売れたい。
あ、本音が。
まあ、デビューもできてないんですけどね。よほほ。あーうぜー。
続きをどぞ。
歓声が上がった。
「終わったか」
ロゼットもその瞬間を見届けていた。
氷の壁に覆われ数分、全てが初めからなかったかのように砕け、消え去り。最後にそこに立っていたのはメイビスだった。演習場内部は歓声と拍手の嵐だ。耳を劈くほどにこの周囲を包み込んでいる。姿を消したメルヴァのことなど気にも留めない。
「お兄ちゃん、負けちゃったね」
あーあ、とさして興味がなさそうにミントが呟いた。
「残念じゃないのか?」
「全然」
ロゼットが尋ねるとミントはブンブンと大きく首を横に振った。そしてずっと繋いでいた手を離した。
「帰るのか?」
「うん!」
「そうか」
一度振り返ったミントは大きく手を振ると未だに熱が冷めない第一演習場を後にした。ロゼットは正門まで送って行こうかとも思ったが、今の彼女には必要ないと判断した。
「あ~、危ない所だった。これからメイビスちゃんを怒らせるのはやめようかな」
少し離れたところで右目を翡翠色に輝かせたミントは兄を模倣するようにそう呟いた。
メルヴァ・アルバトロスという存在に死という概念は本来の意味を持たない。彼には幾つもの替えの肉体を保有しており、本体が死んだ場合に記憶を読み込んで再びメルヴァ・アルバトロスとして生まれ変わる。回数にして三回、今回の出来事で四回目の転生は異常事態だったとはいえ滞りなく行われた。今回は彼女の妹として創られた少女ミントの肉体に宿る形で。
「はぁーい、メルヴァ・アルバトロスちゃんは五世になったよ! 改めてよろしくね」
つまりは死んでなどいない。
メイビスとの一戦の後、ミントの肉体で何事もなかったかのように生徒会室に現れたメルヴァは生徒会への全面協力を宣言したのだ。メイビスとの一戦が最後の引き金だったとはいえ、風紀委員へ所属したセストの協力もあり、生徒会と風紀委員との関係は利害の一致ということで協力を既に開始していた。
「ではメルヴァ、お前の方で掴んでいる情報を提供してくれ」
ロゼット、メイビスを含めた生徒会のメンバーが生徒会室にへと集結していた。ビーリス、シルビア、シエルはそれぞれ自身の席に座り、メイビスは立ったまま。
そしてロゼットは来客用のソファーに腰かけ、その膝の上に幼女となったメルヴァがちょこんと座っていた。セストはロゼットの背後に立ち、彼の首元に手を回し、後頭部に自慢の胸部を乗せている。メルヴァとセストはどこか満足気で、ロゼットは誰もツッコんでくれない状況に不満を抱きながら微妙な顔をしたまま硬直していた。
ビーリスの言葉にメルヴァは了承すると、彼女は本来の聡明さを取り戻し、口を開いた。
「学院内で行われているキクロ同盟とブレムーゾ派閥との小競り合いは少し多すぎてこっちでも手が回らない状況だよ。あからさまに突発的ではなくて裏で組織的に起こしてると見ていいね」
「裏で糸を引いている組織に見当は?」
「そこまで察しがついてるなら分かるでしょ?」
ビーリスとメルヴァ、二人だけの間に会話が行われているかの様、生徒会室は今までにない緊張感に包まれている。
「エクストラポート、魔導犯罪組織」
メルヴァの意地悪い言葉にビーリスが答えた。
「正解。先日、帝国の研究機関を襲撃して幾つかの資料を盗み出した組織と同一だね」
「エーテルブースターの供給源もそこか」
「必然的にそういうことになるね」
正直な話、ロゼットは驚いていた。昨日聞いたばかりの情報を既に風紀委員、生徒会は有していた。改めて二つの組織が少数であっても精鋭であることを理解した。
「だとすれば炙り出す。ブレムーゾ派閥の協力は必須か」
「数が未知数な以上、そうするしかないね。まあ、そう言うと思って既に呼んであるんだけどね」
パチンとメルヴァが得意気に指を鳴らす。すると生徒会室の扉が開かれ、その奥からブレムーゾが姿を現した。
鋭い眼光で周囲を見渡すとブレムーゾはフッと笑みを浮かべた。
「ファッファッファ‼ まさかこのメンツが揃うとはな!」
「一年前なら考えられませんね」
「ホントだ」
ここに三つの勢力の長が集った。一年前ならばこの者達が顔を合わせることなどなかっただろう。しかし、今は学院の危機にそれぞれが立ち上がり、二人の天才の手によってこの瞬間が実現したのだ。
