零話だけだと何かたぶん作品掴みにくいと思ったので二話同時に投稿しときます。
「何でここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフよ」
あからさまに空気が凍り付いた。男と女、たった二人しかいない空間には凍土に等しい冷たい殺気に満ち溢れていた。
本来ならば暖かい陽気が差し込み、年頃の男女が告白の一つや二つしそうな雰囲気を醸し出しているのだが、この二人に限ってはそうはならない。交差する視線は互いの瞳に真っ直ぐ向けられているが、それは好意ではなく、明らかな敵意だ。
「まったく」
男がため息交じりに舌打ちを吐いて、できるだけ女から遠い場所に配置された椅子に腰かけた。一触即発の空気は継続したまま、女は男を見ることなく片手に持っていた本を再び読み始めた。険悪なムードは空気を淀ませる。それほどまでにこの二人の仲は最悪だった。
男の方、名をロゼット・べリウス。漆黒の髪と鋭い吊り目、緋色を基調とした学院指定の制服に身を包み、腰には柄や鞘まで漆黒に染まった剣を携えている。容姿はまずまずだが、眼つきは非常に悪く、その瞳と髪から野良犬、または番犬のような荒々しい獣の印象を受ける少年。ブラスティア帝国、中央魔導学院一年に所属する生徒、神秘殺しの異名で恐れられる帝国魔導士最強の一角を担う優秀な魔導士である。
それに対する女の名はメイビス・レーゲンバルド。ロゼットとは対照的な腰まで伸びる白銀の髪は絹、真紅の瞳は宝石かと疑うほどに美しく、純白の肌と異常なまでに整った目鼻立ちはもはや神々しささえ放つ少女、中央魔導学院指定の制服と膝まであるロングブーツを履いて身長を幾らか増している。彼女はロゼットの漆黒の剣に対抗するかのように白い剣を腰に下げていた。同じく中央魔導学院一年所属、氷帝の異名を持つ少女。その実力は学院新入生の中ではロゼットと並んで最強とされる。
この二人は入学以降、実技、筆記ともに優秀な成績を収め、入学試験を含めた百戦の模擬戦をほぼ全勝している正真正銘の天才。しかし、天才故に二人は互いを認めはしない。好敵手と書いてライバルと読む、二人の関係は概ねこんなところだろう。同じ空間に一緒になれば空気が凍りつくのも無理はない。
「それで? 呼び出した張本人は?」
心底嫌そうにロゼットが口を開く。頬杖を着いてメイビスと逆方向を向きながら投げかけた言葉は相手に届くことはない。会話を否定されている。ゆっくりとロゼットが逆方向、つまりメイビスの方向を見ると彼女は先程の言葉が初めから存在しなかったように読書を続けていた。
その行為は無駄だったと内心で溜息を吐いて、ロゼットは再び逆方向を向いた。その時、
「生徒会長は会議で少し遅れるそうよ」
ようやく返答がやって来る。そのタイムラグは約一分、二人の距離は数メートルだが、間には断絶した空間でもあるのだろうか、そう思うほどの沈黙だった。
「遅いんだよ」
ロゼットの口から返答に対しての感想が素直に零れてしまった。
「ごめんなさい。お友達に話しかけてると思ったのよ」
「壁は俺の友達じゃねえ」
「あら? 最も信頼する相棒ってこの前言ってたじゃない」
「言ってねえ」
険悪な割には軽快な会話。二人は決して互いを見ずに会話を続ける。ロゼットは壁に、メイビスは本へ話しかけているようにも見える。
「しかし、なぜ俺たちだけなんだ?」
本題が何一つとして進まない。そう思ったロゼットは話を無理矢理変える。
不機嫌そうなロゼットは少しだけ面持ちを変えてメイビスに視線を送る。声音からそれを悟ったのか、メイビスもロゼットを横目に見た。
「さあ? でもあなたと違って私は名指しで生徒会に招集を掛けられるような不祥事は起こしたつもりはないけど」
いちいち癇に障るメイビスに言い回しにロゼットの眉がピクリと動く。それを見てメイビスが悪戯っぽくニヤリと笑うとロゼットはさらに不機嫌になった。
「自覚が無いってのは怖いな」
