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鼠王を討伐した翌日。
貴方は、ギルドから鼠王討伐の報酬と
一週間の休暇を貰い、何する訳でも無く
街中を歩いていた。
まさか、ギルド側から休みを貰うとは。
て言うか、冒険者にギルドへの出勤義務とか
無かった筈だが・・・。これ如何に?
まぁ、貰ったものは有り難く貰っておくとしよう。
喧騒としたギルド内で依頼を見つめるのも良いが、
たまにはこう言った日もいい。
そんな感じで貴方は街中をぶらりと行く。
貴方が、街中を歩いていると、
ふと、冒険者が慌ただしく、地下水路の入り口方面へ
入っていく姿が目に入った。
一般人に水路へ近づかないよう呼び掛けている者までいる。
どうやら件の鼠王の出た現場調査に駆り出されたらしい。
低級の魔物の巣窟である水路上層に、鼠の王のような
大物が出たのだ。
それに該当するような大物がまだ潜んでいないかを
調べるのも当然と言える。
(実を言うと、一週間の休暇は貴方が、
地下水路の捜査で原因証拠ごと吹き飛ばす
可能性を見越したギルド上層部が貴方に
鼠王討伐の褒美の休暇と見せかけて体の
いい厄介ばらいをした事を貴方は知る由もない。)
駆けまわっていた他の冒険者から聞いた話だと、
現場以外の下層部にも調査に入るとの事だった。
ギルド側としては、街の中の安全のために
水路を徹底的に洗うつもりらしい。
下層は、稀に
スライムと聞くと、おなじみの国民RPG的な
雑魚キャラを思い出すであろうが、
奴らはそんな優しい物ではない。
本来の奴らは生物であれば何でも取り込み、
自身の糧にする粘液生物だ。
奴らは、天井や、石壁の隙間に隠れ、貪食に獲物を食らう。
奇襲された生物は、瞬く間に
取り込まれ、強酸性の体液で溶かしてしまうという
恐ろしい相手だ。
貴方も、まだ冒険者三年目の時に背後を取られ
危うく死にかけた嫌な思い出がある。
奴らは、物理が利かず、魔術も生半可な物は通じない。
直接弱点の核を突くしか倒す方法はない。
実にやりづらい相手だ。
そうじゃなくても、上層とは比べ物にならない程
巨大な百足である
物凄い速さで、下層を縦横無尽に駆け、翻弄し、
ピンチであれば奇声を上げて仲間を数十単位で呼ぶ
干からびる寸前まで生物を吸血する
上層と下層、危険度は比べるまでもない。
・・・まぁ、見るからに駆り出されている
彼らは上級冒険者を名乗る歴戦の冒険者ばかりだ。
Lvも高ければスキルも高く、実践経験も豊富だ。
易々と背後を取られたり、殺されたりはしないだろう。
彼らは引き際も弁えている。
危険な下層と言えども、彼らがしくじる可能性は低い。
同じ冒険者として、調査に参加しないのも
気が引けるが、そんな事を言っていては、
いつまでも休みなど取れた物ではない。
ここは、彼らに任せて、今日は休みを満喫するとしよう。
そういえば、最近東地区に新しい食事処が出来た筈だ。
ギルド職員も最近多忙で疲れている事だろう。
いい店であれば今度自分の驕りで、労をねぎらうとしよう。
彼女にも、適度なガス抜きは必要だ。
此間のような事にならぬようにするためにも。
そう決めた貴方は、東区へその店のリサーチに向かうのであった。
◆
クランの街 東区
商業地区である東区は、
冒険者ご用達の武器・防具、道具屋。
鍛冶場、宿泊施設、露店、食事処が立ち並ぶ。
当然、この地区の冒険者人口は多いし、
この街の住民達も頻繁に行き交う場所である。
この街では、間違いなく一番に人通りの多い地区と言えよう。
そんな東地区の一画に出来た新しい店へ入る貴方。
店内は海外の国を感じさせるインテリアが
幾つか置かれており、しかし派手過ぎない内装で、
静かで落ち着いた雰囲気であった。
漂う香りからして、西方に伝わる香辛料を使った料理を
出している事が分かる。
正に、交易の中心地であり、海外の物が常に入り混じる
クランの街らしい店と言えよう。
これは当たりだ、良い店に入ったと。
貴方は、昨日の水路の臭気の記憶を
上書きするにもちょうど良い、
正に最適な店であると思った。
早速、貴方は店員に席に案内して貰おうとする。
しかし、店内は既にテーブル席は満席であり、
カウンター席しか空いていないという。
いい雰囲気の店だし、
新しい店という事で物珍しさで
来ている客層もいるのだろう。
それは仕方のないことだし、
元々自分も友人と来るためにリサーチ目的で
来たような物なので貴方はそれで構わないと
店員に返した。
カウンター席に座り、メニューを見る貴方。
カウンターからは、厨房が一望でき、
カレーに似た料理や、スパイスで炒めた米料理を
作っているのが見えた。
どれも旨そうだが、外れがないとも言い切れないし、
この世界では精巧な写真は無く挿絵しかないので
メニューだけじゃどう言った料理が出来るのかが
良く分からない。
ここは、隣の客が頼んでいるものを見て、
判断する事にしよう。
そう貴方が隣を見ると、ずっとメニュー表を開いたまま
佇んでいる少女がいる事に気付いた。
自分と同じで他の客が頼んでいる料理を
様子見しているのかと貴方は思ったが、
どうも違うらしい。
ふと、貴方が横目で少女の顔に視線を向ける。
そこには、貴方が良く知る顔。
不肖の弟子レイナが沈んだ表情で座っていた。
流石の貴方も、うぉっと声を上げそうになった。
それに気づいたレイナは、貴方に顔を向ける。
「あぁ、何だ。師匠殿か・・・。おはよう」
寝ぼけたような顔をしながら、
寝ぼけた朝の挨拶をするレイナ。
おはよう、ってもう昼時なのだが。
「ははは、ちょっと昨日から眠れなくてな。
でも流石に起きてご飯食べなきゃって・・・。
気づいたら昼時だったんだ。」
レイナの目の下には隈が出来ている。
もしかしてだが、昨日の鼠の虐殺で眠れなくなって
しまったのだろうか?
