昼休み、炭須は廊下をぶらぶらと歩いていた。
特に目的はなかった。ただ、教室にいたくなかっただけだ。
空はどんよりとしていた。まるで神浜市を映しているかのようだ。
この荒んだ世界は星夢にとっては地獄だったのだろう。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
だから、ああやって壮大な何かになることを望んだ。
結局のところ、それは叶わなかったようだが。
人影が向こうから近づいていた。五十鈴れんだった。
彼女は何もないところでつまずいてしまった。
「・・・大丈夫か」
炭須は右手を彼女の方に差し出し、助け起こした。
「だ、大丈夫です・・・ありがとうございます・・・」
そう言うと、れんはさっさと去っていった。何もなかったかのような足取りだった。
だが、助け起こされたほんの一瞬に彼女は何かを彼の手に滑りこませたのだ。
彼はそれをポケットに移し、指先で触ってみた。四角に畳んだ紙切れだった。
屋上に行ってそれを確認しようと思った。しかし、それは愚行だ。
学校で一人になれそうな場所ほど監視下に置かれているかもしれないのだ。
授業中?いや、それも危ない。学校に何人魔法少女がいると思っているのだ?
事実、同級生に美凪ささらがいる。しかも、隣の席だ。
(・・・掃除の時間だな)
ゴミ捨ては彼の当番だ。もう一人は隋だ。警戒する必要はない。
警戒する必要がないのだ!モブというのは何も知らないのだから!
だからこそ、炭須は彼らを信頼し、尊敬していた。
授業は少しだけ苦痛だった。どうしても紙切れを見たいという欲求にかられた。
しかし、それを何とか乗り越えて、ついに掃除の時間。
手順は簡単。紙切れをポケットから取り出し、一瞬だけ確認する。
ゴミ箱を左手で持って、右手からこっそりと紙切れを取り出す。
いったい、何が書かれているのか?
脅迫?自殺勧告?それらが書かれていても不思議ではない。
なぜなら、れんは魔法少女なのだから。
いや、ひょっとすると魔法少女の間でも意見の衝突が起きているのかもしれない。
そう考えれば、これは勧誘と考えてもいいかもしれない。
神浜市では魔法少女の内ゲバがあったのだから。
歩きながら、紙切れを平らに伸ばしてみる。
あなたが好きです。
「ど、どうしたんだな?」
「・・・いや、なんでもない」
紙切れを気づかれないようにさっとゴミ箱に放り込んだ。
数秒間、あまりのことに唖然として立ち止ってしまっていた。
掃除が終わった後、彼は急いで家に帰った。そして、ベッドに横になった。
わけがわからなかった。あの淫獣と同じような状態になってしまった。
気がつくと、すっかり深夜になっていた。
炭須は自分の気持ちに整理をつけようとした。
まず、彼にとって魔法少女は一種憎悪の対象だった。
彼女たちの所為で、大事な友人を失い、自分の命も危機に晒されている。
しかし、今日、その魔法少女の一人から求愛のメッセージを受け取ってしまった。
確かに、れんは優しい少女だ。しかし、同時に魔法少女でもある。
だからこそ、複雑だった。彼女は憎悪の対象だったはずなのに。
いつの間にか彼は千里眼で彼女の姿を探していた。
あっという間に見つけることができた。
彼女は他の仲間たちと共に、二木市の魔法少女と対峙していた。
その中に、夏目かこがいるのは言うまでもない。
現在、神浜市の魔法少女は環いろはを中心とした神浜マギアユニオンによって統制されている。
彼女は神浜市に訪れると、圧倒的な力で神浜の魔法少女たちをねじ伏せたのだ。
そして、妹のういを魔女にしてまでドッペルシステムを創り上げた。
これらは全部、千里眼でちまちまと集めた情報だ。
おそらく、日向を『蒸発』させたのもいろはに違いない。
日向というのは炭須の把握していたもう一人の転生者のことだ。
可哀想に、彼はいろはの隣の席だったのだ。
神浜市の魔法少女と二木市の魔法少女が対立するのは炭須の世界のマギレコでも変わらなかった。
しかし、実態はある意味で逆転しているのだ。
しかも、原作キャラの数は変わっていない。つまり、二木市の方が不利だということ。
(・・・様子がおかしいな?)