「それでどうする?」
本題に入ろう、と言いたげにブレムーゾが切り出した。それにより再び、室内の空気は引き締まる。
「ぶしつけで申し訳ないですが、ブレムーゾ公には囮役をやってもらいたいんです」
「ほう」
ブレムーゾは髭を摩りながら目を細めた。一定の興味を示したことを把握するとメルヴァは続けた。
「ブレムーゾ公にはエーテルブースターのエクストラポートの存在を大々的な場で公表してもらいます。それによってキクロ同盟の中の構成員を誘い出します」
「しかし、そんな手に彼が乗ってくるかね?」
「乗ってきますよ。彼らはそういう集団なので今ある力をブレムーゾ公が否定すれば、その力を証明しようと現れます。それが罠だと分かっていてもね」
邪悪な笑みを浮かべるメルヴァ。それはおおよそ善と呼べるものではなかったが、これほど頼もしい存在もまたなかった。
「キクロ同盟は実力が不足している者達の集団だ。そんな者が力を得たら、それを試さずにはいられないでしょう?」
メルヴァの言葉はキクロ同盟の思考を的確に指摘できていると言えるだろう。きっと彼らはその力を試すため、劣等感を晴らすために行動し始めている。それが学院内の小競り合いの主な要因といえる。
つまり火種は既に存在しており、メルヴァの作戦は火に油を注ぐ行為とそのものだった。
「暴動が起こるな」
この場の誰もがその言葉に構えた。これからその暴動の中心には自分たちが出向かなければいけないのだから。
「彼らは必ず暴動を起こします。そして、僕たちがそれを制圧する。これでこの件は片が付きます」
メルヴァは言うがそう簡単ではない。多数の被害が出ることは確実だ。
「いいだろう」
「俺も異論はない」
しかし、誰一人退く者はいない。ここに来た時に覚悟は決まっていた。ビーリス、メルヴァ、ブレムーゾ、三者が見ているところは違う。それでも根本的には同じなのだ。魔導士の根は全て同じ。ただ通る道が違うだけなのだ。
「我々はいつから派閥やら勢力やらと呼ばれるようになったのだろうな。ただ自分の信じる道を行くことが魔導士の本懐だ。終わらせるべきだろう」
ブレムーゾはこの場にいる全員に言いながらも、自分に言い聞かせている様。その瞳は遠くを見つめていた。
「これから行われる戦いは全て、私が撒いた種の結果なのだろう。彼は彼らなりに必死なんだ。だからこそ道を踏み外してしまった。それでも認めることはできない、この帝国の魔導士として、教師として」
拳を強く握りしめ、
「だから私に力を貸してくれ」
ブレムーゾは頭を下げた。
その姿を一体どれだけの人間が見たことがあるのだろう。決して安く、軽い頭ではない。そう簡単に首を垂れてはいけない立場にある。
一介の生徒に対して、その行為をロゼット含めて重く受け止めた。
「頭を上げてくださいブレムーゾ公。あなたにはこれから文字通り命を懸けて貰うのですから」
ビーリスが立ち上がる。彼女の火のような髪が太陽の光で輝き、口角を吊り上げた。
「さぁ、そろそろ生徒会の活動を開始しよう。野郎ども」
かかっ、とビーリスが笑う。彼女は元々我慢強い性格ではない、どちらかと言えば好きなだけ暴れ、その後処理をシルビアに押し付けることの方が多い。今回ばっかりは下手に動くことはできなかったので相当に鬱憤が溜まっているのだろう。その右腕は今にも火を灯してしまいなほどに滾っている。
「それでは本格的な作戦会議に移るぞ!」
生徒会室の真下、そこには会議室が設置されている。中央に設置された円卓とそれを取り囲む七つの椅子、窓やカーテンが完全に締め切られ室内は暗く、明かりは蠟燭の火だけで照らされている。ビーリス曰く雰囲気が大切らしい。
それらの席にロゼット含め生徒会、ブレムーゾが腰かけいる。メルヴァは普通に座ると視線が低くなるので今回もロゼットの膝の上に座っていた。
「それで? メルヴァ、どうする気だ?」
「生徒会戦を利用しようと思ってね」
ビーリスの眉が僅かに動く。生徒会戦の期日は明日まで、今となっては挑戦者などロゼットとメイビスの圧倒的な力の差に消失しているのが現状だ。
「ブレムーゾ公にはエーテルブースター、エクストラポートに関する演説を行ってもらい、その上で自らの力の証明としてブレムーゾ派閥の魔導士達とロゼ君達に生徒会戦として挑んでもらいます。彼らもその戦いに参戦して来るでしょう」