「本当ね」
互いは互いを貶し合う。言葉の暴力、二人は常に戦っている。そんなつもりはなくとも口から零れる言葉は誹謗中傷に溢れている。直線的ではないので抽象的に中傷している。
「ふん」
もういい、と言わんばかりに再びロゼットが視線を逸らす。そこで左の美女より右の壁の方が眺めてて安心することに気が付いた。
不毛。凡人だろうと天才だろうとこんな時間は不毛だった。しかし、黙っていると気まずいので適当にパスを出しているのだが、返されるパスが鋭利な刃物となって返って来るので結局、会話のキャッチボールは凶器の投げ合いになる。だからと言って会話が全く成立してない訳ではなく、一応は質問に対する返答はできているので間違っても天才は「ふざけるな!」とか、「バカにしてんのか⁉」と激昂する訳にはいかないのだ。
そんな疲れる会話を切り上げてロゼットが沈黙を選択すると、数秒もしない内に教室の扉が開かれた。現れた人物にロゼットとメイビス、両名の視線は自然と集まる。
「待たせたな」
そこには学院指定の制服に身を包んだ女性が不敵な笑みを浮かべていた。燃え盛っているような真紅の長髪と瞳、メイビスが一目で美しいという印象を受けるとしたら、彼女の場合は格好いい、という言葉が似合うだろう。その風貌は女でありながら男より男らしく、立ち振る舞いは武人よりも武人らしい。そう言った印象は顔立ちや生徒会という腕章の所為だけではなく彼女を纏うオーラがそれを証明していた。
ビーリス・マクローン。それが彼女の名だった。この中央魔導学院における長、生徒会長の役職に就く魔導士。ビーリスは待たしたことを謝罪しながら教室の中央へ歩いて行く。
「貴様らを呼んだのは他でもない」
とビーリスは始める。常に笑みを忘れない表情は何処か、異質さがあった。本来の彼女とは少し異なるような。些細な違いなのだが、その表情が示す感情は、
「学院を舐めてるのか? ガキども」
怒り。
ビーリスの威圧にロゼットとメイビスは動じない。視線は逸らされたままだが、その怒りは十分に理解しているだろう。
彼女の恐ろしさはこの学院内で知らぬ者はいない。
「これは貴様らが先日、期日ギリギリに提出した希望調査だ」
そう言ってビーリスは手に持っていた紙を二人に見えるように掲げた。
この中央魔導学院には唯一絶対の規則がある。それは実力主義、力のない者は淘汰されて学院を去るしかない。しかし、それと同時に帝国には早急な魔導士の育成を推進している。この二つの食い違いを埋める案として三年ほど前から採用されている校則がある。
それこそが団体実習システム、通称パーティー制度と呼ばれる二人以上の同学年の生徒と協力して課題に取り組むことが許された校則だ。新入生は原則として入学から一か月以内に自身の実力や適性、方針などを重視した希望票を提出しなければならない。
だが、ロゼットとメイビスの両二名が提出した希望票は恐ろしいものだった。同パーティーメンバーに望むスペックは自身と同等かそれ以上。そして、ロゼットはあのいけ好かないクールぶってる女(メイビス)以外で、メイビスは自己中な勘違い男(ロゼット)以外で、という横暴という他ない希望、と言うより宣言だった。格下と組む気などない、という態度の表れだ。
「言い分があるなら言ってみろロゼット・べリウス」
ビーリスの目がロゼットを映す。
なんで俺? と言いたげにロゼットが顔を歪める。あからさまにめんどくさそうな顔と言うべき表情のまま、一呼吸挟んでロゼットは慎重に言葉を紡ぐ。
「俺は強いです。辛うじて肩を並べるのはそこの女だけ、しかし俺はそいつと組むのだけは断ります」
傲慢に、淡々とロゼットは口にする。それは虚勢ではないとビーリスは確信した。実力は知っていても、一度も実際に見たことは無い、それでも分かる。この男は強い。能力と実力に裏付けされた自信に満ち溢れた瞳は真っ直ぐにビーリスに向けられている。
「レーゲンバルド、貴様は?」
