18番テーブルの相席者   作:巻波 彩灯

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第4話:雨の中、思い出巡りて

 さらに数日が経過し、Pastel*Pallet(パステルパレット)の活動がようやく解禁した頃――瑞希はレコーディングスタジオを目指す為、ベースが濡れないように傘を差しながら駅へと進んでいた。天候はあいにくの雨……小雨程度ならいざ知らず、轟々と大雨が降るものだから辟易して、一歩踏み出す度に天気への文句を口の中で呟く。――こんな時に降るなよ、と。

 

 駅前まで到着すると視線を広場の方へ向け、立ち止まる。広場の一角で、雨天だろうが構わず演奏しそうな連中が今でもそこに集まっているような気がして……けれど、その先は誰もいなかった。

 

 何を夢を見ているのだろうか、もう終わった夢をまだ見ているつもりかと自嘲して、再び歩く。かつては自分もバンドを組んでライブをしていた思い出を振り払うように。

 

「――さい!」

 

 雨音が支配する中、誰かが叫んでいる声が耳朶(じだ)を打つ。最初は気のせいだと思っていた……だが、進む度に段々声が聞こえてくる。内容はチケットを売っているようだ。

 

 足を止めて、興味本位で声がする方に顔を向ける。すると、そこに以前のバンド仲間がチケットを手売りしているのが見え、瑞希は目を疑った。――何せ、一年前ぐらいに解散して皆別々の道を歩んでいるから。

 

 けれど、それは過去の記憶が彼女に淡い幻想を見せているだけに過ぎない。そこでバンドと出会って、夢が始まった瞬間だったが故に。

 

「私達の歌を聞いてください!」

 

 ようやく平静を取り戻し、改めて現実を見つめる。視線の先には千聖ともう一人の少女が懸命にチケットを販売していた。その姿から瑞希の目には再び仲間の姿が映っていく。

 

 勝気な笑顔と長い髪を無造作に下ろしているのが印象的な少女の快活な呼びかけ、猛獣のような獰猛な笑みと短い頭髪で男子のように見える少女の威勢のいい声が聞こえてくるかのよう。その隣で少し恥ずかしそうにしながら健気に呼びかける少女と、人当たりよく笑う眼鏡をかけた少女がチケットを手渡して金銭のやりとりしていた事が今目の前で繰り広げられているようにも見えた。

 

 彼女達と過去の仲間の姿がタブって見えたとか笑えない、なんて最悪なものを見ちまったんだ。苦虫を食い潰したような表情を浮かべ、胃から逆流してくるものを何とか吐き出さないように堪える。

 

 嫌悪感や自嘲の念が込み上げてくる中、脳裏に甦るのは彼女達と初めて会った時に交わした言葉の数々。

 

 その時もまた興味本位で近づき、声をかけた――ライブをするのかと。健気に呼びかけを続けていた少女が、そうだと頷いてはベースが弾ける人も見つかればいいですけどねと零していた。軽率にベースを弾ける事を伝えてしまい、彼女らに半ば強引に加入させられてしまったが、悪くないと思っていた自分がそこにいた。

 

 だが、一年前に勝気な少女と喧嘩別れをしてしまって、どこへ行っても満足できずに入っては抜けての繰り返し。今は実力を買われて、何とかスタジオミュージシャンになった――根底には後悔がこびりついており、せめて自分が関わるバンドの支えになろうと心に誓ったのだ。もう二度と自分のような苦い思い出を抱える人間が出ないように。

 

「ホント、アタシは何を見てんだよ……」

 

 緩く頭を振って、幻想をもう一度振り払う。眼前の二人へ視線を戻し、豪雨に負けずに声を張り上げる姿を認め、そして黄檗(きはだ)色の髪を濡らしながら熱誠(ねっせい)に呼びかけをする千聖に目を向けて苦笑した。――何だよ、意外とあいつもバンドに愛着があったのか。

 

 天才子役と持て囃された時代からずっと芸能界にいるから、冷酷で計算高いかと思いきや、彼女もまた情に動くのだと思い知る。いや、そうではないかもしれないが、今回はきっとそうだろう。でなければ、大雨が降りしきる中、チケット販売をする訳がない。

 

 出る幕なんてなかったと自分への嘲笑(ちょうしょう)を浮かべつつも、やれることは何だろうかと思考を巡らす――前に、もう決まっていた。バンドを支える、つまりは……。

 

「おい、チケットいくら?」

「え?」

 

 千聖に声をかけるが、彼女は大きく目を見開いて驚嘆の表情を浮かべて、見つめ返すだけだった。激しい雨音にかき消されてよく聞こえなかったのもあるだろうが、瑞希がチケットを買いにきたことに驚いている様子。

 

 しかし、瑞希は声が通らなかったことへの不満が大きかったせいか、千聖の表情よりも雨音に苛立ちを露わに。「いくらだって、聞いてんだよ」先程よりも声を張って伝える。すると、千聖は値段を提示して、「まさかあなたが来るなんてね」と一言添えた。

 

「たまたま仕事で通りかかっただけ」

 

 チケット代を確認してバッグから財布を取り出して「んじゃ、これで」と言ってお札を手渡し、すぐにチケットを受け取る。「釣りはいらないから」面倒くささや奇妙な照れくささが入り混じり、早くこの場から離れたいと、すぐに踵を返して駅構内の方へ歩き出していった。とりあえずチケットを確保すれば、それで十分だから。

 突如現れては去っていた瑞希の背を見て、千聖の隣にいる桃色の頭髪と瞳が目を惹く少女――丸山彩が嬉しそうに言う。「声、届いたね」

 

「ええ、そうね」

 

 対照的に千聖は苦い顔を浮かべていた。確かにチケットが売れたことは喜ばしいと思っている様子だが、別の問題が発生したと言わんばかりに微妙な面持ちに。「……これはお説教が必要になるわね」手元にある女性が描かれたお札を眺めながら、ぼそりと呟いた。

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