眩い光が止むと、そこは教室の様なコンクリートでは無い建物の一室だった。
そこには巨大な壁画があり、描かれているのは金色の髪を靡かせた中性的な人物で、その微笑みにはきっと、全てのものに加護を与えんとしているのだろう、現に動物や植物は壁画の人物を讃えているようにも見える。
壁画を見ていると、狼牙がガタガタと唸るように音を鳴らす。
(『ロウ』が唸っていやがる……こりゃ警戒しないとな……)
次に周囲を見渡すと、自分達を囲む様者達がおり、その者達は全員が中世の神官の様な法衣を着込み、祈りを捧げていた。
その中で一人、一際豪奢な法衣を纏い、平安時代の貴族が被る様な烏帽子に似たものを載せた老人が歩み寄り、蓮二達に話しかけた。
「ようこそ、トータスへ。異世界から参られた勇者様にそのご同胞の皆様。私は聖教教会の教皇、イシュタル・ランゴバルトと申します。以後お見知り置きを」
そう言ってイシュタルと名乗る老人は蓮二にとって胡散臭い微笑みを見せた。
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「蓮二、貴方はどう思った?」
話をする為に移動している中、沙羅は蓮二に耳打ちする。それはイシュタルの事についてだ。
「今のところ『ロウ』が警戒しているからかなりヤバいと思う」
「やっぱりね。私もどうもあのイシュタルさんは胡散臭いと思うし、非常に不味いわ。昔読んだ漫画とかに、異世界召喚された人達は全員道具のように扱われながらも生き残る為に戦うお話があったから、きっと今回のケースもそうかもしれないわ」
沙羅は最大級今の状況を警戒しながら自分達の身を案じる。
(確かに……俺達を勇者とその同胞と呼んでいた。勇者と言えば魔王を倒す為に戦う運命であるが……まさかそんな事をやらないといけないなんて……)
蓮二が自分達が戦に巻き込まれる事に不安になっていると、イシュタルの連れられていた自分達の足が止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
蓮二達が通された場所は大広間のような場所だった。
この部屋は晩餐会をする為に作られたのか、とても豪奢で、調度品一つ一つに力を入れているのが分かる。
上座に近い方に愛子と光輝達四人、後はそのクラス内でのカーストの様なもの順に座っていった。
蓮二と沙羅は外様という事でハジメと同じ最後の方に座る。
全員が着席すると、待っていましたと言わんばかりにカートを押しながらメイドと執事達が入ってくる。それも全員美男子か美女・美少女のメイドだ。
異世界召喚という危険な状況に入ってきた執事とメイド達に男女共に食い入る様に凝視している。
(成る程、ハニトラか)
蓮二はこのメイドと執事達はハニートラップ要員だと気づくと、警戒色を一段階上げる。
沙羅も同じ事を思ったのか、弱みを握られない様に精神を張り詰めている。
「蓮二」
「ハニトラですよね。分かってます」
「ならいいわ」
阿吽の呼吸で状況交換していると飲み物を給仕してくれるメイド達に表面上の礼を言っていると、イシュタルが話し始めた。
「さて、これから一から説明させて貰います。まずは私のお話を聞いてくだされ」
そう言って語り出したイシュタルの話は蓮二達にとってどうしようもないくらい身勝手なものだった。
要約するとこうなる。
その一、この世界トータスでは人間族、魔人族、亜人族が住まう。
その二、人間族と魔人族は何百年もの間戦争が続き、膠着状態にある。
その三、魔人族が魔物の使役に成功し、数と質の暴力で攻め始め、それに対抗する為に人間族は異世界から勇者を呼べと神託が降りて今に至るらしい。
全ての話を聞いた蓮二はなんともまあ身勝手なものだとしか言いようが無いくらい憤っていた。
(ちっ、要するに俺達に戦争の道具になれって事だろ?最悪だ…)
蓮二が悪態をついているなか、イシュタルは興奮冷めならぬ態度で話し続ける。
「あなた方を召喚したのは我らが創世神エヒト様です。我々人間族が崇める守護神でもあるエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶ。それを回避するためにあなた方を喚ぼうと。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持ち、救世主として召喚すると神託がありました。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様が遣わした神の使徒として、魔人族を打ち倒し我ら人間族を救って頂きたいです」
イシュタルは恍惚とした表情を浮かべながら話終えていた。
イシュタルによると、この世界の人間族の九割は創世神エヒトと呼ばれる存在を崇める聖教教会の信徒らしい。
その事を知った蓮二はふと、疑問に思う。地球では沢山の宗教があるのにも関わらず何故トータスは唯一神しか居ないのか。
(それは追々調べていくか……兎に角今はどう戦争参加を回避するかだな)
この世界の歪さを探る前に目の前の状況を打破したい蓮二。だがその前に立ち上がる者が居た。愛子だ。
「ふざけないで下さい!それはつまりこの子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!私達を早く帰して下さい!きっとご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐なんですよ!」
うがーと烈火のように怒る愛子がイシュタルに食ってかかるが次のイシュタルの一言に全員が凍りつく。
「お気持ちはお察しします。ですが……貴方方の帰還は現状不可能です」
場に静寂が満ちていく。帰れない。その一言がまだ飲み込めていないのか、どういう事だとイシュタルを見る。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」
愛子先生が叫ぶ。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族には異世界に干渉するような魔法は使えません。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。
無理もない。いきなり異世界に飛ばされて「世界を救う為に戦え」と言われれば誰もがこうなるだろう。
しかし、蓮二と沙羅はその辺りは計算通りだった。
(どう思いましたか?)
