人の名前考えるのって疲れますよね。パパッと決めようとすると何か気に入らないし、何か自分の名前の一部を主人公に継承させたくなっちゃいます
こんな話どうでもいいので続きをどうぞ
彼女は今でも夢に見る。その光景を。
『ごめん』
とある教会の前、そこはフラックス修道院と呼ばれる場所だった。大きな荷物を抱えた少年は申し訳さなそうに頭を下げた。
ここへ彼が来たということは大きな意味を示していた。
『なぜ謝るのかしら?』
『だって俺、貴族落ちに』
『関係ないわ』
力強く、少女は口にする。
『貴族落ちだろうと関係ないわ。約束したでしょ? 私はずっと私と一緒にいるって』
『でも俺はアルカヌスになれない』
『それでもよ!』
少年は少女の言葉に返事をすることはない。今にも泣きそうな顔で俯いたままだ。
『あなたさえ居ればいいの。他にはいらないの。弱くても無力でもいいの。だから傍にいて……ロゼ』
「静かだ」
生徒会戦、生徒会補佐の候補である二名へ対する魔法攻撃が許可されるこの一時間は昨日とでは打って変わって一人もこの第二演習場の存在していなかった。一騎当千、その被害に遭った者、それを目撃した者を含めて挑んでくる魔導士が昨日の時点で撲滅したという証明だった。
数十分、ロゼットは演習場のど真ん中で佇んでいた。頻りに欠伸をする程に退屈な時間に睡魔さえ覚える。
一方、メイビスはというと、
「相変わらずあそこの店主はいい仕事するわね」
生徒会室か高みの見物を決め込んでいた。昨日の賭けに勝利したメイビスは朝一でロゼットが購入してきたプラチナショートケーキと自身の用意した最高級の紅茶でティータイムを楽しんでいた。
「まさか、今日の時点で挑戦者が消えるとはな」
「皆さん、もう勝てないことを悟ったんですかね」
シルビアとシエルもテーブルを囲んでメイビスの用意した紅茶に舌鼓を打っていた。
「この紅茶、平民の俺でも美味いと分かる」
一口付けただけでその良さに気づかされる。シルビアの賞賛の言葉にメイビスは満足げだ。こんなに上機嫌な彼女を見れるのは稀かもしれない。案外、甘いものが大好きなメイビスはお茶の時間だけは氷帝としてではなく少女としての姿を見せる。
「愚民を見下しながら飲む紅茶は特に美味しいわ」
だが上機嫌な理由はロゼットに勝った優越感が六割を占めていた。敗北した以上、ロゼットはメイビスのティータイムが終わるまで一人で戦うという提案を拒否することができない。
最高に気分が良い。今ならどんな不条理も許せる気がする。
「それにしても」
と、シエルが話題を変える。
「メイビスさんとロゼット君ってどんな関係なんですか?」
「うっ」
この状況ならば鼻歌の一つでも歌いそうなメイビスが硬直する。シエルから投げかけられた問いは魔法のようにメイビスの時間だけを止めてみせた。
「そういえば敵対しているようでやけに仲良さげだよな。会話も多いし、昨日も一緒に帰ったんだろ?」
メイビスが紅茶を持った手をソーサーに戻す。一度口を付けて、もう一度ソーサーに戻す。
「いえ、それは誤解です。あれは新型魔導銃の性能を見たかっただけです」
それを三回繰り返した所でメイビス答える。平静を装っているが、明らかに動揺しているのが態度に滲み出ていた。
「その話、俺も興味があるな」
メイビスの背後から突如、ビーリスが現れる。タイミングを見計らったように現れたビーリスはずけずけとメイビスの座るソファー、その隣に腰かけた。
「会長、お帰りなさい!」
「ああ、俺にも紅茶を淹れてくれ」
シエルは手慣れた手つきで準備を始める。その手際は貴族のメイド顔負けで承ってから数秒でビーリスの前に紅茶を用意してみせた。
「わ、私はそろそろ演習場に戻らなければ、あの男にグチグチ文句を言われるかもしれないので」
