喫茶店のドアを開けると、客を出迎える店員の言葉に紛れて顔見知りのウエイトレスが近づいて声をかける。「萩中さん、いつもの席は埋まっています」そう言われて視線を向けると、数日前はベーシストを務めていた女優が優雅に紅茶を飲んでいた。
場所は、いつも瑞希が座っている窓際の席――十八番のテーブル。
「……何で、この席にいる訳?」
開口一番に出たのは、自分の特等席にいることへの疑問。ここが行きつけという訳でもないだろうに、今日に限って、何故この場所を選んだのだろうか。他にも空いている席はあるというのに。
頭の中で疑念が渦巻き、
その言葉を聞いた瞬間、思い出したかのように瑞希は声を漏らす。コーヒー一杯を奢ってもらうと言い出したのは自分なのに、すっかり忘れていた。もう自分達の音だけで進んでいる彼女達に未練はなく、安堵から抜け落ちていたよう。
「まさか、忘れたのかしら?」
冷たく刺々しい言葉が
「別にコーヒー一杯ぐらい、懐に痛くないでしょ」鋭利な言葉尻に負けじと、瑞希も意地悪く笑い返す。けれど、彼女からは何一つも反応されず、虚しい空気が流れるだけだった。
「あと、忘れものよ」
一旦区切りがついたところで、千聖は次の話柄を切り出して、バッグから茶封筒をテーブルの上に置く。中身は分からないが、恐らく金銭関係だろうと見当をつけて、瑞希は語気を強めて口を開く。
「おい、金は」
「それはチケット代のお釣り」話を途中で遮り、千聖は柔和な笑顔を崩さないまま有無を言わさないような圧力をかける。「帳尻合わせが大変になるから、次からはお釣りを出さないようにしなさい」
「悪かったよ……」
瑞希は駅前広場での行動を思い出し、ばつ悪そうに後頭部を掻く。流石に今回は感情で動きすぎたと、少しばかり反省。それでも自分に正直なことをしたのには変わりない為、後悔はないが。
話が落ち着いた丁度良いタイミングに、ブラックコーヒーとショートケーキが瑞希の前に運ばれる。相席を確認していた時に、千聖が注文していたのを見ているのは覚えているが、奢ってもらう約束をしたのはコーヒー一杯だけ。だから、思わず口にする。「何で、ケーキまであんだよ?」
「それは追加報酬よ」眉間に皺を寄せ、鋭利な眼光を向ける瑞希に動じることなく、片眉だけ上げて千聖は簡潔に答えた。紅紫の瞳は、対面にあるベースケースの方へ向けられている。
「なら、ありがたくいただこうかな」
彼女の視線の先を感じ取ると、瑞希は苦笑を零して、コーヒーを一口啜っていく。口の中を支配したのは、鋭くも雑味の少ないクリアな苦味だった。
今回をもって、この作品は完結とさせていただきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
主役を務めたオリキャラ「萩中瑞希」をいつ出そうかと考えていたところ、丁度良く白鷺千聖と噛み合うのではないかと思い至り、筆を執りました。
またこうして主要キャラをできるだけ削ってお話を作ってみたいという欲もあり、可能な限り登場人物を減らして二人を描いてみたかったというのもあります。
本当は短編の予定でしたけど、思いの外、文字数が膨らんだので分割しました。
……いつも短編を書く時に言っているような気がしなくもない()
では改めまして、最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
他の連載作品の更新や次作の短編作品を楽しみにしてください!