「ということです! 伝わりましたか?!」
「うん」
あれから数分間に渡り、長い長い説法?を受けていたレアは半ば放心状態で返事をしていた。少し人通りがある場所だったため、何度か哀れみの目を向けられながらだったのが一番きつかった。しばらくは「うん」しか言ってないかもしれない。
そして、それが一つの悲劇を引き起こした。
「入信してくれますか?!」
「うん……うん? え?」
失言をしたことを悟る前に、目の前の少女がそれに反応する。一瞬の空白。
横を通りかかる婦人2人が、大変そうねぇと話す声が通り過ぎる。
「──本当ですか?!! ありがとうございます!」
「あ、ちょっ」
煌めく満面の笑みに面くらいながらも、先ほどの言葉を訂正しようとするぎ、ノクレアはそんなことで止まるたまではない。ガシッと手を掴まれる。
「てしたら早速入教の手続きをしましょうさあさあこんなところで立ち止まっている暇はありません実はこの街に教会の支部がありましてねそこで今いろいろと画策しておりましてああまあ今回は関係ないですね!はい、そこで手続きをする必要がありますあ、これ誰もにも言っちゃダメなんですけどまああなたは入教しますし大丈夫ですよね!!」
「とまっ……えっ……?」
最後に聞こえた言葉に停止した。
誰にも言ってはならない情報?
レアは、ノクレアを恐る恐る見つめる。
綺麗な、真っ黒な瞳が覗き返す。顔は笑っている、本心から笑っている。だが、これはレアが入教するという勘違いからだ。
もし、違う、となればこのおかしな少女はどのような行動に出るだろう。聞いてはならない情報を聞いた自分はどうなるのだろう。
少し、怖くなった。だから否定の言葉が停止した。
それがレアの命を救った。
「──ノクレア様」
低い、落ち着いた声だった。安心したくなるような響きの、老齢の男性の声。
「あっ、ガラスおじいちゃんじゃないですか! 朗報! 朗報がありますよ!!」
ぴちゃり、と少し粘着質な音が聞こえてる。それはレアの後ろからだった。ズルズルと重い何かを引きずる音。
それが段々と近づき、そしてレアの横で停止する。
「ノクレア様……貴女様は少し、迂闊過ぎますな」
何かおかしいな、とレアは思った。ノクレアは有名人だ。その名は(悪い意味で)街中に響き渡っている。
だから、ノクレアの名前を知っている人は多い。宿屋で接客をしていることも相まり、ノクレアの名前を聞く機会もそれなりに多い。
『あの勧誘少女が』『ノクレアちゃんねぇ』『あの狂信者?』
その中に、『ノクレア様』なんて呼び方をする人はいなかった。だから、少しの違和感が芽生えた。
横を見る。
「それも貴女様の良さではあると思いますが、私の仕事が増えるのです」
「あは、すいません! でもでも、やっとなんですよ! やっと一人正式に入教してくれる方を見つけたのです!!」
綺麗な黒い服を纏った、がたいの良い老人だった。女性の中でも背の高いレアより、少し高い背丈。白髪は整えられ、清潔感のある外見。
「おや、そうなのですか? それは喜ばしいですね」
「はい!」
にこやかな笑みだった。人好きのする、お父さんを思い起こすような笑み。穏やかな声。
だが、その後ろ手に持つ
「始めまして、ガラスと申します。ノクレア様がご迷惑をおかけしているようで、この街の方々にはいつも申し訳なく思っております……」
──先ほど、レアの後ろを通り過ぎた婦人だった。ぴちゃ、ぴちゃと音が鳴る。それは、赤いなにかが地面を滴る音で、そしてそれが命の源が漏れ出る音だとはレアは信じたくなかった。
強張った笑みを、どうにかガラスという老人へ向ける。ガラスは続けて言葉を発しようとして、ノクレアが割って入った。
「なんですか! 私がいつ! ご迷惑を! おかけしていると?!」
「はて……いつもでしょうか?」
にこやかに会話を交わす2人の横で、レアは息をしていないことに気がついた。
「──はっ、はっはっ」
思い出したように呼吸を始める。レアののどに鉄臭い味が広がった。薄い吐き気も込み上げてくる。
「なにが迷惑だって言うんですか!! 毎朝毎晩通行人に声かけ殴り込み突撃し勧誘しているだけですよ!!」
「……はは、ノクレア様には敵いませんなぁ」
非日常、というものに少し憧れる事はあった。だが、目の前にすると嫌悪感しか抱けない。
20年前の隣国との大戦争以来平和だったこの国で、中流階級として過ごすレアには、人の死とは遠いものだった。お父さんの友人が戦死した、という話も悲しさは覚えどあくまで『過去の話』だった。
だから、隣で血を流す人間を引きずる老人も、それを前にして楽しそうに話すノクレアも、理解出来ない。
吐き気がこみ上げる。耐えきれず口を押さえる。
そして、うずくまりそうになったタイミングで声がかけられた。
「さて……レア様、でしたかな? 我が教会の信者になっていただくという話をノクレア様からお伺いしましたが……これはお間違いないでしょうか?」
吐き気を堪え、ゆっくりと顔を上げる。
二対の黒い瞳が、レアを見つめていた。