ツギハギ魔導士とアルカヌスの獣たち   作:三流作家ヤマダ

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どうもー三流作家です。
 今更だけどスパン身近過ぎかな? でも今更なんだよな。とりあえずこのままいきます。
 あと、これを楽しみにしてる人いるんかな? いたらいいな。
 続きをどぞ。




「さっそく接触してきた、か」

 昨日のブレムーゾ卿の事、そして先程の事も生徒会には報告した。

「予想よりも早いか」

そう呟いて神妙な面持ちで指を組むビーリスはシエルへ視線を送った。静かに頷くとシエルはハッとなって姿を消した。

「会長、これです」

 するとすぐに姿を現す。どうやら何かを取りに行っていたようで戻ってきたシエルの手には透明の袋とその中に入ったカプセル状の薬のようなものだった。

 ロゼットとメイビスはそれの正体を知らないが生徒会のメンバーはそれを知っている故に表情が強張っていた。

「それは?」

 沈黙の中でメイビスが尋ねる。彼女自身もそれ自体には見覚えがなかったのだ。

「エーテルブースター。魔導士の刻印を増幅し一時的に能力を劇的に向上させる違法薬物だ」

 答えはビーリスから返ってきた。メイビスもロゼットも冷静さを保っていが、それがどれだけ異常で狂気的なものかは説明を聞くだけですぐに理解できた。

 刻印とはつまり、魔導士の魔法を使用する為の脳だ。魔法発動のためのプロセスや魔力の供給などを司るもの。それは魔導士の力量によって限界が決まる。それを無理やりこじ開けて能力を使おうとすればどうなるか? 答えは単純で反動が返ってくる。拡張された魔法の行使とは単なる肉体へダメージに留まらず、内臓、下手をすれば脳にさえフィードバックし重大な後遺症を負うことになる。単純に魔法を使うための道具などと割り切って使えば恐ろしい代償を伴う。力とはそういうものなのだ。

「そんなものが何故ここに?」

「学院内で複数発見された、が本当に効力があるかは不明。実証実験をする訳にもいかない、ただの噂かもしれない。とにもかくにもまだ謎の多い薬物だ」

 静かにロゼットが息を呑む。現状ではまだ事実か分からないがその薬が本当に効力をッ持つとしたら、それを一番手にしてはいけない勢力とそれを欲する勢力に心当たりがあったからだ。

 キクロ同盟、あの集団は歪過ぎる。弱者の救済。真っ当な思想であるようで、その本質は力へ執着だ。彼らの中には手段という言葉や魔導士に最も必要なものが欠如している。

「会長はどうするおつもりなのですか?」

「現状、こちらから足取りを掴むことはできていない。大規模な行動を起こそうにも生徒会では人手不足だ。キクロ同盟は人数だけで言えば最大規模だからな」

 苦虫を嚙み潰したようにビーリスが舌打ちを吐く。

 要は何処かの勢力と手を組む必要があるのだ。その為にはエーテルブースターの所持している勢力を明るみに出さなければいけない。しかし、エーテルブースターが本当に効力を持つのかも判断しかねる眉唾物であることもこの硬直の原因だった。

 必要なのはきっかけである。

「ロゼット、二つの勢力と接触してどうだった?」

 ビーリスはロゼットを見た。その瞬間、昨日ブレムーゾに付けられた傷に触れた。ほとんど一日で傷は塞がったが少しだけ跡が残っている。

「ブレムーゾ派閥はともかく、キクロ同盟に関しては早急な対処が必要かと」

 ロゼットは率直に答える。やはりか、とビーリスが呟くと一度息を吐いた。

「キクロ同盟には貴族落ちの者が多い、それに今年の卒業試験に焦燥を覚える生徒もいるだろう。その劣等感の矛先はブレムーゾ派閥の他に貴族に向きつつあるのも問題だ。このままでは近いうちに学院内で暴動が勃発するだろう」

