炭須はあれから一回もれんと話していなかった。
別に避けているわけではないし、避けられているわけでもない。
言い方が悪かった。話せていないのだ。ただ、タイミングが悪いだけで。
昼休みのときに、彼女のところに向かおうとはした。
「おーい、炭須!野球しようぜ!」
有留紗という同級生(モブ)に野球に誘われてしまった。
いつもなら心から喜ぶが、今回ばかりは妄想の中でそのおめでたい顔につるはしを叩き込んだ。
しかし、断るわけにはいかなかったので参加した。ホームランに成功した。
家に帰って、ぐったりとベッドの上に横になった。
とりあえず、例の青年の様子を見ることにした。
その青年は左腕がないので、簡単に見つかる。
「・・・そういえば、フエフキくんはどうしてこの世界にやってきたの?」
「ちょっとした喧嘩で飛ばされてしまったんです」
どうやらフエフキという青年は御園かりんに拾われたようだ。
盗み聞きした転生者の会話によると、神浜における唯一の癒しとのこと。
神浜マギアユニオンにも所属していないそうだ。
つまり、彼は一番安全なところに落ち着いたということだ。
「ちょっとした喧嘩って・・・多分、とんでもない規模だと思うの」
「それもそうですね。ところで散歩したいんですが」
「危ないからダメって何度も言ってるの。
フエフキくんみたいな転生者は絶対に雑巾のようにこき扱われるの。
だから、わたしが先にこき扱うって決めたの」
「どっちにせよ同じじゃないですか。
だったら僕はかこさんにこき扱われるのを選びますよ」
どうやらフエフキはかこのことが好きなようだ。
・・・もちろん、彼がいたマギレコ世界の。
「浮気はダメなの。フエフキくんのいた世界のかこちゃんが悲しむの」
「・・・確かに、僕はとんでもないことを・・・」
「首吊るのもダメなの!・・・それに、この世界のかこちゃんはおすすめできないの」
「何があったんですか?」
「・・・詳しくはわからないの。でも、フエフキくんみたいな人は気を付けた方が良いの。
かこちゃんには星夢くんって幼馴染がいたんだけど、フエフキくんみたいな人だったの。
だから、下手にかこちゃんに近づくと何をされるかわからないの」
「多分、大丈夫ですよ」
(こりゃダメそうなの・・・)
炭須は違和感を感じた。今まで、人の心の声は聞こえなかった。
それなのに、かりんの心の声が聞こえたのだ。
「とにかく、外にはあまり出ちゃダメなの!
あと、おばあちゃんには迷惑をかけないようにするの!」
「わかりました」
「今から出かけるど、外には出ちゃダメなの!」
「さすがに十七夜さんに追い回されたから懲りましたよ」
この調子だと、フエフキは外には出なさそうだ。
しかし、炭須は外を既に歩いていた。
いつの間にか体が勝手に動いていたのだ。
千里眼を持っているとはいえ、神浜市で知らない場所はまだまだある。
いつの間にか知らない路地裏に入っていて、寂れた喫茶店を見つけた。名前は喫茶栗の木。
ドアを開けると、店主が温かく微笑んで迎えてくれた。
『大きな栗の木の下で』という曲がオルゴールで流れている。
前世にもあった曲なので、自然と懐かしい気持ちになった。
その店主は十代後半に見えるが、髪はすっかり白くなっていた。
「いらっしゃい・・・転生者だろ?」
炭須は心臓が止まりそうになった。
「安心しろ、俺もなんだよ。
まあ、なんとか生きている感じだな。
ちなみに、魔法少女にはもう追われていない」
「そうか・・・」
同時に千里眼でフエフキの様子も確認する。
家の外には出てないようだったが、入られてしまってるようだ。
「僕は帰らなくてはいけないんですよ、ななかさん」
「帰るってどうやって?」
「能力を使えば簡単に。ただ、かりんさんへの恩を返してないので、
まだ帰ることができないのですが」
さっそくヤクザに目を付けられたようだ。
ななか一派は神浜マギアユニオンとは同盟関係だ。
しかし、両者ともに右手で握手しているが左手にはナイフを隠し持っているようなもの。
そこに絶大な力を持ったフエフキの登場だ。
「アメリカン・ブラックで」
「ジャパニーズ・イエローはいらないのかい?」
「はは、酷いジョークだな」
「ところがどっこいあるんだよ、俺が作ってみたのが」
「えっ」
ななかは強力な武器を手に入れようとしているのだ。
それにしても、どうやってかりんに保護されていると気づいたのだろう?
