最近、どんどん短くなってる気が、まあいいか。
それではどぞ。
「ここでいいか」
適当に見つけた教室。鍵は掛かっておらず、空という文字もあった。ドアノブに手を掛けると容易く扉は開かれる。
「…………」
確かにロゼットは空きだと確認した。しっかりと確認したかと言われれば不安が残るが、もし何かのまちがいならば失礼の一言で何とかなる話だ。
「きゃっ⁉」
しかし、ロゼットの目の前にはそんな簡単な一言で片付くとは到底思えない光景が広がっていた。
端的に言えば女体が絡み合っていた。ロゼットの介入により良い雰囲気がぶち壊されこの教室ごと空間が固定されているかの様に硬直していた。
「師匠?」
「お前は見るな」
何となく空気を読む、教室の様子を見るために前へ出たレムの目をロゼットは両手で塞いだ。
その行為で時間は再び動き出し、教室内に居た二人の生徒の一人が顔から火が噴いた様に真っ赤にして逃げ出した。
「まったく風紀委員は何をしてるんだか」
風紀の乱れ方が尋常ではない。薬物は出回るわ、生徒は淫行をするわ、自主性が重んじられるとはいえ、いささかこれは度が過ぎている。
「やあ、恥ずかしいところ見られちゃったな」
毛ほどもそんな気を感じさせない様に残った生徒が呟く。ベッド代わりに使っていた机からゆっくりと降りるとシャツだけを着たその姿が露になった。スカートは穿いておらず下着だけ、さらにシャツを着ているとはいえ、ボタンは全て外されており前が完全に開けている。
できるだけロゼットはあられもない姿を見ないようにその人物の顔だけを見た。
「いえ、別に。この状況は誤解を招くので早く服を着てください風紀委員長」
その人物とはメルヴァ・アルバトロスだった。ロゼットは初対面ではあったがその姿は何度か拝見してことがある。そもそもこんな有名人の顏を早々忘れることができるはずもない。
予想よりも冷静なロゼットの態度にメルヴァは目を細めた。小さく覗く深緑の瞳は真っ直ぐにロゼットを見つめている。
「連れないね。僕のことはメルヴァさんと呼んでくれていいんだよ。呼び捨て、メルちゃん、ハニーでも可」
「いえ、遠慮しておきます」
さすがにそれは恐れ多い。そもそもロゼット自身もコミュニケーション能力が高い訳でもないので相手がメルヴァに限らず、初対面でいきなり呼び捨てとかはハードルが高い。
「うむ、では僕の身体について聞いてみてもいいかな? 自慢ではないがスタイルには自信があるんだ」
メルヴァはそう言いながら前屈みになってロゼットを見つめた。大胆に開けて強調された胸部と完全に露出した太もも、扇情的な黒の下着、シャツ一枚で包むだけでは隠し切れない色香が漂っている。
「……」
それらに目を奪われる者、主に思春期の男児には特に多いだろう。
「好みじゃないですね」
しかしロゼットはその例外に当たる人間だろう。彼の興味というのはたった一点にのみ注がれ、それ以外にはほとんど興味がない。正直に言えば女体などあの迷惑な姉の所為で見慣れてしまっている。
「やはりあの氷帝と比べたら僕には魅力は足りないかな」
ピクリ、とロゼットがその言葉に反応してしまう。
「なぜあの女が出てくるんですか?」
「相思相愛っていうのは羨ましいと思ってだけさ」
「誰が…………誰とですか?」
「分かってるくせに」
悪戯っぽく言うメルヴァから目を逸らす。ロゼットの視線はどうでもいい所へ向けられていた。それはこの話の拒否を意味しているとすぐに理解しメルヴァは口を閉ざす。
「そもそも風紀委員長が自ら学院で淫行とか、いいんですかね?」
今度はロゼットから問を投げる。
「いいんじゃないかい? 生徒会は煩く言うかも知れないけど僕は禁止しているつもりはないよ」
答えは案外あっさりしたものだった。その表情から彼女には悪気などない、というより悪いことだと微塵も思ってないようだ。
