
美少女姿の貴方はくるりと回って、レイナにウィンクした。
そんな貴方に、レイナはげんなりした。
これは、相手を欺くために習得した変装のスキルで、
レベルを上げれば、上げる程、その変装した性別に近い擬態をする事が可能となる。
つまり、今の貴方は限りなく女性に近い男性、という事である。
この姿を見た男共が、貴方に愛を告白し、正体を明かして膝から崩れ、彼らにトラウマを植え付けたのは記憶に新しい。
鼠の王が、貴方を最後まで女であると勘違いしたのも
それが理由である。
この世界の獣は、生物上の雌を獲物として狙う習性がある。
何故、雌を狙うのか、その理由は生物によって異なるが。
兎も角、その習性を利用させてもらって、奴らを罠にかけた。
まず貴方は、あらかじめ、行き止まりの部屋に
土魔法の
更に、
ちょっとやそっとで壊れないように仕組んだ。
そして、その壁と落とし穴の底に、超可燃性の油を振りかけたのだ。
黒水油。この世界ではそう呼ばれているが、
貴方の世界では、石油と呼ばれる液体である。
とある地域から、無限に湧きだす石油の泉から、何かに使えるかもと
大量の容器に入れ、袋に保存していたのである。
その石油を満遍なく振りかけた所で、直前まで臭いに
気付かれないように、消臭の魔法を一帯に掛ければ罠の完成だ。
後は、自分が囮になって、鼠を引き付けるだけの簡単なお仕事。
部屋に連れ込んで、鼠達を部屋の
押し込めて、レイナの魔法で火葬すれば、一網打尽という寸法である。
所謂、ゲームでいう養殖みたいなやり方であるが、存外に上手く行った。
レイナのLvも上がり、冒険者カードにはLv24と表記されていた。
良かったね、レイナちゃん。Lvが増えるよ!!
ニッコリと笑う貴方に、ただただ乾いた笑いを浮かべるしかないレイナ。
最早、突っ込む元気は無かった。
水路を大量に犇めいていた鼠。そしてその王の討伐。
一見すれば、いずれ害となっていたであろう魔物達だ。
だが、鼠と言えども、生物には違いない訳で、それらを大量虐殺した
レイナの気分は、水路の溝の如く淀んでいた。
というか、いい事をしたという気分にならなかった。
当たり前だけどね!!
Lvは上がったが、同時に、師匠のせいで自分の
・
討伐推奨Lv50〜
水路のあらゆる不浄物や生物を食い荒らして、成長した鼠が群れの王となった物。体内に蓄積された毒素は、あらゆる生物を瀕死に追い込むほど強力で、高レベルの浄化魔法でなければ治癒しない。
その上、軍勢を率いて攻撃してくるため、物量に負けて殺されるケースあり。普通に手強い相手だが、今回、貴方によって群れごとキャンプファイアーされて息絶えた。
・貴方
女装とキャンプファイアー出来て楽しかったと貴方談。鼠の王とその軍勢を纏めて討伐した時、ある種ぷよぷ〇の十四連鎖以上の達成感があったと言う。
・レイナ・ホシザキ
Lvが上がる代わりに、彼女はまた一つ失い、
・
地面を文字通り盛り上げたり、下に凹ませたり出来る土魔法。
大抵は、落とし穴や敵の攻撃をかわすために使われる。
・
壁の強度を上げる魔法。高レベルな魔法使いだと、ただの土壁を、大砲を何十発受けても傷一つ付かない物へと変貌させる事が出来るらしい。
・変装スキル
名の通り、変装するためのスキル。ただの遊びが極めるまでに至ってしまった。そのおかげか、貴方の名指しの潜入任務が舞い込む事があるらしい。