「なるほど」
ブレムーゾが呟く。
生徒会戦はあらゆる魔法攻撃が許可される瞬間だ。それは生徒会という学院内で最も権威のある立場の者が許可している。正確にはロゼットらに対してだが乱戦の中でそれを正確に判断することは不可能だ。
この穴をメルヴァは利用しようというのだ。つまりは生徒会戦という名を関した総力戦だ。ぶつかり合うのは単なる二つの派閥ではない。
「地獄のような一時間になるだろうな」
さらにはエーテルブースターを服用した魔導士も現れるだろう。そうなれば正直なところ戦況がどうなるかは予想できない。
「上等だ」
「会長、落ち着いてください」
ビーリスは先程から身体が疼いているようだ。戦闘を欲するように指は忙しなく机を叩いている。シルビアの静止があったとはいえ、その我慢は既に限界を迎えているだろう。
「戦力差は?」
「未知数です。場合によっては一人が数十、を相手にしなければならないかもしれません」
問いにシルビアが答えると、ブレムーゾは顔をしかめた。楽観できる数字ではない。
その現状を絶望的と受け取った人物はいない。それは互いに互いの実力を知っているからだ。
「安心しろ。こちらには数百の生徒を軽々と屠った猛者が二人もいる」
ビーリスの視線がその猛者へ向けられた。
「ご期待に添えるように頑張りますよ」
「右に同じく」
二人はいつも通りだ。焦りもなければ慢心もない。そんな姿にシエルやシルビアも自然と笑みを溢した。
厳しい戦いは予想される。しかし、敗北という事態は誰一人想定していないだろう。それほどに瞳には力強い光が灯っている。
「やるしかないだろう。それが我々の義務だ」
そもそも逃げ道などない。現状を看過すればやがて学院は崩壊するのは明白だった。
「各員、覚悟はしておけよ。これからが本当の生徒会戦だ」
子供のような無邪気な笑みを浮かべてビーリスが告げた。その発言は全てが計画通りとでも言いたげでロゼットはその可能性を感じながらも発言をしなかった。
「しかし、この戦力差は幾ら我々でも陣形を組まなければ各個撃破されるぞ」
「そうだな」
ブレムーゾの言葉にブレムーゾは瞳を閉じて考えた。僅か一秒、閉じた瞳は開かれた。
「私が先陣を切ろう。左右はブレムーゾ公、メイビスに担当してもらう」
「承知した」
「分かりました」
一瞬視線が二人へ送られ、返答は来る。間髪入れずにビーリスは続ける。
「シエルは私と一緒に来い」
「は、はい!」
「シルビアは中央で防衛に徹しろ」
「了解!」
「セストには後方を担当してもらう」
「了解しました」
それぞれが答える。その決定に異論はない。
「ロゼットは遊撃だ」
最後に呼ばれたロゼットがはい、と返答する。
「そしてメルヴァ、お前は戦力外だ。その姿では十分に魔法も使えないだろう」
「悔しいけど賛成だね」
やれやれと言った感じでメルヴァが呟く。確かに今の彼女は幼女だ。その姿では色々と無理があるだろう。
全員を呼び終わるとビーリスは全体を見た。
「俺たちは一発の弾丸だ。戦況を乱し、ブレムーゾ派閥の魔導士に拡散した敵勢力を叩いてもらう」
「ふむ、それでよかろう」
「僕も意義はないね」
代表二名の了承も出た。
「他に意義があるものは立ってそれを示せ」
ビーリスの右手に炎が灯る。その行為は否定するなら実力で捻じ伏せてみろ、と言っていると同義だ。数百の魔導士よりこの人を相手にする方がよっぽど骨が折れる。そんなことはこの場にいる誰もが理解しているだろう。
誰も喋らず、動かない。その沈黙は肯定とビーリスは捉えた。
「以上、解散」
右手の炎を握り潰すとビーリスは立ち上がり、鼻歌まじりに姿を消した。今の彼女は相当に機嫌が良いと見える。一か月以上前からこんな姿を見るのは久しぶりだ。
「じゃあ、私も準備を進めよう」
次に会議室を去ったのはブレムーゾだ。生徒達に気を遣っていたのか、彼は葉巻を手に足早に退室していく。
生徒会に続いてメルヴァも姿を消し、メイビスとロゼットだけがこの場に取り残されていた。
「ようやく終わるわね」
人の気配が消えたところでメイビスが口にした。
「ああ、そうだな」
左隣のメイビスを見ることなく、ロゼットは小さく呟く。
「委員長をなんで殺したんだ?」
