今回は短めです。
長い方がいいんすかね? 短い方がいいんすかね? まあ、自分のペースでいきます。ごめんなさい。
はっ‼ しまった‼」
倒れた記憶と共にレムは目を覚ます。どうしようどうしよう、と騒いでは自分がどこにいるのかも全く理解できていないようだ。
「ここはどこですか‼」
「うるせえ……」
それは自室のベッドを譲った者、ロゼットから発せられていた。
倒れたレムをそのまま放置する事もできず、とりあえず寮の自室へ彼女を放置していたのだが目覚めた瞬間にそのことを後悔してしまった。
「ロゼット君⁉」
「ようやく目が覚めたか」
一度、大きな溜息を吐く。周りを見渡すとレムはさらに混乱していた様なので分かり易く現状を説明した。
「なるほど、それは情けない所をお見せしました」
悪さをして叱られた子犬のようにレムはベッドの上で正座をしていた。アホ毛が垂れて、しょぼくれているのがすぐに理解できる。課題をクリアすることができなかったことをよほど悔いている。それは本当に成し遂げようとしていた人間の姿だった。
「本気でできると思ってたのか?」
呆れたようにロゼットが尋ねる。レム自身にも馬鹿げたことだというのは理解していた。瞳は弱さを肯定しているようで、
「できるできないじゃないんです。やるんです!」
それでも諦めることを否定していた。その答えでレムという人間を知るには十分過ぎる。
「まあ、できてないけどな」
「あぅ……」
意気込んだ時にはピンと立ったアホ毛が再び垂れた。どういう原理か不明だがその感情に合わせてぴょこぴょこと動くアホ毛は現在、小さく左右に揺れている。まるでイヌ科の尻尾のようだ。
「なあ? 何でそんなに頑張るんだ?」
ロゼットが再び尋ねた。
不意な問いに考える、というより思い出すようにレムは真っ直ぐにロゼットの顔を見る。
静寂が訪れるとレムは一度息を吐く。少し昔話をしますと、そう切り出した。
「私は、貴族落ちなんです」
元気だけが取り柄のようなレムが低いトーンで口にした。
「昔から魔導士の娘として育てられ、だけど私にはその期待に応えることができませんでした。そんな私を優しいお母さんは見捨てませんでした。私の所為でお母さんは平民になってしまったんです」
貴族家を追放された者は平民となり、孤児院や修道院に預けられるケースが多い。そこから再び這い上がるために魔導士を目指すものは少なくない。キクロ同盟はそんな者達の集う場所だったのだろう。しかし、誰しもそんな道を進めるわけではない。
「私はもう一度、魔導士になる選択をすることができませんでした。もうこれ以上お母さんに迷惑をかけることはしたくなかったんです」
そして彼女も踏み出すことのできなかった一人なのだろう。その茨の道を行くに必要なのは覚悟だけではない、最低限の適性と知識、強欲に、貪欲に吸収する意欲、己と向き合い続ける研究心、研鑽を続ける強い意志、それらは全てが魔導士に求められる要素だ。
「それでも諦めることができなくなってしまったんです。とある人物に出会ってしまったので」
レムの視線はロゼットを捉えたまま、回想をしている筈なのに思い出すことをしていない。彼女の青い瞳の吸い込まれるように正面からロゼットは見る。
「ロゼット・フラックス。後に神秘殺しと呼ばれる天才を私はずっと見ていました」
「……そういうことか」
レムの言葉で、ロゼットの中で全てが繋がった。
かつてロゼットは上級貴族べリウスの家を追放された。その後、彼はフラックス修道院と呼ばれる施設に引き取られた。そこで五年あまりを過ごした彼はそこから成り上がった。その時の名がロゼット・フラックス。
「そんな姿を見たら私もやってみたくなるじゃないですか。あんな姿を見ていたら、諦めるなんて恥ずかしくて、お母さんに申し訳なくて、できるわけないじゃないですか」
当時のロゼットは他の子供と遊ぶことなど一切しなかった。他者との交流を断ち、娯楽を断ち、ただ純粋な魔導士として在り続けた。
そんな彼をレムを忘れることはできなかった。誰もが愚か者と蔑み、見向きもしない中、レムは見続けた。目を離すことができなかった。
「だから、ここまで来ました」
諦めるという選択肢はロゼット自身が取り上げていた。
「でも力及ばず、情けないです」
はぁ、と深く溜息を吐いた。
ロゼットは目の前の少女について考える。人の生き方は魔導士だけではない。それこそ魔法のように無数に存在するだろう。ただ、彼女がその生き方を選ぶというのなら、それを止めることは誰にもできはしない。
「レム、お前はこれからどうするつもりだ?」
「え? それはこれからも頑張るしかありません。何とか試行錯誤して魔法の持続時間の課題を何とかしないと話になりません」