(嘘は言ってないわね…でも)
(本当の事も言ってないと)
(私としてはエヒトって神の意思で帰れるかどうか決まるところが怪しいわ。下手をすれば帰れないままだと思うし)
(ですよね)
生徒達が狼狽える中でも冷静に判断している蓮二と沙羅。二人がこそこそ話していると光輝がテーブルを叩きながら立ち上がり、皆の注目を集めると話始める。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達を救うために召喚されたのなら、戦争さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫だな。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救って「はいストーップ!」なんですか久遠寺先生!?」
光輝が高らかに宣言しようとする前に、沙羅は静止の声を上げる。
沙羅は光輝を見ながら立ち上がると、彼に対して話始める。
「ダメよ天乃河君。出来ない事を出来るなんて言っちゃ」
「俺なら出来ます!世界と人を救う事くらい」
「じゃあ貴方、地球で紛争止めた事あるの?」
「いえ、無いですけど……」
「なら無理よ。私達は地球の紛争一つ止められないちっぽけな存在なのよ。更に言えば私達は文官としての教育しかされてないの。それなのにいきなりこの世界の人達より力が有るから戦えって言われても無理よ」
「それじゃあ久遠寺先生はこの世界の人達を見捨てるって言うんですか!?」
「そこまで言ってないでしょ。私が言いたいのは、一度でも命のやり取りをした事がないのにも関わらず、人殺し出来るかどうかって事よ」
「そんなの、話し合えば」
「分かり合えてないから戦争が続いてんでしょ!」
光輝の甘えたような考えに喝を入れる沙羅。彼女はイシュタルに視線を向ける。
「イシュタルさんこの子達の戦争参加は志願制にしてもらえないかしら?」
「何故ですか?神の使徒なら、全員戦えるはずですが……」
「この子達は、元々文官になるように育てられているんです。そんな子達だからろくに戦闘経験も無いんです。それに無理矢理だとモチベーションも上がりません。なので、この子達に決定権を頂けないでしょうか」
お願いしますと頭を下げる沙羅にイシュタルは渋々ながら頷く。
「仕方ありません。その代わり貴方には参加してもらいますよ」
「構いません」
断固たる決意を見せながら沙羅は席に座ると、光輝は我も続けと言わんばかりに宣言する。
「俺も久遠寺先生と共に戦う!皆を守る為に、力を貸してくれ!」
光輝がクラスメイト達に力強く発言すると、それに呼応して三人が立ち上がる。
その内の一人は坂上龍太郎という、光輝の幼馴染だった。
「へっ、光輝ならそういうと思ったぜ。俺も手伝うぜ」
「龍太郎…」
「正直嫌だけど……やるしか無いのなら私も協力するわ」
「雫……」
「雫ちゃんがやるなら私も手伝うよ!」
「香織」
トップカーストの彼らに呼応してクラスメイト達もどんどん参加すると表明していく。その中で表明していない蓮二は沙羅とこそこそと話していた。
(あーあ。折角沙羅先生が作ったチャンスを捨てていくよ……馬鹿なのかこのクラス)
(なんでこうなるのかしらねぇ……)
二人して溜息を吐いていると、光輝の視線がハジメと蓮二に向く。
「二人はどうするんだ!決まってないのは二人だけだぞ!」
光輝が早く決めろと促し、そーだそーだと言わんばかりの視線を生徒達が送ってくる。がそれは直様間違いだと気づく。
何故なら蓮二の刀袋から、妖気が漏れ出したからだ。
その妖気は一瞬で大広間を侵食し、その場にいる者全員を畏怖させるのは容易かった。
「ぐっ、こ、これは……?」
真っ先に膝をついたのはイシュタルだった。
無理もない。狼牙の意思ある妖気が一番襲ったのは彼なのだから。
それ以外にも光輝達生徒にも同じことが起こらなかったが、体が震える状態には陥る。
殺される。
その手前まで来ている妖気を蓮二が制する。
「『ロウ』やりすぎ」
蓮二の声と共に、漏れ出ていた妖気が一気に収まる。蓮二は謝ると同時に宣言する。
「ま、悪いことした詫びに戦争には参加するよ。ハジメはどうする?」
「ぼ、僕!?」
「おう。決まってないのはお前だけみたいだしな」
「僕は……そうだね。戦える力が有ったら参加するよ」
「だとよ!よかったな天乃河!皆お前と共に人殺しになってくれるってよ!」
蓮二は態と人殺しを強調して伝えると、光輝は蓮二に対して告げる。
「俺は皆を人殺しにはさせない!絶対に!」
それ以降は蓮二は救えねぇなと思い、敢えて黙る事にした。
こうして、蓮二達の戦争参加表明が決まるが、最後まで反対してくれた愛子には感謝しつつも蓮二は覚悟を決める。
(こうなったら先生方とハジメと白崎と八重樫だけでも守らないとな。頼むぜ『ロウ』)
心中で相棒に頼むと、狼牙と狼黒は震える事で蓮二の思いに同調するのだった。