鼠とは言え、生物だし。
ショックも大きかったのだろうか。
もし、そうならば以前錬金で作った
ぐっすり良く眠れる薬があるが。
それとなく貴方はレイナに聞いてみた。
「あぁ、いや。生物云々はそれはもう
あのアンデッドの迷宮で慣れた。
案外、鼠もそこまでショックは残らなかった。
可愛い鼠ならまだしも、溝鼠だし。
臭かったし。」
あっさり否定するレイナ。
意図してそうなるよう仕向けているが、
段々、自分やこの異世界に毒されているなぁと
貴方は感慨深くなった。
だが、しかし、ならば何をそんなに思い悩んでいるのか。
「それを貴方が言うのか?」
恨み気に貴方を見るレイナ。
「そうだよなー、昨日の報酬で一気に
金持ちになった私の気持ちなんて師匠殿には
分からないよなー。
まぁ、師匠殿にとってははした金かもしれない
けどもさー。」
あぁ、そういう事かと貴方は納得した。
時は鼠王討伐に遡る。
貴方とレイナは鼠王討伐の報酬として
百五十万Gの報酬を受け取った。
これはこの世界における一般家庭の年収に
相当する額である。
大物とは言え、何故鼠王にここまでの報酬が出たか。
それは、鼠王の体内から高純度の魔石が
発見されたからである。
魔石。それは元の世界における
化石燃料でもあり、電力でもある。
魔石は名の通り、魔力が微量に含まれている石で、
主に鉱山で取れるが、たまに魔物の内部に
精製されている事もある。
魔力は、この世界において常識であり、
生活に身近な存在だ。
故に、魔力を用いた生活必需品が多い。
例えば、この店の光源や台所の火も、
全て魔石が使用されている。
無くなれば、魔石を補充して使用する。
街の街灯も、暖房も、生活排水も、全て魔石ありきで
成り立っているのだ。
そんな魔石が、高純度となれば魔石は
高級な武器や防具、道具作成に用いられる。
勿論、その値段は普通の魔石の値段の
数万倍に跳ね上がるのだ。
それが鼠王の体内から見つかった。
大きさ、純度に申し分なく、
ギルドの査定の結果、
直径三十㎝大の翡翠色に輝くその
巨大な魔石に百万Gの値が付いた。
よって鼠王討伐に五十万G。
鼠の王の魔石買取による百万G。
しめて百五十万Gの報酬に至った訳である。
そして貴方は、鼠王を倒したのはレイナだとして、
3分の2の報酬を彼女に押し付けた。
つまり彼女は冒険初心者にして百万Gを所持する
小金持ちになってしまったのである。
彼女の寝不足の原因は、つまりそれなのだろう。
「冒険者と言えども、数か月前までは普通に
学生をやっていた身分だぞ。そんな私が
こんな大金どう扱えばいいか分らんし。
この世界に銀行なんて物ないし。
何か、こう周りの自分を見る目が変わって
見えるというか。私の金を狙っているというか。
世紀末に見えると言うか。」
成程、と貴方は思う。
確かに、定住先を持っている訳でも無い、
宿屋泊りの冒険初心者が纏まった金を
持っているのは少々危険だ。
彼女の実力はまだまだ発展途上も発展途上。
複数で狙われたら、それこそ身ぐるみを
剥がされるのは必須だ。
袋を持っていれば、纏まった金額は
隠せておけるが、鼠王を倒した冒険者の話は
既に街全体に広まりつつある。
当然、顔も割れているか。
これは盲点だ。
一本取られた気分だ。
「いや、盲点も何も普通に考えれば
分かる事だと思うのだが。そんなんで師匠殿は
良く初心者の時分に身を守る事が出来たな?」
いや、自分の場合、
そんなに絡まれる事は無かったが。
一応、宿屋の部屋に罠を仕掛けておいて
一度間抜けな盗人が引っかかった事があったが、
それ以降何も無かったと貴方が返すと、
レイナは妙に納得した面持ちで頷いていた。
どう言った意味で頷いているか分かりかねるが、
誠遺憾の意である。
それはさておき、貴方は、レイナに何か買いたい物は
ないのかと聞いてみる。
こうなれば、良からぬものに襲われる前に消費した方が
身のためである。
「買いたい物、って言ってもな。ある程度の冒険・探索用
必需品とかは買ったりしたが、高級な武器・防具を