納得、とまではいかないものの一応の意見を述べたロゼットを後回しにビーリスは次にメイビスに視線をやる。
「ふう」
と、一息吐く。投げかけられた質問の回避が不可能だと判断したのか、それとも単純に上級生への礼儀なのか、ここに来て初めて本を閉じたメイビスは顔を上げた。
「大変、不本意ながらその男と同じ意見です」
大変の部分を強調しながらメイビスは簡潔に回答を出す。チラリと左隣のロゼットへ視線を送ると目が合い、そして一瞬で逸らす。
メイビスの応答から教室内に妙な沈黙が訪れている。誰も声を発することはせず、険悪とも言い難い微妙な空気が流れていた。ビーリスは腕を組んだまま、何かを考え込んでいるよう。彼女自身が歪めた空気は再び彼女の手によって歪められることになる。
「かか。かっかっか!」
数秒の後にビーリスは陽気に笑う。面白い玩具を見つけた子供のような無邪気な笑み。それと同時に嫌な予感というのがロゼットの脳裏に過ぎった。この後にとても面倒なことになるような、そして、それは回避できないような予感だ。
「貴様らの処遇が今、決まったぞ」
天真爛漫、今のビーリスの表情にはそれが似合う。生徒会長としての彼女のイメージはまさにそれだった。
「ロゼット・べリウス! メイビス・レーゲンバルド!」
はい。二人はビーリスの声に反射的に応えていた。王者の風格、上に立つ者の覇気がそうさせた。
「貴様らには例外として団体実習システムの枠外とする」
一つ一つの言動に冷や冷やさせられるビーリスだが、今回ばかりは安堵した。彼女が退学と言えば、どれだけ足掻こうと二人は退学になってしまう。
言葉を聞いた途端に心が晴れやかになるのをメビウスはともかくロゼットは感じていた。誰にも聞こえないように密かに息を吐く。
「そして、二人には生徒会補佐として俺の監視下に入って生徒会の活動に参加してもらう」
安堵は、即座に焦燥に変わった。
「ちなみに断った場合は即退学だ」
ゆっくりとロゼットとメイビスは顔を見合わせる。あまりにも斜め上の宣言に呆気に取られていると、
「さすがの天才二人も、この展開は予想できないか?」
ビーリスは再びかっかっか! と高らかに、そして陽気に笑った。
「では、また明日。生徒会室で待っているぞ」
きっと彼女は最初からこうするつもりだったのだろう。最初から最後までビーリスの掌の上で踊らされていただけ、どんな返答をしようと結果は同じだったということだ。
二人は教室から華麗に去るビーリスを黙って見送ることしかできなかった。
「…………やられたわね」
数分の沈黙の後に、メイビスは溜息と共に呟く。ロゼットも反射的にああ、と答えるしかない。
有無を言わさぬビーリスのやり口は詐欺と言っても差し支えないだろう。
だが、これは同時に二人にとって光栄なこともである。
生徒会、それは約千名に渡る生徒の頂点、ビーリス・マクローンが能力、実績、人柄などから選出した三名のみが就くことが許される役職。現状、今期の生徒会の選出は終了しているが生徒会長が例外を用いてさらに二名を加えたいと言うのだから二人の実力は計り知れないということだ。
問題児を管理下に置いて利用したいだけか、それとも本心からスカウトしたのか、それは定かではないが日々の研鑽を糧とする二人にとって多忙な生徒会というのは面倒ごとの種以外の何ものでもない。
「あなたはどうするのかしら?」
メイビスは立ち上がり、身支度を整えた。彼女は答えを決めたようだ。どうでもいいけど、と言うようにそのまま姿を消す。
すっかり橙色に染め上げられた教室にロゼットは一人で取り残されていた。
ふう、と一息吐く。どうするも何も、答えなど一つしかない。ロゼットは逃げる選択肢など最初からなかった。
「決まってるだろ」
メイビス・レーゲンバルド、彼女に勝つまで止まるつもりなどないのだから。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
次回もお楽しみ。