悩む前に考える。自分と向き合い、全てを受け入れる。どこまでも愚かなレムはこのままも変わることはできないだろう。だから、その道標くらいは用意してもいい。
珍しくそんな気になった。
ロゼットはレムの頭をポンと叩いた。
「へ?」
「合格だ」
ロゼットが淡く微笑んだ。その意味が理解できず、レムは大きく首を傾げた。
「おいポンコツ」
「ポンコツ⁉」
「俺はお前を導かない。お前を導くのはお前自身だ。指導はしない、だが助言はしてやる。つまりはお前専門の講義をしてやる。それを参考にお前は研鑽を重ねろ」
ポカンとレムは銅像のように硬直した。何が起こったのか、未だにそれを処理しきれていない。しかし、レムの耳にロゼットの言葉は何度も何度も繰り返し響き、それが数十回目に到達した時、
「返事」
否応なしに現実に戻された。その時、ようやくレムは実感した。
「は、はい!」
その言葉にレムは飛び上がり、ベッドから降りると敬礼した。
「俺の事はこれから師匠と呼べ」
「はい師匠!」
感極まって涙を流していることを彼女自身は知らないのだろう。それはロゼットだけが見ることができる少女の姿だった。はしゃぐ子供か、それとも犬、もしくはどちらも合わせて子犬なのだろう。
「よろしくお願いしますね! 師匠‼」
そんな弟子ができた。
「師匠! おはようございます!」
そう思ったのも束の間のできごとだ。いざ面と向かってみるとこの暑苦しさが非常に鬱陶しい。あの時は忘れてしまっていたがこういうタイプはロゼットは苦手だ。
「うるせえ」
生徒会戦三日目、今日も快晴、そしてロゼットの前に立つ少女の調子は早朝から全力全開だった。垂れていたアホ毛もピンと天へ向かっており、少女の活気に影響されたように空は快晴になっていた。槍を片手に持っており、やる気は十分に伺える。
ロゼットとレムは早速、訓練を開始している。第二演習場にはロゼットに挑戦する者は現れず、レムの騒がしい声だけが響いていた。
「これはどういうことかしら?」
ただこの状況を理解できていないのは後から現れたメイビスだけだった。昨日だけで何が起こったかを掻い摘んで、事の顛末を説明していく。
「というわけだ」
「なるほど、何となく理解はしたわ」
子犬をいつの間にか家に連れ込んで、それを説明する子供とその親、のような構図になりつつあった。
はぁ、と一度息を吐いたメイビスは踵を返す。
「好きにしなさい。私は生徒会室へ戻らせてもらうわ。何だかここ暑い気がするし」
「……まあ、いいだろう」
正直ロゼットもメイビスに見られながら他人に講義の真似事をするところなど見られたくはなかった。息をするように毒を吐くメイビスの罵声、罵倒がどこから飛んでくるか分かったものではないし、何より柄でもないことをしている自覚はあるので他人に見られていると妙に恥ずかしいというか緊張してしまうのだ。
「それじゃあ精々、頑張りなさい。師匠」
悪魔が最後に茶化して姿を消した。その言葉の裏にはどんな悪意が込められているのかは考えなくても何となくロゼットには分かる。フフッと心底楽しそうに微笑んだ横顔はサディズムをひしひしと感じさせた。
「よし始めるぞ」
ゴホン、ロゼットは一つ咳ばらいをしておく。かき乱された空気をリセットするとスイッチを切り替えた。男に二言はない、引き受けたからには責任を取るのがロゼットという男だ。
「はい!」
ロゼットの声に呼応したかのように講義の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
「では早速、その槍を含めて刻印を剥げ」
「は…………え?」
どんなことでもかかって来いと意気込んだレムだったが、ロゼットのその発言でピタリと動きを止めた。さすがのレムでもその行為が簡単に行っていい選択ではないことは重々に理解していた。それをまさか序盤で口にするとは誰も予想はできなかった。
「これは没収しまーす」
レムが持っていた槍さえ取り上げ、そこら辺に捨てた。
「いや、あの」
言葉と共にロゼットの威圧感が増した。じりじりとにじり寄りその鋭い瞳でレムを見下すように睨む。まるで狩りをする狼と今まさに狩られるウサギのようだ。
「剥げ」
「はい」
ロゼットの圧にレムは静かに頷いた。よくよく考えてみれば彼が何の策もなくそんな馬鹿げたことを言うはずもなかった。
刻印とはその魔導士が積み上げた努力そのものと言っていい。それを調整し、更新することは頻繁にあっても刻印を剥いで最初から組み上げることなど稀だ。刻印を剥ぐことは、それまで積み上げた全てを崩すということ、しかし、崩すというだけでなくなる訳ではない。ロゼット曰く重要なことはその先にあるとのことだ