 そうなる前に何とかしたいとビーリスの瞳は語っていた。そしてここにいる誰もがそう思っているだろう。

「貴族落ちのお前が言うなら、キクロ同盟のやることは間違っているとしか言いようがない……か」

「べリウスが貴族落ち?」

 ビーリスの言葉にシルビアは目を見開いた。

「ええ」

ゆっくりとロゼットの方を向くと彼はいつも通り堂々としたままだ。実力不足により出来損ないの烙印を押され貴族家を追放される、貴族落ちと呼ばれる民は帝国において溢れているがロゼットもその一人だと信じることはできなかった。確かに彼の姉であるセストは優秀な魔導士であったがそれと比べてロゼットが劣っているとは思えない。

「明日以降の生徒会戦、何かが起こるかもしれないな」

 懸念、その言葉はその通りになりそうな気がしてしまう。それほどに現状は何が起こってもおかしくなかった。

「各員、警戒を怠るなよ」

 解散の言葉と共にメイビスは生徒会室を出た。その時にチラリとロゼットへ視線を送る。それだけでロゼットにはその意味が理解できた。

 後で来い、絶対に一緒に出るな、仲が良いとか思われたくない。

 この場合はしばらくしてから生徒会室の外で合流するのが吉だ。

「シエル、これやる」

 ロゼットはリオールから貰ったプリンをシエルの机に置いた。

「ええ‼ これって食堂の限定プリンじゃないですか‼ いいんですか?」

「構わん。お前はいつも頑張ってくれるからな」

 実際のところ、現状の生徒会の活動はシエルが大半を担っている。それによってロゼットやメイビスも助かっている。時間稼ぎだったのもあるが、労いの意味もあった。

 わーいと子供のようにはしゃいでシエルは歓喜する。弟も妹もいないロゼットだったがこんな感じなんだろうと思いながら眺めていると自然と微笑みが零れた。

「では、俺もこれで」

 失礼しますと言い残して生徒会室の扉を開ける。そこでメイビスは腕を組んでロゼットを待っていた。

「なんだ?」

 先にメイビスは進む。ロゼットもその後に続いて螺旋階段を下りていく。

「あなた、現状でどれくらい訓練ができているの?」

「生徒会が終わってからの数時間程度、と言いたいが勢力のことを考えるとこの先もほとんど時間はないかもしれないな」

 二人は魔導士の中でも相当にストイックな部類だ。特に学院に入学して以降は一日の大半を訓練に費やしていたくらいだが、昨日一日は全くできていない。そしてこの先も難しいと判断できる。このままいけば生徒会だけで一日が潰れてしまうこともあるだろう。

「現状を打破するべきよ。可及的速やかにね」

 メイビスが言いたいのはそういうことだ。

「ならばどうする? キクロ同盟を単騎で潰すか?」

「それは生徒会に迷惑になるでしょう。キクロ同盟は弱者に手を差し伸べる勢力。そのプロパガンダごと仮にも生徒会が消し去るのは問題だわ。何より団体実習システムへの否定にも繋がる」

「それもそうだな」

 答えは既にメイビスの中にあるようだった。その言い回しと声音は相談ではなく、決意にも見える。

「でもその集団がもし、能力を向上させる違法薬物を所持、使用していたら、生徒会の出番だと思わない? 要は潰す為の口実を作ればいいのよ」

「仮にも生徒会の言うこととは思えないな」

「仮だもの」

 さも当然のことの言うメイビスにはきっと生徒会であろうと仮であろうと関係ないのだろう。障害を排除する為ならば手段は厭わない。それがメイビス・レーゲンバルドという女だ。