「まあ、待て」
急いでこの場を脱しようとしたメイビスの肩をビーリスが掴む。がっしりと掴まれ、逃げるは許さないと言いたげな瞳がメイビスを見つめていた。
「会長、紅茶です」
「うむ、それでは話をしてもらおうか」
悪戯っぽく微笑んだビーリスは獲物を決して逃さない大蛇の様だ。舌なめずりがやけに様になっており眼つきはもはや竜の域に達していた。帝国軍の尋問係でもここまでの威圧を出すことはできないだろう。そんな彼女から逃げることができないと悟ったメイビスは手に持ったカップをテーブルに置くと、一息吐いた。
「あの男とは親同士が旧知の仲で顔見知りというだけです。それだけです」
数秒の沈黙の後に簡潔にメイビスは言葉を紡いだ。
「ふむ、幼馴染というやつか」
「……まあ、そうとも言えなくはないですね」
ビーリスの真っ直ぐな視線がメイビスに突き刺さる。真横からの視線に振り向くことなく、受け答えするメイビスの表情は固まっていた。
「昔も今と同じように仲良しだったのか」
「ふ、普通です。少なくとも私達にとっては普通です」
「ほほう。ではかなり親密な仲だと見えるな」
「そそそ、そんなことは」
ビーリスから投げかけられる質問にメイビスはどんどん冷静さを失っていく。ビーリスの顔は既にメイビスと唇が触れ合いそうな所まで接近していた。
「ならばロゼットのことをどう思っている?」
確信的な言葉にメイビスは動きを止める。覗いた瞳の奥にビーリスは何かを見た。淡く微笑むとビーリスはメイビスから距離を取り、
「人には簡単に語れない過去がある…………か」
そう呟いた。
何が見えたのかはビーリス自体にも分からない。しかし、これ以上は詮索してはいけないと、強いて言えば乙女の勘が警告していた。
「美味!」
あまりにも呆気なく終わり、そして何事もなかったようにビーリスは紅茶を飲み干し、会長専用の椅子に体重を全て預けるように深く腰かけた。シルビアとシエルはすっかり置いてきぼりを食らってしまった。
「メイビス、すまなかったな」
「いいえ、気にしていません」
二人の間にアイコンタクトが交わされる。メイビスは気にしていないように静かに頷いた。
「さて、あっちも面白いことが起きてるようだな」
「お前は確か……」
誰一人挑まない退屈な戦場にとある人物が現れた。
「レム・クラレアです!」
昨日も単騎で挑んできた勇気ある少女、レム。結果、あったのは勇気だけで簡単にあしらわれてしまったのでロゼットはかなり記憶に残っていた。ついでに言えばメイビスとの勝負に敗北した決定的な原因でもある。
そんな名前だったな、と思いながらロゼットはレムを見る。彼女の瞳は昨日、一撃で負けたとは思えないほどにキラキラと輝いて正面のロゼットを見据えていた。
「今日はロゼット・べリウス殿に折り入ってお願いがあって来ました」
レムは声に出す。良い意味で勇ましい、悪い意味で騒がしい奴だと感じる。活気だけは一人前でロゼットが引き気味になるほどだった。
「お願い?」
暑苦しさで忘れそうになるがその言葉に引っ掛かる。ロゼットの目前まで歩いて来たレムは綺麗に腰を曲げてお辞儀をした。
「私を弟子にしてくれませんか?」
演習場全体に響き渡るような大声でレムは頼み込んだ。
「嫌だ」
「えぇ⁉」
ロゼットはそんな決意をへし折るように即答する。あまりにも迷いがない、というより考えてすらいない。こんなお願いは今まで死ぬほどされてきた。対応方法は迷わない、考えない、即答する、の三原則。これがロゼットの基準。
「な、なぜでしょうか?」
「面倒だから」
どこまでもロゼットに迷いはない。頭で考えるより先に口が動く、条件反射に等しい拒否の言葉は結界魔法のような壁を幾重にも作り出してた。
「ど、どうすれば認めてくれますか?」