「恩、ね・・・。少なくとも、嘘は付いていなさそう。
私の知り合いだった人が、あなたと同じような正直な瞳だったから」
「・・・もしかして、星夢とかいう人ですか?」
「かりんから聞いたのですね。まあ、とにかく信用はできます」
信用、この世界ではあまり聞くことのできなくなった単語だ。
神浜の魔法少女はお互いを『信用』できなかったばかりに内ゲバに陥った。
そして、不信は転生者の方にも向いた。
少し前の神浜市はもしかすると暗い森だったのかもしれない。
「・・・暗い眺めだ」
「うん?もしかして君は三体を読んだことがあるのかい?」
「もちろん。前世では日本の本屋にも並んでたから」
「俺は中国に行った時に買ったんだ。中国語には精通していたからね。
それにしても、まさか日本でも売られるようになってただなんて・・・」
三体、劉慈欣という中国人SF作家が書いた壮大なSF小説だ。
前世の日本でも書店に並んだほどの小説だ。
知らないって?画面の前の君は今すぐ精文館にGO。
Amazonもいいぞ!
・・・失礼しました。
「僕以外にも転生者はいないんですか?」
「そういうわけにもいかないのです。
この神浜市で内ゲバが起こった後、転生者狩りがありました」
「転生者狩りって・・・理由はなんとなくわかりますが・・・」
「罪状は傍観。これほど簡単なものもないでしょう?」
なるほど、炭須は現在進行形で罪を犯しているわけだ。
「はい、コーヒー」
「傍観・・・確かに僕も犯していましたね」
「ありがとう・・・あちっ」
「それでも狩れたのはほんのわずかです。
まだまだこの街には転生者が多い。
それも、私たちに警戒を抱くようになった転生者」
「ははは・・・気を付けた方が良い。
舌はまだ子供のものに近いんだから」
「なるほど、今更手をつないで仲良しというわけにはいかないんですね。
・・・一つ聞いていいですか?」
「道理で前世で飲んだのよりも苦いはずだ」
「はい、できる限り答えますよ」
「でも、若いってのはいいね」
「星夢という子も対象になってしまったんですか?」
「若いって・・・あなたも若いはずだが・・・」
「本当だったら寿命で死んでいるはずなんだ」
「彼は転生者狩りが始まる前に、消えたんです。私たちの目の前で」
炭須は二重のショックを受けた。
本当だったら寿命で死んでいたはず?目の前で消えた?
「・・・俺の能力は巨人化。進撃の巨人という本にハマってね。
確か漫画は十巻まで読んでいたはずだけどね・・・もっと読むべきだったよ」
十三年、本当は十三年で巨人化能力を持った人間は死んでしまうはずなのだ。
「彼は光となって消えました・・・私たちを救うとかほざいて、消えたんです」
光となって消える。まるでLobotomy Corporationの終わり方のようだ。
「詳しく聞かせてもらえませんか」
「ええ、ちょうど彼が遺した手紙も持っているので」
炭須はコーヒーを飲み終えると、代金を支払って店から出た。
誰かとすれ違ったような気がしたが、無視した。
「いらっ・・・なんだ、やちよか」
「今すぐ『粛清』してもいいのよ?」
「いらっしゃいませ、やちよお嬢様」
「いくらなんでも大げさよ、『粛清』決定ね」
「理不尽だな・・・おかえり、やちよ」
「ええ、ただいま」
「みかづき荘はどうだい?」
「ええ、楽しいわよ。いろはが少し怖いけど」
「だろうね。俺の前世のマギレコのいろはとだいぶ違うからね」
「・・・そのマギレコの私は幸せなのかしら?」
「・・・仲間を二回失ったことはあるが、まあ幸せだったぞ」
「そう・・・仲間を失うという点では変わらないのね」
「仲間以外も失うかもしれないぞ。例えば俺とか」
「冗談でもそんなこと言わないで」
「・・・すまん」
「いいのよ、少しキツイ言い方だったわ。ごめんね」
「それはそうと、今日は珍しいお客様が来たんだ」
「もしかして中学生くらいの男の子?」
「そうそう・・・って、どうして知ってるんだ?」
「さっきすれ違ったのよ・・・もしかして」
「そのもしかしてだ。転生者だよ」
「だったら、こっちもいい知らせがあるわ」
「なんだい?」
「顔はちゃんと覚えたわ」
「彼にとっては悪い知らせだね」
「・・・ねえ、体調は大丈夫なの?」
「ここ三年は落ち着いてきたから大丈夫さ。神様もそう言っているし・・・」
「・・・どうしてちゃんと最新刊まで読まなかったの、ばか」
「当時は十巻までが最新刊だったんだよ。
でもさ、なんとか十九年は生きてるからいいだろ?」
「一年後は?二年後は?」
「それはまさに神のみぞ知る、だな」
「・・・」
「悪かった悪かった、そんな顔しないでくれよ」
「・・・孫の顔を見るまで死なないって約束、ちゃんと守って」
「はいはい、わかってるよ。アメリカン・ブラックにする?それともジャパニーズ・イエロー?」
「・・・はあ、そのエスニックジョーク、時女一族とかいう連中の前で言わない方がいいわよ」