「それで具体的にはどうする? 何も策がないわけではないだろ?」

「愚問ね。そこに抜かりはないわ」

「それで、どこへ向かっているんだ?」

「風紀委員本部」

 その言葉にピタリとロゼットは足を止めた。

「帰る」

「待ちなさい」

 踵を返して立ち去ろうとするロゼットの襟をメイビスは逃がすまいと掴む。

「謀ったな!」

「あなたの姉上がいけないのよ」

「離せぇ⁉」

 ロゼットは引きずられていく。嫌々に飼い主に連れられる犬のように不貞腐れながらメイビスに連れられて風紀委員本部辿り着く。

「ここね」

 意外にも風紀委員の本部は校舎内の一つの教室にあった。雑に風紀委員本部と書かれた貼り紙がされているのが目に付く。

「生きてるかしら?」

「死にたい」

 最高に拗ねている。本気で抗えば、抗えたが、この状況を打破したい気持ちもあった。故にロゼットは引きずられながらもやって来たのだ。

「覚悟を決めなさい。私も本物の化け物を相手取るのよ」

「分かってるよ」

 今決めた。自分の足で立ち上がるとロゼットは言われた通りに覚悟を見せて扉を開ける。そして、それを一瞬で後悔する事になる。

「ロォォォォォォゼェェェェェェくーん‼」

「ぐはぁ⁉」

 その瞬間にロゼットの姿は消えた。何か高速で飛んできて、そしてロゼットはそれに壁まで簡単に吹き飛ばされた。

「あぁぁ‼ 数週間ぶりのロゼ君だ‼ この香り、たまりません!」

「離れろ姉貴!」

 正確にはロゼットは吹き飛ばされたというより抱きつかれたのだ。ただあまりにも勢いが強すぎてタックルのようになっただけ。しかし、その愛の重さはタックルの重さに比例する。つまりロゼットへのダメージは愛の重さ。

「お久しぶりですセストさん」

「うん、久しぶりねメイビスちゃん」

「離せえ‼」

 ロゼットは花嫁のように抱きかかえられる。温和な印象を受ける糸目の女性。髪の色はロゼット同様に黒色で腰の辺りまで伸びている。身長は高く男性の平均身長と同等かそれ以上はある。ニコニコと微笑んだ彼女は何やら満たされたような表情をしている。

「はい、ロゼ君。再開のチュー」

「やめろおぉ‼」

 それこそがロゼットの姉であるセスト・べリウスだった。最上級の美人、魔導士としても優秀な人物。

なのだが、見れば分かるがそれが全て台無しになるほどの超が付くブラコン。

 ロゼットは抗い、ようやくセストから解放された。威嚇する犬のようにロゼットはセストを睨む。

「ガルルルル‼」

それを見てセストは悶えた。眼つきの悪い狂犬も彼女にとっては子犬同然だ。恋は盲目とはよく言ったものである。

「もう、可愛いな~」

 話が一向に進まない。しかし、ここまではメイビスの計算通りだ。ここでロゼットを連れて来なければ、自分が餌食になっていた可能性が高い。

 あれは囮だ。あのブラコンにはロゼットを食わせておけば何とかなる。話をするのはメイビス自身だけで良かった。

 メイビスは風紀委員本部へ踏み込んでいく。本番はここからだ。

「ようこそ、メイビス・レーゲンバルド君。合いたかったよ」

 声が響く。何もない殺風景な教室の中には無数にならんだ椅子と机、その一つに腰かけた人物が声を出したのだ。

「お初にお目にかかります。メルヴァ・アルバトロス四世」

 金色の髪は短く切り揃えられ、髪や容姿は中性的で青年のような印象を受ける女性。メイビスは背後の気配に振り向くとその姿が露になった。メイビスに匹敵する白い肌と整った容姿、大人びた顔や身体には所々に目を惹かれる。

