今回ちょっとばかし長いです。そんなかな?
ではどうぞ。
長い螺旋階段を下りていく。昼の講義の途中、他の生徒は各教室にいる所為か、学院は静寂に包まれている。
階段を下りきった所でロゼットは何かしらの気配を感じ、足を止めた。
「何の用だ?」
左側に視線を送る、そこには先に帰ったはずのメイビスの姿があった。時計塔の門に持たれながら腕を組んでロゼットを待っていた。
「あら? 自信過剰なのね。誰があなたを待っていると言ったのかしら?」
「じゃあ、何なんだよ?」
コホンとメイビスが咳払いをする。彼女の視線はロゼット、ではなくその手に持ったアタッシュケースへ向けられていた。それは新しい玩具を遊んでいる友達を見る子供のような顔だった。
この時点でロゼットは大体の察しが付いた。
「それ、セストさんか預かったのでしょう? 試験運用の一つでもしておくのが科学者の務めではないの?」
何でこの女はこんなにも不器用なんだろうと考えながらロゼットが溜息を吐く。
「試すか? この時間なら第一演習場は空いてるだろ」
「あなたがどうしてもと言うなら同行するわ」
仕方がないといった感じでメイビスが少しだけ距離を空けてロゼットの後ろを歩く。その何とも言えない距離が気になってしまうロゼットはチラリと背後のメイビスを見た。
「あの、この距離はなんなんだ?」
「間違ってもあなたと仲が良いなんて思われたくないの。強いて挙げるなら心の距離ということにしておくわ」
「あ、そう」
仲が良いのか、悪いのか、二人の関係性は簡単に言葉にし難いものとなっている。それは当の本人たちが一番気付いていることだろう。
「試作品、他には何か企画してるの?」
「軽機関銃、散弾、対物ライフル、重機関銃、強化外骨格とりあえず兵器として開発しているものには手を出した」
「そう」
「その時はまた同行を頼むかもな」
「……賢明な判断ね」
演習場への道すがら他愛のない会話をしていく。メイビスが少し嬉しそうな表情をしているのは見なくても分かった。
「さて」
第一演習場は第二演習場と違い、アリーナと呼ばれる室内演習場である。過去の闘技場をイメージして設計されており、広さでは第二に劣るが悪天候でも演習が可能なので生徒の利用者は多い。
第一演習場へ着いたロゼットは手早く狙撃型の魔導銃を組み上げ、魔法射撃演習場に立つ。ロゼットの目の前には数メートル間隔で石造りの的が設置されている。これらは全て魔法によって穿つために存在している。しかしロゼットは狙撃銃を構えてそこへ立っていた。
魔法は基本的に目標へ射出するタイプが多い。その最大の要因は魔法の効果範囲が刻印の規模に依存するからだ。刻印が右腕ほどならば魔法の効果範囲は魔導士を中心とした数十メートルにまでなるが、射出する場合はこの効果範囲をさらに超えることができる。効果範囲は絶対的なアドバンテージであり、魔導士との戦闘ではこの距離が一メートルでも長い方が有利となる。
そしてもう一つ要因があり、魔法の発動には生命力、通称魔力を消費する性質から発動し続けるより魔法を射出した方が遥かに燃費が良い。射程と燃費、この二つの要因から魔法の射撃訓練をする者は多い。
「ここって初めて来たわ」
因みにメイビスはこのような射撃訓練とは縁がない。彼女の場合、刻印は全身に至り、その効果範囲は約百メートルに及ぶ。その上魔力は桁外れに高く、一時間魔法を継続させたところで顔色一つ変えない怪物に燃費や射程どうこうの話は無縁だった。
「まあ、そうだろうな」
そんなことはロゼットも理解しているので嫌味に近いその発言は軽く流す。
銃を構えると集中した。メイビスも簡単に発言できないような緊張感に包まれる。ロゼットの瞳は狙撃銃のスコープ越しに的を見つめ、その息遣いすらも魔法発動のために研ぎ澄まされている。魔法を発動している筈なのに相変わらずロゼットの身体には刻印が浮かび上がらなかった。