その即答に困惑するレムはあたふたしながら尋ねるしかない。ここでようやくロゼットは考えるように顎に指を当てた。
「この演習場を百周、腕立て伏せを千回、腹筋を千回、スクワットを千回、今日中にできたら弟子にしてやろう」
数十秒ほど考えた果てにロゼットはこんな課題を出した。しかし、そんな気はロゼットにはこれっぽちも存在しなかった。
本来、魔導士というものは身体を鍛える必要がない。人間の持つ身体能力の限界など基礎魔法の重力操作でいとも簡単に乗り越えられる。それを分かった上でロゼットはこんな課題を出す。この所業は悪魔に等しい。弟子になるためには魔導士とは全く関係ない力を試されているのだから。
「はい! 分かりました」
それでもレムは純粋無垢な子犬のような瞳でそう答えた。
「は?」
その反応はロゼットにとって意外なものだった。この類の頼みはよくされるがその度、無理難題を課すのが効果的に追い払う方法だった。素直にはい、と答えたとは彼女だけだったので内心ではかなり驚いている。
「では走ってきます!」
やる気満々に走り出すレム。ロゼットはそれを見送っていると二日目の生徒会戦の戦いは終わりを告げた。
「変な奴」
感想が零れた。
そのペースでは絶対に百周どころか十周も持たなそうなレムの背中を見ながらロゼットは演習場を離れていった。
「食堂行くか」
まだ昼休憩には早いがロゼットは食堂へ向かう。この時間帯ならば人も少ないという判断で向かったのだが、
「ええぇ」
思いの外人は多かった。昼のピーク時には劣るものの、それでも夥しいまで生徒がごった返している。後で聞いた話によるとピークを避けるために一時間ほど遅らせる生徒と早める生徒が存在するらしい。その所為でどの時間帯に来ようと空いていることはない。
この人混みを見ると毎回ゲッソリしてしまう。席はほとんどが埋まり、受け渡し口には長蛇の列ができている。その列の整理する係員がいることが自然で、最後尾だと思われる人の後ろにロゼットは並んだ。
「何にしようかな」
しかし、並んでいる間に多すぎるメニューの中から選ぶ時間を有効に活用できるのは利点だと言える。帝国の郷土料理から貴族御用達のコース料理まで取り揃えているこの食堂はそこらのレストランより良い料理を出す。総メニュー数は数百に及び、オードブルからデザートに至るまで手は抜いてない。それがこの学院の食堂が選ばれた理由だろう。
「よし」
今日のメニューは帝国牛のハンバーグステーキ、パンと季節のサラダとスープ付き。これを学生が払えるリーズナブルな値段で提供する食堂にはロゼットも素直に脱帽である。三十分ほど待って受け取り口で料理を受け取ると適当に空いている席を探して、そこに腰かける。
腰を掛けるとようやく一息吐ける。本当にこの食堂は疲労すると常々思いながらハンバーグをフォークで一口大に切って口に運ぶ。
「うん」
無言で頷いた。これでここまでの疲労は全て吹き飛ぶ。口に広がる肉汁とジューシーな肉厚、噛む度に旨味が増していく。パン、サラダの順に食べ、最後にスープを一口つける。至福のひと時だ。
「美味い」
それは純粋な賞賛だった。美味しい料理は幸せな時間を提供してくれる。この騒音と人混みしかない食堂の価値を底上げしている。
「ここ、いいかな?」
「ん?」
そんなロゼットの正面に茶色の髪と爽やかな印象を受ける男が立った。周囲を見渡すと、ここしか空いていないようで食事を取る場所に困っているようだった。
「どうぞお好きに」
そう言ってロゼットは食事に戻る。席に座った男はありがとうと告げると食事を始めた。
「君は、ロゼット・べリウス君だね」
食べ始めて数分が経過して、男が口を開いた。正面を見ると、彼はその手を止めて真っ直ぐにロゼットを見つめていた。