 立ち上がり、メルヴァはメイビスを見る。森林を感じさせる深緑の美しい瞳がが焔のような真紅の瞳を見据えた。

「美しいね。やはり僕好みだ」

 メルヴァ・アルバトロス。誰もが知る錬金術の天才。着崩した制服は胸元が露わになっており、ネクタイは外されていた。髪を掻き上げるとメルヴァは不敵な笑みを浮かべた。

「光栄ですね」

 それに対し、メイビスはいつも通りの態度を取る。

「風紀委員に興味が湧いたかい?」

「いえ、今日はお願いがあってきました」

「お願い、ね」

 フフッとメルヴァが微笑む。全てを知っているかのような彼女の前では言葉も息も詰まりそうだがメイビスは続ける。

「風紀委員の力を使ってエーテルブースターの所有者を探し出して欲しいのです」

「ふうん」

 前髪を弄りながらメルヴァは考える素振りをする。その姿は知的、彼女の容姿と相まって良い絵になる。

「うん、いいよー」

 本当に考えたのかと疑うほどに軽い口調でメルヴァは返事をする。。

「あれの存在は僕も気に入らないからね。機会があれば撲滅しようと考えてたんだよ」

「そうでしたか」

 簡単に話が進む。ここまでは予想通りでメルヴァ・アルバトロスという人間がそう簡単に条件を呑むはずもなかった。

知りうる限り、彼女は生粋のエゴイストだ。自身の欲望に生き、その通りに実行する。何事も全て自身の思い通りに動かすのが彼女の生だ。それこそ目の前に狙われている少女が提案をしているならば、

「でも、一つだけ条件があるんだ」

 メイビスの予想通り、メルヴァはそう発言した。人差し指を立てて、一つだけということを主張するとメルヴァはメイビスの肩に手を置いた。

「条件、とは?」

「なに、簡単なことだよ」

 ゆっくりと顔を近づけるとメイビスの耳元で囁く。この先の展開もある程度の予想は付いていた。ただ静かにメイビスは耳を傾ける。

「ロゼット・べリウスを僕のものにしたいんだ」

 ピタリと空間ごと時間が静止する。そんな錯覚に陥るほどに、その条件はメイビスの予想の斜め上を行くものだった。メルヴァへ視線をやると屈託のない微笑みを浮かべていた。天使のふりをする悪魔のような垣間見える違和感と狂気が入り混じった笑み。

「今、なんと?」

 これに関してはメイビスも驚愕を隠し切れなかった。その驚きのあまりに自分の耳をまず先に疑った。ただその考えが間違いであることを証明するようにメルヴァの回答は即座に行われた。

「何度でも言うさ、ロゼット・べリウスが欲しいんだ。僕の手の元で管理して二十四時間観察して、愛玩動物のように飼ってみたいんだ」

 その目は本気だ。何かに魅入られたような狂気を感じさせるメルヴァの瞳は虚ろのようで、一筋の光が灯っている。

 メルヴァという人間は聞いた話によると無類の女好き、そして男嫌いのはずだ。だが今の彼女の発言はその真逆だ。

「なぜ、あの男なのでしょうか?」

 不意を突かれたがメイビスは冷静に聞き返す。ここで冷静さを欠いてはメルヴァのペースに乗せられてしまうだろう。交渉において主導権を譲ることはあってはならない。

「嫉妬かな? 確かに僕は女性が好きだ。君も凄くタイプだよ。でもね、心の底から惚れてしまったんだ一目見た時からね」

 メルヴァの顔は恋する乙女のものだった。

「それに彼の魔法にも興味があるんだ」

だがすぐに表情が変わる。表情と共に雰囲気も豹変する。それはメイビスの知る天才メルヴァ・アルバトロスの顔そのものだった。

「君みたいな純粋な才能を持ち合わせた天才ではない、彼のね」

「理解しているのですか? 彼の魔法を」

 キッとメイビスの視線が鋭くなる。その言葉からメイビスのロゼットの魔法を知っているような発言にメルヴァも眉を顰めて興味を示した。

「へえ、ならあの小指の意味も分かるのかい?」

「っ⁉」

 その言葉にメイビスは確信した。メルヴァは既にロゼットの魔法についてのおおよその見当がついている。通常の魔導士では見抜くことは容易ではないその魔法の秘密を。

「……あれは彼の誓いです」

 発したのと同時にメイビスの脳にとある光景がフラッシュバックした。どこにでもあるようなありふれた約束、それを忘れることなどできるはずもない。彼はこうして、ここに居るのだから。