「ふぅ」
一息吐く、カートリッジが存在しない銃にはこの瞬間に弾丸が装填される。極限まで高められた集中力を籠めると、ロゼットは流れるように引き金を引いた。
刹那、轟音と共に的は砕け散る。放たれた弾丸が命中したのだ。人間の認識の外で弾丸は的を射抜き、そして破壊する。
「ふーん」
メイビスが呟いた。その威力、射程、速度は拳銃形態の魔導銃を遥かに超えていた。連射できないという弱点を除いても、この破壊力は脅威だと判断できる。
ロゼットは銃の横に取り付けられたレバーを引く。ボルトアクションを挟んで薬莢を排出すると、その薬莢は傍目からでも分かるほど発熱しているのが理解できた。ロゼットは次の目標に照準を合わせると再び引き金を引いた。
そして、同じく的を射抜く。まだボルトアクションによって薬排出したところでメイビスが一つの疑問を抱いた。
「それは?」
メイビスの言うそれとは薬莢のことだ。魔導銃は単純な銃と違う所は弾丸の有無くらいだ。ロゼットの話では魔力を収束し弾丸状に加工して射出するだけらしく、中の機構のほとんどは収束される魔力による発熱を抑制するための冷却装置で占められている。
「まだ試作段階でな。最初の実験で砲身が熱暴走に耐え切れず爆発した。下部に設置された冷却の役割をする弾倉の装填、射撃ごとの冷却装置交換によって解決した」
拳銃形態の開発段階ではさして問題にならなかったのだが、軽機関銃、狙撃銃と連射速度や射程の向上を目的とした時、冷却機構が不足して銃身が吹き飛ぶ事故が相次いだ。この狙撃銃形態はロゼットの言った通りの発想で何とか試験段階まで持ってくることができたということだ。
「数は?」
「カートリッジ一つにつき十発」
しかし、それによって新たな弱点も生まれている。一つは連射速度、薬莢を一度排出し再装填しなければ冷却機構の不足で次弾を発射することはできない。そして弾丸の数がカートリッジに依存してしまうことだ。これによってほぼ無限に撃てる魔導拳銃に比べれば継戦能力は下がる。
「魔導士としては異端ね」
「魔導士としてはな」
だが元々、銃というのは射程距離や用途によって順次換装して扱うものだ。なのでそもそもこの問題は問題として機能していない。これは単純に射程距離が伸びたと考えるべきだ。この男はまだ強くなるとメイビスは確信する。
ほどなくしてロゼットの射撃訓練は終了した。カートリッジは今回装填されていた一つしかないようで、これ以上の運用は不可能だった。
会話が途切れる。それにしても、とメイビスが思い出したように会話を変えた。
「面倒なことになったわね。私は風紀委員に目をつけられているけど、あなたはブレムーゾ派閥、キクロ同盟、二つの勢力から目をつけられているはず、会長はアプローチと言っていたけど下手をすれば生徒会戦にかこつけてあなた一人を潰そうとするかもしれないわ」
独り言を呟くようにメイビスは言う。ロゼットは魔導銃をアタッシュケースに収納しながら静かに溜息を吐いた。
「ああ」
そんなことはロゼットも分かっている。ビーリスにも忠告されたが、今日は派手に動き過ぎた。この波紋は学院全体に響いていることだろう。ロゼットは一応ではあるが貴族出身だ。ブレムーゾ派閥としては喉から手が出るほど欲しい人材だろう。そして、魔導銃という存在は能力を互いに補い合うキクロ同盟にとっても魅力的なものだ。逆に純粋な天才なメイビスよりも、その他の要因を持つロゼットの方がこの勢力争いにとっては重要な意味を持つとメイビスは考えているのだろう。
「私が何を言いたいか分かってる?」
それは心配ではない。気遣いでもない。ただ天才には眼中にない、この学院全体に渦巻く争いさえも面倒ごとに過ぎない。
「お前は先へ行くんだろ? なら俺はその先に行くだけだ」
純粋な魔導士へ道。徒党は必要なく、協力も敵対も意味はない、己を高めることだけが二人の生き方なのだ。
