一巻分を短めにカットしてお送りしてきたけどもうそろ終わりそう。
最期まで楽しんでいただけたら幸いです。ほんとに。
「お帰りなさいませロゼット様」
視界を覆うばかりのメイドと執事がロゼットを迎えた。誰もが一流の腕を持ち、このべリウスの家に仕える使用人である。何人かにはロゼットにも見覚えがあり、軽く会釈をして巨大な門を潜り、玄関前まで歩いていく。
「お帰りなさい」
そして、その中央にはメイド服を着こんだセストの姿もあった。ピンと伸びた背筋や丁寧な言葉遣いは彼女の印象によく似合う。
ロゼットからすればこの姿の方がよほどしっくりくる。セストは元はこの家の雇ったメイドに過ぎない。今では本職とは言えないが彼女の希望でこうして家の手伝いをしている。セストは極度のブラコンという欠点さえ除けば正真正銘の完璧超人だ。できないことを探す方が難しいだろう。
「ああ」
さすがのセストもこの場では静かにメイドとしての仕事に徹するしかないのだ。騒げはあの人の機嫌を損なう可能性が高い。品格ある上流貴族べリウスにそんなことは求められていない。
この日の為にロゼットも制服ではなく紳士服を着用していた。髪も珍しく整え、その佇まいは貴族として恥ずかしくないものだ。
セストに先導されるとロゼットは屋敷の中へ踏み込んだ。
自分の家という感覚は十五年間ほど生きてきたが未だに湧かず、学校以上に装飾に拘った廊下や扉はあまり金銭的価値を考えてしまうと眩暈すらしてくる。そんな豪邸という言葉が相応しい屋敷だ。その土地の広さも尋常ではない。ロゼットでも全貌は把握しておらず、こうしてセストに案内されなければ数分と持たずに迷ってしまうだろう。
ティアルナ・べリウス。正直に言えばロゼットは血の繋がった実の母とはいえ苦手だった。理由は一つ、親子として接したことがないからだ。幼少期から貴族としての英才教育を叩き込まれ、失敗を許されない環境を強要された。貴族として当然と分かっていても子供には酷だろう。特にティアルナはそういう面において身内だろうと他人だろうと平等に接し、平等な評価を下す。冷徹無比、美女の仮面を被った鬼、それがロゼットの母だ。
しかし、これだけは言える。ロゼットは母をこの世界で誰よりも尊敬している。
ピタリとセストは足を止めた。ロゼットの方向を振り返るとニコリと微笑んだ。
「ふう」
息を吐いた。
第一課、帝国の研究機関、魔導兵器開発を担う研究室がここだ。その所長こそがティアルナ。そして、ロゼットもそこの一員だ。
ティアルナが母として家へロゼットを呼んだことなど一度たりともない。大抵の理由は魔導兵器関連だ。その事に関して今更、悲しさも寂しさなどない。むしろ科学者として彼女に招集されることを少し嬉しく思うようにロゼットの心境は変化しつつある。
ロゼットは一歩踏み込んだ。扉を開くと、白衣を着た者達が忙しなく、そして黙々と作業を行っていた。しかし、いつもよりも慌ただしくも感じる。
それを問う前にある人物がロゼットの視界に入る。
「来たか」
ロゼットの視線の先には黒い長髪をポニーテールにした女性が立っていた。ロゼットの目のように鋭い眼光、咥えた煙草、白く細い四肢と似合い過ぎる白衣。その顔だちは化粧をしていないにも関わらず美しく保たれている。
彼女は魔導士ではない、しかし放たれる覇気はそれを軽く凌駕する。科学者でありながらこの貫禄を出せる人間など帝国にこの人物しか存在しないだろう。
その瞳は扉を開けたロゼットへ向けられる。
「はい、師匠」
ロゼットは母とは呼ばなかった。この場、この立場においてロゼットにとってティアルナは母ではなく師だ。彼に科学の知識を与えた者で、それを弁えている。
ティアルナも表情を変えない。アイコンタクトを交わすとロゼットは歩き出した彼女の後に続いた。
コツコツとティアルナの足音が響く。この場にいる者達は声を出さず、無言でロゼットを歓迎していた。その敬意は言葉にせずとも伝わる。
世間話すらもない。この親子に関してはそれが当たり前だ。研究室には妙な緊張感が迸る。
「例のものが実戦段階まで完成した」
「……そうですか」