改めて見ると美少年という言葉が似合う男性で自然とはにかんだ笑顔は女性であれば魅了してしまうかもしれない。身長も高く、上半身だけを見た限り身体も鍛えられている。小麦色の肌は健康的な印象を受け、美少年と共に好青年のようにも見えた。
「そうですが」
興味無さげにロゼットは手を止めずに答える。
「ついつい有名人が居たから声を掛けてみたくなってね」
どこまでも笑顔を忘れない男にロゼットは違和感を覚える。反射的に左右を確認すると周囲の生徒はこちらへチラチラと視線を送っていた。
「ふぅ」
そういうことか、と状況を理解したロゼットは食事の手を早めた。
「ここで会ったのも何かの縁だし、少しお話をしていかないか?」
ロゼットの方へ男は一つの器を置いた。一目見て分かる、これは食堂で一日十食限定の濃厚カスタードプリン、見ただけで分かる高級感のある光沢を放つそれにロゼットは一瞬で魅入られる。
「デザートは嫌いだったかな?」
「話だけは聞いてやろう」
ロゼットがそれを受け取ると男は口角を吊り上げる。何か裏があるのは見え見えだったが、そのプリンにはそれだけの価値があった。それを知って相手も正面から正攻法で来たのだろう。
「自己紹介が遅れた。僕の名前はリオール・フルールド、キクロ同盟の代表をやらせてもらっている」
キクロ同盟、その単語にロゼットの眉が動いた。ブレムーゾ派閥に続いてこんなにも早く接触して来るというのは、ロゼットの予想を上回っていた。この調子だとメイビスの方も風紀委員からのアプローチを受けているかもしれないと考える。
「それで? その代表さんが俺に何の用ですかね?」
昨日に似た光景だ。あの時のブレムーゾとは違い、リオールは常に友好的な笑みを浮かべたまま、しかしロゼットには逆にそれが気持ち悪く感じる。
「僕らに手を貸してくれないか? 君の助力があればキクロ同盟はさらに上のステップに進むことができる」
非常に嘘くさく、下手に出る彼の在り方にブレムーゾの言っていた言葉が蘇る。
「なるほど」
ロゼットは呟いた。それは仲良しこよしの集団、というものだったが確かに今の彼の姿に対し的を射抜いた言葉だと思う、そう思いながらもロゼットはリオールの言葉に耳を傾けた。
「僕らは本来魔導士が秘匿する個々の魔法を公開し、互いに共有する。そうすることで互いの技量上げ、さらに上の魔法へ皆で到達できる。これが今、帝国が求める魔法の形ではないかと僕は思っている」
「なるほど」
確かに才能のない者、成果がなかなか出ない者を簡単に切り離す帝国のやり方自体はロゼットも気に食わない。しかし、切り捨てられる者にも原因はあるのだ。
彼らの考えは決して間違ってはない。だがそこにロゼットは解せないことがある。
「キクロ」
話を断ち切るようにロゼットが口にした。キクロ同盟の中にあるその言葉を。
「キクロとはベルリット神話に伝わる神話。アルカヌスの冒険、その主人公だ」
ロゼットの発言にリオールはおお、と関心を示した。アルカヌスとなる前の人間である青年がキクロであり、世界各地に散らばった神々を下して武勇を極めし英雄でもある。
「よく知っているね。そう、僕らはキクロの名の下に集った同士だ」
「しかし、キクロは自身の研鑽の果てにミューリアと戦って勝利したはずですが?」
キクロは努力の人だ。神から人へ堕ちてもそれでもミューリアを想い強さを求め続けた。その在り方はキクロ同盟とは別物の様にロゼットは感じている。
「確かにそうだ。だけどとある文献によれば、キクロは世界各地の精霊の力を束ねて神々と渡り合ったとも伝わっている。我々の在り方はまさにそれだと思うのだが」
確かにキクロは人が良く、様々な神や精霊を助けてその力を授かったという話も有名である。