「分かってるならいいわ」
踵を返す。さようなら、と言い残してメイビスは演習場から姿を消した。しばらくして、
「俺も帰るか」
そう呟いた。メイビスの背中を見送ることなく、ロゼットは帰路を急ぐ。
「ん?」
学院の外へ向かう最中、ロゼットは違和感に気が付く。まだ日は高く、空で燦燦と太陽は輝いている。周囲には校舎とそれらを彩る自然達、この学院は何処かの貴族の庭のようだ。だがどれだけ歩いても校門へは辿り着かない。目の前に見えているのにその距離は縮まることがない。それは違和感と呼ばずに何と呼ぶだろうか。
「今日はよく結界に阻まれるな」
シルビアの仕業ではないだろう。ロゼットの中でその答えだけは出ていた。これは同じ結界でもシルビアの使う物理的な結界ではない、人の視覚、聴覚、嗅覚を惑わせある種の幻覚を見せるタイプの結界だ。今ロゼットが見ている景色は良くできた偽物だとうことだ。どれだけ歩こうと学院の外へ出ることはできない。
ロゼットは一度、足を止めて周囲を見渡す。今視界に映ってるものは全て偽りだ。しかし、人間の全てを騙せるほどの魔法は中々に存在しない。この場合は視覚に依存した結界であり、錯覚しているのは目だけだ。逆に言えば、その部分をシャットダウンし、聴覚や嗅覚を駆使すればやがてその淀みに気が付くだろう。
「ふぅ、厄介だな」
結果だけ言えばロゼットは結界の解除に失敗した。この結界は高度なもので視覚の他、全ての五感が完全に騙されている状態だ。周囲の僅かな音や、草花の香りに至るまで現実世界を完璧に再現している。
だがこうなればやることは単純だった。この手の結界には使用者も同時に存在しなければならない。そもそも広範囲の結界の維持には膨大な魔力を必要とする。ならばこの数メートル内に発動した魔導士が存在し、その魔導士を倒せばいい話だ。
「ふん」
ロゼットがようやく瞳を開き、ホルスターから魔導銃を抜いた。その銃口は自身の背後に向けられた。迷いなく、引き金を引く。弾丸は空間に吸い込まれるように消える。
数秒後、周囲の景色はひび割れ、ステンドグラスを打ち砕いたような景色と耳を劈くような音が響き渡ると元の世界が姿を現す。
何も変わっていないようだったがロゼットの目の前には腕から血を流す女生徒の姿があり、恨めしく自身の世界を破壊した男を睨んでいた。
「二重結界とは大したものだな」
結界、これはロゼットの周囲全てを騙す大規模なものだった。結界内にはもう一つ結界が存在しており、その結界が女生徒の姿を隠していた。
「なぜ、分かった?」
女生徒は腕を庇いながらロゼットを見た。切り長の瞳は眼つきの悪さも相まって怒りの感情が籠っていた。黒く長い髪はポニーテールとして後ろに纏めており、その風貌から上級生なのは明らかだった。しばらくして女生徒は腕の痛みに顔を歪ます。
「何がですか?」
女生徒の問いにロゼットは敬語で応える。その姿は結界を破壊されたシルビアによく似ていた。結界魔法の使用者にとって結界の破壊とは自身の積み上げたものの否定に等しい行為だ。それを涼しい顔でやってのけるロゼットを睨むのは当然とも言えた。
ロゼットの発言に女生徒はさらに眼つきを鋭くする。まるで親の仇を見るかのような、そんな威圧が感じられた。
「もう一度聞く。なぜ結界を一撃で破れた?」
「勘です」
「な?」
「だから勘ですよ。当たるまで撃ち続けるつもりで、たまたま一発目が命中したんです」
そんな馬鹿げた答えに女生徒が納得するはずもなかった。ロゼットは経験で知っていたのだ。結界に閉じ込められた時はあれこれ考えず適当に何かしらのアクションを起こせば何とかなると。
実際のところ、結界内で無暗に暴れるのは魔導士の思う壺なので推奨されない。ただロゼットの場合は例外中の例外だ。そんな彼に普通では叶うはずもない。
「今度はこっちの質問ですが、あなたは何者ですか?」