ティアルナが足を止める。視線の先には黒い甲冑が鎮座していた。
目を丸めてロゼットはそれを見た。入学前に設計資料に送っただけの代物がたったの一か月で形になっていたのだから驚きもする。もちろんそれがただの甲冑ではないのは異形な頭部を見れば一目瞭然だ。
「魔導スーツ。お前の要望通りだ」
ティアルナは煙を吐くと煙草を持った手で甲冑を指した。
魔導スーツと呼ばれたそれは数百年前の騎士の鎧や兜を連想させる姿をしており、ロゼットの持つ黒剣との連動を意識しているのか全身は漆黒に染まっている。細部に至るまで先鋭化されたデザインに目を惹かれるが、最も特徴的なのは騎士の兜を模しておきながら球体ように何もない頭部だ。その無機質な顔面には真紅の点が一つ。
「どうだ?」
一言、ティアルナが視線を送る。親子となれば口に出さずとも会話はできる。今回は純粋な疑問、改善点を簡潔に述べろと言っている。
ロゼットはティアルナから手渡された資料に目を通した。
魔導士専用にロゼットが開発した戦闘用強化外骨格、通称魔導スーツ。刻印に作用し、魔力の伝達効率を向上させ、魔法発動に対する燃費が格段に改善される効果が期待されている。基礎的な魔力量の低さを補い天才と呼ばれる者達との差を埋める為の研究、魔導銃と同様に凡才の為の技術だ。
「問題ありません。期待以上のスペックです」
「お前がそう言うなら安心だ。現在は詳細な調整中。近々、性能テストを兼ねた試験運用を頼みたい」
ここに来てようやくティアルナが笑みを溢した。この魔導スーツの出来には彼女も自信があったようで、ロゼットの肯定によってようやく安心感を得たのだ。
「それとこれは機関銃型の魔導銃だ」
魔導機関銃と呼ばれる抱えるほどの機関銃をセストは持ち運んできた。これも前々からロゼットの研究であり、開発をティアルナが担っていた。連射速度と射程などで拳銃型を大きく上回る軽機関銃型の開発はロゼットにとって一つの課題だった。しかし、これも僅か数週間で造形し、完成段階まで持ってくるとは流石としか言いようがなかった。
「ありがとうございます」
ロゼットはそれを受け取って感触を確かめる。重量、触り心地などの点をチェックしていく。
「感触は完璧です。後日、これも一緒にテストさせていただきます」
「いいだろう」
機関銃を机に置く。するとロゼットはティアルナの方を向いた。瞳は今までよりさらに真剣さを帯びた。
「それで? 今日、俺をここへ呼んだ本当の理由を教えて貰ってよろしいですか?」
ただ報告ならばセストを通して今までは行われてきた。ティアルナはここでしかできない話をする為に呼び出したことをロゼットは最初から理解していた。それが意味するのは緊急事態だ。
ティアルナは煙草の火を灰皿で揉み消す。と再び胸ポケットから煙草を取り出して、それに合わせてセストも動く。懐から出したオイルライターで煙草へ火を灯すとティアルナは深く煙を吸って、そして吐いた。
「数日前、この第一課に侵入者が現れた」
ロゼットは眉をひそめる。
珍しい、とも言いきれない。昨日、同じような話を聞いたばかりだ。この二つが偶然に連続した起こったとは思えない。だがティアルナが問題と判断したということはその侵入者が相当に厄介な存在だという事だ。
「小隊規模の魔導士が侵入、ほとんどは捕獲したけれど数名には逃亡を許したわ」
それにしても妙だ。この屋敷の警備はセストを含めた優秀な魔導士が請け負っている。数少ない研究機関なだけあってその警備は帝国内でも非常に厳重だ。
そもそもセストが逃がしたという事実すらロゼットにとっては俄かには信じられなかった。
「そんなにできる奴らだったのか?」
ロゼットの問いにセストはコクリと頷いた。
「取り調べの結果。侵入者の正体は魔導犯罪組織、エクストラポートだということが判明した。奴らはここ数日で他の研究機関にも侵入して手当たり次第に資料を強奪している」
魔導犯罪組織。魔法という武力がある以上、それを使って悪いことをしようとする人間など幾らでもいる。別段珍しいという訳でもない。しかし、エクストラポートという名にはロゼットも聞き覚えがあった。エクストラポートは過激派の魔導犯罪組織でありながら科学による魔法の凌駕を掲げるという変わった思想を持っていたからだ。