「それで、その成果は出せたのか?」
その問いに思わずリオールは笑みを溢した。
「団体実習システムの導入から退学してしまう生徒は五割も減少している。これはキクロ同盟によるものが大きいと僕は思うんだが、君はどう思う?」
団体実習システムは魔導士となれる素質ある者を少しでも世に輩出する為に存在している。だとすれば彼らのやり方は帝国上層部の考え方に沿っていると言うべきだろう。その行為は一部の帝国の実力主義に意見を持つ者達の賛同を受けられるはずだ。
「確かに退学に追い込まれる生徒が救われるのは喜ばしいことだ。国にとっても魔導士の卵の損失は大きいだろう」
ロゼットの肯定の言葉にリオールは満足げな表情となる。機嫌が良くなったのか、陽気に口を開く。
「そうだろう! 下からの底上げによって帝国は安泰に向かい、魔導士全体のレベルも上がる。キクロ同盟はそういった底辺の改革によって大きく学院を変えているんだ」
その声は明らかに弾んでいる。
「だが、下から底上げはともかくとして、さらに魔導士全体のレベルが上がるかどうかは別の問題だと俺は思うがな」
そんなリオールへ釘を刺す。ロゼットは睨むように視線を向けるとその明らかな敵意が迸っていた。
リオールは焦りを表情に出した。爽やかな笑顔が崩れ、額に汗を流す。
「どういうことかな?」
「分からないのか? ただ公開された魔法に沿って訓練をしたところでやがて限界にぶつかる。公開された以上の未知なる領域に達しようとすることはキクロ同盟の魔導士はしないだろう?」
きっとリオール自身もキクロ同盟の唯一の欠点に気が付いているのだろう。その致命的とも言える一つの欠点。それは向上心。
「そんなことは」
「しないんだよ。一度、そんな楽な方法を知って、行動してしまった以上、もう戻ることはできない。なぜなら諦めたんだからな。自分の道も、自分だけの強さも。だからお前らは他人に縋りつき、耳触りの良い協力という言葉で自分に限界を作り、そして目の前の強さだけに固執した亡者に過ぎない。そんなものは決して魔導士ではない」
リオールの言葉を遮るようにロゼットは続ける。
徐々にリオールの顔から笑顔が消えた。そして、ロゼットが大きく溜息を吐く。
「お前らのやっていることは全ての魔導士のレベルを平等にしたいだけ。それは協力でも研鑽でもない、ただの沼への引きずり合いだ」
「ふざけるな‼」
ロゼットの言葉にリオールは反射的に立ち上がり、そして叫んだ。自分達の否定に我慢できなかったのか、その表情は驚愕と怒りが混じっている。
「し、失礼した」
だがすぐにリオールは平静を装って笑顔を浮かべた。あくまでも相手に対して下手に出る。これまでもずっとそうやってきたのだろう。ロゼットにとってそのやり方は酷く気に入らなかった。
「魔導士とは研鑽の果てに生きる者達だ。その指標はあってはならない。自分の目指すべき道は自分で切り開かなければならない。そんなことも分からないのか?」
魔導士の道は魔導士の数あり、答えは無数に存在する。キクロ同盟の協力はそれに対する否定だ。公開された魔法を指標として努力することは根本的に魔導士として間違っているとしか言いようがなかった。
「そんなことは分かっている。ならどうすればいい? どうやって天才と呼ばれる者に勝てばいい? 才能の無い者はどうやって足掻けばいいんだ‼」
「それを考えるのが魔導士だろ」
何よりもロゼットの気に入らないのは彼らはそれを承知の上でその行為をしていることだ。自分の開くべき道から目を逸らし、人が歩んだ道を共に進む。それは仲間がいてさぞかし楽だろう。
しかし、それは弱さだ。人生において逃げるという選択は必要だ。かく言う魔導士も己の才能の無い部分から目を逸らし、才能のある部分を受け入れて生きていく存在だ。それでも己自身から逃げることはあってはならない。弱さを認めることも、受け入れることもせず強くなる、それは必ず歪んだ結果をもたらす。