敵意が溢れ、魔導銃が女生徒に向く。ロゼットの瞳が鋭くなると、質問といより拷問が始まるような緊張感が生まれる。
「それには私が答えよう」
そんな空気を壊すかのようにロゼットの背後から男の声が響いた。その声はこの学院内ならば誰しもが聞いたことのある特徴的な渋い声。
そういうことか、とロゼットが理解し、銃を下げた。
「ファッファッファ! すまないな、手荒な真似をしてしまった」
声と共に特徴的な笑い。ロゼットが踵を返す、そこには無精ひげを生やしたモヒカン刈りが目を引く小太りの男が腰に両手を回して佇んでいた。褐色肌に左目は過去に受けた傷が残っており、歴戦の戦士を連想させるその姿は魔導士というより軍人に近い。腰には二世代ほど前の軍で使用されていた軍用のサーベルが下げられた。
「あなたでしたか、ブレムーゾ公。ここでは先生と言うべきですか」
彼の名はアルガード・ブレムーゾ。この学院に所属する生徒であると同時に国家資格を持つ一級魔導士。それに加えてこの学院の講師を勤める魔導士でもある。
この学院には卒業後も学院に在学して魔法の研究をする生徒が存在し、ブレムーゾはその一人だった。卒業後約十五年あまりをここで過ごし、講師しての人望もある学院の象徴する人物、ロゼットもその顔を知らない筈もなかった。
そして、何より貴族主義を掲げるブレムーゾ派閥の代表だ。
「最初の講義以来だな。あれから君の姿が見当たらないから天才の前では私の講義も無意味だと思って正直、凹んだよ」
ブレムーゾは無精ひげを摩ってニコッと笑った。厳つい軍人のような割には人懐っこい姿はロゼットから見ても最初の講義に受けた印象と同じだった。
フッとロゼットも拍子抜けして笑みを溢した。
「いえ、単純に俺がレベルの高さについていけなかっただけですよ」
「ファッファッファ‼ そいつは恐悦至極」
口を大きく開けて笑うブレムーゾはロゼットを通り過ぎて女生徒に手を差し伸べた。
「すまないリアナ君」
リアナと呼ばれた女生徒はブレムーゾの手を借りることなく素早く立ち上がった。
「いえ、問題ありません!」
その顔は緊張で強張っており声も上擦っていた。尊敬と憧れが現れており、それが敗北で恥辱に染められ、そして手を差し伸べられて嬉しいような複雑な表情になっていた。
「さて、君を試すような真似をして改めて謝罪しよう」
「申し訳ございませんでしたべリウス殿」
ブレムーゾとリアナは二人で頭を下げた。それに関しては怪我を負わせたこともあるのでロゼットも素直に謝罪をする。
しかし、それとこれとは話が違う。ロゼットは再び、真剣な表情になる。
「それで、俺に何の用ですか? 多忙なブレムーゾ先生がこんな所で暇つぶしというわけでもないでしょう?」
謝罪から一変、直接的な質問にブレムーゾが再びファッファと笑った。
「相変わらず君は包み隠さないな。まあ、このタイミングで接触すればその反応も当然か」
無精ひげを摩りながらブレムーゾは小さく呟く。ニヤニヤと微笑んでいたが、もう隠し立てはできないと察したのか、その視線は鋭く、表情は威圧感を放った。
「単刀直入に聞こう。今は君の学院についてどう思っている?」
「学院について、ですか」
その質問は少しだけロゼットの予想とは違った。
「四大勢力と呼ばれる派閥に分かれたこの学院について、という意味だ」
「さあ、おれには大人の考えることは分かりませんね」
無表情、本当にロゼットは何も考えてなかった。そもそも自分がそういう感情を介入する必要がない、今の今まで考えていたのでその答えを持ち合わせていなかったのだ。
「ファッファッファ‼ 君は本当にブレないな」
何も考えていないことすら曝け出すロゼットにブレムーゾも笑いを堪えきれなかった。
「やはり君は純粋な魔導士だ。本来のあるべき姿だと私は思うよ」