「誓い、ね。どれほどの覚悟か計り知れない。彼は魔導士として異端すぎる。壊れていると言ってもいい」

「そうかもしれませんね」

「だがそれが良い‼ 実に良いんだ! ああ、狂おしいほどに愛おしい。陳腐でつまらない彼がこれほどに愛おしく見える。これこそ魔法と言っていい。つくづく魔法とは恐ろしいと思わないかい?」

 沈黙する。

メイビスは既にメルヴァ・アルバトロスを敵とみなしていた。その敵意は相手に伝わっているだろう。

「それで? どうするんだい?」

 メルヴァは右の手でメイビスの頭を撫でる。挑発するように優しく。

「答えを急ぐ必要はないさ、ゆっくり考えてくれればいい」

「その必要はありません」

 撫でるメルヴァの手をメイビスは振り払った。

「おやおや、怖いね」

 メルヴァはその決断に興味を示した。静かな闘志と冷気、それがこの教室を支配し始める、それに気が付き再びメルヴァの表情が動いた。

「やる気かい?」

「最初からそのつもりだったでしょう?」

 メイビスはメルヴァを睨む。手放しでロゼットをくれてやる気などメイビスには毛頭なかった。戦闘態勢、反射的にメルヴァは手を離して距離を取った。

 メイビスにも分かっていた。取引などする必要はなかった。最初からこのやり方でやればいいと開き直ると刻印はメイビスの全身に浮かんだ。

「何度見ても恐ろしい刻印範囲だね。でもここではやる気はないよ」

 両手を上げて、戦意がないことをメルヴァは示した。柔らかい表情からは敵意も殺意もない。メイビスもさすがにこんな相手を嬲り殺すのは本意ではない。

「いつでも第二演習場でお待ちしています」

 故に踵を返す。

「生徒会戦、てやつだね」

 面白いとメルヴァは呟く。その不敵な笑みに苛立ちを隠せずにメイビスは風紀委員本部を後にする。

「気が向いた時に行かせてもらおうかな」

「ご自由に」

 もう振り返ることはない。反発し合う磁石のようにメイビスは秒でも早くこの場を離れたがっていた。

「行くわよ」

「ええ⁉」

 セストとじゃれるロゼットの襟を掴んで回収すると不機嫌そうに早足で歩く。

 ここに来るまでと同様にロゼットは引きずられていく。

ロゼットにはメイビスが不機嫌なのがすぐに理解できる。その横顔から美しさは消え、殺意に到達すると言っても過言ではない威圧感が剝き出しになってる。見えない何かと戦っている様に。

「何かあったか?」

「あなたを景品にした模擬戦の約束をしたわ」

「…………なんでそんなことに」

 風紀委員本部から十分に離れた所でメイビスは立ち止まる。襟を掴む手は緩まり、ロゼットは自分の足で立ってメイビスを見た。

「大丈夫、私は負けないわ」

 視線を落としメイビスは呟いた。その言葉はロゼットではなく、自分に言い聞かせているようだ。人間であるならば誰しもがプレッシャーを感じることなどある。例えば、大切なものを賭けて行われる戦いとかならば尚更だ。

「ああ? 最初からそんな心配してねえよ。俺は俺の知らない間に話が進んでたのが気に食わないだけだ。メルヴァ・アルバトロスと話もできなかったしな」

 有名人に会う機会を逃したことを純粋にロゼットは悔いていた。そんな平常運転の彼にメイビスは小さく笑みを零した。

「黙りなさい。あなたは会う必要はないわ変態」

「誰がだ⁉」

「あなたよ。他に誰がいるの?」

 いつも通りだ。これでいつも通りの二人。互いに見合い、少しだけ微笑む。

「安心しなさい。全ては上手くいくわ。だって私が」

 それにロゼットは気が付いた。涼しい顔で全てをやってのける天才の顔、気に食わない女の顔に何故かロゼットは安堵していた。

「さようなら」 

 一足先にメイビスは歩いていった。靴音を鳴らしながら無人の廊下を歩いていく姿をロゼットは静かに見送っていた。

「風紀委員に関してはアイツに任せるか」

 苦手な奴もいるし。心の中でそう思いながらロゼットも自身のメイビスに背を向けた。

 ロゼットも寮へ戻ることにした。あの姉が追って来て自分を捕まえに来る可能性もゼロではない以上、ここに長居することは危険な行為だった。

 本当に身内なのかと疑うレベルでロゼットは警戒を厳にしながら校舎を出る。まだ外には太陽が照っていた。熱いくらいに差し込んだ日差しを手で遮りながらロゼットは歩き出した。