「お前のような天才には理解できない思想か」
小さく呟かれたリオールの言葉、その瞬間だった。
「動くな」
食堂から去ろうと立ち上がったロゼットにリオールは右腕を翳した。黄色の刻印が浮かび上がる。
それは言わずとも分かる。警告だ。銃を向けられている以上の威圧感がそこにはある。しかしその程度のことで天才が揺らぐはずもない。
「まだ何か?」
その警告にロゼットは無表情のままリオールを見つめる。いつの間にか彼らの姿は惨めに映った。
気が付けば、周囲の生徒もリオールと同様にこちらへ魔法を放つ準備を整ていた。虹に囲われたように鮮やかだが、その敵意は一切隠すことはない。食堂ということも忘れて、何かに取り憑かれたような瞳はギラギラとロゼットへ向けられている。
「魔導銃を置いていけ」
再びロゼットは深い溜息を吐いた。呆れたようにリオールを見ると、彼からは最初の余裕も笑顔も失われていた。彼らの狙いは最初から魔導銃の技術だということだ。
「哀れだな」
「それでもいい。才能の無い僕達が学院で生き残るにはこれしか方法がないんだ」
何をそれほどまでに焦っているのか、何がそれほどまでに彼を焦らせているのか、それはロゼットには理解できない。だがリオールは目に見えない何かに追い詰められていた。
「君らのような天才に追いつくためには正攻法ではダメなんだ。僕らは僕らのやり方で魔導士になる」
覚悟とは違う、これは執念だ。すがりつくような執念がリオールの瞳の中にある。
「貴様ら何をしている!」
声がした。
振り向くとそこにはシルビアのが立っていた。どうやらかなりの騒ぎになっていたようで通りかかった彼が真っ先に駆け付けたようだ。
「リオール」
シルビアがリオールの顔を見ると呟く。その表情は怒りとは違う、何か複雑な感情が籠っているように見える。
「シルビア」
呟く。リオールはすぐに冷静さを取り戻した。
「これは副会長、すみません。少し言い争いを起こしてしまっただけなんですよ。このプリンを巡ってね。でも今、解決しました。これは彼に進呈しましたので」
あからさまに取り繕った態度。
失礼します、と言い残してリオールはこの場を切り抜けた。一秒でもシルビアの顔を見たくないような、そんな嫌悪感と共に足早に食堂を去った。その間、爽やかな笑顔は少しも崩れる様子もなかった。
ほどなくしてキクロ同盟の生徒も姿を消して、食堂はいつもの騒がしさに包まれた。取り残されたロゼットはプリンだけを回収すると食堂から出てシルビアと合流する。
「べリウス、何があった?」
シルビアに事の顛末を説明すると彼は複雑な表情をして、
「そうか」
と思い詰めるように小さく口にした。
「副会長はあの男と知り合いなんですか?」
ロゼットの問いにシルビアが言葉を詰まらせる。ああ、と答えたものの到底ただの友人という風には見えなかった。
「あいつは元貴族なんだ」
シルビアが考えた末に出した答えはそれだった。これだけ聞けば大体は予想が付く
貴族の正当な血を受け継ぐ者が実力不足により家を追い出され、名を剥奪されることなどこの帝国において珍しくないことだ。実力主義はこの帝国が第一に掲げる思想なのだから。それは貴族落ちと呼ばれる存在だった。
ロゼットはなるほど、と呟いた後は何も聞くことはしなかった。詮索には何の意味もないと悟ったからだ。ロゼットには理解できないことも。
「……あいつ」
生徒会室に戻ってきたロゼットは未だに演習場を走るレムの姿を目にする。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。