「手加減できなかったのよ。それに肉体のスペアがあるのは知っていたし問題はないでしょう?」
メイビスは立ち上がった。これ以上、その話はしないという意思表示だ。
「…………そうか」
「明日、頑張りましょうね」
ポンとロゼットの肩を叩くとメイビスは姿を消した。らしくない台詞を吐いた彼女はどこか上機嫌に見える。ビーリスのように分かり易くはないがロゼットにはそれは何となく分かった。
メイビスが姿を消すとロゼットも会議室を後にした。
「あ! ロゼット!」
ロゼットが会議室を出て螺旋階段を下りていくとメルヴァが待っていた。ミントの時のように無邪気な笑みを浮かべている。
「何の用ですか?」
「お兄ちゃんがね。ロゼットに用があるんだって!」
「っ?」
違和感にロゼットは気が付いた。
「お前はミントなのか?」
「うん。そうだよ!」
メルヴァではない。この子はミントだ。先ほどまでの見た目の可愛らしさにそぐわぬ邪悪な顔をしていたメルヴァとは違い、今は純粋さのみが存在している。
「驚いたかい?」
スイッチが切り替わったのが理解できた。ミントの雰囲気が明らかに変わっている。その姿は知性に満ち溢れている。
「驚きました」
正直にロゼットは驚いていた。現在のメルヴァはオレンジとエメラルドグリーンのオッドアイとなっており、それは二つの人格を表しているようだった。
「ミントが君のことを気に入ってしまってね。今の僕は二重人格というやつなんだ。ちなみに自由に切り替え可能だ」
「それで? 何の用ですか?」
「もう、連れないな~」
冗談交じりにメルヴァが言うと少しだけ真剣みを帯びた瞳になった。
「君に関してのことだ」
その言い方にロゼット引っ掛かりを覚え、顔をしかめた。
「僕の錬金術は人に触れればその人間の記憶を断片的にだけど読み込むことができるんだ」
「っ」
人に触れる。という言葉にロゼットは思い返す。メルヴァに触れられた記憶はない、だがミントとはしばらくの間手を繋いでいた。
「もしかして最初からこれが狙いだったんですか?」
「何のことかな?」
ミントあの場に呼んだことが偶然なのだろうか? とロゼットは考えた。風紀委員の用意周到さといい、メイビスとの一戦との後に協力をしたというには行動が早過ぎた。
よくよく考えてみればセストが風紀委員に所属しながら状況を看過しているとも思えない。だとすればメルヴァがなぜメイビスとの戦いをしたのか。
「そもそもあの戦いそのものが囮だった、とか」
そういう結論になる。観戦の最中にロゼットの記憶を見ることこそがメルヴァの狙いだったのかもしれない。仮説ではあるが。
「さぁ? どうかな~」
ペロリとメルヴァが舌を出す。
「まあ話を戻そう。僕の狙いがどうとかは関係ないんじゃないか?」
その態度から誤魔化す気は最初から皆無なようだ。もはや開き直っているメルヴァにロゼットは反射的に溜息を吐いてしまった。
「それで見たんですか? 俺の記憶」
ロゼットの雰囲気が変わった。誰しも見られたくない記憶の一つや二つは存在する。彼の場合は特にだろう。
「ああ」
ロゼットの右手は自然と制服下のホルスターに収められた魔導銃に向けられた。
「見えた。だけど見えなかった」
その行為にメルヴァは狼狽えることはない。しかし、少しだけうつむいた。読み取った記憶を思い返せば複雑な気持ちになったのだ。
「いや、見るに堪えなかったと言うべきかな」
静かにメルヴァは言葉を紡ぐ。それをロゼットは黙って耳を貸していた。
「僕が見たのはたった一人の無力な少年と能故に孤立し、化け物と恐れられる少女だけだった。少年は少女の唯一の友となる為にウルカヌス、ミューリアとなることを約束する。生涯を共に生きると指切りをしてね」
昔の物語を語るようにメルヴァは始めた。目を閉じればロゼットにはその光景が今でも鮮明に蘇るその記憶を。
思い出す。
「だけど少年に待っていたのは過酷過ぎる道だった」
思い出す。
「だって彼には魔導士としての才能が一切なかったんだからね」
思い出す。
ロゼット・べリウスという人間には魔法なんて使えないことを。
「君の刻印の部位はその小指。そしてそれを施したのはメイビス君だね?」
コクリと小さくロゼットは頷き、右手を正面に翳した。その小指には運命の赤い糸が巻き付いたように刻印が施されていた。