彼女たちはどうやら一人の男を巡って争っているようだ。
別に恋愛関係ではなさそうだ。その男は、転生者のようだ。
つまり、絶大な武力を巡って争っているのだ。
「・・・あの、俺の意見は?」
男の意見関係なしに魔法少女同士の言い争いが展開されていた。
炭須も聞いていたが、どうにも二木市の魔法少女の方が正論に聞こえる。
「頼むわ・・・私たちにも武力を・・・!武力を・・・!」
「アンタらが圧倒的な武力を持つなんて不公平・・・!不公平っす・・・!」
訂正、やっぱり二木市の魔法少女には賛同したくなくなった。
彼女たちはこの世界の主役のはずなのだが、島本和彦だけではなく福本伸行も混ざってるようだ。
あんな口調で言われたら、どうしても同情できなくなる。
まあ、神浜市がこんなことになってしまったのも彼女たちが原因らしいが。
そこら辺の知識はないので、詳しくはわからない。
そして、先にキレたのは男だった。
「よし、てめえらぶっ殺す!俺の人権をことごとく無視しやがって!」
男は強烈な光を発すると、巨大なモンスターに変わっていた。
炭須はそのモンスター、というか構造物を知っていた。
ギャラクティック・ノヴァ、星のカービィに出てくるいつものアレだ。
その変貌に、紅晴結菜は狼狽した。
「なっ・・・!アンタの能力はモンスターの召喚だったはずじゃ・・・!」
「それは俺にもわからん!だがな、一つだけわかることがある!
それは、とりあえずお前らを全員ぶっ殺すことができるってことだ!」
男は完全に怒っているようだった。
「来る日も来る日も俺を殺そうとしたり攫おうとしたり・・・!
もう完全に許さねえからな!」
ギャラクティック・ノヴァと化した男がかこの方を向く。
「まずはてめえからだ!いつも俺を殺そうとしていたからな!
さあ、年貢の納め時だぜ・・・!」
しかし、何も起こらなかった。いや、起こらないようにされた、というべきか?
かこの前に、左腕のない青年が立っていた。
その青年はどこか星夢に似た雰囲気を持っていた。
「・・・別の世界に飛ばされた矢先にこれですか。
まったく、少しは休ませて欲しいんですがね」
「な、何をしやがった!?間違いなくそいつを殺せたと思ったのに!?
「・・・僕のせいで人が死ぬのはこりごりなんですよ。
今、かこさ・・・いえ、この子を見殺しにしたら、死ぬまでうなされることになりますからね」
炭須は確信した。この青年も転生者だ。しかし、ただの転生者ではない。
違う世界から来た転生者なのだ。それも強い力を持った。
「さて、あなたにとっても残念なお知らせがあるんです」
そう言うと、青年はSFでよく見るような浮かぶ画面を出現させた。
そこには以下のように書かれていた。
ノルマ達成、ただし誰も死なない。もちろん、あなたも。
「それはどういう・・・まさか!?やめろ、取り消せ!」
しかし、男の叫びは無駄となった。
ノルマ達成、その意味を炭須はよく知っていた。
それはつまり・・・ギャラクティック・ノヴァの崩壊だ。
前世で親の顔以上に見た光景が繰り広げられた。
自然と、五芒星の周りで踊る太陽と月がイメージできた。
崩壊が終わると、そこには少し焦げた男が倒れていた。もちろん、生きている。
「・・・それでは、僕はこれで帰りますね」
魔法少女たちは唖然としていて、青年を引き留めるのを忘れていた。
「最後に一言・・・喧嘩はほどほどにしといてくださいね」
なぜか青年の言葉には説得力がこもっているように感じた。
炭須は能力の使用をいったん中止した。
あの青年はあまりにも強すぎる。今まで、あんな転生者は見たことがなかった。
しかし、あれほどの力を持ちながら原作介入する気も見受けられなかった。
「・・・寝るか」