「発動に支障がある刻印には何の意味もない。お前の場合は前提が間違ってるんだ」
「前提、ですか?」
ロゼットの言葉にレムが首を傾げる。その回りくどい言い回しは好きではなかったが、彼が何かを自分に伝えたいという事だけは目を見れば分かった。ロゼットは適当を言うような人物でないと信頼しているからこそ、レムは再びその言葉に耳を傾ける。
「ではここからは基礎の復習だ」
ロゼットは胸ポケットから眼鏡を取り出して、それを装着し得意気に眼鏡を上げた。雰囲気作り、この為だけに伊達メガネを用意したわけではなく彼は読書、または集中したい時に眼鏡をかけることは少なくない。
「魔法を扱うには適性が必要だ。それらは大自然の力、火、水、風、土、雷、無の系統に分かれている。適性が高ければ高度な魔法を使用できるようになるという訳だ。しかし、高度な魔法とは希少価値を表すもので必ずしも破壊力が高く戦闘向きとは限らない。魔導士は自衛手段として魔法を改良して戦闘向きに組み上げる。この際に肉体、または物質に付与するのが刻印だ」
魔導士によってこんな知識は初歩中の初歩だ。それはレムも理解はしている。ただ知識として理解することが必要なのではなく、それに照らし合わせて己を知ることこそが必要なのだ。
「お前の場合は非常に特殊なケースだ。お前の適性は火だ。そうだろ?」
「は、はいそうです。私の適性は火です」
さらりと的中させたことにレムは驚きながら肯定した。魔導士は優れていればいるほどに魔法の解析が上手いというが、まさにそれだった。
「お前の戦闘スタイルは槍への刻印と肉体の刻印を併用したものだ。魔力がなければできない芸当だな。悪くない考え方だが、実際問題として刻印は機能不全を起こして魔法の発動が難しい状況になっている」
昨日、弟子入りを認めた時にレムから情報を集めた。それを元にロゼットが解析したのだ。かなりの労力を使ったが今のロゼットはレムの魔法に関して手に取るように理解している。
「そうなんです。どうしても数分しか持たなくて」
刻印とは言わば計算式を組み上げることに等しい。正しい計算式でなければ答えへ辿り着くことはできない。とはいえ完全に数式とは言い難いが基本はこの考え方で間違ってない。
「非常に特殊なケースだからズバリ言おう。レム、お前は火と雷の二重系統を持っている」
ロゼットはレムを指差して告げた。その言葉をレムは静かに繰り返す。
二重系統とは稀に二つの魔法への適性を持つ魔導士のことだ。その確率は二十万人に一人と言われている。あのメイビスも水と風の二重系統を持つ魔導士である。
「でも私、雷系統の魔法なんて使えたことが」
「それこそが機能不全の原因なんだ」
二重系統は単なる優れた才能とは言い難く、どちらかといえば厄介な性質と言っていい。
魔法は系統ごとに反発し合うという性質があり、これにより二重系統の魔導士はより多くの知識と研究を要求される。メイビスの場合は水と風をあえて全てを完全に融合させ全く違う次元に到達した氷の系統を生み出している。しかし、それは彼女の圧倒的な魔力や刻印が成せる力業に等しく他人が到底真似できるものではない。レムでもそれは同様だ。
「でも、それならどうすれば?」
縋るようにレムは師を見た。
「俺にできるのはお前の前提を破壊しただけだ。何もなくなったお前は一から魔法を組み上げるんだ」
突き放す言葉ではない、その奥には確かな暖かみをレムは感じ取った。
「ここからはお前が考える道だ」
最初に言った。ロゼットはレムを導く存在ではない。それを思い出してレムの表情が強張った。ここから先は自分で進むしかない。
「分かりました」
覚悟が灯ったその青い瞳を見て、ロゼットは微笑んだ。
「それにしても一度見ただけなのに、流石は師匠です!」
「当たり前だ。俺は天才だからな」
実際のところ、その特殊な適性に気が付いたのは徹夜してようやく導き出した答えであり、正直眠いのをギリギリ耐えてロゼットはここに立っていた。固定観念というのは恐ろしく火系統を一度使えてしまえば自身が他の系統が使えるとは考えないだろう。その体質は本当に希少なのだからそれが自分だとは人間は普通考えない。
「師匠! 私、図書室で二重系統に関する文献を調べてきます!」
「おう」
バタバタと騒がしくレムは去っていく。取り残されたロゼットはその背中を見送ると、眼鏡を外して再び胸ポケットに入れた。
「うるせえ奴だな」
感想が零れた。ロゼットはやかましい姉を持っているが妹もできたような気分になった。悪くない気がするが、やっぱりうるさいものはうるさい。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
感想もお持ちしております。