「君は狂人なのか? 子供頃にした約束の為に一体どれだけの苦悩をした?」
メルヴァは一見、落ち着いているようでロゼットに対し恐怖すら感じている。
「忘れましたよ」
「そんな訳が、ないだろ」
極小の刻印。それが示すもの、それが理解できない魔導士など存在しない。
「魔導障壁は言ってしまえば最低保証のようなものだ。軍人の防弾服と同じだ」
「それしか俺にはないんですよ」
諦めたようにロゼットが微笑んだ。
笑って済ませることではない。絶望の始まりで、計り知れない葛藤と血の滲む努力がある。
「魔法は使用すればするほどに質や威力が増す。だったら人の何倍も努力すればそこへ辿り着ける。魔導障壁だって使い込めば展開する範囲、強度が調節できるようになる。さらに使えば展開時間を短くして魔力の消費を抑えることができる。さらに使えば物体に付与できるになる。それでも届かないからあらゆる技術を取り入れる。それを無限に繰り返せばそこへ辿り着ける筈なんです」
曰くシンプル。才能のない者は我武者羅に努力する。人の何倍、何十倍の研鑽を積み重ねれば才能を凌駕できるとロゼットは信じている。信じた結果、ここに居る。
「まだ先はあると?」
「ええ、魔導士の道は無限に続きますから」
やはりメルヴァには理解できない。明らかに常軌を逸した不屈の精神。
例えるならば足がない人間が登山を行うのと同じだ。彼は自らを鍛え、足を造り、山を登る。何度も足は壊れ、その度に下山して足を造る、そしてまた登るのだ。少しずつ、本当に少しずつ前へ進む。
「それは人が通っていい道ではない。修羅の道だ」
「それでいいんですよ」
慢心しない。そうすればすぐに足は壊れてしまう。
「なぜ?」
「約束したから」
ロゼットは自分の思いを久しく口にした。しかし、それに迷いはない。
「俺はあいつの傍にいると約束したから、それを違える気はないです」
「……そうか」
メイビスが裏で狂おしいほどにロゼットを想っているのと同様にロゼットもまたメイビスのことを大切に想っている。
その時にようやくメルヴァは理解できた。ロゼットの強さの理由を。ずっと興味を持っていた男の真の姿はただ純粋な少年だったことに拍子抜けしている。
「そうかそうか。なるほどね」
思わずメルヴァが笑みを溢す。それは百年以上生き続けてきたメルヴァ・アルバトロスの初恋が実らなかった瞬間だった。しかし、妙にスッキリもしていた。
「君みたいな魔導士は生まれて初めて見たよ」
「あなたにそう言って貰えるとは光栄ですね」
ふう、と息を吐くとメルヴァは踵を返した。
「その小指は大切にしなよ。君にとっての生命線だ」
そう言い残して去っていく姿をロゼットは見送っていた。
メルヴァがいなくなるとロゼットは溜息を吐いた。
「まさか記憶まで読み取れるとは……油断したな」
深い溜息。昔のことはあまり思い出したくないことが多いし、それを誰かに話すのも好きではない。
「それで? お前はいつまで隠れてるつもりだ?」
そして、それを聞いていたのはもう一人。話している途中からその気配は感じていた。
時計塔への入口の隅に姿を隠していた人物が姿を現した。
「ど、どうも」
その人物とはレムだった。おずおずとロゼットの目の前に現れたレムはバツが悪そうに眼を逸らして、変な汗を流している。頭部のアホ毛はへし折れて申し訳なさを表しているようだ。
「盗み聞きとは良い度胸だな」
「す、すみません‼ そんなつもりはなかったのです! 師匠がいつまでも帰ってこなかったので学院中を探し回ってて」
レムは素直に頭を下げる。ロゼットも彼女を放置したことを悪いとは思っていたので強く攻めることはしなかった。
「でも師匠? 気づいてたならどうして場所を移さなかったんですか?」
こういう所だけ妙に感が良いというか、鋭いというか。そんなレムにロゼットは苛立ちを覚える。
だが、ロゼットが彼女に聞くことを許可したのは事実だった。
「お前なら別にいいと思ったんだよ」
そう言ってロゼットは歩き出す。その言葉の意味が理解できないまま、レムは固まってしまう。
いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけたら幸いです。
もうそろ本当に終わります。
感想もお待ちしてます。