褒められているのだと思うが、ロゼットは反応に困る。魔導士に純粋とはイコールで非情ということだ。魔導士は魔法の道を進むためならば友人も恋人も親ですらも切り捨て、利用するならば親の仇ですら利用する生き物だ。もはや人間を捨てた感性を魔導士は持っていた。
「その点で言えばキクロ同盟、あれは講師として、魔導士として嘆かわしい限りだ」
話ながらブレムーゾは胸の内ポケットから葉巻を取り出し、先端を同じくポケットから取り出した小さなナイフで切り落として口に咥えた。葉巻親指と人差し指で挟むと突如、葉巻に火が灯った。味わうように煙を吸うと、それを吐き出した。
「徒党を組むという点ではあなたの派閥も同様かと思いますが」
「徒党を組むこと自体は悪いことではない。君とメイビス・レーゲンバルドが互いに競い合い、高め合うのと同じことだ。要は在り方だ。我々が徒党を組むのは仲良しこよしする為ではない」
「つまりキクロ同盟は魔導士は仲良しこよしの集団だと」
「私の目にはそう映って仕方がない」
葉巻の煙を空に向かって吐くブレムーゾは真剣にこの学院の現状を憂いているようだった。それはロゼットにも理解できる。
「帝国貴族の在り方は君なら分かってるね?」
「実力主義。血筋よりも名声、能力を重んずる。能力があれば平民の孤児院からでも人員を引き抜き、能力がなければ純粋な血統の者でも捨て去る。それがこの国の貴族の在り方です」
一呼吸置いて、ロゼットが答えた。
ロゼットにとって貴族の在り方など複雑な感情しか抱かない話題だった。その表情も自然と曇ってくる。だがそれを悟られないように言葉にする。
「その通りだ。血筋はさして問題では無い、帝国貴族の力が落ちれば帝国そのものの力が落ちる。それだけは避けるための実力主義だ。私の派閥もその一環だ。互いを高め合うための場所を提供するだけで人は成長できるのだ」
「それで? 俺にどうしろと?」
「私の派閥を導く存在となってほしい」
「お断りします」
ロゼットは真っ直ぐにブレムーゾを見て、即答した。
「そう答えを焦る必要はない。人の気持ちは変わるものだ。長い時が君の考えを変える場合もあるだろう。近いうちにキクロ同盟と接触することになる。そうすれば彼らの存在の危うさにも気が付く、君はきっと彼らが嫌いだろうしね」
ロゼットが最初から断る気だったようにブレムーゾもそれを理解していたのだろう。笑いながら言っているものの諦めてはいないようだった。
「嫌い、とは?」
どちらかと言えばそっちの言葉の方がロゼットには引っ掛かる。
「それは会ってみれば分かるさ」
「…………それでは楽しみにしておきましょう」
ふぅ、と息を吐いたところでブレムーゾの葉巻は吸い終わる。
「ところで私は君の魔法についてとても興味がある」
「それは光栄ですね」
ロゼットがここで初めて目を逸らした。魔導の追及において他者の魔法を知るということは単なる知識欲ではなく、己の魔法を高める一つの術である。つまりブレムーゾにとってロゼットの魔法はそれだけのものということだ。
「君の魔法は異端としか言いようがない。が今日のデモンストレーションでその一部でも理解できたかもしれない」
静かにロゼットは聞く。ブレムーゾは人差し指を立てる。それは講師の癖なのか、彼が講義をしている時の特有のジェスチャーだった。
「君にはなぜか魔法を使用する際に刻印が浮かび上がらない。その影響で刻印の質も規模も分からない。だが、君の魔法が無系統であることだけは分かる。そして、君は時より魔導銃と呼ばれる特殊な兵装を利用する。
これは私の仮説であるが君は結界魔法の使い手なのではないかね? その攻撃力の低さの補うために魔導銃を利用している。違うかね?」
妙に的を射ている。しかし、それは中らずと雖も遠からずというべきものだった。実際のところロゼットの魔法はそこまで異端という訳でもないのは僅かな人間しか知らないことだから。
「ノーコメントで」