「これからどう? 僕は女の子にしか興味無いからまだ処女だよ?」
「お断りします」
「一途だな~。そんなところも好きだよ」
好意というのは誰から受けても悪い気はしないものだが、この人物からの好意に限っては悪寒すら感じる。表面的な姿さえ捻じ曲がって見えるメルヴァだからこそ、その好意の裏側に何があるのか? 考えるだけでも恐ろしい。
「委員長……何をしてらっしゃるのですか?」
しかし、それを圧倒する恐怖がロゼットの背後には立っていた。声からして恐らくは風紀委員に所属するロゼットの姉、セストであることには間違いない。しかし、
「い、嫌だな~セストちゃん。これはあれだよ。スキンシップ?」
その威圧感にロゼットはおろかメルヴァですら顔を引き攣らせていた。明らかに態度が豹変したメルヴァは目にも止まらぬ速度で服を着た。
「まあ、君の弟の貞操観念の確認はこれにて終了。やっぱり男女間の淫行は良くないからね」
その発言すらも正反対になっている。
背後にいる姉が一体どんな形相をしているのか、ロゼットは想像したくなかった。弟のロゼットが言うのも何だがセストは絶対に怒らせてはダメなタイプの人間だ。
「言い訳は後でたっぷり聞きますよ?」
「じゃ、じゃあ僕はこれで」
メルヴァは消えた。それはもうとんでもない速度で。彼女でも苦手なものはあるということかとロゼットは胸の内で思う。。
「ロゼ君」
声にゆっくりと振り返る。そこには特に何事もなかったようにセストが佇んでいた。その事に胸をなでおろす。
が、いつも通りとは言い難かった。ここで抱き着いて接吻の一つでもせがんでくるのがセストにとってのいつも通りなのだが、今は静かに佇んでいるだけ。その違和感にロゼットはいち早く気が付いた。
「お母様がお呼びだわ。明日、本家に顔を出して」
そして、その理由についても理解した。それはセストから笑顔を消すのに十分な理由だった。強いて言えば本職のスイッチが入っているのだ。
「分かったよ」
ロゼットの表情も強張った。
母、または父は貴族にとって絶対的な権限を持つ人物。べリウス家は母がその権限を持つ。そしてロゼットの母、ティアルナ・べリウスはかつてロゼットを捨て、そして単なるメイドでしかなかったセストから才能を見出して正統後継者へ指名した張本人。自力でロゼットが復帰した時、眉一つ動かすことなくそれを受け入れた。べリウス家の為に情という言葉を捨てた冷徹な女傑。
ロゼットが姉以上に苦手な人物、それがティアルナだ。それはセストも同様なのだろうと彼は思っている。
「でも、なぜ明日? 今からじゃダメなのか?」
そこだけ、ロゼットはそこだけが引っ掛かっていた。彼の母は行動力の凄まじく、今からというならまだしも明日という単語に違和感を覚える。
「少し立て込んでてね。事情はその時に話すわ」
ロゼットの問いにセストは答える。表情から、その事情とやらは読み取れない。こういう技術に関してはセストの方が上手だ。
「分かったよ」
ロゼットは考察をやめた。無駄な行為だと自覚した。それに待たずとも答えはいずれ分かるのだろう。その言葉にセストは微笑みで返した。
「じゃあね。ロゼ君」
言い残してセストは去っていった。
ふう、と息を吐く。また面倒なことが起こりそうな予感にロゼットは不安感を拭えない。問題は山積みなのに、さらなる問題が積み重なっていく。
「あの……師匠。私はいつまでこうしていれば?」
声がする。よくよく考えればレムの目を塞いだまま放置していたのだった。
「ああ、悪い」
完全に忘れていた。ロゼットが目を塞がれたままずっと空気を読んで黙っているとは中々に利口な犬、ではなく奴だと口には出さない。
「さてと、遅れたけどやるか」
「はい!」
