宵闇に呑み込まれる程の漆黒の髪を振り撒きながら、少女は地面に何かを強く叩きつけた。飛び散る土くずを欠片も気に止めず、そして彼女はその動作を続ける。
そうして一通り作業を終えると、汗を拭い少女は仄かに笑う。
そして今度は辺りに広がる樹林を見渡す。まるで迷子の子供のような動作を、だが彼女はどこか真摯に行う。
どうやら良さそうな場所が見つかったようだ。密かに微笑みそちらへ歩く。
そうして、さぁ取り組むぞと手をかけた瞬間、それをとがめる様にして声が割り込んだ。
「――なにしてんのよ、アンタ」
いつの間にか少女の後ろに立っていたそれは、金色を煌びやかに纏わせていた。まるで世界が祝福しているかのような存在感。だが、少女には――ノクレアにはそんなことは関係なかった。
「この街一番の実力者が遂に入教ですか!心意気がよろしくて私は歓迎ですが今お仕事で忙しいので数時間ほど待って――」
「そうじゃなくてね……もう一度聞くわよ?……なにしてんの、アンタ」
そして、手にシャベルを持った体勢で停止しているノクレアをあきれた目で見詰め、めんどくさそうに――いや実際面倒くさいのだろう――ため息をつくと腕を組む。
「あのね、まずここが私達ランク五以上の討伐者にしか侵入が許されてない危険地帯なのはおいておいて、まず勝手に穴を掘ること自体が」
「――戒律でして」
「……はあ?」
「ですから」と、物覚えの悪い子供に言い聞かせる様に、一息つくと話し出す。
「戒律なんです。人が死に行く時には、何よりそれが起こりうると知っている時には、一晩前にその者達の墓を作りなさい、と」
「……ずいぶんと珍妙な教義ね、で?それよりも聞き捨てならないのは――なに、人が死ぬって?」
それを聞き、不思議そうにスコップを肩に担ぐと、ノクレアは問い返す。
「――人が死ぬなら穴一つ、人を呪わば穴二つ、人を殺さば穴三つ、人を疑い穴四つ、人を裏切り穴五つ……どう思います?」
「意味がわかんないわ……なに?なんかの昔話?」
自分の問いが無視された形だが、正直もうノクレアについては諦めている彼女だ。話ができるだけ行幸と会話を続けた。
「ええ、まあその様なものでして……それで質問なんですが――神を裏切れば、穴は一体幾つ出来るのでしょう?」
スッと目を細める。何となく危険なモノを嗅ぎとった彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「……正直、私は他の連中よりも貴女を信用してないわ。いつからだかこの町に馴染んでいた事もそうだし、いつからいたのかすら怪しい――」
「八ヶ月と四日と二時間半と六分三十五秒前からです」
ノクレアの言葉に打ち消される形で台詞をかき消された女は、ぷるぷると数秒震えると突然叫び出した。
「かんっっぜんに私の台詞遮ったわよね貴女!!なめてんのかしら?!律儀に答えなくて良いのよ!このアホ狂信者!そもそも何信じてんのよ!!」
「宵闇の神様です。ちなみに戒律で名前は出せません」
「――驚愕の事実ね!!まさか返答が返ってくるとは思わなかったわ!」
それを聞き、ノクレアは気まずそうに顔を背けると小さく呟く。
「……すいません。実は『宵闇』の部分は怪しかったりします」
「それ一番大事な所じゃないのかしら!?」
「――私の信仰心を疑うと?!!戦争ですよラーアさん!!いいんですか?!!この私に喧嘩を売ったこと、後悔するまで執拗に神様に報告しますからね!!」
「なんでそんな謎の神様に天罰下される流れになるのよ!貴女はその神様が何を司ってるのか知ってから出直して来なさい!この似非信仰娘!!」
「あー!あー!!それ言っちゃいますか言っちゃっいましたねこの似非胸女!!なんか髪とか髪とか髪とかが神様に似てるから散々甘やかしてきましたがもう許しませんよっ!!」
「何を――ッ!」
ぶんっ──とどこからともなく現れた看板が轟音をたてて空を舞う。それを右足の蹴りでラーアは迎え撃つ。
そして、結果は。
「なあっ?!」
砕け散りも弾かれもしない。ラーアの足と看板が接触すると同時、看板の姿がぼやけかき消える。突然のそれにラーアは体勢を崩し地面に崩れ落ちた。
「ふふ!それは幻覚です!!そしてっ!」
両手で地面を押さえつけながら、ノクレアの姿がいつの間にか先程の場所から消えていることにラーアは気が付く。それに目を見開き、咄嗟に後ろを──、
「なんちゃって」
「──ぐっ!」
──そして、次の瞬間ノクレアはラーアに押さえつけられる形で地面に這いつくばっていた。余り事態にノクレアは目を白黒させながら叫ぶ。
「私の柔肌が傷付きます!止めてください!!一応この体神様の物なんですから!!一応ですけど!!!」
「いや、この流れで突然なに言ってんのよアンタ……」
「貸し一つです!貸し一つ!!なんでもしますよ!あ、ほら!あとなんか理由分かりませんがうちの教団お金いっぱいありますよ!!」
「それは知ってるわよ……まぁ、それならいいわ」
以前ノクレアがやらかし過ぎてこの町の町長が出張って来たとき、実際に金の力でどうにかした実績がある。渋々ラーアは手を離した。
「はあ……てか結局なんだったのよ、この穴」
「勿論死者のための物ですが?」
パンパンと服から土を払いながら首を傾げるノクレアに、ラーアは半眼になって返答する。
「いや、ほら……その死ぬって断言してる理由も分からないのもそうなんだけど、貴女はなんでそれを止めようとしないのよ」
「……ふむ」
顎に手を当てると、ノクレアはやがて流暢に語り出す。それは爛々と月光を反射する瞳も合いまい、まるで何かを読み上げているような無機質さを醸し出していた。
「死にゆく人を現世に引き留めるのは許されない事です。そのまま放置すれば死ぬであろう病にかかった人、このままでは息絶えるであろう傷を負ってしまった者……それらに生への梯子を投げ渡すのを、私達はよしとはしません」
「……なるほどね」
ちょっと引き気味なラーアは、半笑いでノクレアと向き合う。これ以上はヤバそうだと理解したラーアは、体をノクレアから背け森へと向き直る。
「──ま、よく分かんないけどそれが貴女達なら止めはしないわ。私はこっちで魔物が来ないか見てるから、アンタはそっちで作業を終えなさいな」
「?よろしいので?」
「まぁ別にアンタのこと嫌いって訳じゃないしね。それに」
一息つくと、不思議そうな顔をしたノクレアの顔を苦笑いにさせる一言を言い放った。
「──ほら、アンタが死んだらお金貰えないじゃない」
◇◆
そして、翌日。
ラーアとノクレアは朝食までを共にし別れた。その後はいつもと変わらぬ一日が続いた。
ノクレアは看板と無茶苦茶な口上で通行人をぶん殴り、ラーアはその持ち前の能力で魔物をぶん殴り。
そして、唯一何かこの町で変わった点があるとすれば、それは。
スラム街に住んでいた一つの小さな小さな家族──それが跡形もなく消えていたことだけだろう。