彼はペンを取ったが、何を書けばいいのか?
いざ、この時を迎えると頭に描いていたモノローグさえもが雲散霧消していた。
そもそも、日記を書くというのはまったくの自殺行為ではないか?
愚かの極みだった。それで転生者だと発覚してもおかしくはない。
彼女たちがこっそり家に入って日記を盗み見ることがない保証はない。
昨日、少し五十鈴れんという少女と話した。
彼女は隣のクラスの女の子で、内気な性格だ。
そして、魔法少女である。
もはや取り返しのつかない愚行だ。
日記にれんが魔法少女であることを書く必要はなかったではないか。
彼女とは友人である。逆に危険なのは誰とも関係がないということだ。
実際、昨夜に千里眼で確認してみたことがある。
たいてい、捕まってしまったのは原作介入しまいと無関係を貫こうとした輩だった。
あくまで捕まったのを見ただけだ。『蒸発』の始まりを見ただけ。
夜中に突然、顔に光を当てられ、そのまま口を押えられ、連れ去られる・・・。
その後のことは、恐ろしくて見るのも考えなかった。
彼女は普通に優しい女の子だ。とてもじゃないが・・・
彼は筆を止めた。いったい、何を垂れ流そうとしていたのだろうか?
こんなことをするために、危険を冒してまで夏目書房で日記帳を買い求めたのか?
夏目書房といえば、炭須の心優しき友人であった星夢は夏目かこの幼馴染であった。
実際、転生者がどうのこうのという事実を抜きにしても二人はお似合いだった。
星夢、彼がもし『蒸発』していなければ偉大な絵本作家になっていただろうに。
彼は絵本を書くのが好きだったから。炭須も彼の書いた絵本を読むのが好きだった。
こんな殺伐とした神浜市にも愛というものが存在できるのだと信じることができた。
しかし、そんな彼でさえも『蒸発』してしまったのだ。
千里眼で神浜市中を探し回ったが、ついぞ彼の姿を目撃することはできなかった。
彼を蒸発させたのはかこなのだろうか?あの優しいかこが?
いや、彼女は既に昔の面影を捨て去っていた。千里眼で転生者の会話を聞いたことがある。
彼らによると、原作(並行世界の)では二木市の魔法少女を容赦なく攻撃していたとか。
そうなってしまった彼女だったからこそ、星夢を『蒸発』させたのか?
もう、わからない。炭須には何もわからなかった。
そう物思いに耽っている間に、自動反射行動的に彼は日記を書いていた。
それは力強く、整った文字だった。
魔法少女をやっつけろ
魔法少女をやっつけろ
魔法少女をやっつけろ
魔法少女をやっつけろ
魔法少女をやっつけろ
魔法少女をやっつけろ
あっという間に、頁の半分が埋まってしまった。
あまりもの恐ろしさから、彼はそれを破り捨てたくなる衝動にかられた。
しかし、それはもう無駄なことだ。
自分がこの通り書き散らしたようなことは、心の中で既に思っていたこと。
つまり、心を読める魔法少女にはとっくに知られているに違いない。
炭須は前世で読んだディストピア小説の一節を日記に記した。
〈思考犯罪〉は死を伴わない。〈思考犯罪〉が即ち死なのだ。
その小説の名前は忘れた。
しかし、その小説の主人公と炭須の置かれた立場が似たようなものだというのは知っていた。
こんなことをしても、魔法少女に『蒸発』させられるしかないということも知っていた。
彼は日記帳を引き出しにしまって、勉強を再開した。
明日はまた学校がある。そのための予習はしなくてはならない。
死が近づいているというのに、日常の些細なことも片付けなくてはならないのだ。