「重要な資料の一切は何も手を付けず、奴らは廃棄資料だけを強奪していった」
「廃棄資料?」
ティアルナは煙を吐く。ゴミ同然の資料が盗まれたというのに彼女の表情には何かしらを懸念しているように見えた。
「まさか」
この優秀な第一課に廃棄資料など数えるほどしかない。
「魔導銃のプロトタイプ」
かつて半人前だったロゼットが提出した開発資料、机上空論としてティアルナに目の前で捨てられた。その資料を忘れるはずもない。
「何でそんなものを?」
妙だとこの事件に関して誰もが口にする。そして、それはティアルナも同様だった。
「目的は不明。現状はな」
ティアルナは二本目の煙草の火を消した。彼女の瞳はエクストラポートを見逃すつもりが微塵もないのだろう。それだけの威圧を放ち、言葉を不用意に発する事はできなかった。
「それと」
透明な袋に入れられたカプセル。見覚えのあるその薬物の名をロゼットは自然と口にした。
「エーテルブースター」
「第二課との協力の下で成分分析をした結果、帝国の裏で流通しているエーテルブースターと完全に一致した」
「エクストラポートの構成員が所有して、服用していたの」
なるほど、とロゼットは納得した。たかが犯罪組織にべリウス家の警備が突破されるとは考え難い。ただ、それだけエーテルブースターがどれだけの脅威なのかが容易に想像できた。
「捕縛した魔導士は六人、その誰もがランクDの刻印の持ち主だ。にも関わらずランクAのセストが苦戦を強いられる。それほどの戦闘能力を有していた」
ロゼットはセストへ視線を送ると、これらの言葉が真実であることを証明するように静かに頷いた。
魔導士の刻印にはランクが存在し、それらは色で判別できるようになっている。下から白、緑、黄、青、紫、赤、E~Sとなっている。メイビスの刻印は赤く、最高レベルのSを示していることからその圧倒的な才能と実力が伺えるだろう。。
「それは異常ですね」
セストは強い。それは身内であるロゼットが一番よく知っているし、生徒会のメンバーであることがそれの純然たる証だ。複数名とはいえ、それを苦戦させるとなれば一流の魔導士のレベルだ。
「これには帝国政府も手を焼いて、軍も動き出している。それにだ」
ティアルナは不穏な雰囲気を醸し出して言葉を途切れさせた。
「この騒動の中心にはお前がいる。私はそう考えている」
「分かりました」
静かにロゼットが返事をするとティアルナは再度、煙草を取り出した。しかし、それに火をつけることは叶わない。
「お母様、少し本数が多いですよ」
セストはティアルナの咥えた煙草を取り上げた。
「む……そうだな」
そこでようやく気が付いたのか、ティアルナ一度咳ばらいをした。
この数十分で三本、ヘビースモーカーのティアルナでも少しハイペースが過ぎる。主人の健康管理に気を使うのもメイドの務めという事だ。
「私からの話は以上だ。ご苦労だったな」
ティアルナを前にロゼットは一礼した。今回のことに関する礼儀とでも言うべきか、苦手とはいえロゼットも親子の縁を大切にしようと考えている。だから案件、要件に関係なく定期的に会おうとはしているのだ。
「では私は学院がありますので、これで失礼します」
しかしながら未だ距離感というものは掴めていない。ロゼットはそのまま世間話をするでもなく研究室を後にする。それほどにロゼットは不器用だということを自分でも理解していた。
だが距離感を掴めてないのも、不器用なのも、どこかの誰かさんも同様だった。
「ロゼ君が来るとすぐに本数増えるんですから。気を付けてくださいね」
セストがティアルナを横目に見る。
「分かっている」
「本当……ですかね」
僅かに赤面したティアルナはセストに背を向ける。火の付いてない煙草を咥えると照れたように無い筈の煙を吐くように息を吐いた。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
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