「熱いな」

 ベルリット大陸は基本的に寒気に包まれているのだが日中は日が照って予想よりも気温は上昇する傾向にある。それに対し陽が沈んだ夜は非常に寒く、上着がなければ過ごし難い。

ロゼットはそんな暑さに参り、制服のジャケットを脱ぐと肩に掛けた。

 そんな時だ。ふとロゼットは通りかかった第二演習場に自然と視線が吸い寄せられた。何かを忘れてしまっているような感覚、それと同時に視界がある人物を捉えた。

「っ」

 その時にロゼットは何を忘れているのかを思い出した。日常的な他愛のない会話を覚えていないように、彼にとっては弟子入りの希望など日常的に起こりえることで、それを忘れることなどそれこそ日常だった。

 しかし、今日だけは違うのだとハッキリと分かる。

 なぜなら。

 彼女はいた。

 走っていた。

 息を切らして、それでも走っていた。

 レム・クラレア。彼女はロゼットの言った課題とやらを本気でクリアするつもりなのだろうか? 出したロゼットすらも忘れてしまったその課題を。

 なぜかは自分にも分からない。だがロゼットはレムの姿を見ていた。いつ倒れるのだろうという興味だけで見ていた。

 必死だ。何がそれほどまで彼女を動かすのか、ただ力が欲しい人間はこんな馬鹿げたことをしやしない。それをロゼットは知っている。これは真の強さを求める者の意思だ。鋼の意思だ。

 もう満身創痍。残りの課題は確か腕立て千回、腹筋千回、スクワット千回、これから始めるには遅すぎる。不可能だ。

 それなのに諦めはしない。投げ出さない。

「馬鹿馬鹿しい」

 吐き捨てるようにロゼットは口にした。こんなのは時間の無駄だ。強くなりたいならば、講義を受けている方がよほど魔導士として強くなれる。魔導士として力は知識こそが全てだ。それ以外は積んだ経験だけがものを言う。こんな筋力トレーニングに意味などないのだ。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。

だが目を離すことはできない。逸らすことが許されないようだ。もはや歩くように走る。それでもなおレムは前へ進んだ。まるで歩みを止めることが死に直結しているかのように、その瞳には覚悟がある。

 鏡が、演習場を覆うほどの巨大な鏡がロゼットの目の前にあるようだ。映るのは全て自分、自分、自分。

「あ……」

 少年の前に道がある。一本の道。狭く、小さく、細く、遠い。道なのかも分からない、ただそれしか到達することできない。そこへ辿り着くためにはそんな道を通るしかない。少年はただの一度も後ろを見ることなく、進むことを選んだ。一切の迷いはない。

 そうか、と納得する。レムは自分と似ているのだと気が付く。ロゼットはただ見つめていた。

「愚かだな」

 本当に愚かだ。愚者は魔導士には向いていない。しかし、異端者の弟子にはお似合いかもしれない。

 ロゼットが答えを出した時、レムは既に走ることを終えていた。地面に突っ伏したまま、動くことはない。

 ロゼットはふと周囲を見渡せば日は完全に落ちていた。そんなにも長い時間をこんなくだらないことを見るためだけに費やしてしまっていた。

「さて、このバカをどうするかな」

 その割にロゼットは満更でもなさそうな顔をしていた。

 

 




いかがでしたでしょうか?
 楽しんでいただけたら幸いです。
 もしよかったら感想なども是非お待ちしてます。もしよかったら。
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