無難にそう答えた。
「ふむ、反応が薄いな。ではアプローチを変えよう」
ブレムーゾは言いながら腰に下げたサーベルの柄に手を乗せた。ロゼットは狼狽えることはない、ブレムーゾからは全く殺気を感じなかったからだ。
「では私の剣が君を斬り裂けば、君には結界魔法は使えない。逆に私の剣を防ぐほどの魔法は結界魔法しか存在しないことになる」
余裕を保ったままのロゼットの横をブレムーゾは通り過ぎた。ファッファファ‼ と声を上げるブレムーゾはその覚悟に賞賛しているようだ。
だが本来、武器を抜く場合に漏れ出る筈の殺気をブレムーゾからは感じなかった。まだその気ではないのか、それとも冗談なのか、その判断に迷った瞬間だった。
「っ⁉」
途端、ロゼットの左頬が切れた。
「おや、私が本気で抜いたことも分からなかったかい? 私の殺気も鈍ったものだ」
傷は深くはないが流血はロゼットの頬を赤く染める。サーベルはブラフだったのか、柄の上に置かれた手は動いていない。魔法なのか、単に抜刀しただけかも理解できない領域に達していた。
「その様子だと結界魔法ではないようだ。やはり私の目も落ちたものだな」
ブレムーゾはお付きのリアナを共にして歩き出す。無精ひげを右手で摩るとやけに上機嫌に見えた。
「また会おう、ロゼット君。その時は良い返事を期待しているよ」
ファッファッファ‼ 高らかに笑いながら歩いていった。
ロゼットは切れた頬を手で撫でる。血がべっとりと付くと踵を返して過ぎ去るブレムーゾの背中を見た。
「速すぎて見えなかった」
己に未熟だと分からせるようにロゼットは手で血を付けたまま歩き出す。
「ブレムーゾ公?」
ロゼットの姿が完全に見えなくなった所でブレムーゾは付き人のリアナにサーベルを渡した。
「抜いてみたまえ」
彼の言っている意味が理解できなかったがリアナは言われるがままにサーベルを鞘から引き抜いた。
「…………これは」
サーベルは鍔から先が存在してなかった。あるべき筈の刀身がない、正確には鍔から数センチの所で折られている。それはきっと先程の攻防の際に折れたのだと判断できた。
「結界魔法ではない、だがそれに準ずる何かであることは確かだ。あれは反応が遅れただけ。あれほどの至近距離でなかったらきっと傷一つ付けることなく折れていただろう」
笑いながら、それでも恨めしそうにブレムーゾはロゼットの方向を見つめる。
「彼は天才だ。それもとびきりの」
その賞賛を本人に言わなかったのはブレムーゾの小さな魔導士としてのプライドか。サーベルがロゼットの魔法に触れた瞬間、敗北は理解していた。それでも認めることはできなかった。自身の生涯に対する否定など受け入れられるはずもない。自分の歩んだ道が過ちであるかのように彼は純粋な強さを誇っていた。彼が強いことは認める、だが自身が敗北したことを認めるわけにはいかない。複雑な闘志がブレムーゾの中に渦巻いている。
「私もまだまだ未熟のようだ」
大人という言葉で誤魔化せない。その瞳は確かに宿敵を見る戦士のものだった。
「このサーベルはどうされるのですか?」
リアナの言葉でブレムーゾは我に返る。今抱いている感情を悟られないようにブレムーゾは微笑んだ。
「処分して構わない。お気に入りだったがね」
「承りました。それでメイビス・レーゲンバルドの方はどうするんですか?」
「彼女は風紀委員が目を付けている。この現状で火中の栗を拾う必要はないだろう」
それよりもあの男へリベンジを、ブレムーゾの表情は、瞳は確かにそう言っている。リアナは何も言わずい頷くことしかできなかった。
「さあ、帰ろう。まだやるべきことが残っている」
「はい」
それは自分の為か、国の為か、弱者の為か、平穏の為か、それぞれの想いと思想を胸に彼らは歩き出す。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。