『神はいるのです』
私が最初に思った事はそれでした。なんて事ありません。ただ、最初に『お母さん』や『お父さん』と言う前に、神はいるとただ確信していただけなのですから。
最初はなにも気がつきませんでした。でも、数年して理解します。
――ああ、この人達は神を信じていないんだな、って。
だって、傷が直す為に何かをするっておかしいじゃないですか。神様は慈悲深いです。
だって、自衛の術が必要なんておかしいじゃないですか。神様を信じていればそんな心配ありません。
自分の力に頼るのは、自分の信仰心が足りないから。
ちょっとおかしいのかな、って思ったこともありました。でもそれは違いました。だって私は正しいのですから。
怪我をしたらその瞬間に治りました。勉強を頑張ったと言う女の子にも、努力して剣術を学んだという男の子にも、私は負けませんでした。
何を思ったのか私に包丁を突き刺そうとした母は、私に突き刺さることなく止まっている包丁を見て笑いました。
しかしですよ。その後数日後、泣きながら自死した母を、その場で崩れる様に泣き始めた彼ら彼女らを見て、初めて私は理解したのです。
――この世界には『本当の神』を知らない命が多すぎる。
だから決めたのです。私は、『啓蒙』をすべきなのだと。
かれこれ、五年程前の事になります。
◆◇
奇妙な少女がいた。
肩ほどまでに伸ばされたざっくばらんな黒髪に銀の瞳。端正な顔。無言ならば美少女で済むだろう初印象。しかしその手に掲げる看板はそのイメージを真っ正面からぶん殴る程のものだった。
『あなたは神を信じますか?』
傍目から見れば狂信者か、もしくは邪教の類いかと疑われて当たり前。
その文言と共に不気味とも言える沈黙を貫き道端に佇む少女は――残念なことに最近慣れられていた。
「あら、ノクレアちゃん、今日もやってるの?」
白髪の老婦人に声をかけられたと同時、突然電池が入ったかのようにそちらに振り向き軽く前傾姿勢へ。
――そして少女の口が壊れたカラクリ人形のように口が動き出す。
「入教ですかそうですか!なんか最近このやり方に疑問を抱いて神を疑問を抱いたりはしてませんが少し疑ったりしてたんですがやはり私は正しかったようですね神はやはり私を裏切らない!!さあさあ今すぐ私と共に――」
バッと服をはためかせ勧誘は始まった。
突撃でもするのかと言わんばかりの怒濤の勢いでまくし立てあげられる少女の言葉を至近距離で食らった老婦人は、ニコニコとした笑みでそれを華麗に受け流しながら懐を探り始めた。
「もう、ダメよ年頃の女の子がそんなんじゃ……ほら、うち主人がパン屋をやってるから今日も余っちゃったのよ」
「――儀式はいつやりますか勿論誕生祭はやることは前提ですがそうですかありがとうございます……」
だんだんと風船が萎む様に勢いを失っていく様はどこか哀愁を感じさせる。ハイライトの消えた銀の瞳はまるで鏡の様に老婦人の顔を写していた。
そして少女は死んだような手つきでパンを受けとると、それを見詰めながら唐突に笑い始める。
「あはは、あははは……ところで、同士ではない貴女に聞くのもアレなのですが、かれこれ数ヶ月ここにいるのに何故入教者があらわれないのだと思います……?」
「あら、お友達が欲しいの?おばちゃん嬉しいわ。……でも、そうねえ……やっぱりもう少しフレンドリーさが必要なのかしらね……私にはよく分からないわ」
「なるほどなるほど……フレンドリー、フレンドリー……んんん」
根本的になにかを間違えていることに気が付かず、解決法を考え始めたノクレアを優しい目で見つめると、老婦人はそっとその場を離れ始める。
今日も広がるのは、平和な一日だった。