本当に犬だな。とかは思ってはいけない。ロゼットだって思ってない、バカとは思っているが。
「しかし、淫行が行われた未遂のある部屋で勉強なんてしたくないな。隣に行くか」
ようやく本題へと移る。ここまでで寮へ帰って睡眠を取りたい衝動を抑えて、ロゼットは一つの隣の教室へ移動すると、適当な席に腰かけた。
「それでだな。ここはこうするんだ」
「なるほど」
本題はレムの刻印に関する問題だ。
魔法は相互作用せず同時に違う系統を使用することはできない。刻印とは辞書のようなもので自身の使用できる魔法を詰め込む。魔力を注ぎこみ、自由に起動する。これが魔法の発動の基本的なシステムとなる。
この際、問題となるのはレムの魔力の性質である。意識せずに火と雷の系統を持つレムはどんな魔法を発動させる際にも二つの系統が干渉し合うために魔法が起動しない。
だが抜け道はある。意識して二つの系統を使い分けられるようになればいい。要は刻印もその様にする。この行為は両手でそれぞれ違う文章を書くような気が遠くなるような芸当、だがやらなければ話にならない。
そんな訳でロゼットの指導の下、レムは両手に刻印を施していく。互いに向き合って、両手とにらめっこする姿は何とも異様だ。
「えっと、これはこれでこれがこう……と」
魔力の文字が浮かび上がり、それがレムの両手を植物の根のように心臓へ向かって伸びていく。まだ指の辺りまでで少しずつ刻印は伸びていく。
「そこ違う、ここもだ。やり直し」
火を使うという魔法でも、それをどう扱うかで刻印はさらに増える。火を灯す、火を放つ、火を特定座標位置に放つ、これらは同一であり、違う魔法という扱いになるので刻印は増える。
「師匠がやるのではダメなんですか?」
ふとボヤくようにレムが口にした。
刻印は簡単なものならば他者からでも行える。この程度ならば知っている魔導士がやった方が早いまである。
「したことねえよ」
レムの予想できない言葉がロゼットの口から零れた。
「え?」
何を言っているのか理解できなくて、レムは聞き返す。
「生まれてこの方、刻印なんてしたことねえよ」
レムが顔を上げるとロゼットが瞳に映った。その姿は実力に裏付けされた自信に満ちた天才、レムの知るロゼットではなかった。強いて挙げるならば自分と同じだとレムは感じた。
なによりレムはロゼットの言っている意味が未だに理解できなかった。魔導士にとって刻印とその調整は日常的に行われる、いや行わなければならない。魔法は知識を得れば得るほどに刻印は必然的に増えていく、そうでなくては衰退してしまう。最小の刻印、魔導障壁と重力操作だけではまともな魔導士とは言えない。刻印は常に更新されていくはずなのだ。
ロゼットの発言はそれを否定するものだ。天才と呼ばれる彼が魔導士としての自分を根底から否定するような発言をする筈がない。
「どういうことですか?」
だからこそレムは尋ねた。自分より深い考えをロゼットは持っていると信じて。
「そのままの意味だ」
ロゼットは立ち上がる。
「残りは何とかなるだろう。明日からは魔力の操作の仕方を身体に叩き込め」
それだけ言い残すとふらりとロゼットは教室を後にした。取り残されたレムは彼の言葉を延々と復習し、その本当の意味を考え続けた。
教室を出たロゼットは真っ直ぐに寮へ向かって歩き出した。
「したことない……嘘ばっかり言いやがって」
不意に立ち止まり、自分の右掌を広げる。何度も握り締め、そして先ほどの自分の発言を咎めた。
「できねえんだろうが」
微笑交じりに自身を貶すとまた歩き出した。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
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