買える程の金額でもないし・・・。特にないんだよなぁ。」
レイナの言う高級な武器・防具は百万G以上がデフォルトだ。
小金持ちになった所で買える筈も無い。
高級な物は買えず、しかし手持ちにして取っておくのも不安がある。
ふむ、ならばと貴方はレイナに提案した。
いっその事金を喜捨してしまえばどうかと。
「喜捨?」
そう首を傾げるレイナに貴方は言った。
お布施しに行くぞ、と。
◆
クランの街 東地区 叡智と繁栄の神の教会
食事を終えた貴方達は、東地区の奥に
ひっそりと佇む教会に足を運んでいた。
内部は、意外な程質素で、信者が
座る椅子や燭台などの調度品こそ古びてはいるものの
しっかりと清掃が行き届いており、清潔感のある
内装となっている。
そんな内装をステンド硝子から差し込む陽光に
よって照らすその様子はある種何処か神聖な空気を
醸し出している。
そんな教会に入った貴方達を出迎えたのは、
貴方と馴染みのある妙齢の白髪のシスターであった。
「ようこそ、叡智と繁栄の女神ソピアスの教会へ。
軍師の方。お待ちしておりました。」
妙齢のシスター。シスター・ハリアスに
導かれるままに貴方とレイナは奥へと足を進める。
シスター・ハリアスは貴方が冒険者二年目の時
以来の付き合いで、凡そ五年程の付き合いとなる。
五年間、貴方はお布施に通いつめているため、
信者としての面識だけでなく、茶を一緒に嗜むぐらいの
友人となっている。
そんな事を、レイナに説明していると
ふと、貴方は彼女の邪な視線に気が付いた。
「ふーん。ギルド職員という女性がいるにも関わらず、
他の女性にも手を掛けているとか。隅に置けないなぁ。
師匠殿も。コノコノ――あだだだだだだだだ!!?
頭が割れるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!?」
不躾な推測をする不肖な弟子には肉体言語で
説教が必要らしい。
貴方は、レイナの顔面を掴み、アイアンクローを炸裂させる。
冒険者生活で底上げされた貴方の腕力は、それこそ人知を超える。
人種の何倍もの腕力を持つ
太刀打ちできない程に強力だ。
レイナはその顔にめり込む指の痛みに悶絶する。
「あらあら、大変。軍師さん。女の子に乱暴しちゃ駄目ですよう?」
飽くまで穏やかに制するハリアスに、
貴方は不肖の弟子を律するのも師の務めであると返した。
「あらあら、軍師さんに弟子ですか?
・・・・あの一匹狼ちゃんだった軍師さんが?」
そう言えば、軍師さんが人を連れてくるのも
珍しいと糸目の目を開眼しぱちくりさせる
シスター・ハリアス。
ただの成り行きでそうなってしまっただけだと、
ふと笑ってハリアスにそう返す。
貴方は、ぞんざいにレイナを地面に転がすと、
ハリアスに今回の来訪の目的を告げた。
レイナが我が女神へのお布施を行うと。
「あら、そうでしたか。では今回祈祷するのは
貴方の御弟子さんの方だったのですね・・・。
新たな信奉者が増える事は、私達神職者にとって
とても喜ばしい事です。
では、こちらの祭壇へ。」
そう促されるがままに、貴方は未だ痛みに
悶え転がるレイナの後ろの襟元を掴んで、
引き摺って行くのであった。
・叡智と繁栄の女神ソピアス
名前が漸く決まった女神一号。由来はギリシャの神、ソピアー神から。他の神々も適当に決めていく予定です。
・レイナ・ホシザキ
金銭管理の感覚が学生レベルなので、百万という大金を持つプレッシャーに寝不足気味となった。だが貴方は言う。金は投げ捨てる物と。
・貴方
鼠王を倒し、ギルドに貢献したが、ギルドにはぶられた。
金は喜捨する物と豪語する。生活に必要最低限以外は貯金するか金を捧げている模様。それか投擲で相手へ投げる。金は比重が重いし、武器になるじゃろとは貴方談。文字通り、金は投げ捨てる物である。
・シスター・ハリアス
女神ソピアスの教会を一人で切り盛りするシスター。実は位の高い神職者だったりする。貴方の異世界での知人の一人。たまに茶を一緒に飲む仲である。